All Chapters of スターの冷たいプロポーズ〜今さら愛してると言われても……: Chapter 61 - Chapter 70

72 Chapters

61.花のそばに Side.大雅

「お疲れさん!……今日もいい顔してたよ〜」都内、某スタジオ。遠慮なくカメラマンに叩かれ、白いランニングから出た肩に赤く手形がついた。それを見た三井が短く叫ぶ。「ありがとうございます。……またよろしくお願いします」文句を言いたげな三井の腕を引っ張り、スタジオを後にした。「……まったく、あのカメラマンはタレントに対する扱いが雑なのよね。大雅さんがうちの事務所にとってどれほどの価値があるか、ホントにわかってない!」本当はズラのくせにっ!……と、車に乗り込んだ三井が毒舌を披露する。「まぁまぁ。あんまり火を吹くと、また更年期ババァだって噂されるよ?」「……また?またってなんです?更年期ババァって?再びって?」冗談じゃない!と怒る三井の運転が荒くなる。……おいおい、俺は事務所の大事な商品じゃないのか?急カーブに体を斜めに持っていかれながら、大雅は携帯を取り出してチェックをした。撮影中、着信とメッセージが入っていたようだ。「花と、山崎から……」2人は今、花の父親の消息をたどり、地方の山奥へ行っている。後から合流すると言ったが、撮影が押してこのあとのスケジュールを考えれば……多分不可能だ。それを、伝えなければならないと思っていた。「……父親は消息を消した後だった?」これから東京に戻るというメッセージのすぐ後に、父親からの封筒を叔父に渡された、とある。「封筒、ということは、手紙か」そのメッセージの欄に、続けて着信マークが2回ついていた。花の携帯からだ。「大雅さん、このあとCM撮影の後、ドラマの撮影になります。最後にVÉLOURSツアー公演のざっくりした流れを通してもらいますので、各撮影のセリフ等のチェックをお願いします」「はいはい了解です」撮影を自分のミスで長引かせるな、という指示だ。大雅は急いでメッセージを返して携帯をしまい、台本を取り出す。「声にしてセリフを言ってください。今日の分は私も暗記してますから」「あぁ、それじゃシーン132から……」『帰ったら聞く。ごめんな』そうメッセージしたあとで、冷たい言い方だったのではないかと後悔する余裕はなくなった。「大雅さん……お帰りなさい」日をまたぐギリギリの時間になって帰宅すると、花が目を赤くして出迎えてくれた。「ただいま……大丈夫か?」軽く抱き寄せてから、リビングへ行き、ソフ
last updateLast Updated : 2026-09-10
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62.父の手紙

『大雅さんお疲れ様です。山崎さんから手紙を渡されたことと思います。預けたのを一度返してもらってから大雅さんに渡すより、仕事先で会った時に渡してもらったほうが素早いと思い、お願いしました。ショートカットしてごめんなさい』叔父からの手紙が大雅に渡った頃を見計らい、メッセージを打つ。……この先をどう書こうか、手が止まってしまった。『1人で読んだほうがいいかな……という内容かと思いました』何だか突き放してるようで冷たい?『でも、もしアレだったら帰ってきてから読まれてもいいと思います』「……こんなの、迷わせるだけだな」消しては入力し、を繰り返したものの、たいして変わり映えのしないメッセージが並び、もうそれでいいことにした。父からの手紙を読んで、大雅はどう思うだろう……迷いながら、花は最後につけ足す。『家で読むなら、そばにいます』当然といえば当然だけど。……寄り添う気持ちがあることが伝わればいい。「いらっしゃい……!いつも伺ってばかりだから、たまにはうちで私の手料理をごちそうしたくて」「嬉しいです!お邪魔します……」大雅にメッセージを送信した後、花はランチに誘ってくれた春奈の家に行った。「花さんほどじゃないけど、私も料理が好きでいろいろ作るのよ!……でも夫婦2人でしょ?ちょっと気合を入れて作ると多すぎて余っちゃって……いつも近所に配り歩いてるの」オーブンからグラタンのようないい香りがする……ダイニングテーブルにはカトラリーが揃えてあり、いろいろ準備してくれたのがわかる。「はなちゃぁ〜ん……!」奥の部屋から飛び出してきた春希に抱きつかれ、たった数日なのに大きくなったような気がした。「春くん……あちこちのおうちでごめんね。はなちゃんもうすぐまた暇になるから、」「あっ!花さん……こっちの料理、ちょっと見てもらえるかしら?」春希に言いかせている途中で呼ばれた。花は春希をダイニングに座らせてキッチンに向かう。「わぁ……野菜のグリルですね?旬のものばかりでおいしそう!」「ちょっとソースにこだわりたくて!おすすめを教えて」「もちろんです!」ソースの材料を、春奈と一緒に冷蔵庫から取り出しながら、春奈がふと花を見た。「花さん、変なこと聞くんたけど……」突然声色が変わった気がして、花は驚いて春奈を見つめる。「春くんのこと。……幼稚園の見学
last updateLast Updated : 2026-09-11
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63.大雅の動揺

