Tous les chapitres de : Chapitre 21 - Chapitre 30

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21話

「秋明様は、基本的1階で過ごすそうなので、2階は共同の寝室以外は好きにしていいとおっしゃっていました」「どの部屋が共同寝室なのかしら?」 質問をしてから、何故この話を1階でするのか疑問に思う。2階で話せばスムーズなのに。「好きに決めてくれて構わないとおっしゃっていました」「そう」 納得しながら返事をし、2階に行く。一部屋ずつ見ながら、どこを作業部屋にしようか考えると、年甲斐もなくわくわくした。 デザイナーという職業柄、常にスケッチブックを持ち歩き、どこでも描けるようにしてはいるが、自宅に作業部屋がほしいとずっと思っていた。 秋明は2階は共同寝室以外なら好きにしていいと言ったのだ。それなら、作業部屋を作っても問題ないだろう。 もちろん不安は未だに消えないが、せっかくだ、楽しまなくては損だろう。思い切って財閥の夫人という立場を楽しむのも悪くない。きっと秋明といれば、一般人では見れないようなものをたくさん見たり、触ったりできるはずだ。これはデザイナーとしての審美眼を磨くチャンスでもある。 いくつかドアを開けていくと、浴室があって驚く。浴室とトイレは1階にあった。トイレならまだしも、浴室までふたつあるだなんて、考えてすらいなかった。「すごい、お風呂がふたつあるだなんて……」「百合、あなた専用のお風呂じゃないの?」 藤子にそう言われ、ここでの生活を少しだけ想像してみる。疲れて帰宅して、2階に着替えを取りに行き、また1階の浴室に行く……。きっと風呂から出た時点で力尽きてしまう。 だがこの家には、2階にもある。疲れて帰宅してきても、すぐ風呂に入れるのだ。それだけじゃない。休日は1日中ずっと、2階に引きこもることもできるかもしれない。夢のような生活だ。「うん、いいかも……」 百合はスマホを出し、近い未来に来るであろう優雅な2階生活を夢見て、どの部屋に何を起きたいか書いていく。 すべての部屋を見て、どの部屋をどんな用途に使うか決め終える頃にはもう、12時を少し過ぎていた。「そろそろお昼にしましょうか。何かリクエストはありますか?」「そうね……」 顎に手を添え考える。昨日から今朝にかけて高級なものばかり食べていたせいか、少しジャンキーなものが食べたい。例えば、たこ焼きやお好み焼きなどの粉もの。ハンバーガーやポテトなどのジャンクフード。スーパーのお
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22話

 ラーメン屋を出た3人が次に向かったのは、高級家具店。ふたりはその値段に、ただただ圧倒された。 例えば、ひとりで使う小さなテーブルひとつで6万もする。ホームセンターで同じサイズのものを探せば、3000円くらいで買えるだろう。ソファも50万は当たり前で、数百万円するものも置いてある。「わ、私達の住む世界とは違いすぎるわ……」「このソファの価格で何ヶ月生活できると思うの……?」 楽しもうと意気込んでいた百合も、価格に尻込みし、庶民の発言をしてしまう。「母さん、値札なんて見ちゃダメ。私達のお財布は、あの妻夫木財閥なのよ? たとえこの店にあるもの全部買ったって、痛くも痒くもないんだから、私達はただ、気に入ったものを選びましょう」「けど……」「だって、そうでもしないと私達、何も買えないじゃない」「そうね、百合の言う通りね」 藤子は少し考えた後、笑顔で大きく頷いた。「おふたりとも、買い物の準備はできましたね?」「えぇ、できました」「ばっちりよ」「では、お願いします」 紫苑が近くで並んでいたふたりの店員に声を掛けると、彼らは優雅な足取りで来てくれた。ふたりとも30代半ばに見える男性で、紳士的な雰囲気だ。「彼女達の家具選びを手伝ってあげてください」「はい、かしこまりました」 紫苑は店員達に見取り図を手渡す。ひとりの男性店員が百合の前まで来て、優しく笑いかける。「本日、宝生百合様のお買い物を手伝わせていただく、佐藤と申します」「よ、よろしくお願いします」 まさか店員と見て回ることになるとは思わず、困惑する。「どのお部屋の家具からお選びになりますか?」 佐藤は白紙の見取り図を百合に見せながら聞く。「えぇと……」(1階はあの人が使うようだから、2階だけ決めればいいかしら? 一応、キッチンも?) 少し考えてから、キッチンを指差す。キッチンは1階にあるが、客人から見える場所ではない。それに、秋明が使うこともほとんどないだろう。きっと、百合と使用人くらいだ。 リビングは悩んだが、客人を招く空間でもあるリビングに、百合の趣味を反映させるのは気が引けた。「では、キッチンから」「かしこまりました。では、こちらへ」 佐藤についていき、相談しながら家具を選んでいく。家具が決まる度に、佐藤は百合に設置場所を確認し、見取り図にどの商品をどこに置くの
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23話

