All Chapters of 16年の嘘、托卵妻への逆襲と男の覚悟: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

その夜。芙由は簡易鑑定の結果を受け取るなり、息を呑んだ。そこに記されていたのは、やはり滉と寧音に遺伝的親子関係はない、という事実だった。――滉さんの言う通りだった?まさか、会長は本当に……これはただ事ではない。芙由は自分の判断で抱え込める話ではないと悟り、すぐに野村家の邸宅へ向かった。挨拶もそこそこに、紗彩を書斎へ引き入れた。紗彩は結果を見た瞬間、目を見開いた。芙由は慎重に言った。「これはあくまで簡易鑑定です。3日や7日かける正式なものより、精度評価の面では一段落ちます。法的にも、採用されやすいのは7日鑑定のほうです。ただ、心構えだけはしておいてください。普通は、簡易と7日で結論が覆ることはありません」紗彩は呆然とした。「どうしてこんな結果になるの?寧音は間違いなく、私と滉の子なのに……」芙由は言った。「もうひとつだけ可能性があります。出生時の取り違えです。ですから次は、会長の検体と寧音さんを照合する必要があります」「分かったわ。できるだけ早く進めて」紗彩は目に見えて動揺していた。滉が何度も鑑定書を突きつけてきたことを思えば、もう彼の被害妄想だとは言い切れない。検体を芙由へ渡し、彼女が部屋を出ようとした瞬間、紗彩が呼び止めた。「芙由、私は滉を裏切るようなことはしていないわ。でも、もし一番悪い結果になったら、私はどうすればいいの?離婚なんてしたくない。滉を失いたくないの」芙由の胸がどくりと鳴った。やはり、何か隠していることがあるのかと直感した。それでも表には出さず、落ち着いた声で答えた。「仮に最悪の結果でも、滉さんは最終的にはあなたの事情を受け止めるはずです」紗彩は重い顔のまま黙っていた。芙由はさらに畳みかけた。「実際のところ、滉さんはあなたから離れられません。こちらへ来る途中でも改めて考えましたが、ここ数年の彼の病院での立ち位置は決して良くない。もう40歳ですし、あなたを離れたら、彼にはほとんど何も残らないはずです。現にこの数日だって、家を出たあとはホテルを転々とするしかなかった。今はただ、自尊心が傷ついて意地を張っているだけでしょう。頭が冷えれば、自然と戻ってきます」「そうね……」紗彩は少しだけ安堵した。2人で段取りを詰めたあと、芙由は再び動き出した。さらに1日が過ぎた。紗彩は役員
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第12話

「紗彩、お前、まだ羞恥心ってものがあるのか?」滉は、ここまで露骨に開き直られるとは思っていなかった。DNA鑑定書がこれ以上ない証拠なのに、紗彩は不倫の現場を押さえなければ認めないと言い張るのだ。紗彩はその問いには答えず、真正面から言い返した。「滉、もう感情の行き違いでこれ以上揉めたくないの。私を信じて。私はあなたを愛しているし、不倫なんてしていないわ。寧音とあなたの鑑定結果は間違っている。あんなものは信じられない。これ以上意固地になるなら、私も本気で怒るわよ。私を敵に回したらどうなるか、分かってるでしょう?」その瞬間、滉は紗彩の全身から立ち上る支配的な威圧感を感じた。見開かれた瞳には、人をすくませる力があった。以前の彼なら、ここで引いたはずだ。家庭が大事だ、波風を立てるな、と自分に言い聞かせて妥協していたかもしれない。だが今は違う。もう失うものもなく、紗彩の醜い本性も見えた。恐れる理由などなかった。滉は毅然と言い放った。「紗彩、俺は穏便に離婚するつもりだった。でも、今の態度を見る限り、お前にはそんな配慮を受ける資格もない。俺は訴えを進める。必要なら週刊誌にでもタレ込んでやる。お前と寝ていた男が誰なのか、世間の前に引きずり出してやる」「滉、あなた……」紗彩はさすがに動揺した。滉が本当にそんな真似をすれば、実際の不倫の真偽がどうであれ、彼女には社会的な烙印が押される。野村グループにも確実に火の粉が降りかかるだろう。