All Chapters of アジアンロマンス ~私を平気で裏切ったあなたには、最高の罰で償ってもらいますから~: Chapter 1 - Chapter 10

50 Chapters

第1話 冬の朝の来訪者

悪い夫にはどこかで罰が下る。そう思う私は愚夫の妻。どこにでもいそうなありふれた女だ。そして、夫も平凡を絵に描いたような、普通の会社員である。夫の性格は悪い。「このクズ野郎!」私は夫に怒りをぶつけた。「なんだと。だれが稼いで飯が食えてると思ってる?」夫は居直った。「はあ? 何様のつもりなの? つまんねぇ昭和の台詞ね」「つまらなくていい。こっちには仕事があるんだ。おまえを養う義務もな」「思い上がっちゃって。そんなんで、よく浮気したわね」「浮気はしてないよ」夫は平然と否定し、首を振った。「嘘つけ! 私には分かるわ。シャツにいつもと違う香りがしたのよ」「だから言ってるだろ? 帰りの電車が混んで、知らない女の香水かなんだかがついたんだろって」昨晩、夫の浮気でケンカになった。こんな風景は、我が家では日常茶飯事だ。そして、ケンカが収まらず、二人とも相手を無視し、黙ったまま朝の支度をした。そんな冬の朝のことだった。年も明けた一月八日。少し曇り、ときどき太陽が顔を覗かす。夫はこちらを見向きもせず、バタバタと出て行った。それを奥で確認し、私はIHコンロのボタンを押して加熱を止めようとした。夫が出て行って、ゆっくりとリプトンの紅茶を飲もうとした。お湯は沸いていた。「おーい。カオリ」玄関で聞き慣れた声がした。嫌な夫が戻って来た。私はツカツカと歩き、玄関を覗いた。玄関で夫は立ったまま、私に指示を出す。「忘れ物をした。机の上のUSBメモリ、取ってきてくれ」「知りません」「こら! 急いでるんだ」「自分でどうぞ」「フン。分かったよ」夫は玄関で靴を脱ぎ、ふてくされて上がり込んだ。小さな机の上にノートパソコンが置いてある。そこに挿しっぱなしになったUSBメモリを、ピンと抜いた、「バーカ」夫の背中に悪口を浴びせた。「行ってくるぞ」じつに忌々しげな言い方だ。腹が立つ。 「うるさい。早く行け!」私は顔を背け、玄関を指さした。玄関でバカな夫が、まだぶつくさと文句を唱えている。「なにさ。おまえが悪いんだろ?」そんな風に毒づきたくなる。「今晩も遅くなるぞ。飯はいらないからな」夫は飯か仕事のことしか考えてない。USBメモリも仕事で使うのだろう。家にまで仕事を持ち込まないで、と私は思う。でも、コロナのときはひどかった。家の中でリモート
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第2話 皇貴妃になる

鳥が額にぶつかって、気を失った私──まったく、そんな偶然が起きるものなのか?いたって平凡で、それまでは変わったことなど何も起きなかった私。正月に縁起がいいモノと言えば、一富士、二鷹、三なすび。あの鳥は鷹。そうではなく、もっと小さかった。小さいけれど、鋭い加速だった。私を獲物と勘違いしたみたいに、まっしぐらに飛んできた。うん。ぶつかる前のことをちゃんと覚えている。私は、何もかもを失ったわけではない。記憶がしっかりしてる。ちゃんと命もある。体も五体満足で、手足も動くし、顔も首も、上下、左右に動く。恐る恐る、手を額に持って行く。ちゃんと、額はあった。ちゃんとあるし、穴も開いてない。凸凹がないのが、本当によかった。ぶつかった形跡は今のところなさそうだ。詳しいことは鏡を見ないと分からないが、傷はないような触り心地だ。よかったぁ。整形外科に通わなくて済む。でも、ちょっと待ってよ──私はここにいていいのだろうか。知らない場所に、いきなり来てしまった。お邪魔……ではないのなら、ま、いっか。自身の記憶はしっかりと頭に残っている。私は普通のマンションに暮らす、平凡な主婦で梅本香里。運悪く、高い階に住んでいた。それでなのか、大空から鳥が飛んで来た。鳥がぶつかった一瞬で、世界が変わった。どうしてこんな場所にいるのだろうか。どのように聞かれても、私には説明がつかない。夢でも見ているのか。そこははっきりした色と形から成る、独立した世界だ。たいへん、たいへん、たいへんよ。私はまったく知らない世界にいた。そこは王宮だった。私は王宮の建物の中にいた。そこは、明らかに、きれいな王宮だった。きれい? いや、いや。もっとすごい。きらびやかなとは行かないまでも、壁は朱塗りの壁であり、柱は太くて頑丈そう。天井に灯りはないが、部屋の四隅に行灯が配されている。昔の中国風の王宮であり、なんとなく何かの映画で見た風景である。そして、現世では高級な中華料理店でしか流れないような、優雅な音色の笛と弦楽器がどこかで奏でられている。仕切りのないこの部屋にゆったりした音色が、風に乗って運ばれる。「女子十二楽坊の音楽だわ」その程度の理解でも充分すぎるほどの、とても優雅な音の世界。そんな中、私は|天蓋《てんが
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第3話 生き物として