「……俺は、信じない」「大雅さん、」「事故があったって聞いて急いで駆けつけた時……花のお父さんに会った。悪いけど、こんな風に思ってたなんて信じられない」花が知る父は、決して厳格な人ではなかった。どちらかというと規律を重んじて厳しい母から、柔軟な父が助けてくれるような……言うなれば、ガチガチの母とユルユルの父だったのだ。両親は、母が一方的に怒って責めて、父は苦笑いして困っているという感じの言い争いをよくしていた。けれど翌朝にはケロリとしていたので、それでうまくいっていると思っていた。夫婦とはうまくできたものだと……けれど手紙を読んで、父の本音を知った気持ちになったのが、花の正直な本音だった。けれど……そんな父の普段の姿を大雅に話す気にはなれない。自分にとっては話しやすい父だとしても、きっといろんな表情を持っていただろうし、あやふやで信用ならないと初対面の大雅に思われたとしたら、それも父の一面なのだと思う。唇をかみしめ、必死に何かを我慢しているように見える大雅に、花はどんな言葉をかけたらいいかわからずにいた。1人にしてあげた方がいいのかな。花はそう考えてソファから立ち上がった。用はないが、とりあえずキッチンに行ってみる。そうだ……何か買い物でもないかな。明日の朝食のパンがないとか牛乳がないとか……冷蔵庫や戸棚を探り、必要なものを探す。……が、ここ数日春希がいない。そうなると足りない食材も、ない。キッチンから、ソファでうなだれる大雅をそっと見つめる。もし今、1人だったら……勝手なことが書いてある手紙を読んで、感情のまま泣いたり叫んだり、悪態をついたりしたのだろうか。……私が、いなければ。「あの、大雅さん……ちょっと明日の朝必要なものがなくて、まだスーパーやってるので買ってきますね」キッチンに置いてある買い物用のポシェットを斜めにかけて、花は大雅を見ないように玄関に向かう。「……花、」玄関までたどり着いてホッとした瞬間、リビングのドアが開いた。「たりない食材って?」「え…?えっと……み、ミニトマトと、」大雅は何も言わずに冷蔵庫を確認しに行ってしまった……「2パックあるよ」……知ってる。そこで、いかにも間違えたように手をポンと打ち、野菜室になかった野菜の名前を口にする。「あ!間違えたっ!きゅうりでした!」「それもバカデ
last updateLast Updated : 2026-09-12
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64.事故の日