株価が暴落すれば損失は計り知れない。十数年かけて築き上げたものが、一気に崩れ去ってもおかしくない。彼女ほどの立場の人間が起こすスキャンダルは、それだけで致命傷になり得るのだ。それに、今の滉の目を見れば分かる。ここまで追い詰められれば、こいつは本当に何でもやる。紗彩は仕方なく声のトーンを落とした。「話ならちゃんと聞くわ。身内の恥を世間に晒すのはよくないもの。あなたにも、私にも、子供たちにも悪影響が出るわ」滉も、自分の離婚騒動が勤務先の噂の的になるのは望んでいなかった。少しだけ語気を和らげる。「だったら、どうして俺の言うことを聞かないんだ?子供が俺の子じゃない。それだけで、お前が不倫した証拠として十分だ。俺たちの結婚はもう終わってるんだよ。俺が離婚するのは金が欲しいからじゃない。取り戻したいのは、自分
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第13話

滉はグループ本社を出ると、近くの定食屋に入り、適当に料理を頼んだ。料理を待つ間、お茶をすすりながら次の手を考える。紗彩は自分で鑑定までしたくせに、その結論を認めようとしなかった。寧音を身ごもったのが結婚が決まったころだと突きつけても認めない。金はいらないから離婚してくれと言っても、今度は情に訴えてくる。――紗彩、次は静玖と澪の結果まで出せって言うのか?そこまでしてやっと、自分の不倫と裏切りを認めるのか。――そうなったら、お前は本当に俺の尊厳を何ひとつ残さないつもりなんだな……滉にはまだ、そこまでやり切る非情さはなかった。少なくとも今は、まだその時ではないと思っていた。それにしても、なぜ紗彩はここまで意地を張るのか。考え抜いた末、彼は単純な結論に行き着いた。紗彩は自分のことを、背景も後ろ盾もなく、いくらでも操れる愚かな夫だと見下しているのだ。だからこそ、外で好き放題しても、家では何食わぬ顔でいられる。――くそ、俺に恥をかかせておきながら、自分は外で派手に立ち回り、金を稼ぎ、別の男まで楽しんでいるのか。――紗彩、お前は最低だ。悪魔よりたちが悪い……滉は腹を決めた。もし紗彩が最後まで穏便な離婚に応じないなら、もう遠慮はしない。徹底的に騒ぎ立て、慰謝料もふんだくり、それから海東市を出る。誰も自分を知らない場所で、もう一度自分の人生をやり直す。それも一つの手だった。食事を始めると、巧からLINEのボイスメッセージが届いた。午後、病院へ戻って医学理論テストを受けろという。しかも、巧の隣に座って、いつものように答えを横流ししろという内容だった。――また俺をいいように使う気か。滉は短く返信した。【何のテストだ?】すぐに巧からボイスメッセージが返ってきた。「病院の急な決定だよ。探りを入れたら、今回の点が昇進査定に響くらしい。滉、俺はもう長いこと勉強なんてしてないし、知識も頭から抜け落ちてる。今回もいつものやり方で頼むわ」――お前みたいに勉強もせず、女遊びばかりしてる奴こそ、とっくにクビを切られるべきなんだよ……滉は時間と場所だけを聞き出し、それ以上は相手にしなかった。そのとき、店の外から慌ただしい声が響いた。「お医者様はいませんか!どなたかお医者様は!」周囲を見回しても誰も動かない。滉は手を挙げた
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第14話

「分かりました。では会長のことはいったん置いて、滉さんご自身の話をしましょう」芙由は滉の病院での経歴メモを取り出した。「滉さんは今、病院ではごく普通の勤務医です。もし会長と離婚した場合、ご自身のキャリアだけでなく、今後発生する養育費についても考えなくてはなりません」滉は眉をひそめた。「何の養育費だ?」芙由は淡々と言った。「お2人の間にはまだ未成年のお子さんがいます。離婚後、会長が親権をあなたへ渡すことはまずありませんし、裁判所もそれを支持しないでしょう。もし会長が子供たちを引き取るなら、父親として滉さんにも負担は生じます。