昔の中国風王宮に来た私。タイムワープってやつなのか。難しい理屈に頭を使う気はない。そんな高級な頭脳すら持ち合わせてない。優雅な音色の笛と弦楽器。ゆるやかに、部屋に吹き渡る風。とても優雅な世界で、いつまでもこの屋敷にいたい、住みたいと願った。天蓋ベッドの部屋から出た。薄くて緑の絹の着物を着る私は、食堂を探した。板張りの廊下を歩く。まっすぐ進み、角を曲がり、またまっすぐ行く。突き当たりに左右の廊下があり、右に行く。あちこちに部屋があり、どこを曲がったのか、よく分からない。それにしても、お腹が空いた。お腹が空いたのに、だれも呼びに来ない。まさか、寝室で食事のわけもないだろう。私は貴族。優美に振る舞うの。そうよ。でなけりゃ、梅皇貴妃じゃないもの。グルルル、グー。また、はしたないお腹の音。体は正直だ。生き物として、しごく当然。食事前にこちらの世界へ来ればよかった。そんなつまらぬ後悔をした。皇貴妃の身分に合う食事を用意してほしい。中国らしい食事。食べられそうなメニューを頭に思い浮かべた。薄いピンクの饅頭、フカヒレのスープ、特製ラーメン。点心で出るケーキ。北京ダック。アワビの煮込み。とにかく、本で見た「満漢全席」のような、贅を尽くした料理の数々。そんな食事を期待しながら、涎が出そうなのをこらえて広大な屋敷の中をほっつき歩いた。途中、女官がお辞儀をするので、小さく頷いて会釈した。やっと、それらしい場所に来た。天井の高い部屋だ。ここが食堂だろう。「ここ、食堂かしら」 だれもいない食堂で呟いた。「おーい、だれかおらぬか」返事がない。テーブルには皿数枚が重ねられているだけだ。他の食器も、箸、スプーンもない。時間じゃないから、食べられないパターンかよ。私は、空腹を我慢できず、隣の厨房を覗いた。唖然とした。ここにも、だれもいない。でも、いいものを見つけた。饅頭が二つ、台座付きの食器に置いてある。私がいただくわよ。心の中で唱えるがいなや、素早く饅頭に手を伸ばした。表面がぷりんとして、大きな饅頭だ。手が動くより早く口が饅頭を迎えに行く。かぶりつくように、腹を空かした熊のように、猛烈に饅頭にむしゃぶりついた。そのあまりの旨さに、舌を噛みそうになった。「うまい! ああ、生き返った」あっとい
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第4話 極上の湯あみ