 親子は残りの滞在期間を思い思いに満喫し、温泉やマッサージなどで疲れを取った。チェックアウトすると、紫苑が迎えに来てくれて、藤子をあの一軒家に下ろす。「百合、元気でね。何かあったらすぐに電話して。母さん、すぐ行くから」 車から降りた藤子は、紫苑に一礼すると百合に向き直り、手を握る。「もう、心配性なんだから。母さんも、何かあったらすぐに連絡してね。久々のひとり暮らし、満喫してね」「ありがとう、気を付けて」 藤子がドアを閉めると、車はゆっくり動き出す。「奥様、目的地なのですが、ご自宅の前に、別の場所に行っていただきます」「いいけど、どこに行くの?」「産婦人科です」「産婦人科!? なんでまた……」 驚きのあまり、声が裏返る。秋明とはまだキスしかしていないのに、行く必要性が分からない。「その、流産、なされたでしょう? それで秋明様が産婦人科を手配するようにおっしゃっていたのです」「そう、だったの……」 忙殺されていて頭から抜け落ちてしまったが、病院には、あれ以来顔を出していなかった。(ありがたいけど、どういうつもりなの……?) 秋明の意図が分からず、百合は混乱する。まだ秋明のことをよく知らないが、情で動くタイプの人間だとは思えない。契約期間は2年だし、体を求められたら応じなくてはならないが、子供を作れとは言われていない。 それなら、百合を産婦人科に行かせる理由がないように思える。「つきましたよ」 しばらくすると産婦人科につく。紫苑と一緒に病院に入ると、紫苑は百合に座っているように言い、受付に声をかけにいく。するとすぐに診察室に呼ばれ、百合ひとりで行く。「妻夫木百合さん、ですね」 40代くらいの女医が、百合を安心させるように微笑む。「流産されたとのことですが、おつらいお話で申し訳ないんですけど、お話してくださいますか?」「はい……」 百合は自分が流産してしまった経緯を、女医に話す。事務的に話そうと心がけていたが、流産のショックや、矢絃からの心無い言葉を思い出し、気づけばボロボロ泣いていた。「す、すいません……。急に泣いたりして……」「いいんですよ。つらかったですね」 女医は立ち上がり、百合の背中を擦ってくれる。その優しさとぬくもりが嬉しくて、落ち着きかけていた涙が再び溢れ出す。「はい、どうぞ」「ありがとう、ございます…
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24話

