All Chapters of 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした: Chapter 21 - Chapter 30

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21.決して交わることのない平行線

 真冬の冷たい夜気が、コートの隙間から容赦なく入り込んでくる。  日付が変わる少し前。りとと鷲尾は、アパートから歩いて十分ほどの場所にある神社へと足を運んでいた。  大晦日の深夜だというのに、境内は初詣の参拝客で溢れ返り、屋台の明かりと人々の熱気で賑わっている。「うわぁ、すごい人! 課長、はぐれないように気をつけてくださいね!」 「……子供じゃないんだ、はぐれるわけがないだろう。それに、さっきから君の歩くペースが遅いんだ」 相変わらず冷たい口調で文句を言いながらも、鷲尾は人混みに押されそうになるりとを庇うように、さりげなく道路側を歩いてくれていた。黒のチェスターコートを着こなした彼の横顔は、夜の闇の中でもため息が出るほど整っていて、りとは隣を歩けることの優越感に密かに胸を躍らせていた。「あっ、課長! もうすぐカウントダウン始まりますよ!」 境内に設置された時計の針が、頂点に向かって少しずつ近づいていく。周囲の参拝客たちが、自然発生的に声を合わせ始めた。「五、四、三、二、一……!」 ゼロになった瞬間。  パンッ、パーンッ! と、遠くの夜空に色鮮やかな冬の花火が打ち上がった。「あけましておめでとうございます、課長!」 「ああ。……新年早々、うるさいやつだ」 うるさいと言いながらも、鷲尾は打ち上がる花火を見上げて、ほんの少しだけ口角を上げていた。  その穏やかな表情を見られただけで、りとの胸は温かいものでいっぱいになる。「課長、寒いですし、甘酒飲みましょう! 私買ってきます!」 りとは小走りで境内の端にある屋台へ向かい、紙コップに入った熱々の甘酒を二つ買ってきた。  一つを鷲尾に手渡す。「はい、どうぞ! 生姜もたっぷり入れてもらいましたよ」 「……甘酒は飲む点滴と呼ばれるほどブドウ糖とアミノ酸が豊富だ。深夜の冷え切った身体に熱源を供給する手段としては、非常に理にかなっているな」 「もうっ、素直に『温かくて美味しい』でいいじゃないですか!」 フーフーと息を吹きかけながら甘酒を飲むと、麹の優しい甘さと生姜の風味が、冷え切った胃の腑にじんわりと染み渡っていく。 身体が温まったところで、二人は拝殿の前に並び、お賽銭箱の前に立った。  チャリン、と五円玉を投げ入れ、二礼二拍手。(神様! どうか、どうか今年は、鷲尾課長ともっともっと仲
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22.よか人は見つかったとね?

 一月一日、元旦。 新しい年の幕開けを告げる冬の澄んだ朝日が、カーテンの隙間からフローリングへと差し込んでいた。 暖房の効いた部屋のベッドの中で、りとは毛布にくるまりながら微睡んでいた。しかし、枕元に置いたスマホがけたたましくバイブレーションを鳴らし、流行りのポップスの着信音を部屋中に響き渡らせたことで、強制的に意識を現実に引き戻された。「……んぅ……誰、こんな朝早くから……」 目をこすりながらスマホの画面を見ると、ディスプレイには〝お母さん〟の文字が表示されている。 実家の九州に住む母親からだった。りとは小さくあくびを一つしてから、通話ボタンをスワイプして耳に当てた。「……もしもし、お母さん。あけおめー」『りと! あけましておめでとう! あんた、元気にしとるね? 風邪なんか引いとらんね? こっちは朝から冷え込んどって、雪ん降りそうなくらい寒かよ!』 電話越しに響く、ひどく訛った元気な九州弁。スピーカーから飛び出してきそうなほどの声量に、りとは思わずスマホを耳から少し離した。「うん、元気しとるよ。こっちも寒かけど、ちゃんと暖房つけとるけん大丈夫」 母の訛りにつられて、りとの口調も自然と地元の九州弁へと切り替わる。『そうね、ならよかばってん。……そいで、どげんね? 東京の生活にもすっかり慣れたやろうけど、よか人は見つかったとね?』 出た。毎度お馴染みの、彼氏の有無を確認する尋問だ。 母の声のトーンが一段下がり、妙に探りを入れるような響きに変わる。『あんたももうよか歳やけんね。いつまでも一人でおったら、お母さん心配で夜も眠れんばい。親戚ん家の沙織ちゃんは、こん前二人目ば産んだって言いよったよ。東京にはよか男がいっぱいおるっちゃろう?』「……おらんよ。そげなよか人なんて、どこにもおらんってば」 りとは毛布を頭まですっぽりと被り、うんざりした声で答えた。「こっちは仕事ん忙しかけん、そげなこと考えとる暇なかよ。毎日会社と家の往復ばっかりやもん」『なん言いよるとね! 仕事ばっかりしとったら、あっという間に行き遅れるばい! 誰か紹介してもらったり、合コンとか行ったりして、自分から動かないかんよ!』「はいはい、わかったけん。もう、新年早々お説教はよかよ。……今からお正月のご飯作らないかんけん、もう切るよ! お父さんにもよろしく言っとって!」
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23.俺を興奮させてみろ