野村家の生活水準を維持するとなれば、毎月100万円の負担は覚悟していただく必要があります」滉は冷えた声で返した。「芙由、俺と紗彩の問題は夫婦の問題だ。事情も知らない部外者が口を出すことじゃない。もし個人として話しているなら、俺は答える義務がない。代理人として話しているなら、なおさら個人的に会うべき相手じゃない」滉はその言葉の奥に脅しを感じ取ったが、鼻で笑って一蹴し、そのまま芙由を追い返した。――静玖も澪も俺の子じゃないのに、まだ養育費まで払えって言うのか……滉はすぐ紗彩へ電話をかけた。しばらくして出たが、向こうは少し騒がしかった。「今、取引先と話しているの。終わったら、あなたを迎えに行って家へ連れて帰るわ」滉は言った。「紗彩、俺は穏便に離婚して、お前の財産には一切手をつけるつもりはなかった。だが、弁護士を寄越して、離婚後は養育費として毎月数百万円も払えとまで言わせたな。いいだろう。もう感情の話はやめだ。金の話だけをしよう。俺は離婚を求めるだけじゃない。慰謝料として600億円請求する」「600億円?」電話の向こうで紗彩が笑った。「ずいぶん景気のいい商談ね」そのまま通話は切れた。切れる直前、中年の男が「600億円の商談とは、何の話ですかな?」と紗彩に尋ねる声が聞こえた。――600億円が高いのか?財産の半分をよこせと言われても、お前は黙るしかないはずだろ。滉は紗彩の性格を知っている。彼女が自分から差し出すのでなければ、一銭も出させることはできない。600億円をもぎ取るなど、至難の業だろう。だが、それでもこれは離婚を認めさせるための一手だった。結婚と金を天秤にかけたとき、紗彩は
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第15話

滉は誤魔化すことなく、率直に事実を認めた。さらに子どもたちのDNA鑑定書まで偉心に見せた。病院のトップとしてこれまで数々の修羅場や人間模様を見てきた偉心は、その書面に目を通した瞬間、どこが問題なのかをすぐ悟った。偉心は滉に、あまり思い詰めないように、しばらく休んでいていいと告げた。滉を先に帰らせると、今度は伯山に電話を入れ、すぐに会う約束を取りつけた。そして、そのまま自ら会いに向かった。ひと通り世間話を済ませたあと、周りに誰もいないのを確かめる。偉心はさっそく本題を切り出した。「野村さん、お宅の婿さんがまた休みを取りに来ましてね。しかも理由が、離婚の手続きだと言うんです。いっそこのまま解雇するか、地方の関連病院へ飛ばすか、それとも何か別のご指示でもありますか?」伯山は一瞬言葉を失ったが、すぐに鼻で笑った。「あの恩知らずめ、身内の恥を外へ持ち出して、人に笑われるのが怖くないのか!」偉心は隠し立てせず、滉から渡された鑑定書をそのまま差し出した。「彼から預かったのはこれです。滉くんの言い分は単純ですよ。紗彩さんにもっと相応しい相手がいるのなら、自分は身を引きたいということのようです」「そんなものは偽物だ!あいつの言うことを信じるな!あの恩知らず、絶対に許さん!」伯山はまた鑑定書かと顔をしかめると、それをその場でびりびりに破り、丸めて放り捨てた。だが、偉心は冷静だった。「長年見てきましたが、滉くんは仕事で一度も手を抜いたことがない。軽率な真似もしないし、書類をでっち上げるような男でもありません。離婚のためだけに鑑定結果を偽装するなんて、医者として自分で自分の首を絞めるようなものです。そんな代償を彼が背負えるとも思えない。私はむしろ、この結果は本格的な調査が入っても覆ることはないと見ています」伯山は黙り込んだ。もし本当なら、ただごとではない。問題があるのは滉ではなく、娘のほうだ。眉をひそめたまま、伯山は偉心に尋ねた。「滉はほかに何か渡してきたか?何か言っていたか?」「私に渡したのはこれだけです。離婚の理由として預かっただけで、この件を片づける時間がほしいと言っていました。終われば病院へ戻るそうです。ああ、それと、もう裁判所にも訴状を提出して、紗彩さんとの離婚を求めているようですね」「何だと、裁判所に訴状を提出