どういうわけだか、中国の王宮のような場所で暮らすようになった私。しかも、都合よいことに、皇貴妃という身分にあるのだから、とても嬉しい。私は貴婦人である。相手として対象になる人がいるなら、それは皇帝をおいて他にいないだろう。何かしたければ、お付きの召使か女官を呼べばいい。実際、女官に服の着替えや、ベッドメイクをしてもらった。恥ずかしかったが、トイレを頼んだときもあった。彼らを使うのにも、すっかり慣れた。二十畳ほどの広い部屋に一人ぽつんといると、ちょっと寂しい。体に少しむずがゆさを感じ、入浴したくなった。召使を呼んだ。「風呂に入りたいのじゃ」「はい。準備して参ります。しばし、お待ちを」やがて、先ほどの召使がやって来て、私の前にかしずいた。この召使はよく目にする。私専用の係なのか。顔こそ違うが、背恰好が現世の夫に似ていた。夫似の召使だ、と心中で思った。「梅皇貴妃。こちらへ」廊下を通り、天井の高い大きな部屋に入った。人が十人以上入っても、ぶつからないくらいの広い空間だ。窓は中国風の装飾飾りで区切られている。赤や緑、金色で塗られている。梁や天井も、中国風の細かな彫刻と飾りが施されている。実に贅沢な浴場である。その部屋には、石組みの浴槽が一つあった。「ここにお立ちくだされ」「そうか」召使は大きな浴場内の中央にある、小型の建物に誘導した。建物内の建物だ。四本の赤い柱で支えられた、小型の屋根付き建物。「この小さな建物はなんという?」「これでございますか。四柱亭にございます」「よんちゅう、てい?」「さようで。四つの柱に支えられた『亭』にございます」「さようか」私は四柱亭と呼ばれる屋根付き建物の中心に立った。部屋の中にさらに屋根付き建物を配することが、いかにも中国っぽい。召使は大きな桶二つと無地の甕を三つ用意していた。桶に張った水から湯気が立ち上っている。どこかで水を焚いたのだろう。彼らは俯き、床を見ていた。片膝をついて、何かを待っている。「衣服をお脱ぎくだされ」あ、そうか。たくさんの人がいて、いろいろ準備をしているので、私自身がすることを忘れていた。「うむ。分かった。待っておれ」私は帯に手をかけ、スルスルスルと着物を脱いだ。脱いだ衣服は、女官が素早い動きで回収した。
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第5話 宮廷料理

どういうわけだか、中国の王宮のような場所で暮らすようになった私。しかも、都合のよいことに、皇貴妃という身分でいられる。とても嬉しい。中国の王宮の生活にもかなり慣れてきた。私は貴婦人である。相手として対象になる男性がいるなら、それは皇帝だろう。皇帝とは寝所で二人きりの時間を過ごした。とても感慨深い、特別な時間だった。皇后とは風呂でご一緒した。さすがに皇后だけあって気品にあふれ、息を呑むほどに美しかった。私もそうありたいものだと思った。何かしたければ、お付きの召使か女官を呼べばいい。どんなささいなことでもしてくれる人たちだ。彼らを使うことに抵抗がなくなった。それだけ、信頼を置いていた。王宮には複数の女官と召使がいた。とくに夫似の召使が私の身の回りの世話をかいがいしくしてくれた。髪の毛を櫛で丁寧に梳いてくれた。手の爪や足の爪をつんでくれた。着物を選んでくれた。喉が渇くと、お茶を持って来てくれた。ベッドメイクをしてくれた。湯あみのときに、桶や甕に湯や水を張ってくれた。暑いときはおおきな団扇であおいでくれた。寒くなれば、きっとその真逆のことをしてくれるに違いない。書を書くときは、墨と筆を用意し、終わったらきれいに洗ってくれた。つまり、私はとくに何もしなくてよいのだ。はじめこそ、夫似の召使は私のために献身的に働いた。自分で何もしなくても彼が率先し、代わりにやってくれた。きわめて楽ちんだった。小石を敷き詰めた庭に出た。園庭は美しく掃き清められ、枝ぶりがきれいに整えられ、見事だった。池にはおおきな錦鯉が泳ぎ、亀もいた。広い池にはサギが羽を休めていた。西の方から太陽が差し、池に光が反射する。サギの広げた羽に注ぐ陽光が、白い羽を明るく際立たせる。せっかく中国王朝に来たのだから、皇帝にお目にかかりたい。どんな人なのだろうか。あれこれと想像した。何もすることのない一日は、時間が長い。現世で家事に追われ、時間がとれれば携帯を触っていた頃とは真逆の日常だ。無の世界。皇帝の顔を見られたのは、昼過ぎだった。「梅后貴妃。皇帝がお呼びになっております」夫似の召使が床に片膝をつき、私を呼びに来た。「わかった。参ろうか」召使の案内で、広い屋敷を歩いた。きらびやかな柱と、ところどころ中国風の絵が描かれた壁の部屋に来た。私と召使は中に入っ
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第6話 企み