 一月三日、火曜日。  世間は年末年始の連休最終日を迎え、明日からの仕事始めに向けてどこか憂鬱な空気を漂わせている。しかし、都内の高級ホテルの一室で待機しているりとの心臓は、これから始まる極上の時間への期待と焦燥感で、狂ったように早鐘を打っていた。 初詣の夜に神社の陰で身を潜め、彼に抱かれた別の女性の姿を見てしまってからというもの、ずっと胸の奥がチクチクと痛んでモヤモヤしていた。  おまけに、自分の恥ずかしい喘ぎ声を聞かれていたという大失態もある。 色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、それでも結局行き着く答えは一つだった。彼に触れたい。彼に抱かれたい。ただそれだけで、この連休中ずっと鷲尾に対するどうしようもない性欲を持て余していたのだ。 静まり返った部屋の中で、ふかふかのベッドの端に腰掛け、スマホの時計を何度も確認する。約束の時間まで、あと一分。あと三十秒。  ピンポーン。  控えめなチャイムの音が鳴り響いた瞬間、りとは弾かれたように立ち上がり、ドアへと駆け寄った。 鍵を開け、重い扉を引く。  そこには、黒のタートルネックに仕立ての良いジャケットを羽織った、長身のレイが立っていた。「お待たせいたしました、甘崎様」 トップセラピストらしい、甘く洗練された声色と共に部屋の中へと足を踏み入れた彼は、ドアが閉まって鍵がかかるカチャリという音と同時に、りとを強い力で引き寄せた。「んっ……」 大きな手で後頭部をガッチリとホールドされ、外の空気を纏って少し冷えた唇が重なる。深く、貪るような激しいキス。彼の纏う大人の男の香りと、ほんのり香る冬の冷気が混ざり合い、りとの脳を急速に甘く溶かしていく。  何度か角度を変えて舌を絡ませ、唾液を交換し合った後、ゆっくりと唇が離れる。「あけましておめでとうございます、甘崎様。本年も――」 極上の笑顔で、セラピスト〝レイ〟としての丁寧な挨拶を紡ごうとした彼の薄い唇に、りとはスッと自分の人差し指を押し当てた。「……ん?」 鷲尾が不思議そうに黒縁メガネの奥の目を細める。りとは真っ直ぐに彼を見つめ返し、はっきりと言い放った。「今日も、鷲尾課長でお願いします」 その言葉に、鷲尾は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにフッと口角を上げて不敵に笑った。「……新年早々、随分と物好きな部下だ」 声のトーンが、甘いセラピストの
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24.涙味のキス