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第16話

紗彩はすぐさま言い返した。「そんなはずないわ。間違いなく私と滉の子なのに、どうしてあんな結果になるの?あの鑑定機関、何のためにあるのよ。あんなデタラメな結論を勝手に出したんだから、訴えてやるわ!」「会長、それはまずいです。そうなれば、こちらがもっと不利になります」芙由は慌てて紗彩を止めた。鑑定機関を訴えれば、騒ぎが世間に明るみに出る。しかも、ああした公的機関の結論が法廷で覆る確率は極めて低い。もし敗訴でもすれば、それこそ目も当てられない事態を招きかねなかった。伯山は口を挟んだ。「紗彩、グループのことはわしが見ておく。お前は先に滉との揉め事を片づけろ」紗彩は滉から返ってきたメッセージを見返し、頭を抱えた。ひとまず父の言葉に従い、芙由を連れて滉を捜しに出ることにした。車に乗り込むと、紗彩はやり取りを芙由に見せて尋ねた。「あいつ、いったい何を考えてると思う?」芙由は慎重に答えた。「文面通りに受け取るなら、鑑定書の件ではこちらと揉めず、直接慰謝料を求めているように見えます。これが最終的な狙いかもしれませんし、あるいは……会長、子どもたちは本当に……」「寧音は間違いなく私と滉の子よ。私には滉以外の男なんていない。彼にはお金こそないけど、私は金目当てで一緒にいるわけじゃない。滉は優しいし、医者という堅い仕事も持っているし、家庭もきちんと見てくれる。夜のほうだって悪くないわ。私がわざわざよそで男を作る理由なんてないじゃない。それなのに、あの恩知らずは、私が痛い思いをして三人も娘を産んでやったのに、離婚だの600億円だの言い出すんだから、本当に腹が立つ!」紗彩は怒りで顔を真っ赤にしていた。もし滉が目の前にいたら、本気で平手打ちを見舞っていたかもしれない。芙由もさすがに面食らった。「じゃあ、あの鑑定結果は……」「あの機関が間違えたに決まってるわ。私と滉の子を、他の男との子扱いするなんてどうかしてる。本気で訴えてやるわ」「やはり先に滉さんを見つけて、落ち着いて話すしかありません」芙由は法律家として、むしろ公的な鑑定結果のほうを信じていた。子どもたちは滉の子ではなく、紗彩と別の男の子なのだと。だが、それを正面から突きつけるわけにはいかなかった。二人は滉を捜しに出たが、本人は会おうとしなかった。しかも途中でスマホの電源まで落とされ
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第17話

滉は紗彩を中へ入れると、タオルで髪を拭きながら口を開いた。「紗彩、さっさとサインしていれば、今ごろお前もせいせいしていただろうに……」ところが、紗彩は彼の予想を裏切った。いきなり服を脱ぎ出し、そのままベッドに上がり込んできた。滉は眉をひそめた。「何をしてる?」紗彩はくすっと笑った。「見れば分かるでしょう。私のお金が欲しいなら、まず私を悦ばせてみなさいよ。私を満足させてくれたら、320億でも600億でも、1000億でも払ってあげるし、私自身もこの財産も全部あなたにあげる。あなただけの可愛い妻になってあげるから、早く来て。私を抱けば、すべてが手に入るのよ!」滉は少し呆気に取られた。妻の目にはからかいもあったが、それだけじゃない。本気で彼と寝るつもりの熱も、確かににじんでいた。――この前、酔った勢いでホテルに行ってから、もう何日も経っている。あれ以来、こいつの体も味を占めたんだろう。四十路の女は貪欲になるというが、本当らしいな。――だが紗彩、お前は不倫した。もう二度と、その汚れた体に触れる気はない!滉は冷ややかに言った。「俺が冗談で言っているとでも思ってるのか。地方裁判所にはもう訴状を提出した。向こうが受理すれば、俺たちは離婚訴訟に入る。地方裁判所でだめなら、高等裁判所まで行くだけだ」「これ以上、離婚を盾にして私を脅さないで。本気で私を怒らせたら、もう今みたいに優しくはしてあげられないわよ……」「笑わせるな。よその男の子を身ごもって、俺に15年も育てさせたのはお前だ。悪事がばれた今になって、俺に感謝しろとでも言うのか。