フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜 のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 50

59 チャプター

episode40 「うるせぇから早く顔見せてやれ」

「はい、その通りです」「これはブリジットさんが製造してくれたものです。詳しくは彼女に聞くのがよろしいかと」 なるほど。持ち主が説明してくれるほうが手っ取り早いとも思うが、間違いではない。たしかに、製造主が一番、創造物のことを知っているはずだ。鍛冶屋には用があるため、そのときに詳しく聞くのがいいだろう。見せびらかされた物を欲しがる幼児のようだが、しかしあれが何なのか知りたいのは否定出来ない。巨蜴の魔獣を一撃で追い払ったのは、事実なのだから。あれが魔獣を退かせる方法になるのなら、騎士としては今後とても効率的だ。 そういえば、彼女のもとへはいつ行けばいいのか。優先は出来ないと言っていたことから、恐らく他の製造もあるのだろう。そもそも剣とはどれくらいの期間で一つ出来上がるのか私には分からない。出来上がった際には声を掛けに来るのだろうか。 いや、ロラとのやり取りを見るにあまりそのようには見えない。鍛冶場にて立て掛けてあった武器達を思い出す。武器は完成したから、あとはそっちから来い。思い返せば、武器達がそう言っていた気もする。そう考えると、やはり日を空けてこちらから出向くのが手っ取り早いか。 ……決めると、そこで思考を終えた。長鎗の彼女が念のため周囲を見回ると言ったためだ。本来なら自分がやるべきなのだろうが、しかし私は監視下にある状態である。先ほどの巨蜴や、未知の何かに襲撃される可能性もあるだろう。強い武具を持とうとも、彼女自身の力量がどの程度なのか、私は知らない。ただそこは、彼女自身の力量で何とかしてもらうしかない。 長鎗の彼女は私に一瞥をくれた後、そうしてその場を離れた。その視線には「お前は黙って門番の役目をこなせ」と言わんばかりの含みが込められているように感じる。 余計なことを考えず粛々と。 それだけを私に求めている。 その通り、だが、別に私はこの村の指揮下に入ったわけではない。私の任はあくまでカルム村の守護であり、村の一員になれという命令ではなかったはず。 ただ現状どうだろう。 ここに来て、そして双剣の彼女の試験を受けてから、私は誰かからの指示のもと行動している。別に不満があるわけではない。命令を受けて
last update最終更新日 : 2026-09-25
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episode41 「何にいま引っかかってるか、ワタシだって分からないのさ」

 村長の家の着くと、既に昨夜の面子が顔を揃えて待っていた。それに村長の横に立つ長鎗の彼女。すらりと立ち姿に腹部の前で手を組んだ姿は、先日列車で出会った彼女を想起させる。「戻りました」 言うと、村長は椅子から立ち上がった。「おう騎士殿、お疲れさん。じゃあぼちぼち始めるとするか」 流れから会議だろうか、それとも詰問だろうか。先ほどまでずっと自警団と共にいたため、正直なところこれ以上私に尋問する必要はないように思う。「私はあまり必要とは思いませんが」 吐き出すような、語尾に力を入れたはっきりとした彼女の喋り方。「俺もいらねぇと思うぜ。だがラヴァーグがうるさいからな」 からからと言う。冗談のつもりだろう。しかし、副村長本人の目は冷たく鈍く魚のよう。窘める意味だとは思うが、どうやらあまり自分への冗談を聞き流すタイプではないらしい。「私としては、これ以上騎士様を疑うのは得策とは思えません」 手は横に、まるで兵のような気をつけで。 私としてもその心当たりがない以上同意なのだが、悪事などいくらでもでっち上げられる。例えば物を盗んだ場合。例えば暴力を加えた場合。相手が複数人のであるならはいくらでも押し付けられる。そして、それは覆る可能性は少ない。 副村長の目は、白髪を貶す兵士達と同じように感じる。「どうだろうね、確証を得られないんじゃね」 狡そうな目を光らせてろくろを回す。「それについてですが。……申し訳ないのですが、ロラさんの家に置いてある荷物を調べさせて頂きました」 言って、ちらりと刺すような私への視線。 別に変った物は入っていない。それに、そもそも荷物を調べられることには慣れている。そのため、特に荷物を探られたことに対して思うことはなかった。 私は長鎗の彼女の視線に対し、頷くことで答える。「怪しい物は特に何もありませんでした。大量の着替えと保存食くらいでしょうか。それに…何かを拭くための布、恐らく武器かと」 間違いはない。
last update最終更新日 : 2026-09-27
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episode42 「生き急ぎすぎだ、とは思うがね」