 シーツの上で挑発的に微笑むりとの言葉が、静かな室内に溶け落ちるよりも早く。 鷲尾の中で、これまで彼を縛っていた理性の糸が、音もなくふつりと切れた。「……っ、きゃっ!」 気がつけば、りとはふかふかのベッドに背中を打ち付けられていた。すぐさま上にのしかかってきた鷲尾の大きな身体に、すっぽりと組み敷かれる。 見上げた彼の瞳には、客を甘やかすセラピストの余裕も、冷徹な上司の面影もない。 ただ、りとという存在をどうしようもなく渇望し、狂おしいほどに慈しむ、深い熱だけが静かに渦巻いていた。「か、課長……?」 戸惑うりとの頬を、鷲尾の大きな手が大切に包み込む。そのまま、彼の唇が静かに落ちてきた。「んっ……ぁっ、んんっ……!」 いつもの、客を喜ばせるためのスマートなキスではない。 唇が重なり、舌が深く侵入し、りとの甘い呼吸を余さず啜り上げる。ひたすらに熱く、甘く、魂ごと溶かされるような深い深い口づけ。(すごい……課長、キス、熱い……。全部、溶かされちゃいそう……っ) 驚きよりも先に、彼から注ぎ込まれる途方もない熱量に、りとの心は一瞬で満たされていく。 少し震えている彼の手が、りとの髪をすき、背中を抱き寄せ、自分の身体に縫い付けるようにきつく抱きしめてくる。 言葉なんてひとつもないのに、彼がどれほど自分を求めてくれていたかが、痛いほどに伝わってきた。 鷲尾の唇が、ゆっくりと首筋へと移動する。痕を残すような乱暴な真似はしない。ただ、りとの肌の温度を確かめるように、壊れ物に触れるように、何度も何度も慈しむようなキスを落としていく。「あっ、んっ、はあ……っ、か、ちょ……っ」 触れられるたびに、全身が甘く痺れる。彼の手のひらが、りとの輪郭をなぞり、まるで宝物を扱うように全身を撫で上げる。 その手のひらから伝わる熱が、彼が抱える深い愛情そのもののように感じられて、りとの目から不意に涙がこぼれ落ちた。「……甘崎」 掠れた声で名前を呼ばれ、目元に滲んだ涙を、鷲尾の優しい唇がそっと吸い取る。「……っ、ん、……!」 鷲尾の大きく熱い手が、りとの柔らかな太ももをそっと開く。彼自身のひどく熱を持った硬い部分が、りとの最も敏感な場所に密着し、ゆっくりと擦り合わされた。 女性の性感帯を知り尽くした彼の長い指先が、決して逃がさないという強い意思を持ってりとを愛撫
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25.私のことですか?

 鷲尾の優しいキスと不器用な慰めに包まれながら、りとはようやくしゃくり上げるのをやめた。 泣き腫らした目元を彼に指の腹でそっと拭われ、少しだけ恥ずかしくなって鷲尾の広い胸板に顔を埋める。耳をくっつけると、彼の規則正しく力強い心音がトクトクと聞こえてきて、それがたまらなく心地よかった。 スマホの時計をちらりと盗み見ると、ホテルのチェックアウトまでは、まだもう少しだけ時間が残されている。 静かな室内に、エアコンの微かな駆動音と、シーツが衣擦れを起こす音だけが響いていた。 りとは鷲尾の逞しい腕に自分の細い腕を絡ませ、ぴったりと肌をすり合わせたまま、甘えるように上目遣いで彼を見上げた。「……課長。まだ少しだけ、時間ありますよね」「あぁ。だが、もう一戦できるほどの余裕はないぞ」「ち、違いますっ! そういうことじゃなくて……!」 からかうように眉を上げる鷲尾に、りとは慌てて顔を真っ赤にして否定した。彼のことだから、本当に時間が許すならもう一度激しくベッドに組み伏せてきそうな危うさがある。 りとはコホンと小さく咳払いをして、鷲尾の胸元に指先でくるくると円を描いた。「あの……ベッドの中でくっついたまま、質問タイムにしませんか?」「質問タイム、だと?」「はい。会社にいる時の課長とは、いつも仕事の話ばかりで、プライベートなことなんて全然聞けないじゃないですか。せっかくこうして一緒にいるんですから、課長のこと、もっと知りたいなって思って」 上司と部下という分厚い壁がある以上、職場で「休日は何をしてるんですか?」なんて気安く聞けるような雰囲気ではない。しかし、今この瞬間だけは、高いお金を払って彼の時間を買っているのだから、少しわがままを言っても許されるはずだ。 鷲尾は小さくため息をつき、長い指で自分の前髪を後ろへと掻き上げた。「俺の個人情報にどれほどの価値があると思っているんだ。……まあいい。どうせ今は君がクライアントだ。答えられる範囲でなら答えてやる」「やった! じゃあ、一つ目!」 りとは嬉しそうに目を輝かせ、鷲尾の顔をのぞき込んだ。「課長の〝好きな食べ物〟って、なんですか?」 完璧主義で、何事も合理的に済ませようとする鷲尾のことだ。栄養バランスが完全に計算された高級なサプリメントだとか、あるいは無駄のない洗練されたフレンチだとか、そんなスマートな
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26.プラムピンク

