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28.ルージュ・ラパン

last update 公開日: 2026-06-22 10:05:26

 数日後。

 りとは会社の業務を終えると、足早に退勤して繁華街へと向かっていた。

 目指すのは、先日求人サイトで見つけたガールズバー、〝ルージュ・ラパン〟だ。

 求人サイトの情報によると、うさ耳をつけて、少しセクシーなバニーガール風の制服に網タイツを合わせるコンセプトバーらしい。

 時給の高さに惹かれて面接を申し込んだものの、夜の街特有のきらびやかなネオンを前にすると、さすがに足がすくんでしまう。

「……よし、行くしかない」

 小さく深呼吸をして、雑居ビルのエレベーターに乗り込む。

 指定されたフロアで降りて恐る恐る重い扉を開けると、開店前の薄暗い店内には、カウンターの奥でグラスを磨いている大柄な人物の背中があった。

「あ、あの……本日、面接のお約束をさせていただいている、甘崎と申しますが……」

 りとの声に反応して、その人物がゆっくりと振り返る。

 その瞬間、りとの心臓がヒュッと嫌な音を立てて縮み上がった。

(終わった、私、消される……)

 そこに立っていたのは、はち切れんばかりのゴリゴリの筋肉質に、威圧感たっぷりのスキンヘッドの男だった。おまけに室内なのに真っ黒なサングラスまでか
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     アクティブパーク・ナインズで思い切り身体を動かし、遊び尽くした頃には、りとのお腹はすっかり空っぽになっていた。「お腹すいたぁ……」「さっきまであれだけ動いとったけんね」「もう私、今なら牛一頭いける気がする」「それはやめとき」 依千はくすりと笑い、少し考えるように空を見上げた。「そうだ。あそこ行こうか」「あそこ?」 依千に連れられて向かったのは、駅から少し歩いた場所にあるセルフ式のうどん屋だった。 店の名前は〝釜たま製麺 こむぎ庵〟。 気取った雰囲気はまったくなく、入口からは食欲をそそる出汁のいい香りと、揚げたての天ぷらの香ばしい匂いが漂っている。 昼時を少し外れているにもかかわらず、店内は家族連れや会社員でほどよく賑わっていた。「わぁ、うどん! いいね!」「りっちゃん、こういう店好きやったやろ」「好き! こういう気軽に美味しいもの食べられるところ、めっちゃ好き!」 トレーを手に取り、二人は注文の列に並ぶ。 りとはずらりと並んだメニューを見ながら、目を輝かせた。「釜玉もいいし、ぶっかけもいいし、かしわ天も捨てがたい……!」「半熟卵の天ぷらは?」「えっ」 りと思わず、隣に立つ依千を振り返った。「りっちゃん、半熟卵の天ぷら好きやったやろ」「……そんなこと、よく覚えてたね」 子どもの頃、地元のうどん屋に行くたびに、りとは必ず半熟卵の天ぷらを取っていた。サクサクの衣を箸で割り、中からとろりと溢れ出す黄身をうどんに絡めて食べるのが大好きだったのだ。 自分でも忘れかけていたような小さな好みを、依千は当然のように口にした。 依千は、少しだけ目を細めて柔らかく笑う。「覚えとるよ」「え?」「全部、覚えとる」 その声は、春の陽だまりのように穏やかだった。けれど、決して軽い冗談などでは済ませられないほど、静かで確かな熱を帯びていた。 りとは一瞬だけ言葉に詰まる。けれど、胸の奥がざわつくのを誤魔化すようにえへへと笑って、半熟卵の天ぷらをトレーに乗せた。「じゃあ、今日はこれ食べよ!」「うん」 二人はうどんを注文し、並んでテーブル席についた。 りとはさっそく半熟卵の天ぷらを箸で割り、とろりと流れ出た黄金色の黄身を見て嬉しそうに目を輝かせた。「見て、いっちゃん! 完璧な半熟!」「ほんとやね」「これをうどんに絡めて食べるの