お前の顔色をうかがって、これからも他人のガキを養い続けろって言うのか。ふざけるな!」紗彩は怒りに任せて枕を投げつけ、ヒステリックに怒鳴った。「よくそんなひどいことが言えるわね!寧音は間違いなくあなたの娘なのに、自分の娘にそんな言葉を吐くなんて、それでも父親なの?今すぐ私に謝って、黙って一緒に帰りなさい。これ以上騒ぐのは許さないわ!」「まだ白を切るつもりか、それとも本物の馬鹿なのか!DNA鑑定で、寧音が俺の実の娘じゃないことはもうはっきりしてる。つまり、お前が不倫したってことだ。紗彩、お前は俺を裏切った。だから俺たちは離婚する!」滉は一語一語、噛んで含めるように言い切った。「くそっ、顔を合
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第18話

それを聞いて、以前の滉なら、寧音のそんな生意気さも、半分は甘えだと受け取れたはずだった。親であり友達でもあるような距離感が、むしろ可愛いとさえ思えたかもしれない。娘と友達みたいに付き合えれば、世代の壁も薄くなり、お互い楽に過ごせる。だが、鑑定結果を知った今となっては、もう別の意味にしか取れなかった。実の子じゃないから懐きもしないし、敬意もない。あの反抗的な態度こそ、心が離れていた証拠だ!何か言おうとしたそのとき、偉心から電話が入った。昨日のコレラ患者の経過報告で、病院へ来てほしいという。滉はこれ幸いと娘たちから離れる口実にし、すぐ承知した。電話を切ると、寧音に向かって言った。「俺はこれから病院だ。お前が妹たちを連れて家に帰れ」寧音はこんな安っぽいホテルに一秒たりともいたくないという顔で、不満たっぷりに言い返した。「私だって来たくて来たんじゃないし。ウチの女王様からの命令なの。あんたを連れて帰れなかったら、私たちも家に戻るなって。だから少しは空気読んで、一緒に帰ってよ」静玖もこくこくとうなずいた。「パパ、お姉ちゃんの言う通りだよ。ママ、本気で怒ってた。パパが帰らないなら、私たち3人もパパについていって、パパが食べるものを食べて、パパが一日帰らないなら私たちも帰るなって。あのときの顔、すごく真剣だったから、ほんとにそうするつもりだと思う」澪はすでに靴を脱いで、ベッドの上でぴょんぴょん跳ねていた。「帰らない!わたし、パパのここ好き!」滉は眉をひそめた。親心と情を刺しにくる、紗彩らしい卑怯なやり方だ。――なら、こっちも遠慮はしない……滉は荷物をまとめながら、静玖と澪には部屋で待つよう言った。そのうえで寧音だけを連れ、フロントへチェックアウトに向かう。エレベーターに乗ると、先に口を開いた。「どうやってここまで来た?」「梅田(うめだ)さんが送ってくれたの。私たちを降ろしたら、すぐ帰ったけど。変なこと考えないでよ。あんたが一緒に帰ってくれないと、ウチの女王様が私たちを許さないんだから。お願いだから、もう帰ろうよ」「寧音、どうして俺が帰らないのか分かるか?」「何年も女王様に押さえつけられてきたから、ちょっと反抗してみたくなったんでしょ。分かる分かる、もうその気持ちは伝わったって。私はほんとは友達と遊ぶ約束があっ
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第19話

寧音はもう一度、鑑定書の結論を見た。滉と血縁がないという一文に、胸の奥が妙にざわついた。彼女は滉をじっと見た。「これ、本当なの?」「疑いようのない証拠だ。俺とお前に血の繋がりはない。お前は紗彩と別の男の間に生まれた子だ。今日からお前はお前、俺は俺だ。もう何の関わりもない」「じゃあ、私はどうすればいいの?」「妹たちを連れて家に帰れ。紗彩に本当の父親が誰なのか聞き出して、その男に会いに行けばいい。あいつ、自分でもDNA鑑定したくせに、図々しくも最後まで認めようとしないんだ」「あんたの言うことだけを鵜呑みにする気はない。家に帰ってママに直接確かめる。もし本当なら、私はもうあんたの娘じゃないし、あんたにも私に口出しする権利はないから」エレベーターが止まるや否や、寧音はそのまま飛び出した。