 連休が明け、いよいよ今日から新しい年の仕事始めだ。  りとは自室の洗面台の鏡に向かい、年末に乃々羽と一緒に買い物へ行った際に購入した、新作のリップを唇に滑らせた。  深みのある上品なプラムピンクのそのリップは、顔色をパッと華やかに明るく見せてくれるお気に入りの一本だ。(あのホテルでは……レイさんに思いっきりキスしたかったから、あえてつけていかなかったんだよね……) もしあの密室でこのリップをつけていたら、彼のあの綺麗な薄い唇を真っ赤に汚してしまっていたに違いない。そう思うと、塗らなくて大正解だった。 鏡の前で軽く唇をすり合わせ、りとは気合いを入れるように両手で自分の頬をパンッと叩き、家を出た。 オフィスの扉を開けると、そこにはすでにいつものダークスーツを隙なく着こなした鷲尾が、眉間にシワを寄せながらパソコンのモニターを睨みつけていた。「あ、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします!」 「ああ。今年も気を引き締めて業務に取り組むように。さっそく年末年始の留守電とメールの確認を頼む」 パソコンから一切目を離さず、淡々と指示を出す鷲尾。その視線がりとの顔に向けられることはなく、当然ながら新しいリップに触れられることもなかった。(やっぱりね。鷲尾課長の鋭い観察眼なら、私のメイクの変化なんて絶対に気づいてるはずだけど……どうせ褒めてなんてくれないもんね) 彼がホテルで見せてくれた、あの甘く熱い愛情表現は幻だったのではないかと錯覚してしまうほどの、完璧な〝鬼上司〟の顔。わかってはいたけれど、少しだけ寂しさを感じながら自分のデスクに向かおうとした――その時だった。「みんな、あけましておめでとう! 今年もよろしくねぇ」 朗らかな声と共にオフィスに入ってきたのは、営業部長の葛城慎吾だった。  いつもニコニコと笑顔を絶やさない葛城は、規律に厳しく冷徹な鷲尾とは対照的に、まるで仏様のように優しい空気を纏っている。  しかし、その温和な見た目とは裏腹に、部署内で常にトップクラスの驚異的な営業成績を叩き出している凄腕の持ち主だ。  葛城はフロアを見渡し、りとの顔を見るなりパッと目を細めた。「おや、甘崎さん。あけましておめでとう。……リップ、新しくした? プラムピンクかな、すごく似合ってるよ。新年からパッと華やかで、こっちまで元気をも
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27.芽キャベツとベーコンのパスタ

 怒涛の仕事始めも、ようやく定時の時間が近づいてきた。  年末年始の休みの反動と、朝から息つく暇もなく駆け回った疲労が祟り、りとは完全にガス欠状態に陥っていた。デスクから立ち上がるだけでも、よろよろと頼りない足取りになってしまう。  その危なっかしい背中を、少し離れたデスクから鋭い黒縁メガネの奥の瞳が静かに追っていることなど、りとは知る由もなかった。「ふぅ……あとこれだけ片付けたら、今日は上がろう……」 その日の最後の業務として、りとは備品倉庫にやってきていた。  発注して届いたばかりの大量のコピー用紙の束を、棚の上の段へと収納しなければならない。はしごの上に登り、重い段ボール箱をよいしょと持ち上げようとした、その時だった。「あっ……!」 疲労で腕の力が抜け、箱の重みに体が持っていかれた。  足元がグラリと揺れ、はしごのステップから無様に足を踏み外す。冷たい床に背中から叩きつけられる未来を想像し、りとはギュッと目を瞑った。 しかし――衝撃はいつまで経っても訪れなかった。「……っ」 背中を包み込んだのは、硬い床ではなく、大人の男の分厚い胸板と、力強い両腕だった。  背後からすっぽりと抱き留められるような形で、りとの身体は宙に浮いていた。  フワリと香る、冷たくて甘い洗練された香り。振り向かなくても、誰が助けてくれたのかはすぐにわかった。「か、課長……っ!?」 「……お前は今日一日、何度転べば気が済むんだ。少しは自分の体力の限界を計算して動け」 頭の上から降ってきた低い声に、りとは慌てて自分の足で立とうと身をよじった。  しかし、振り向いた瞬間に、りとの顔が鷲尾の胸元に思いきりぶつかってしまう。「す、すみま……っ、ああっ!?」 りとは血の気が引くのを感じた。  鷲尾が着ている、シワ一つない完璧な白いシャツの胸元。そこに、りとが今朝塗ってきた〝プラムピンク〟のリップが、べっとりと鮮やかな痕を残してしまっていたのだ。「ど、どうしよう! 課長のシャツに私のリップが……っ! 本当にすみません、私がちゃんとクリーニングに出しますから、今すぐここで脱いでくださいっ!!」 真っ青になって叫ぶりとに対し、鷲尾は少しだけ顔を近づけてくると、りとの唇に、あの長い人差し指をスッと押し当ててきた。「……馬鹿か、お前は」 色気のある低い声と共に作
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28.ルージュ・ラパン