「ウチに泊まってもらうのと何か違うのか」 いましも胸に沸いた疑問を村長は口にした。たしかに、それなら手間が掛かる分この家で夜を明かしたほうが手っ取り早い気がする。「私がロラさんの家に行きたいからです」 さも当然かのように長鎗の彼女は返す。「じゃあしゃあねぇな」 力のない笑みを浮かべながら、頭をかく。娘だからだろうか、先ほどから彼女に対しあまり強く出ていないように見える。もしかしたら普段もそうなのだろうか。よく考えなくとも、村長が控えめに出る必要性はない。 それに室内の面子が言うことはなかった。まあ友人の家に泊まりに行く、そんなニュアンスの話に対し、真面目に意見することなどないと思うが。やれやれ、そんなふうに彼らは笑う。 もちろん私にからも特に言うことはない。口をつむぎ間を置くと、すぐさま長鎗の彼女は「ではそのようにしましょう」という言葉を投げた。 ふと。彼女の言葉は随分と重要視されるのだなと思う。村長の娘という立場からなのか、それともよほどこの村では信用されているのか。彼女以外の面子は父である村長と同年代、或いはそれ以上と見受けられる。私のこれまでの経験上、団体の場合どうしても年長者の意見が尊重されやすい印象だ。その中で、彼女は蔑ろにされず、むしろ会議の進行役としてさらに意見も述べているのだ。これは年長者からしても、また若者としても簡単なことではない。少なくとも、私には至れない。 なんて考えていると、いつの間にか会議は解散という流れになっていた。椅子に座っていた面々は立ち上がり、さあ帰ろうという風。「明日は……そうだな。リーデ、そのまま騎士殿と朝番を頼めるか」 分かりました。言いながら、長鎗の彼女は私の方をちらりと見た。それに、私は同意するよう頷く。ここで、早朝に呼ばれる可能性も消えた。いや、朝の番がどれほど早いかにもよるが。「おし、じゃあ今日のところは解散にするか」 その言葉をきっかけに、会議の面子はぽつぽつと帰宅を始めた。なかには「お疲れ」と労う言葉もあったが、大体はさっと踵を返すか、村長と少し会話を交わして帰路につくという感じである。そも
last update最終更新日 : 2026-09-29
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episode43 「絶対に赦さないもの」

「きーしーさーまー!」 扉を開けた途端、そんな大声が辺りいっぱいに炸裂した。なんとなく予感はしていたが、店主ほどではないにしろ予想以上のロラの声。そしてその後ろで、長鎗の彼女が結んだままの唇にかすかに笑みを浮かべている。「ロラ、もう夜も遅いので」 その言葉に一瞬、擦り傷を触られたように顔をしかめる。しかしすぐに唇を尖らせて拗ねたような表情を浮かべると、突然私の腕を掴み家の中に引きずり込んで扉を閉めた。「でも! でも! 心配したんだよ?」 ロラの顔を見たのは一昨日、店主に事を依頼されて以来となる。確かに、居候の者が丸一日以上帰ってこなければどうしたのかと思うのは道理だ。私でさえ同感である。もし理由が伝わっていないのなら、その不安はさらに増す。 そういった点で言えば後ろめたい気もする。ただ、出会って四日しか経っていないのだ。この私に対して少し大袈裟ではないか、とも思う。 ロラはひとしきり刺し貫くほど私を睨めつけておいて、やがて草のような息をひとつ吐いた。「心配したんだから」「……申し訳ありません」 その言葉に、またむっとして私の額から鼻にかけた辺りを目でむちうつ。私を心配してくれたとして、何に対してなのか。それに、心配された経験がほとんどないのだ。 まだ、その言葉には慣れていない。「まあまあロラさん、その辺で」 長鎗の彼女が宥める風に言うと、その鋭かった感情が次第に溶けていく。そうしてロラはふうと一息入れたあと、木製の肘掛け椅子に背中を押し付けるようにして座った。 弁解するなら、タイミングが悪かったと言うしかない。不在の間にタイミング悪く野盗が来てしまった。いわば不可抗力である。ただそれに対し何か言うでもないし、私はロラの文句に反論する気もない。「理由は聞いたけどさぁ」 今日何度目かの唇の尖り。「だったら尚更騎士様別に悪くないじゃん」「可能性がある限りは仕方ないことなのです」 そうだけどさ。 言ってロラは台所に移動すると、そのまま鍋に火をかけた。指を
last update最終更新日 : 2026-10-01
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episode44 「私もそちらを使わせて頂きましょう」