足元がふわふわして、現実感がなかった。それでも、胸の奥の高揚と緊張だけは隠しきれない。――やっぱり、金も力もないこの男が、本当の父親なはずなかったんだ。私の本当のパパは、きっと金も権力もあって、滉なんかよりずっと上の男に違いない。だって、ママが選ぶならそういう相手に決まってる。――ママが車やお金をくれないなら、本当のパパにねだればいい。あんなに長いこと隠してたなんて、ほんとひどい。ママ、私の本当のパパってどんな人なの?早く知りたい!滉は、興奮を隠しきれない長女の背中を見て、胸の奥がちくりと痛んだ。十数年、手塩にかけて育ててきた娘が、血が繋がっていないと知った途端、迷いもなく去っていく。薄情だと思ったが、すぐに割り切れた。所詮、血の繋がらない他人なのだ。チェックアウトを済ませると、滉は家政婦の梅田佑紀子(うめだ ゆきこ)に電話し、子どもたちを迎えに来てくれるよう頼んだ。だが、佑紀子は紗彩の指示しか聞かない。紗彩の命令がない以上、迎えには来られないし、来るはずもなかった。仕方なく、滉は次女と三女を連れて病院へ向かった。偉心はそれを見ると、まず秘書に二人の面倒を頼んだ。そのうえで機密扱いの病状記録を滉に見せる。それは偉心の目の前でしか確認できない資料だった。滉は読み終えると、いくつか気になる点を挙げ、偉心とその場で検討した。そうしておけば、偉心も上層部に経過を報告しやすい。もっとも、具体的な治療方針を決めるのは、あくまで患者側の治療チーム
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第20話

滉が離婚の話を偉心に打ち明けたのは、彼が伯山と繋がりがあると知っていたからだ。どこかで仲立ちしてくれるかもしれない、という期待もあった。「慰謝料を要求したのは後からです。紗彩の不倫を知った時、俺は一刻も早く縁を切りたくて、最初は金の話なんて一切しませんでした。でも彼女は離婚にも鑑定結果にも応じない。金を出し渋るくらいなら、せめて最初の離婚の要求をのむべきでしょう。それでも紗彩は拒み続ける。俺にはもう、あいつが何を考えているのか分かりません。金なんてどうでもいい、俺はただ離婚したいだけなんです!」「ということは、君のほうに別の相手がいるのか?紗彩さんと離婚したら、すぐその相手と再婚するつもりかね?」「院長、どうしてそんなことを言うんですか?」「聞いているだけだ。正直に答えたまえ。新しい相手はいるのか?」「いません。この十数年、俺は紗彩との結婚と家庭にすべてを捧げ、彼女と子供たちのことばかり考えてきました。ほかの女には目もくれませんでした。こんな結末になるなんて、今でも何と言えばいいのか分かりません」「こればかりは私にも掛ける言葉がない。君自身で乗り越えるしかない。私から言えるのは一つだけだ。男はやはり仕事を第一に考えるべきだよ」偉心は立ち上がり、滉のそばへ歩み寄った。「海東大学で教鞭を執っていた頃、私は君を見込みのある男だと思っていた。卒業後に私から声をかけてうちの病院へ入れたのも、その期待があったからだ。それなのに、大した成果も出さないうちに家庭に引っ込んでしまった。相手が伯山の娘でなければ、とっくに怒鳴りつけていたところだよ」滉は思わずうつむいた。紗彩との出会いは偶然だったが、心を奪われたのは避けようがなかった。もしあの時に戻れたとしても、きっとまた彼女を愛していたと思う。「今の俺は、叱られて当然です」「まあいい。今日からは胸を張って、仕事に力を注ぎたまえ。君の腕は、今でも信じているよ」偉心は滉に、子どもたちへ声をかけてくるよう言った。自分は先に外科へ向かうと言い、その足で紗彩に電話を入れて、子どもたちを迎えに来るよう促した。一方その頃。紗彩はやむなく電話を切り、出かける支度を始めた。腹の中では滉に毒づいていた。せっかくの週末だというのに、子どもを遊びに連れていくでもなく、わざわざ病院へ連れていく
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