リムジンは矢絃の自宅前で停車した。「これ、僕の連絡先です。車が必要になったら、いつでもお呼びください」 紫苑は名刺を手渡し、にっこり笑う。「ありがとう、助かるわ」「いえ、これも仕事ですから。それでは、また」「えぇ、気を付けて」 リムジンが去ると、百合は家の中に入る。「おかえりなさいませ、……百合様」 少し前までは奥様と呼んできた使用人は、よそよそしい雰囲気でぽつりと言うと姿を消した。きっと、矢絃から何か連絡があったのだろう。他の使用人も、百合の顔を見るなり困ったような顔をし、「百合様」と呼んだ。彼らの目は、まるでよそ者を見るような目だ。 少し前までちょっとした雑談も気軽にできる相手の変化に、複雑な気持ちになる。(物件が決まるまでこの家のお世話になろうと思ったけど、無理そうね) 百合はため息をついて自室に戻ると、近場のホテルを予約した。 荷物をまとめて母の部屋に行く。仕事道具のほとんどは職場に置いてあるため、着替えの他にあるのは資料とノートパソコンくらいだ。「母さん、私だけど、今いい?」 ノックして声を掛けると、困惑気味の藤子がドアを開けた。「百合、ちょっと部屋に入ってちょうだい」 藤子は百合の手を引き、半ば強引に部屋に招き入れる。いつもと様子の違う母を見て、いよいよこの家にはいられないと思う。「母さん、どうしたの?「少し前に、いきなり『あなたはもう働かないで』と言われたの。いったい何があったの?」 藤子は不安げに百合を見上げる。「ねぇ、母さん。ちょっと気分転換しない?」 百合は明るい声を作った。契約についての話をしたかったが、この場では危険だ。何より、一刻も早くこの家から出たかった。「百合?」 訝しげな目で見てくる藤子に気づかないふりをして、百合は明るく言葉を続ける。そうでもしないと、弱音を吐いてしまいそうだった。「ちょっといいホテルを予約したの。今日からだから、さっそく荷物まとめて行こう。3泊するから、着替えは全部持っていったほうが良いかも。それと、充電器も」「急にどうしたの?」「いいからいいから。私が荷物まとめておくから、母さんはタクシー呼んで」 我ながら支離滅裂だと思いながらも、藤子にスマホを持たせて背中を押し、半ば強引に部屋から追い出した。「ちゃんとタクシーを呼んでくれるといいんだけど……」 ぽつ
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