 一瞬、時間の流れが止まったかのような静けさが襲う。永久に囚われて、抜け出せなくなるような深さがあった。実際には何秒かの時間のはずが、時計の針が止まったかのような感覚に陥っている。 しかしやがて、暗示的な微笑を浮かべた。「なんて、食事のときにする話ではありませんでしたね」 その言葉で、ようやく時間が再び動き出したように感じた。膝に手を置いた長鎗の彼女の姿は、先ほどの厳粛な顔つきは身を潜めて別人のような存在へと変容している。百合の花にも似た清らかな淑女。少なくとも、目の前の彼女に戦士の面影は見られない。「もうリーデったらやめてよー、騎士様びっくりしちゃうじゃん」 苦笑とも悪がりともとれない複雑な笑いかたをして、頭を曲げる。恐らくはロラなりに場を和まそうとしたのだろう。長鎗の彼女もそれに対し、すみませんなんて言いながら微笑む。 事情を理解しているのだ、ロラは。だからこそさっと話を流すことが出来た。 話から察するに、彼女は私と同じ元孤児であるが、その背景はまったく違う。彼女は故郷を知っているが既に無く、私は知らないどころか残っているかどうかも分からない。 ただ私と違って、空っぽではないように見える。敵がいるという点以外では。 喚び起こす。蝿の魔獣という単語を。記憶という暗い洞穴の中を、奥深くへと辿っていく。しかし記憶の引き出しには何も入っていない。そんな魔獣、私は知らなかった。 首都にいた頃、私は魔獣とではなく人とばかり戦っていた。戦ったことがないわけではない、ただもしかしたら、私が知らないだけで、戦争ではなく魔獣に何かを奪われた人もたくさんいるのかもしれない。そう思った。 そうして腰を据え考えていると、夕餉は既に終わっており片付けが始まっている。鍋と皿は既に調理場へ持っていかれ、またしても私は後ろめたい気持ちを抱えることとなった。この場で私は何もしていないではないか、と。ロラの指先が青く赫奕し、水流が発生した。底の深い皿を満たす程度の水量ではあるが、それがロラの手となり使用した食器を洗っている。 薬師というからには、治療に秀でた魔法使いだと勝手に思っていたが、どうやら違うらしい。「ロラは色々
last update最終更新日 : 2026-10-03
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episode45 「私の世界に貴女を虐げる人はいません」

 ロラはまだ少し作業が残っているということらしく、長鎗の彼女、私という順で入浴した。その際、声の聞こえる位置に待機し、声を掛けられれば反応するという体制にした。私とロラを一対一にしないための対応である。 ロラと二人になったからと言って特に何をするという気はないのだが、まあ念のためだ。 そうして、長鎗の彼女と私はロラが二階に上がって来るまでの間、二人して毛布に包まって待つことになった。どのみち監視されているのだ、眠る時間はあまりないだろうと予想出来る。眠れないのには慣れている、平気だ。 それよりも、入浴した後に着ろとばかりに置いてあった寝間着の方が私には慣れない。白い、首元にフリルの付いた洒落た寝間着。ワンピースであることも気になる。いざというときに動きづらいからだ。 武装は下の階に全て置いてきている。この夜、私は完全に無防備だ。仮に今夜に夜盗が攻めてきた場合、戦力にとして参加するのは難しいだろう。 ずっと、霧深い森の中にいるようだった。今まで防具なしに戦闘したことなどいくらでもあったはずなのに、今夜はやけに心細い。じっと、私を見据えるような長鎗の彼女の眼がそれを助長させている。「眠れませんか」 ふいに、長鎗の彼女が話しかける。 心の内を覗かれたように。「はい。手元に装備もなく眠ることが心もとないのです」「それは不安、ということでしょうか」「分かりません。ただ、それだけが私を護ってくれたものですから」 なるほど。そう呟いて、長鎗の彼女は黙ってしまった。ただ視線を宙に泳がしているその眼は、何か考えているように見える。どうだっていいのだ、私のことなど。ただ、今は監視しているのだから装備は返せない。そう返答してくれれば。それで、私は納得するのだから。 しかし彼女はしばらく中空を眺めたあと、やがておもむろに口を開いた。「ずっと独りだったのですね、きっと」 やめてほしい。「知っていますよ、白髪の歴史。だから目に見えて護ってくれる装備が恋しいのですか」 答えない。 ただ私は、私を理解したようなその言葉をやめてほしい。そういう言葉は
last update最終更新日 : 2026-10-05
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episode46 「あなたを呼んでいたのよ」

