篠原家の庭では、小春が見習い庭師たちと新しい花壇を作っていた。「小春様、この苗はもう少し間隔を広くしたほうがいいですよ」「どうしてですか?」「この花は根を広く張るんで、大きく育ったときに窮屈になってしまいます」そう言われた小春は感心したように頷くと、苗を掘り起こした。小春の横顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。その様子を少し離れた場所から見守っていた樹へ、柳沢が静かに近づく。「社長」「どうした」「門倉先生から連絡が来ました」柳沢が悠真から聞いたことを簡潔に報告する。「朝比奈花乃さんが医師だった頃の同僚か……盲点だったな。柳沢、調べてリストにしてくれ」「はい。併せて皆川グループが支援してきた学生についても調べます」樹は静かに首を縦に振った。「歪められた形がようやく元に戻ろうとしているな」そう言う樹の視線は花壇で笑う小春へ向けられていた。「小春が前を向き始めた」柳沢は小さく頷く。そのとき、小春がこちらへ振り返った。樹に気づく。「樹さん!」明るい声だった。「少し出る」小春の声に誘われて出ていく樹の背に柳沢は笑う。「春が楽しみです」しばらくすると、樹が小春のほうに向かうのが見えた。「随分と植えられたな」「花が咲くのが楽しみです」嬉しそうに話す小春を見ながら、樹は静かに微笑んだ。「俺も楽しみだ」「はい」花はすぐには咲かない。土を耕し、水を与え、長い時間を掛けて少しずつ育っていく。人の心も、きっと同じなのだ。傷つき続けた小春の心にも、ようやく新しい花が咲き始めている。その花はもう誰にも踏まれることはないだろう。小春の傍で優しく微笑み樹から目を逸らし、柳沢は自分の持つ手帳を見た。
Last Updated : 2026-09-24 Read more