 1階に着くと、リビングから物音がしたのでそちらに行くと、秋明が室内を見回していた。「随分殺風景なリビングだな」「1階はあなたが使うって聞いたから、1階はキッチンだけ選んでおいたの。きっと、お客様も来るでしょう? そんな大事な場所に、私の好みを反映させるのは、違うと思って」「リビングは好きにしてよかったんだが、伝令ミスだな……。俺の好みでいいか?」「おまかせするわ。ねぇ……」「どうした?」「その、ありがとう……。産婦人科のこと……。忙しくて、すっかり忘れてて……」「まったく、お前は……。自分の体くらい大事にしろ。それに、その体はもう、お前ひとりの体じゃないんだからな」 独占欲が滲む目で見つめられ、心拍数が上昇する。(どうして、そんな顔をするの……?) 契約書には、契約上の関係であって、恋愛対象ではないと書かれていた。それなのに、こんな目で百合を見る意味が分からない。「返事は?」「はい……」 目力とオーラに圧倒され、気づけば百合はうなずいていた。秋明はそんな百合を見て満足げに笑い、触れるだけのキスをする。「ゆっくり話を聞かせてほしいところだが、ここにはソファがない。こっちに来い」 腕を引かれ、ベッドのみがある部屋に入る。ここが彼の寝室になるか、客室になるかはまだ分からない。 秋明はベッドに腰掛けると、百合を抱き寄せ、膝に乗せた。見上げると、思ったより近くに秋明の顔がある。「それで、医者はなんて?」「しばらく通院して、お薬を飲むことになったわ。次に生理が来るようになるのは、1、2ヶ月後で、性行為は3回目の生理が来てから、先生の診断でOKが出たらになるみたい。だから、悪いんだけど……」 自分で言葉にして、半年ほどセックスできないことに気づき、口ごもってしまう。これでは、契約で与えられた役割を果たせない。その間に秋明に飽きられてしまったら、どうすればいいのかと、不安になる。「そうか、分かった。医者からの許可が出たらすぐに報告しろ。それまで手を出すつもりはない。手や口でしろと言うつもりもない」「いいの……?」 百合は思わず秋明の顔をまじまじと見る。役割を果たせないことを罵られる覚悟をしていただけに、拍子抜けだ。「いいもなにも、専門家である医者がそう言ってたんだろ? なら、それに従う。病人のお前に無理をさせるわけがないだろう」 
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25話

 部屋の中にあるのは、キングサイズベッド、ドレッサー、クローゼット、サイドテーブル。ふたりで使う部屋だから、余白を残しておいた。「シンプルだな。悪くない」「ふたりで使うでしょ? だから、まずは最低限のものを揃えておこうと思って、これしか選んでないの」「案外謙虚だな。もっと好きにしてもよかったんだぞ?」 秋明はベッドに腰掛け、先程のように百合を膝に乗せる。「俺の生活リズムは普通じゃない。夜に寝ることもあれば、日中に寝ることもある。出張でいないこともあるだろう」 彼は財閥の会長だ。きっと、百合には想像のつかないハードスケジュールをこなしているのだろう。「真夜中や明け方に寝室に入ることもあるが、お前からしたら落ち着かないだろ? 基本的この部屋で寝てもらうが、俺がいない時は、別室で寝てもらってかまわない。買ってないのなら、ベッドを買ってやる」「大丈夫、買ってあるの。ひとりで使うには部屋数が多かったから」「そうか、手間が省けたな。次は2階を案内してもらおうか。よく使うことになる部屋と、入ってほしくない部屋は把握しておきたい」「分かったわ」 百合は秋明を一通り案内し、最後に作業部屋に案内した。部屋には作業用のテーブルが奥に設置され、壁は本棚と棚で覆われている。本棚が埋まっているのはほんの一部で、空白が目立つ。棚にいたっては空っぽだ。「ここは私の作業場よ」「まだ未完成のようだな」「近々トルソーを買うつもりでいるの。それと、生地や装飾品も。あぁ、ミシンもあるといいかも」 理想の作業部屋を思い描くだけで胸が高鳴り、饒舌になる。百合の頭の中は、作業部屋を作ることでいっぱいになっている。「専門書ももっと揃えておきたいのよね。今はまだあれしか持ってないけど、欲しい本はたくさんあるの。それから……」 喋りすぎたことに気づき、秋明を見上げる。彼は興味深そうに百合を見ていた。恥ずかしくて耳まで赤くなる。「ごめんなさい、おしゃべりしすぎたわ」「それから、何を置きたいんだ?」「え?」「うちでも多くのデザイナーを雇ってはいるが、直接話すことなどほとんどない。それにお前の話は聞いてて面白い。だから聞かせろ。何が欲しい?」 否定されることも、馬鹿にされることもなく安堵し、再び部屋を見る。「イーゼルがあると嬉しいわ。トルソーに布をまとわせてひらめいたデザインを
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26話