 あれからしばらくロラのお喋りが続いた。 その最中で長鎗の彼女は眠ってしまったが、私としては未だ頭の芯まで覚めきっていて、眠りの気配は欠片もない。少しするとロラ自身も眠ってしまい、仕方なく私も少しだけ眠りにつくことにした。 少しして起きると、二人が起きるまで出来るだけ時間を稼ぐように毛布に包まりぼんやりと過ごす。窓から差し込む光から察するに、まだ旭が昇ってすぐという頃。 監視する対象である私を差し置いて、長鎗の彼女はまだ眠っている。 嘘はついていない。 少なくとも、彼女は本当にそう思ったということだ。でなければ、こう無防備に眠りはしないだろう。そしてそう至ったのは、あの不思議な瞳の力によるものと暫定せざるを得ない。 嘘か真かを見極める魔法。 そう仮定する。 なら何故初めから行使しなかったのだろう。考えられる理由としては発動できる条件があるか、或いはその力を秘密にしているかといったところか。後者の場合、少なくともロラがいる場で聞く話ではないだろう。 まだ二人とも起きそうにない。 何をすることも出来ず、首元のフリルを撫でたり毛布を握り締めたりして時間を潰す。そうしていると、どこからかそよ風めいて歌が聞こえてきた。 こんな早朝に? 唐突すぎて事が呑み込めない。はっきりと村全体に響き渡るような声は間違えなく、歌うたいのそれだ。 ただ単調に「るるる」という言葉を律動的に繰り返している。それなのに、ただそれだけで一つの芸術として昇華している。しかし今は昼時ではない。歌うたいは正午になるとヤグラで歌う役目を担っているが、いまは早朝だ。 それに警戒態勢である。日中畑仕事に行く村人に自警団が付いていく様子から、警戒態勢と知らされていないとは言い難い。 だが彼女はいま歌っている。 それになんの意味があるのだろう。 あんな、狙撃してくれと言わんばかりの高台で。 夜盗に狙撃手がいるかは分からないが、それなら投擲武器を使えばいい。その危険性を度外視してでも、彼女は歌っている。 分からない。 分からないが、どうしてだろう。 私はあの場所に行
last update最終更新日 : 2026-10-07
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episode47 「殺した人のことなんていちいち覚えていないかしら」

フリストレールの白い亡霊。 先日、風使いが私を指すために使った言葉。亡霊はこの国では蔑称だが、外から来た者がそう呼ぶ場合は別の意味になるだろう。白髪を蔑む必要がないからだ。 私のことを別国で知る機会など一つしかない。 兵士であったことだ。 風使いは分かる。かつて戦闘要員として駆り出されていた過去があったからだ。 だが歌うたいはどうだろう。痩せすぎとまでは言えないが、抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な女性の肉体。兵士とは思えない。魔法使いである可能性のほうが高いが、見覚えがない。「何故、エステル様がその呼称を」 その問いに、彼女は軽い微笑を左の頬だけに浮かべた。「たまたまよ。いつも歌っている街から帰る途中で、亡霊が戦争を終わらせたって言っていたわ」 言葉にはわざと遠回りしているように感じた。 何故この呼称を知っているのか、なんて私にはどうだっていい。私が聞いたのは、どうして歌うたいが私をそう呼んだかである。「そう呼ばれているのね」なんて意味を持って言われた言葉ではないように思う。 そんなことをひけらかすためだけに、わざわざ早朝にこうして私を呼んだわけではないはずだ。まるで歌という光に虫を誘い出すように。仮にそうだった場合、世間話をするために呼んだということになってしまう。しかし彼女は、口数が少ないわけではないが、今のところ決して無駄話が好きという人物ではないように感じる。 あまり村の中で頻繁に見かけないというのもあるだろう。まだ全ての村人に会ったわけではないが、彼女に関しては特に謎めいた気配がある。「……エステル様。いま村は警戒態勢です、こうして安易に身を晒すのは」 よくないのでは。 そう言う前に、気配を感じた。 何かが高速で接近する音。恐らく人ではない。歌うたい目掛けて、それは一直線に飛んでくる。無防備な姿を晒した私たちへの、代償めいた一撃。 既に、攻撃されていたのだ。 果たして、どこから発射されたのか。方角を考えれば、まだ私が見て廻れていない方だ。しかし、攻撃される方向が分かってしまえば対処は
last update最終更新日 : 2026-10-09
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episode48 邂逅