 数日後。 りとは会社の業務を終えると、足早に退勤して繁華街へと向かっていた。 目指すのは、先日求人サイトで見つけたガールズバー、〝ルージュ・ラパン〟だ。 求人サイトの情報によると、うさ耳をつけて、少しセクシーなバニーガール風の制服に網タイツを合わせるコンセプトバーらしい。 時給の高さに惹かれて面接を申し込んだものの、夜の街特有のきらびやかなネオンを前にすると、さすがに足がすくんでしまう。「……よし、行くしかない」 小さく深呼吸をして、雑居ビルのエレベーターに乗り込む。 指定されたフロアで降りて恐る恐る重い扉を開けると、開店前の薄暗い店内には、カウンターの奥でグラスを磨いている大柄な人物の背中があった。「あ、あの……本日、面接のお約束をさせていただいている、甘崎と申しますが……」 りとの声に反応して、その人物がゆっくりと振り返る。 その瞬間、りとの心臓がヒュッと嫌な音を立てて縮み上がった。(終わった、私、消される……) そこに立っていたのは、はち切れんばかりのゴリゴリの筋肉質に、威圧感たっぷりのスキンヘッドの男だった。おまけに室内なのに真っ黒なサングラスまでかけている。 どう見ても、これまで三人は人を殺めてきた裏社会の住人にしか見えない。 恐怖のあまり、ガチガチと歯の根が合わずに震え上がるりとに、その屈強な大男はゆっくりと近づいてきた。「やだぁ、そんなに怯えないでぇ。取って食ったりしないわよぉ。お茶飲む? ミルクティーでいい?」「……え?」 ドスの効いた低い声が響くと思いきや、男の口から飛び出したのは、あまりにも可愛らしくて間延びしたオネエ口調だった。 呆気にとられるりとの前に、可愛らしいウサギの柄のマグカップに注がれた、甘い香りのするミルクティーがそっと置かれる。「アタシはこの店の店長をしてる、剛堂薫。よろしくねぇ」 剛堂薫と名乗った店長は、サングラスの奥の目を細めるようにして、ふわりと優しく微笑んだ。見た目の恐ろしさとは裏腹に、その仕草や気遣いからは、母性のような温かさが滲み出ている。 りとは少しだけホッと息を吐き、出されたミルクティーを一口飲んだ。温かくて甘い味が、カチコチに緊張していた身体を解きほぐしていく。「履歴書、見せてもらえるかしらぁ」 剛堂は履歴書を受け取ると、ふむふむと頷きな
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29.八尾蓮真