「それで、どこに行く? 画材屋か? 行きつけは?」「ちょっと待ってて」 百合は自分がよく行く手芸店を検索し、住所も書かれたページを見せる。その手芸店はショッピングモールの中にある。普段はもう少し離れた場所にある手芸の街に行くが、最初はシンプルなものを揃えたい。それに、客や店の服やバッグなどを見て、参考にしたかった。「モールか……」 百合のスマホで住所を見ると、秋明は渋い顔をする。「どうしたの?」「人混みは苦手だ」「意外ね。慣れてると思っていたわ」「慣れているからといって、好きというわけではない。その理論が通るなら、ブラック企業が訴えられることなどないだろう」「それもそうね。なら、別のお店にする? 少し遠いけど、専門店があるわ」「いや、いい。モールには色々ある。ここでイーゼルも買えるだろう?」「えぇ、あると思うわ」「それなら、ここでいい。1回でできるだけ揃えたほうが、お前も楽だろ」 そう言って、秋明はアクセルを踏む。車は静かに動き出し、道路に出る。「あとでガレージを買わないとな。お前は免許は持ってるのか?」 しばらく走っていると、秋明は思い出したように言う。「一応あるわ。ここ数年は乗ってないけど」 矢絃と婚約する前は、母とふたりでアパートに住んでいた。その時既に、母は熊谷家と契約をしていたが、婚約するまでは家に帰ってこれていたし、最低限の生活費はもらっていた。 その頃に百合は免許を取得し、中古の軽自動車を乗っていた。婚約してからは矢絃に言われて手放したが。「それなら、お前の車もあとで買おう。どんなのがいい?」 まるでガレージのついでだというような言い方に驚く。「なんというか、すごい金銭感覚よね……」「慣れろ」「努力はする」「それで、乗りたい車種はあるか?」「とりあえず、軽自動車ね。小回りがきくし、大きい車は自信がないわ」「帰りに時間があったら見に行くか。今のうちに欲しい車を探しておけ」「分かったわ。けど、本当にいいの? 私、車に乗る予定なんてないんだけど……。運転だって、自信ないし……」「くどい。車があった方がなにかと便利だろう」「それもそうね」 秋明の中では百合の車を購入することは決定事項のようだ。助手席で揺られながら、軽自動車を検索する。(あの頃は、よく夜にドライブしたっけ……) 以前乗っていた車を
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27話

 ショッピングモールに着くと、百合の案内で手芸店へ向かう。途中、百合はすれ違う客や店の服やカバンを横目で見ながら、様々なデザインを吸収していく。「ここよ」「結構小さいんだな」 秋明は小さいと言うが、ショッピングモール内の手芸店にしては大きい方だ。「好きなだけ買え」「それじゃあ、遠慮なく」 百合はサテン生地とシフォン生地の単色を次々に手にしていく。手芸店で販売されている生地は、厚紙に巻かれている。厚紙は長方形の厚紙か、筒状のことが多い。厚紙に巻かれた生地をレジに持っていき、何メートル必要なのか店員に伝え、裁断してもらうのだ。「お客様、よろしければお決まりの生地を裁断いたしましょうか?」 声をかけてきたのは顔なじみの店員だ。店員は百合だと気づくと笑みを深め、軽く会釈をする。「いつもご利用ありがとうございます」「いえ、こちらこそ。これ、全部2メートルずつお願いします」「かしこまりました」 店員は百合から生地を受け取ると、大きなテーブルに広げ、裁断していく。その間も百合は単色の生地を中心に集めては、店員に渡していく。おかげでレジとテーブルはてんやわんやだ。 一通り生地を選び終えた百合は、今度は本革を選び、それらの裁断も頼む。「本革まで買うのか」「私がデザインするのは、服だけじゃないの。財布とかバッグとか、キーケースもデザインするのよ。だから、本革も必須なの」「そうか」 秋明は裁断用のテーブルを見る。ひとりの店員が生地を裁断し、他の店員は別の客のレジを担当している。他の客が生地の裁断を頼むと、百合のものを中断し、そちらを裁断する。更に別の店員は、裁断し終えた生地を売り場に戻していく。 百合は裁縫道具やはぎれ、ボタンにレースなどを買い物かごに入れていく。(すごく楽しい……!) 今まで経費で生地を大量に購入したこともあったが、ここまでではない。何よりこれらはすべて自分のために買うのだ。楽しくて仕方がない。買い物かごはほとんど満杯に近い状態だ。「あとは、ミシンね」 ミシン売り場に行き、吟味して選ぶ。いいものは見つかったが、買い物かごは両手で持たないと持てない重さだ。「お会計の時に持っていけばいいか……」「これか?」 いつの間にか近くに来ていた秋明が、ミシンを指差す。「そうよ」 秋明はミシンを持つと百合を見る。「まだ他に買うも
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28話