「事故のことを調べて、事故現場と日時がわかってさ、地元に行って地道に聞いて回ってみた」「事故当時の?」「あぁ。当時の地方紙とかネットニュースとかさ、ちょっと気になった記事があって、事故現場近くの店を訪ねてみた」約束通り家にやって来た哲平。アイスクリームのお土産と幼児向けの工作絵本を買ってきてくれて春希は夢中だ。おかげで話をスムーズに聞くことができた。「事故現場っていうのは……」実は詳しい事故の状況を知らない花。大雅に聞いた話がすべてだった。「私なんにも知らなくて。ダメだね、こんなんじゃ」「いや、当事者なんだから詳細を知るのは怖いと思うよ。これは俺だからできたことだ」改めて、哲平に頭が下がる思いだ。あの時勝手に付き合いを終わらせて、不誠実だった自分に怒りもせずに手助けをしてくれるなんて。「事故現場は、歩美さんの住まいからそう離れていなかった。……で、ここからは、おじさんの手紙の内容を裏付けるような話になるんだけど」手紙に書かれていた意外な事といえば、父の心は歩美さんにあり、春希と共に3人で生きていこうと思っていたということ。彼女との交際が遊びではなかったというのは、正直花には、少なからず複雑な思いを抱かせた告白だった。「2人は役所から出てきたところを目撃されてるんだ。事故はその直後、駐車場を出て少し走ったT字路で起きてる」「役所から出てきたって、どうして」「婚姻届の用紙をもらったみたいだ。封筒に大事そうに入れて2人とも笑顔で微笑ましかったって話してくれた人がいたんだよ」なんとも言えず、花は哲平を見た。彼の情報を信じないわけではないけれど、2年前のありふれた日常を記憶している人がどれほどいるのだろう。「春希くんをさ、抱っこしてたのがおじさんらしいんだよ」その一言に、救われたような気持ちになる花。同時に言いようのない悲しみと寂しさも浮かんでしまう。「……ごめん」複雑な気持ちは、涙となって花の頬を濡らした。「いや、花にとっては、酷な話だよな」「うん……やっぱり私はお母さんの娘だから、お父さんに裏切られて亡くなったお母さんの気持ちを考えちゃう。でも同時に嬉しいんだよ?はるくんがちゃんと実の父親に抱っこされていた、愛されていたって知れて……」「おじさんは、春希くんを抱っこして盛大にあやしてたらしい。役所の人が自分の旦那が子供に無関心で
last updateLast Updated : 2026-09-14
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65.哲平との夜 side.大雅

「付き合わせて申し訳ない」「とんでもありません!……あの、飲み物はどうされますか?」「哲平は、ビール派?」「……いえっ!何でも飲む派です!」哲平が調査したことを話しに来てくれたあの夜から数日が過ぎ、花との日常が戻った。けれどそれは、当たり障りのない日々を一生懸命過ごしているかのような日々……考えていることは同じなのに、お互いに口に出すことができず、花は特に気を使っているように大雅には思えていた。「それじゃボトルでも1本入れるか。……で、炭酸を多めにもらっておこう」この日、大雅は仕事場で哲平を見かけ、飲みに行こうと誘った。彼は、担当する大御所女優は夜のスケジュールが埋まるのを嫌がるので、早い時間に解放されると快諾してくれた。酒はボトル、料理も多めに注文した甲斐があって、バーの個室は2人きり、話の邪魔は入りそうにない。大雅はまず、ずっと思っていたことを口にした。「これまで、花の父親探しに奔走してくれたこと、本当に……ありがとうございます」「……ええッ?!いやいや、大雅さん」頭を下げたことにひどく驚かれてこちらまで驚く。「なに?プライベートのことなんだから、頭くらい下げるよ?嫁に関することなら特に素直にさ?」「そうですよね。そういうとこ、すごくカッコいいです!……だから、諦められたんで」……最後のひと言は聞こえなかったことにする。「正直、すごく複雑な気持ちなんだよ」グラスを2つ並べ、カラン……と氷を入れながらこちらに目をやる哲平。「姉は、ちゃんと愛されていた。それは、哲平が調べてくれたことや父親の手紙で、頭では理解できる。でもさ……」グラスを受け取り、ちょうどいい濃さの炭酸割りを流し込む。「亡くなった後、姉のアパートで書きかけの婚姻届を見た時の気持ちが忘れられなくて。……あれは、ただの下書きだったのかもしれない。でもあの時の俺には、報われない男を愛して子供を身ごもって、この先どうなるのか不安な気持ちで書いた婚姻届に見えたんだよ。実際、眠れない夜を過ごしたこともあっただろうし……」花には言えない本音だった。姉を愛してくれていたことへの安堵、けれど……既婚者だったくせに姉に近づいた怒りは消えない。 でも、赤ん坊だった春希を盛大にあやしていた話を聞いて顔がほころんだ。春希が愛されていた救い 。それでも姉は死んだ。「俺はあの男より先に
last updateLast Updated : 2026-09-15
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66.春希の人生を……