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     翌朝。 りとは鏡の前に立ち、いつもより念入りにメイクをして身支度を整えていた。 昨夜、冷たいドアの向こうへ消えていった鷲尾の言葉が、まだ胸の奥でちくちくと刺さっている。『明日、楽しんでくればいい』 あんなふうに、突き放すみたいに淡々と言われたら、意地でも楽しんでやりたくなる。「……楽しんでほしいんなら、思いっきり楽しんでやろうじゃないの!」 半ばヤケになったりとは、いつもより少し気合いを入れておしゃれをする。 ショートカットの髪はサイドを細く編み込み、小さなリボンを結んで留めた。ワンピースは春らしい明るい色合いを選び、丈はいつもより少しだけ短め。 足元はたくさん歩いても疲れない、けれど可愛いデザインの靴。動きやすさと、ほんの少しの〝デート感〟の両方を意識した格好だった。 鏡の中の自分を映しながら、りとは少しだけ小首を傾げる。「……いっちゃんが私に好意あるって、課長は言ってたけど」 本当にそうなのだろうか。 りとにとって依千は、昔からいつも自分の後ろをとことこついてきた、可愛い弟のような存在だった。いくら身長が伸びて立派な大人になったとはいえ、一人の男性として、そして恋愛対象として見られているという実感はまだ薄い。「うーん……ほんとかなぁ」 そう呟きながら、お気に入りのベルガモットの香りの香水を、手首と耳の裏に軽く纏う。爽やかで少し甘い柑橘の香りが、りとの周りにふわりと広がった。 その瞬間、玄関のインターホンが軽快に鳴った。 モニターを確認すると、そこには予定通り依千の姿が映っていた。「はーい!」 勢いよく玄関を開けたりとは、目の前の姿に思わずパチパチと目を瞬かせた。 そこに立っていた依千は、昨日までの〝近所の幼なじみ〟とは少し違って見えた。 ピンクブラウンのゆるめなセンターパートは綺麗に整えられ、清潔感のある白いシャツに薄手のブルゾン、細身のパンツを合わせている。子どもの頃の面影は確かに残っているのに、服装も雰囲気も、すっかり大人の男性のそれだった。 近づくと、シトラスにホワイトムスクが混ざったような、清潔で少し甘い香りがふわりと漂ってくる。鷲尾が纏う、あの落ち着いた大人のウッディ系の香水とは違うタイプの香りだった。「いっちゃん、今日なんかすごくおしゃれじゃん!」「そう?」「うん。大人っぽい。なんか……ちゃんと東京

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  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   51.厄介な感情

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  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   50.独り占め

     りとの部屋のローテーブルに、箱から出したばかりの真新しいホットプレートが鎮座した。 キッチンから、用意しておいた材料を次々と運んでいく。ボウルに入れたたっぷりのたこ焼き粉の生地、刻んだ茹でダコ、天かす、紅しょうが、青のり。 さらに小皿には、チーズやウインナー、小さく切ったお餅などの変わり種も並べた。「……本格的だな」 テーブルの向かいで腕を組み、鷲尾はどこか呆れたようにその様子を見下ろしている。「初タコパですから! 気合い入れました!」「気合いの方向性がおかしい。もっと仕事に向けろ」「今日くらいは仕事のことは忘れてください。課長の分も、私が上手に焼きますからね!」 りとは意気揚々とホットプレートのスイッチを入れ、油を引いた穴に生地を流し込んだ。だが、最初の一回目ということもあり、分量を見誤って生地が鉄板から盛大に溢れ出してしまう。「おい、入れすぎだ。雑すぎるぞ」「だ、大丈夫です! 丸めればなんとかなります!」 鷲尾に呆れた声で小言を言われながらも、竹串を両手に持って悪戦苦闘する。くるくると生地を返していくうちに、いびつだった形が少しずつ丸いたこ焼きの姿になっていく。その過程が可笑しくて、二人とも少しだけ楽しくなっていた。 焼き上がったたこ焼きをハフハフと頬張りながら、変わり種の品評会が始まる。「んー! チーズ入り、当たりです!」「……チーズは悪くないな。味がまとまっている」「お餅も美味しいですよ! ちょっと冒険しすぎたかと思いましたけど」「餅は中が異常に熱い。火傷に注意しろ」「はいっ」 鷲尾が買ってきた缶ビールや日本酒も少し入り、いつもの張り詰めた冷たい上司の顔が、少しだけやわらいでいく。 彼は決して大袈裟には笑わないが、りとが熱々のたこ焼きを頬張って「あふっ」と慌ててビールを飲むたび、口元をわずかに緩めていた。 ひとしきりたこ焼きを堪能したあと、りとは「さて、ここから後半戦です!」と宣言し、キッチンから別の材料を取り出してきた。 ケチャップライス風に味付けした小さなご飯の塊、卵液、そしてホットケーキミックス。「何だ、それは?」 鷲尾が訝しげに眉を寄せる。「課長のための、特別メニューです」「俺のため?」「はい。オムライスボールと、デザートの鈴カステラです!」 オムライスが好きで、実は甘いものにも目がない。 