(このワンピース、フリルがついてるのに大人っぽいデザインね。素敵……。あら、この色合い斬新で可愛い) ひとつひとつ手にとって見ていると、通知音が鳴った。スマホを見てみると秋明からメールが来ていた。『今戻る。どこにいる?』 きっと秋明は、初めてここに来ただろう。財閥の会長なのだから、ショッピングモールに足を踏み入れたこと事態初めての可能性だってある。『さっきの手芸店で待ってるわ』 そう返信すると、持っていたバッグを売り場に戻し、手芸店に向かった。 手芸店前のベンチに座っていると、ガラガラと音がする。秋明が台車を押して戻って来る。顔のいい高身長の男が台車を押して歩いているのは、なんというか、シュールな光景だ。笑いそうになるのをお茶を飲んでごまかし、立ち上がる。 手芸店の店員はちょうど店前の商品を並べ直しており、秋明に気づくと台車を受け取った。「ありがとう、助かるわ。よかったら飲んで」「気が利くな」 秋明はお茶を受け取って飲むと、ポケットに押し込んだ。「次はイーゼルか。どこにある?」「3階の本屋さんね」 秋明と共にエスカレーターに乗り、3階を目指す。すれ違う女性達は振り返り、黄色い声をあげた。秋明は煩わしそうに顔をしかめるだけ。 本屋につくと、奥にある画材売り場に行く。大小様々なイーゼルからひとつ選んで秋明を見ると、彼はどこかを見ていた。「何を見ているの?」「色鉛筆だ。確か、あれも買うんだろ?」「そうね、そのつもりよ」 百合がうなずくと、秋明は色鉛筆売り場へ行き、迷うことなく選んで百合のもとに戻る。彼が手にしているのは、150色セットの色鉛筆だ。百合の記憶があっていたら、5万はする代物だ。「これでいいか?」「あ、ありがとう……」 短い付き合いだが、分かったことがある。秋明は遠慮されることを嫌う。かといって、図々しい人間も嫌うところがあるが。だから、遠慮するより、そのまま甘えたほうが彼の機嫌を損ねずに済む。「あとは、本ももっと欲しいと言っていたな」「えぇ、そうよ。けど、今回は2、3冊くらいにしておくわ」「何故だ? 何度も通うのは非効率だろう」「そうだけど、今日は荷物が多いもの」「そうだな……。使用人は今日来る予定ではあるが、俺達が帰る頃にいるか分からない。それにお前も疲れてるようだしな」 不意に頬に触れられ、固まってし
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29話