   君に過酷な宿命を背負わせてしまったことを謝罪しよう。  目の前の男はそう言った。 何の話かと口にしたが、何の反応も見せないところを見るに、あちらは私の言葉が分からないらしい。 肩鎧に手甲。 長い前髪を持つ、豊かな白純の髪。 その装いや武装の雰囲気は、どこか自分に似ている。 北方の武人だろうか。少なくとも、こうして無意識の中に現れる存在だ。どこかで私と関与している可能性がある者なのだろう。 やけに自我がしっかりとした夢だ。 ただ、その一言を口にしたのち、男の声は聞こえなくなってしまった。訴えるかのように唇は何度も開閉を連続させるが、何も分からない。 何かを伝えたいということだけが伝わってくる。 私に課した過酷な運命とはなんだろう。 この白髪という宿命か、いいや違う。 彼自身が白髪なのだ。 ならば、あぁ、そうか。 声がまた聞こえる。  心から。 これからの幸せを願おう。 だからどうか。  どうか、待って。 貴方は何者なのですか。 手を伸ばす。 彼を、その声を、希うように。 私は、一体誰なのですか。 するとそれまでしかめっ面とも泣きっ面とも言えない、微妙な表情だった男の顔が、わずかに緩む。 また聞こえなくなる。 唇から紡がれる、その言葉。 待って、ください。 その言の葉を口外に投げる、その前に。 目の前は真っ白に包まれた。
last update最終更新日 : 2026-10-09
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episode49 私

 これは私の記憶の中で、二番目に古い記憶だ。 人は死ぬとき、これまでの人生が脳内を駆け巡るというが、これはそういうことだろうか。 なるほど、と顧みる。 しかし改めて、あまりいい人生ではなかったように思う。 孤児の私を拾ってくれたフルーレ・アヴィアージュは、まだ五歳だった亡霊を捨てた。少年兵として国に放り投げ、それ以降義父とは会っていない。 たくさんの少年兵と同じ兵団に入隊した私を、まず出迎えたのは上官からの暴力である。同じ孤児である少年兵達はまだ無垢で、白髪を虐げる理由を学んでいない。 だが大人は違う。 私を虐げていい歴史を知っている。 初顔合わせで有無言わず顔面を蹴り飛ばされたのは衝撃的だった。突然のことに驚き、私の思考は完全に止まる。少年兵たちはその様子を見て瞠目していたが、上官が声高に理由を述べると、そのときから彼らの私を見る目は侮蔑に変わった。生まれつき身体が頑丈で良かったと思う。でなければ、私は戦場に駆り出される前に死んでいただろう。 後から理解したのだが、それは言い訳に過ぎなかった。 国の黒歴史、白髪。屈辱を受けたのだから、その子は侮蔑してもいいという国からのお達し。実際私がフリストレールにいることなど、彼らは気になどしてないのだ。国内に白髪がいて屈辱など、誰も感じてなどいない。 感じているのは、この子は虐めてもいいのだという意識だけ。 誰かとすれ違うたびに肩をぶつけられ、水を浴びせられもした。凌辱という行為へ手が伸びなかったのは、恐らくアヴィアージュという性のお陰だ。アヴィアージュ家は代々外務大臣を務める名門である。見捨てられた身ではあるが、その性には力があった。私自身が力を持つ可能性は皆無だが、それにより虐待行為はほとんど暴力や過度なノルマであったのが救いだ。 運が良かったと言えよう。 義母がたまに顔を見せに来ていたのも大きい。彼女からは特に、負の感情を感じなかった。好意的な意思があったわけでもないが。それでも、面会に来た日は私への攻撃が止んだのを覚えている。また一定の期間を置いて会いに来たため、その付近になると怪我の目立つ顔面への暴力も控えめになった。 もし私が、本
last update最終更新日 : 2026-10-11
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