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   49.タコパ会場はこちらです

     四月下旬。 ゴールデンウィークの大型連休を目前に控え、営業部のフロアはいつにも増して慌ただしい空気に包まれていた。 連休前に処理すべき案件、取引先への確認作業、ギリギリで飛び込んでくる資料の修正、そして休暇中の対応の引き継ぎ。りとは朝から息をつく暇もなく、バタバタとフロアを走り回っている。「甘崎。確認印の位置が違う。やり直しだ」「甘崎、メールを送る前に宛先を二度見しろ」「甘崎、走るな。転ぶぞ」 直属の上司である鷲尾は、いつも通り容赦なく小言を飛ばしてくる。 けれどその一方で、彼は営業一課長として驚くほど有能に立ち回っていた。部下のミスを先回りして未然に潰し、取引先からの急なトラブル連絡にも声を荒らげることなく冷静に対処し、葛城部長から無茶振りされた案件も淡々と処理していく。 りとは怒られっぱなしで凹みながらも、パソコンの画面と向き合う彼の横顔を盗み見ては(やっぱり、この人はすごいな……)と、密かに胸を高鳴らせていた。 その日は、奇跡の条件が重なった日だった。 出張セラピスト派遣のサイトで確認したところ、レイの出勤予定は入っていない。しかも、このままいけば仕事も珍しく定時近くに上がりそうな雰囲気だ。りとはこの日を狙って、ルージュ・ラパンのシフトも前もって外していた。 夕方。人気のない資料室。 りとは書類整理を手伝うふりをして、鷲尾をこっそり連れ込んだ。 高い棚の影に隠れるようにして、誰にも聞こえないよう声を潜める。「課長」「何だ。今度は何をやらかした?」「やらかしてません。……今夜、タコパしましょう」「……仕事中にそれを言うために呼び出したのか?」「ものすごく大事な確認事項です」 鷲尾は心の底から呆れたように、指先で眉間を押さえた。 だが、りとは必死に言葉を続ける。「今日、レイさんお休みですよね。私も夜の予定、空けてます。しかも、うちには新品のホットプレートがあります。これはもう、奇跡では?」「ただの偶然だ」「奇跡です」「偶然だ」「奇跡です!」 鷲尾は深くため息をついた。 だが、その声は完全に拒絶するものではなかった。数秒の沈黙のあと、観念したような低い声が落ちてくる。「……仕事が予定通り終わり、君がこれ以上余計なミスを増やさず、俺の帰宅時間を邪魔しないなら」「なら?」「少しだけなら、寄ってやる」「本当

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   19.深夜のホットチョコレート

     日付が変わる頃、乃々羽と別れたりとは、冬の凍てつくような寒さの中を一人、自分のアパートへと歩いていた。「あーあ、飲んだ飲んだ……」 口から吐き出す白い息は、街灯に照らされてすぐに夜の闇へと溶けていく。親友の乃々羽と心ゆくまで愚痴を言い合い、カラオケで喉が枯れるまで騒いだおかげで、沈んでいた気分は随分と軽くなっていた。 年末で静まり返った住宅街の道を歩きながら、りとはマフラーに顔を埋める。 アパートの敷地内に入り、ふと自分の部屋の隣――鷲尾の部屋の窓を無意識に見上げていた。 電気はついておらず、カーテンの隙間からも光は一切漏れていなかった。真っ暗だ。(まだ帰ってないのかな。それと

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   17.キスしたかった

     すき焼きの鍋がすっかり空になり、締めに入れたうどんまで綺麗に平らげた頃。  ふと時計の針を見ると、時刻はすでに深夜の十一時を回ろうとしていた。「……すっかり長居してしまったな。そろそろ失礼する」 「あ、はい。お粗末様でした!」 鷲尾はクッションから立ち上がると、「少し待っていろ」と言い残し、一度自分の部屋へと戻っていった。  数分後、再びりとの部屋を訪れた彼の手には、可愛らしい小ぶりの紙袋が提げられていた。「すき焼きをご馳走になった礼だ。賞味期限が今日までで、一人では食べきれないと思っていたところだったからな」 そう言ってローテーブルの上に置かれたのは、デパ地下で行列が絶えな

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   11.淫らな夜

     観覧車のゴンドラ内で交わされた、熱く、貪るようなキスの余韻。 それは、りとの身体の奥底に眠っていた強烈な性欲の炎に、これ以上ないほどの油を注ぎ込んでいた。 遊園地からハイクラスホテルへ向かうタクシーの中でも、りとは鷲尾と隣り合って座るだけで下腹部がじんと熱を帯び、太ももの内側が疼いて仕方がなかった。 長年長続きしない恋愛ばかりを繰り返し、満たされることのなかった身体の欲求。それが今、この隣に座る完璧な鬼上司によって、限界まで引き上げられているのだ。 ホテルの最上階。予約していた重厚なスイートルームの扉が閉まり、外の喧騒が完全に遮断された――その瞬間だった。「さて、甘崎。まずはシャ

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   09.デレる鬼上司

     あの高熱で倒れた鷲尾の部屋に強引に上がり込み、特製のお粥を作って看病した夜から、さらに数日が経過した。 カレンダーは十二月の下旬へと差し掛かり、街は完全にクリスマスムード一色に染まり上がっていた。 オフィスの窓から見下ろす大通りには、夜になればシャンパンゴールドのイルミネーションが煌びやかに点灯し、行き交う人々は皆、どこか浮き足立っている。 すれ違うカップルたちはマフラーを共有したり、腕をしっかりと組み合って寒さを凌いでおり、一人身の人間にとっては、無性に人肌恋しくなる――あるいは、強烈な疎外感を感じてしまう魔の季節だった。 ――しかし、今年の甘崎りとは違った。「高橋。君が提出し

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