中国の王宮で暮らし、しばらくたった。 梅皇貴妃と呼ばれる私は、第二夫人として、宮中でそれらしく振る舞った。 その身分を受け入れ、貴婦人らしく振る舞いさえすれば、何不自由のない豪奢な生活を送れた。 現世ではただの主婦だったから、気持ちのいいことこの上ない。 本来はその世界の住人でなく、中国だの、宮中だの、何も知らない。 知らなくても、ここの人は皇貴妃だと言い、すり替わったことを疑わない。 元のままだと信じる人がいるなら、演じるだけだ。 お陰で中国の王宮生活にも慣れ、かなりいい気になっていた。 私は貴婦人である。皇貴妃という身分は、皇帝の愛を受け入れる二番目の夫人らしい。 皇后は上から目線で来るけれど、私を冷たく扱うことはなかった。 他の夫人たちは、一様に私に頭を下げる。身分が違っても、それほど露骨な差はないのかもしれない。 私も他の夫人を邪険にすることはなかった。 第二夫人ならば、できるだけ早く、できるだけ多く、皇帝の寵愛を受けたい。 女の性だ。 自分としては、皇帝に尽くすことが仕事だと考えた。 綺麗に見せるのも、美しく着飾るのも、極言すれば皇帝の愛を受けるためと言ってよい。 夫似の召使が私に近づいたのは、王宮に来て四日目の朝だった。 「梅妃様。よいことがございます」 「何じゃ?」 その頃には、私は夫似の召使と気心が知れていた。 その召使は、顔といい、声といい、愚夫によく似ていた。 その影響もあり、夫似の召使に信頼を寄せていた。知らない王宮に来て、いろいろしてくれる召使に、妙な親近感を覚えていた。 召使は周囲を窺い、さっと近寄って私に耳打ちした。 「皇帝のお気に入りはご存じでしょう」 「と言うと?」 私は知らないのに、複数のお気に入りがあるように取り繕った。 「空を舞う|隼かっこはやぶさ》でございます」 夫似の召使は狡そうに笑った。 「ああ、あの鳥のことか。たしかに皇帝は隼を可愛がり、天塩にかけて育てておられる」 さも知っているような口調で話を合わせた。 おまけに、召使にウインクして私も声を落として話した。 我ながら、図々しい神経と調子のいい性格の持ち主だ。フフフ。 「はい。もっとも、餌やりやフンの始末は、私どもの仕事ではございますが」 「それで、何が言いたいの
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第7話 罠

「皇帝陛下、皇帝陛下。いずこに?」私は廊下を歩き、皇帝を捜していた。「皇帝陛下。梅皇貴妃が隼の餌を持ってきましたよ」しーんとしている。廊下をすたすたと歩く音と私の呼び声。それだけが響く。中国の王宮は静寂を好むのか。騒がしさとは無縁のようだ。「だれかおらぬか? 皇貴妃じゃ。梅妃が皇帝を捜しておる」中国の王宮で暮らす私の身分は皇貴妃。現世の主婦から貴族へと華麗に転身、異世界転移して第二夫人の体になった。姿は現生の私とほぼ変わらない。現世に夫を残して未練はないが、皇帝の愛がほしい。夫似の召使にそそのかされた。皇帝の寵愛を得たいなら、皇帝が愛玩する隼の喜ぶニワトリを園庭に放ちなされ、と。単純な私は、それがいいと思った。生きたニワトリをゲットしに、厨房の裏へ行った。そこには大きな竹籠があり、中に生きたニワトリがたくさんいた。首尾よく生きた一羽を生け捕りにした。さすがは私。ワイルドな性癖は健在だ。ただ、手にニワトリを持つ姿を夫似の召使と白虎王子に見られ、少々気まずかった。ところで、隼の居場所が分からない。皇帝に教えていただこうと、皇帝を捜して広い王宮内を歩き回った。廊下を歩き、皇帝の寝所に辿り着いた。以前、皇帝の寵愛を受けた思い出深い寝室だ。自然と足が向いた。だが、そこに皇帝はおられなかった。残念だ。別の部屋を探した。手にしていたニワトリがバサバサと羽ばたいて邪魔だ。それを持つのが鬱陶しくなり、庭に放り投げた。どのみち、隼が見つけて飛べない鳥を始末するだろう。解放されたニワトリは、バタバタと宙を羽ばたき、着地した。そして、せわしなく庭を縦横無尽に走り回った。皇帝が政務を行う場所に移動した。移動しながら、皇帝の顔と姿を思い浮かべた。凜々しい顔に、すらりとした背恰好。ああ、たまらない。口の中に唾がたまる。政務部屋に召使が二人いた。そのうちの、背の高い召使に訊ねた。「皇帝は今、ここにおいでか」「いいえ。ついさきほどまではおられました。今、用を足しておられます」「ここで待っておれば、戻って来られる?」「そうでございます。陛下はもうじきここへ」「分かったわ」私は部屋の外で待った。「やっと皇帝に会えるわ」期待に胸が高まり、心は打ち震えた。皇帝にお会いできたら、庭をご覧いただこう。哀れな
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第8話 地下牢