「てかさ、新人ちゃん源氏名どーする? りとって本名っしょ? 夜職で本名そのままはマジでヤバいから!」 ロゼが、パチパチと長いまつげを瞬かせながら身を乗り出してきた。 店長との面接を終え、ほっと一息ついたのも束の間。夜の世界のルールに疎いりとは、ハッとして両手で口元を覆った。「そ、そうなんですね! どうしよう、全然考えてなかったです……」「んー、アタシがロゼだからお酒繋がりでいく? カルーア……は言いづらいか。あ、〝ラム〟ちゃんとかどーよ? 響きちょー可愛くない?」「ラム……! いいですね、すごく可愛いです。私、今日からラムになります!」 りとはパッと顔を輝かせた。本名から離れた名前をもらうと、まるで別人になったようで少しだけ勇気が湧いてくる。 そんなりとの様子を見て、店長の剛堂が優しく微笑んだ。「お金に急いでるみたいだし、ラムちゃん、今日このまま体入してくぅ? 体験入店のお給料なら、帰りに日払いで出せるわよぉ」「本当ですか!? やります、よろしくお願いします!」 日払いの言葉に飛びつき、りとは二つ返事で頷いた。 さっそく更衣室に案内され、お店から貸与された制服に着替える。 渡されたのは、黒とワインレッドを基調にした、バニーガール風のミニワンピースだった。「ひゃぁっ……! こ、これ、結構すごいですね……」 鏡の前に立ったりとは、思わず両手で自分の顔を覆ってしまった。 タイトなワンピースは身体のラインをくっきりと拾い、胸元は思っていたよりずっと深く開いていて谷間が強調されている。スカート丈もギリギリで、少しお辞儀をしただけでも下着が見えてしまいそうだ。 さらに、セットで渡されたうさ耳のカチューシャと、脚のラインを艶かしく見せる黒の網タイツを身につけると、昼間の堅い営業スーツ姿とは完全に別人の、夜の蝶が完成した。「ヤバッ! マジ似合ってんじゃん!」 着替えを終えて出てきたりとを見るなり、ロゼがバンバンと手を叩いて喜んだ。「ラムちゃん胸あるし、スタイルちょー良っ! これは絶対客ウケいいわー。自信持ってこ!」「あ、ありがとうございます……っ。でも、スースーしてなんだか落ち着かなくて」 モジモジとスカートの裾を引っ張り下ろしていると、開店を知らせるカランコロンという軽快なベルの音が店内に響いた。 この店は、カウンター席が八席に、奥に
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30.彼氏おるの?

 面接の直後、勢いでそのまま体験入店をすることになった初めての夜の世界。右も左もわからない状態だが、温かいフォローのおかげでなんとか接客業のスタートを切ることができた。 しかも、昼間は会社員として働いているりとの事情を汲み、店長の剛堂は着替えの際にこう配慮してくれていたのだ。『今日は初日だし、二十三時までにしときましょ。昼職もあるんでしょ?』 そのため、今日のシフトは二十三時上がりだ。無理のない時間設定にしてくれた温かさに応えるためにも、りとは精一杯の笑顔でカウンターに立った。「せや、ラムちゃんって彼氏おるの?」 ウーロンハイのグラスを傾けながら、蓮真がふと尋ねてきた。「えっ? い、いないですけど……」「マジで!? こんな可愛ええのに? なんや、世の男どもは見る目ないなぁ。ほな、俺にもワンチャンあるってことやんな?」「ワ、ワンチャンって……いや、あの、そういうのは……!」 距離感の近い蓮真の言葉に、りとは顔を真っ赤にして口元を両手で覆った。昼間の営業先でもクライアント相手に雑談をすることはあるが、ここまでストレートにからかわれることはない。「照れてるん? めっちゃ可愛ええやん。なあなあ、どんな男がタイプなん? もしかして、結構年上の厳しい人が好きとか? それとも、俺みたいに優しくて包容力のある男がええ?」「えっ……!?」 図星を突かれたような質問に、りとの心臓が大きく跳ねた。どうしても、いつも厳しくて、けれど本当は不器用で優しい鷲尾の顔が脳裏をよぎってしまう。 動揺して上手く言葉が出ないりとに、蓮真がさらに身を乗り出してニヤニヤしかけた、その時。「ちょーっとレンレン! 新人ちゃんいじめないでくれる?」 ポンッ、と蓮真の肩をメニュー表で軽く叩きながら、先輩キャストのロゼがすかさず二人の間に割って入ってくれた。「ラムちゃんはねー、アタシと違ってスレてない超ピュアな子なの! これ以上変な質問して困らせたら、店長に言いつけてレンレンのこと物理的に握り潰してもらうからね!」「うわ、出た! 剛堂さんの〝握り潰す〟はガチやからシャレにならんって! わかったわかった、ごめんて!」 ロゼの言葉に、蓮真は大げさに両手を上げて降参のポーズをとった。そして、カウンターの奥でグラスを洗っている剛堂に向かって、「店長、冗談やから!」と笑いかけた。「いやー
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