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第86話……古き誇り

last update تاريخ النشر: 2026-06-21 19:59:13

 非居住惑星ペルーンの地表は、わずか一日で沈黙した。

 衛星軌道上から、ツーシーム率いる雑多な艦艇群が砲撃を加えたためである。

 モリガンを中心に、廃棄予定だった旧式ビーム艦、民間改造砲艦、鉱山警備艇を寄せ集めた即席艦隊。

 正規軍なら鼻で笑うような戦力であったが、簡易防衛施設を焼き払うには十分だった。

 地表の砲台は潰れ、監視塔は崩れ、対空陣地は赤黒い溶融痕だけを残して消えた。

 だが、本当の戦場は地上にはなかった。

 ペルーンの地下深くには、巨大な蟻の巣のような地下要塞が築かれていたのだ。

 旧鉱山坑道を拡張し、装甲隔壁を重ね、補給庫、兵舎、発電区画、防衛通路を網の目のように張り巡らせた難攻不落の防衛施設だった。

 軌道上からいくら砲撃しても、地表が剥がれるだけで効果はない。

 モリガンの艦橋で、ツーシームは通信画面を睨みつけていた。

「うっせえなぁ。そんな早くいけるかよぉ」

 画面の向こうに映っているのは、ユリウスだった。

『だって、間に合わない援軍に意味はないよ』

 口調は丁寧だった。だが、その声には焦りが混じっている。サーペント方面の戦線が、それだけ切迫している証拠だった。

「分かってらぁよ」

 ツーシームは安煙草を噛むようにくわえた。

 もちろん、もっと苛立っているのは彼女の方である。

 モリガンの周囲には、旧式ビーム艦を中心とした二十隻ほどの艦艇が浮かんでいた。どれも正規艦隊から外され、解体場へ送られるはずだった船ばかりである。

 それでも、いまは貴重な戦力だった。

 そして、それらの船に乗っている多くは、エジルの呼びかけに応じたノーム人の志願兵たちであった。

 志願兵とは聞こえがいい。

 実際には、労働施設から逃げ出した脱走者であり、鉱山主や貴族家から追われるお尋ね者である。

 帰る場所などない。捕まれば、再教育施設か、もっと深い鉱山へ送られるだけだ。

 だからこそ、彼らも必死だった。

◇◇◇◇◇

 ――G-23地下通路。

 そこはペルーン地下要塞の中でも、両軍にとって最重要の要路だった。発電区画、弾薬庫、中央昇降路へ通じる分岐点であり、ここを抜かれれば帝国軍の防衛線は大きく裂ける。

 狭い通路には焼けた金属の匂いが充満していた。壁面はビームの焦げ跡で黒く抉れ、床には破片と血が混じった泥がこびりついている。

 換気装置は壊れ、空気は重い。

 攻撃側の老兵たちは、何度も突撃し、何度も押し戻されていた。

 その向こうから、帝国軍防衛部隊の罵声が響く。

「あいつら、ノーム人なんかに助けてもらっているらしいぞ!」

「恥知らずどもめ!」

「ノームと並んで戦うくらいなら、家に帰って皿でも洗っていろ!」

 笑い声が通路に反響した。

 この宇宙の片隅では、ノーム人は二級市民であった。

 鉱山で働き、船底で機械を直し、工場で部品を組み立てる存在。

 決して戦士として扱われることはない。

 それゆえ、攻撃側の部隊でさえ、ノーム人には弾薬運搬、負傷兵の後送、糧食係といった役目しか与えていなかった。

 銃を持たせるつもりなど、誰にもなかった。

 だが、カタコン将軍は苦しい戦況を感じ取っていた。

 老兵は勇敢だった。傷病兵も退かなかった。

 だが、いかんせん数が足りない。通路は多く、敵の防衛線は深い。

 正面を押しても、横穴から撃たれる。迂回しようにも、別の隔壁に阻まれる。

 兵が足りない。

 圧倒的に足りない。

 カタコンは戦術表示盤を睨み、奥歯を噛み締めた。

 誇りだけで要塞は落ちない。

 そして、地下通路の後方には、弾薬箱を背負ったノーム人たちが、黙って戦場を見つめていた。

◇◇◇◇◇