「皇帝陛下、どうか、私の話を聞いてください。陛下」王宮に暮らして、のほほんと優雅な第二夫人の座に甘んじていたら、牢屋に閉じ込められた。まさに、天国から地獄へ突き落された。なかなか上手くは行かないもんだ。そりゃ、私が悪いのよ。食用に使うニワトリ一羽を籠から失敬して庭に放ったんだもん。でもね、でもね。聞いてほしいの。私が一人で考えてやったんじゃないの。私の頭ではそんな大それたこと、及びもつかないわ。夫似の召使が、私に言ったの。そうすれば隼の餌になって喜ぶ。隼が喜べば、それを飼う皇帝も喜ぶ。そう言うもんだから、皇帝の愛ほしさに頭のネジがゆるんで、そんなことをしでかしたのよ。それなのに、あの召使は私が厨房裏の竹籠からニワトリを逃したのを目撃し、皇帝に告げ口した。自分で焚きつけといて、チクルってさ。なんてひどい召使だこと。元に戻ったら、許さないから。心の叫びをだれかに聞いてほしかった。皇帝は召使の言いなりになって、私を第二夫人から外した。代わりに、第三夫人の郭貴妃を第二夫人に昇格させた。本当にそれでよかったのかしら。もっと恐ろしいようなことが潜んでいそうな気がするんだけど。王朝のすべてが詰まった舞台で、愛と欲が蠢いている不吉な予感がした。嫌な予感が外れてくれたら、いいのに。私は私で、そっとここで刑に服するだけなのだが。中国の王宮で暮らす私。第二夫人である皇貴妃の身分で皇帝の愛を受け入れた。皇帝とお目にかかり、皇帝の寝所で初めて皇帝に愛された。この体になって、皇貴妃として、女として、愛の悦びに浸った。皇帝は隼とニワトリの件で召使の話を信用し、お怒りになられた。「食用のニワトリを庭に逃がすとは、けしからん」皇帝は怒りの形相で、私に窃盗罪を言い渡した。むりもない。私だって、同じ立場なら怒っただろう。罪をつぐなわせただろう。皇帝の衛兵に腕をつかまれ、地下にある牢屋に連れて行かれた。私は、「これには事情があります」と訴えたのも及ばず、牢屋に閉じ込められた。なんということだろうか──。そんなことをつらつら考えても、だれもここに来ない。そりゃ、そうだ。暗くて寒い地下牢。ここは、ジメジメして心細い。たいそう心が落ち込む。こんな場所に、仕事以外で来る人間などいないだろう。人の
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第9話 危機

