早苗が彼女の後ろから歩み寄り、その視線を追うように窓の外をちらりと見て、小声で言った。 「澪と奥様、一緒に出て行かれましたね。さすがは実の母娘、本当に仲がよろしいことで」 綾音は何も答えなかったが、その口角がほんのわずかに吊り上がった。 「ただの弱者同士の傷の舐め合いですわ」 そう彼女は言った。 「ですが、窮鼠猫を噛むとも申します。 今は病気の猫のように見えても、追い詰められれば噛みついてくるかもしれませんよ」 早苗の声は相変わらず柔らかかった。 綾音はそれに返事をしなかった。彼女の視線は車のライトが消えた方角に落ち、その瞳の色は次第に暗く沈んでいった。 寛が手配したアパートはそれほど広くはなく、2LDKの間取りで、家具も一通り揃っており、窓も床もよく拭き掃除が行き届いていた。 深雪をベッドに寝かせると、寛は氷嚢と薬を買うために外へ出た。 深雪はしばらくの間、ソファに座ったまま、一言も発しなかった。 澪は冷蔵庫から牛乳を取り出し、電子レンジで温めてから彼女の前に置いた。 牛乳がすっかり冷めても、深雪は手をつけようとしなかった。ただそこに座り、壊れた懐中時計の破片を一つ一つローテーブルに並べ、元の形に戻そうとしていた。 「お母さん。もうやめて。その時計は……そんな風にしても直らないわ」 澪は静かに声をかけた。 深雪の指は止まらなかった。 「その時計なら、明日私が時計屋さんに持って行って、直してもらうから……
Last Updated : 2026-09-09 Read more