All Chapters of こんなに好きなのに、伝わらないのなら――: Chapter 51 - Chapter 53

53 Chapters

弟の悲しみ

次の日、辰之がいるクラスに急いで向かった。教室の扉を慌てて開けたら箱崎が素早く駆け寄り、しょんぼり顔で声をかけてくれる。「あ、黒瀬先輩。一歩遅かったです」「やっぱりな。授業がなかなか終わらなかったんだ」 中休みの短い時間だが、間違いなく若林先輩が辰之の教室に顔を出すと予想したからこそ急いで出向いたが、無駄足に終わってしまった。 昨夜、辰之とのやり取りのあとに、LINEで若林先輩に連絡した。もうこれ以上辰之に手を出さないでほしいことをお願いしたが、そのメッセージは既読スルーされ、未だに返事もない。「俺も一応、黒瀬を止めたんだけど、おまえには関係ないの一点張りで突破されちゃいました」「辰之はなにもわかってないな。友達として、こんなに心配してくれてるっていうのに……。箱崎、ありがとな」「黒瀬は前回予鈴が鳴ってから、教室に戻って来てます。だからこのフロアのどこかに、若林先輩と一緒なんだと思いますけど探しますか?」 肩を落としながら教室を出た俺に向かって、箱崎から提案された言葉。それに反応して振り返り、返事をしようとした矢先だった。視線の先に顔を赤くした辰之が、教室に戻ってきた。若林先輩はそんな辰之の後ろ姿を、ニヤニヤしながら見送る。 相反するふたりの態度が気になったが、それどころじゃない。「辰之っ!」 足早に歩いて辰之の躰を抱きしめる。なにかされていないか心配で、細い背中を無意味に擦ってしまった。「大丈夫か?」 屈んで顔を見ようとしたら、思いっきりそっぽを向かれた。こんなふうに今まで拒否されたことがなかったゆえに、頭を殴られたようなショックが全身を貫き、抱きしめた腕の力が緩む。それを見越したのか、誰かの手が辰之から俺を引き離した。「辰之くんはお兄ちゃん離れをしたんだ。人目のつくところで、堂々とイチャつくなって」 若林先輩は辰之の腰を抱き寄せながら、自分の顔を辰之の頭に乗せて、仲の良さを見せつける。「辰之、おまえ――」「僕は若林先輩と付き合うことにしました。きっかけはどうあれ、これでよかったんです」「わかっただろ。LINEでぐちゃぐちゃ文句を言われる筋合いはないってことさ。黒瀬、邪魔すんなよ」
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弟の悲しみ2

(邪魔すんなよって、どうしてこんなことになったんだ? だって辰之は俺が好きなはずなのに――) そう考えついた瞬間、昨日叫ばれた言葉が脳裏を駆け巡った。『兄貴なんて大っ嫌いだ!!』 それまで、見たことのないくらいに怒っていた辰之。目を血走らせて俺を睨みあげ、怒りにまかせて大きな声を出した姿に、俺はひゅっと息を飲んで戦慄くしかなかった。「辰之くん、また逢いに来るからね」 腰を抱き寄せていた手を放した若林先輩が話しかけると、なぜだか辰之はぎゅっと両目を閉じながら、利き手で口元を押さえた。しかも顔が、さっきよりも赤くなっている。「辰之おまえ、体調がよくないんじゃないのか?」「ちがっ…そんなんじゃな、いぃっ!」 あからさまにびくんと躰を震わせた辰之に駆け寄ろうとしたのに、一歩早く若林先輩が慌てて支える。「俺と離れたくなくて、そんな顔してるんだもんな?」「そう、です……。寂しくて」 肩で息をしつつ俯きながら答える辰之は、いつもの様子とは思えなかった。「辰之……」 俺と目を合わせず若林先輩に躰をあずける姿は、まんま恋人同士に見えた。なにか声をかけて二人を引き離したいのに、言葉が宙に舞う。「若林先輩っ、黒瀬を保健室に連れて行ったほうがよくないですか? 顔が赤いのって、熱があるのかもしれないですよね」 横にいた箱崎が、緊張感を含んだ声で説得をはじめる。「辰之くんの顔が赤くなってるのは、大好きな俺の傍にいるせいなんだよ。さっきまでそこで仲良く抱き合っていたし」 若林先輩が辰之の頭を撫でたタイミングで、廊下に予鈴が響き渡った。「その証拠に辰之くんが教室に戻れば、顔色はいつもどおりになるから。名残惜しいけどじゃあね」 わざと俺に体当たりしてから階段を降りていく若林先輩の行動に、自然と苛立ちがつのった。「黒瀬先輩も早く教室に戻らないと……」 箱崎に声をかけられて、やっと我に返る。己の中に渦巻く負の感情を、両手を握りしめながらやり過ごしつつ辰之に視線を送ると、逃げるように教室に行ってしまった。「黒瀬の様子が変だったら、保健室に連れて行きますので安心してください」「箱崎助かる。昼休みにまた顔を出すから」 しっかり者の後輩に頭を下げて、慌てて教室に向かう。だが気持ちは辰之のことが心配で、授業がまったく身に入らなかったのだった。
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弟の悲しみ3

*** 俺を嫌いと言いきった辰之が、若林先輩と恋人同士になった。それは兄弟よりも深い関係――本人が望んでその関係になった以上、若林先輩が言ったように、兄である俺が文句を言うのはお門違いなのかもしれない。(頭では理解してるのに、胸の中のモヤモヤが晴れない。ふたりが並んでるところを想像しただけで、さらに負の感情が増えていくなんて、わけがわからないな……) 辰之の好きという気持ちから晴れて解放されたというのに、いきなりそっぽを向かれた今、イライラや見えない不安が胸の中をせめぎ合っていた。 他にも気がかりなことは、怒鳴りながら大嫌い宣言をしてから、俺の顔を辰之がまったく見なくなったことだった。 俺の部屋で肉体関係になった次の日、俺から辰之を避けていたが、あからさまに毛嫌いする俺の行動を把握しようと、いつも以上にしっかり見ていた気がする。恋慕を含むまなざしで、逐一監視するように俺を眺めていたというのに――。「辰之の視界に俺が入らないだけで、なんでこんなにも気になってしまうんだろ……」 お昼休み、頬張るように弁当を食べて、辰之がいる3階まで移動した。教室にある2枚の扉のうちの1枚、後ろの座席側にある扉から中の様子をうかがってみる。 箱崎や仲のいいクラスメートと顔を突き合わせて、和やかに弁当を食べる姿がそこにあった。中休みとの違いに、ほっと胸を撫で下ろす。(――よかった。いつもどおりの辰之に戻ってる) あとはここに現れるであろう、若林先輩と話し合いをしなければと、気合いを入れかけたときだった。耳に聞こえる階段をのぼる靴音で、導かれるようにそこに視線を飛ばした。 片手でなにかを放り投げながらフロアに現れた若林先輩とブッキングした瞬間、苛立ちがふたたび躰を支配する。「なんだよ。黒瀬がここで待ち伏せしてるとか、そんなに俺に逢いたかったのか?」 若林先輩が放り投げていた小さな物体についてるスイッチから、カチッと音が鳴った。「おっとっと! 黒瀬の顔を見た衝撃で、思わず押しちまった!」 告げられたセリフの意味がわからず、眉間にしわを寄せながら若林先輩の手元を見つめた。「黒瀬、コレなんかよりも、教室を覗いたほうがいいと思う。辰之くんが今現在どんな状態になっているか、ちゃんと確認すれよ」
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