 地下要塞G-23通路後方。

 崩れた装甲隔壁を盾にした臨時司令所へ、各区域の前線指揮官たちが集められていた。

 天井の配管からは白い蒸気が漏れ、壁面の通信モニターには、各戦線で疲弊した兵士たちの顔が映っている。

 カタコン将軍は、その中央に立っていた。

「明日からは、前線にノーム兵を投入する」

 一瞬、誰も言葉を発しなかった。

 やがて、指揮官の一人が硬い声で答える。

「……閣下、それはさすがに」

「兵たちの士気に関わります」

「ノーム人を弾薬運びに使うならともかく、銃を持たせるなど、前線が混乱します」

 反対の声は、次々に上がった。

 彼らは臆病ではない。老いてなお前線に立つ者たちである。

 だが、幼いころから染みついた価値観があった。

 ノーム人は労働者であり、兵士ではない。

 共に戦う相手ではなく、後方で使う者である。

 カタコンは、しばらく彼らを見ていた。

 そして無言のまま、自分の軍服へ手をかけた。

 胸の階級章を引き剥がす。戦功章を外す。皇帝親衛戦役章、北方宙域防衛章、三度の重要な地上戦で授けられた勲章。

 そのすべてを、足元の簡易焼却炉へ放り込んだ。

 金属が炎に焼かれ、赤く歪む。

 指揮官たちが息をのんだ。

 カタコンはさらに、腰の軍刀を抜いた。それは前皇帝から直接賜った名誉刀であり、帝国軍人としての彼の誇りそのものだった。

 次の瞬間、彼はその刀を足元にある岩で叩き折った。

 折れた刀身が床に落ち、甲高い音を立てる。

 カタコンは、それすら焼却炉へ投げ込んだ。

「この戦いにおける、ワシの覚悟がまだ足りぬか?」

 その声は低かった。

 だが、通路全体を震わせるほど重かった。

「よく聞け。ワシらの今の上司は宇宙海賊だ。大公国の正規軍ですらない。退役寸前の老兵と傷病兵をかき集め、廃船同然の揚陸艦でこの地下要塞に潜り込んでおる。今さら先祖の名誉が汚れるなどと恐れる者は、ここから去れ!」

 通信モニターを通じ、その姿は各通路の兵士たちにも伝えられていた。

 騒がしかった前線が、静まり返った。

 やがて、最長老の参謀が一歩前に出た。

 彼は震える指で自分の階級章を外し、勲章も外した。そして、カタコンと同じように焼却炉へ入れた。

「ワシも、ノーム人と肩を並べて戦いとうはない」

 老参謀は苦い顔で言った。

「だが、負けぬ道を示す上官に異を唱えるなど、死んでもできぬ。勝つために必要なら、ワシは古い誇りなど捨てる」

 その言葉に続く者もいた。

 だが、全員ではなかった。

 歴戦の士官、古参の下士官、退役兵の中には、それでも首を縦に振らぬ者が少なくなかった。

 彼らはカタコンを尊敬していた。

 無理な命令にも従ってきた。

 だが、ノーム人と同じ銃列に並ぶという一点だけは、どうしても受け入れられなかったのだ。

 カタコンは、その顔を一人ずつ見た。

 怒鳴らなかった。

 軽蔑もしなかった。

 ただ、静かに言った。

「わかった。おぬしらは後ろへ下がれ」

 指揮官たちが顔を上げる。

「この戦線は、ワシが引き受ける。明日のG-23通路再攻撃は、ノーム人だけで行う。ワシがその先頭に立つ」

 臨時司令所が凍りついた。

 銃を握ったこともないノーム人たち。

 弾薬箱を運ぶことしか許されなかった者たち。

 彼らだけで、帝国軍の精鋭が守る地下通路を攻める。

 それは無謀に見えた。

 だが、カタコンはすでに決めていた。

「誇りで勝てぬなら、誇りを捨てる。兵が足りぬなら、兵を作る。たとえ雑兵と言えども、兵を戦力として扱わぬ軍が、勝利など掴めるものか!!」

 焼却炉の炎が、老将の顔を赤く照らしていた。

 その夜、居並ぶノーム人たちに初めて銃が渡された。

 そして、カタコン将軍は彼らの前に立った。

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