 自宅まであとほんの数分というところで、目が覚めた。疲れはあまり取れていないが、頭はスッキリしている。「起きたか」「えぇ、よく眠れたわ」 自宅の敷地に入ると、1台の車が停まっている。その車には見覚えがあった。百合と藤子が買い物などをする際に乗った高級車だ。「来てたか」 秋明が隣に車を停めると、運転席から紫苑が出てくる。彼はこちらに一礼した後、後部座席のドアを開ける。中から出てきたのは瓜二つの双子の女性だ。 百合達も車から降りると、双子はぺこりと一礼する。「百合様ですね? はじめまして。桜井マリと」「ルリです」「はじめまして、百合よ。よろしく」「このふたりがうちに来る使用人だ。掃除と料理はふたりがしてくれる」 秋明が軽く紹介すると、双子はうなずく。「私達、交互にお邪魔しますね」「時々、ふたりで来ることもありますけど、見分けが着くようにしておきます」「自己紹介も終わった。家に入るか。紫苑。俺の車に積んである荷物を、2階に運んでくれ。左奥の、本棚が多い部屋だ」「かしこまりました」「私も手伝うわ」「お前はいい。何度も言わせるな」 荷物を取ろうとしたが、秋明が百合の肩を抱いて家に向かって歩く。秋明は1階にある1番小さな部屋にふたりを案内した。「ここを掃除用具置き場兼ふたりの休憩室にするつもりだ、必要なものは紫苑と買いに行け」「はい、旦那様」「1階のすべての部屋は、掃除のために出入りして構わない」「はい、旦那様」「百合、2階に行ってふたりを案内してこい」「分かったわ」 百合は双子を連れて2階に行き、共用寝室から案内していく。途中、秋明と紫苑が荷物を運び込むために百合の作業部屋に入っていくのが見える。(ふたり共、ありがとう……) あの量を百合ひとりで運ぶのは骨が折れる。それに、流産して日が浅く、体力も戻りきっていない。「最後に、作業部屋ね」 双子達と作業部屋に入ると、荷物が運び込まれ、少しにぎやかになっていた。徐々に自分の作業部屋になっていくのが嬉しくて、ニヤけそうになるのをおさえ、双子に向き直る。「ここは私の作業部屋。この部屋以外なら、出入りしても問題ないわ」「はい、奥様」 案内を終えると、1階に戻る。「では、私達は食材や掃除用具の買い出しに行きます。おふたりはごゆっくりお休みください」 紫苑は一礼し、双子を
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30話

 しばらくすると、紫苑と双子が帰ってきた。3人はそれぞれ手に大量の荷物を持ち、小部屋やキッチンに運ぶ。食材を一通り運び終えた双子が調理する音や声が、寝室に聞こえてくる。「帰ってきたみたいね」「そうだな」「手伝いに行きたいって言ったら怒る?」「いい加減学習しろ。今のお前がすべきことは、休むことだ。医者にもそう言われたんじゃないのか?」 医者を持ち出されると、これ以上言うことはできない。ただ、百合としてはあの双子と仲良くなるためにも、一緒にキッチンに立ちたかった。「使用人がいる生活に慣れろ。熊谷家の使用人がどんな連中かは知らんが、あの連中よりはマシであることは保証してやる。うちで働く使用人の大半が、使用人専門学校に通っていたからな」「そんなのがあるの?」「日本では馴染がないが、日本には執事養成学校がある」「初めて知ったわ……」「だろうな。顔色がまだあまり良くない。食事ができるまで、ここで休むといい」「ありがとう、そうするわ」 ベッドに横になると、秋明は窓際のテーブルに座り、本を開く。(あなたが分からない……。どうして私をそこまで気遣うの?) 心の中で問いかけ、目を閉じる。秋明はいつも冷たい目をし、近寄りがたいオーラを出している。その割には百合への扱いがあまりにも丁寧で、ちぐはぐだ。今日に至っては、独占欲のようなものを感じ取った。秋明から気遣いや独占欲を感じる度に、百合は戸惑ってしまう。(私、は……) もう一度目を閉じて秋明を見るが、睡魔に抗うことはできず、そのまま眠ってしまう。「おい、起きろ」 体を揺すられ、目が覚める。何度かまばたきを繰り返し、意識を戻していく。「食事ができた。食べるぞ」「えぇ……。3人は?」「帰った。起きれるか?」「大丈夫……」 ゆっくり体を起こし、秋明と一緒にキッチンに行くと、テーブルの上には豪華な食事が用意されていた。「すごい……!」「新居祝に張り切ったと言っていた」 秋明が座った後、百合も向かいに座る。(ここに座ればいいのね) 百合は秋明を見ながら、夫婦の定位置を探る。いつ人前に出ることになるか分からない。少しでもはやく、秋明との距離感を掴み、慣れていきたい。(そのためにも、この人のことをもう少し知っておきたいんだけど……) ちらりと秋明を見るが、彼は黙々と無表情で食べるだけ。(気
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