現世ではパートをする平凡な主婦だった私。ところが、ひょんなきっかけで、中世あたりの中国の宮廷に紛れ込んでしまった。梅本の名前のせいか、梅后貴妃として転移したようだ。身の回りの世話は、現世の夫に似た召使らがかいがいしくしてくれる。実にいい身分だ。そんな暮らしも長く続かない。第二夫人として暮らしていたある日、夫似の召使に裏切られた。悪い召使の奸計にはまり、皇帝の怒りを買った。籠に入っていたニワトリを庭に放ったせいで、窃盗罪を言い渡された。私は地下牢に幽閉された。鉄格子の中で過ごすのは苦しかった。とても辛かった。水しか与えられず、インコ以下の扱い。本当に死にそうだった。掛け値なしで、骨が浮き立つほど、痩せ細った。まさに生死の境をさまよった。そこへ味方が現れた。悪い召使に離縁された元妻だ。私は、元妻の目を見て信じた。この人なら聞き入れてくれる、と。元妻に、皇帝への愛と、夫似の召使の罠にはまった事情を丁寧に説明した。元妻は私の話をよく聞き入れ、同情してくれた。彼女は、どこで手に入れたのか、合鍵で解錠してくれた。命からがら地下牢を脱出し、屋敷に戻った。脱出前に彼女から聞かされた。夫似の召使はクーデターを企てている。かねてより反皇帝派を秘密裏に組織して扇動し、チャンスを窺っている。私を第二夫人の座から降格させたくて、私に罠を仕掛けた。そして、自分の愛人である第三夫人の郭貴妃を第二夫人に据える。美しい郭貴妃。その美貌を利用する。妖艶で美人の郭妃に色仕掛けを行わせ、皇帝を骨抜きにして油断させる。そんな風にして、郭妃を陰で操りながら政権転覆を容易に実行可能にする。そういう状況でXデーを迎え、結集した反皇帝派を指揮して、クーデターを成功に導こうとしている。元妻の激白に、驚きを隠せなかった。彼女の言葉が頭の中でガンガンと音を立てて響いた。あんな冴えないひげ面の小男が、そんな大それたことを考えるのか。皇帝を追放するか、殺してしまうのか。その後、自分がこの国の皇帝に即位する?あり得ない。とんでもない話である。私は逃げながら、心の中でひどく憤慨した。自由の身になった今こそ、一刻も早く、皇帝の耳にその情報を届けたい。皇帝に身の危険が迫っているのを知らせ、皇帝の命を救いたい。皇帝のことを悪く思う人間がそ
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第10話 クーデター

「今日がXデーよ。クーデターが起こるんだわ」着物の裾を手で持ち、必死で走った。皇帝が危ない。夫似の召使がクーデターを起こそうとしている。事態は風雲急を告げている。髪を振り乱し、ドタドタと廊下を駆け抜けた。「全員が大広間に会するなら、クーデターを起こすにはもってこいじゃん」梅妃としてこの世界に暮らす私は焦っていた。大広間まであと少しだ。「早く、大広間へ行かないと」やばい。とにかく、やばい。夫似の召使が反皇帝派を指揮し、武装した軍勢が大広間に雪崩れ込む絵がありありと浮かんだ。そんなことが現実になれば、皇帝派は一網打尽になる。多くの犠牲者が出るのは火を見るよりも明らかである。大広間に着いた。肩で息をした。すでに天下統一記念日の宴が行われていた。扉は開け放たれ、ワイワイガヤガヤと賑やかな声が響いていた。宴を楽しむ人々が笑顔で集っていた。綺麗な服を着た数人の女性が薄い着物で舞っている。大きな机には、お酒と食べ物が並んでいた。皇帝と夫人らはイスに座り、和やかな表情で、じつに楽しそうに食事をとっていた。皇帝はご満悦で、第二夫人となった郭貴妃に話しかけている。郭貴妃はいつにもまして、美しい。その妖艶な美貌を活用し、この一週間で皇帝を骨抜きにしたのか。美人の魅力は恐ろしい。郭貴妃が色仕掛けで皇帝に迫り、皇帝の秘密を夫似の召使に漏らしているとしたら。郭貴妃は召使に操られ、皇帝を油断させる女。そんな風にして郭貴妃を陰で操り、夫似の召使は政権転覆を実行に移すつもりだ。皇帝はまったく警戒していない。大きな口を開け、笑っている。いつものように優雅な音楽が奏でられ、楽しい宴が進行していた。それが皇帝を襲う最大のチャンスになっているとも知らずに。目の前には、そんな風な優雅な宴の様子が見えた。乱れた呼吸を整えた。息を吸い込み、大声を出した。「たいへんよ。宴どころじゃ、ないわ。早く中止して!」私は中に入り、叫んだ。「これは梅皇貴妃。いえ、梅貴妃。どうしたと言うの?」郭皇貴妃が袖で口を隠しながら、笑った。この人はクーデターのことを承知している。陰謀を知る側の反皇帝派と言える。「やめてください。もうすぐ、血の雨が降るわ!」私は必死の形相で訴えた。しかし、みんなは笑顔で飲み食いし、だれも私の話を信用しない。それはそうだろ
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