「自然が多くていいところよ!」春奈・圭一夫妻が大雅の家を訪れたのは、哲平がやって来た夜から間もなくのこと。「園長先生はご夫婦で園を運営されてて、先生もたくさんいたわ。何より、お2人の教育理念が素敵でね?『幼児教育は、机に向かってする勉強より環境から学ぶべし』って!」力説する春奈の話に真剣に耳を傾け、パンフレットに見入った。時間を見つけては幼稚園を検索してきた花にとって、春奈夫妻が勧める幼稚園が、いかに魅力的なのかよくわかった。「行事も多くて楽しそうですね。お芋掘りチャレンジカップとか、春くん喜びそう!」「ハロウィンの仮装大会とかね?……保護者も一緒に楽しめるらしいわ!……私なら魔女の格好をして、春くんには、」楽しそうに話すのを春奈は途中で切った。「ごめんなさい。出過ぎたこと言っちゃった」そんなことない、と言ってあげたいが、自分が言っていいものかと悩む。すると春奈の横に座った圭一が思い切ったように口を開いた。「大雅、今日は正式にお願いに来た」ゆっくり視線を上げ、大雅は圭一を見つめる。「春希くんを、俺たちの長男として育てたい。できれば幼稚園に入る前に決断してくれないか?入園してから家も名字も親も変わるなんて、春希くんに余計な負担をかけたくないんだ」そうか……入園させるとなると、手続きの関係で戸籍や住民票、その他公的な書類が必要になる。花は以前聞いた話を思い出した。大雅と春希は養子縁組をしたわけではなく後見人だと。「私は、子供が望めないの。圭一は、それを承知でプロポーズしてくれた」大雅はそのことを知っていたようだ。それでも、重い事実を口にした春奈を慰めるように見つめる。「圭一をお父さんにしてあげたい。……でも、それだけじゃないの。私たち二人で、春希くんの家族になりたい」」花の目に涙が浮かんだ。でもそれを見せるのは失礼な気がして、新しいお茶を淹れ直すことにして席を立った。そこへ、昼寝から目覚めた春希がリビングへとやって来た。花はキッチンでお茶の準備をしながら、春希がどこへ行くのか……つい目で追ってしまう。ドサッと体を預けたのは、ソファに座る大雅。器用に膝によじ登り、広い胸に頭を預けてシャツを握る春希に大雅は目を細めた。この日、大雅はろくに言葉を発しなかった。その理由がわかるだけに、夫妻も自分たちの意向だけを伝えて帰ってゆく。……
last updateLast Updated : 2026-09-16
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67.命がけで守ったもの side.大雅

『大丈夫、お姉ちゃんがいるよ!』 姉は、何度そう言って俺に笑いかけてくれただろう。 両親が亡くなったのは、姉が高校生、俺は中学生だった。2人で父方の叔父の家に遊びに行っている間に、両親は趣味の登山へ出かけることになった。……まだ寒い早春、まさか、あんな知らせを受けるとは思わなかった。 『急に暖かくなるみたいだから、くれぐれも気をつけて』 叔父が携帯で両親に伝えている声を聞いた。……大丈夫!と言って笑っている父の顔が思い浮かんだ。早春の連休……まだ布団のなかで、おぼろげに聞こえたのを覚えている。 その夜、両親が行方不明になったと連絡を受けた。叔父夫婦は駆けつけ、姉と2人で残された慣れない家。姉は俺に何度か言ったんだ。 『大丈夫、お姉ちゃんがいるよ!』 両親はそのまま、帰らぬ人となり……俺たちを預かっていた叔父夫婦は、申し訳なさそうに言った。 『ごめんね、私らも……暮らしていくだけで精一杯でさ』 きっと、捜索にお金がかかったのだろう。叔父夫婦は俺たちに一万円札を10枚ほど握らせて玄関へと背中を押した。叔父が借りてくれた小さなアパートで、姉と2人の生活が始まり……両親の葬式はできなかった。 「春希……」 花との間に春希を寝かせるようになって、いくつの夜を過ごしただろう。 2人とも寝相が悪くて、とんでもないところを蹴っ飛ばされて飛び起きたことがあった。花が来る前は、夜中に熱を出した春希を抱っこして、オロオロ家中を歩き回ったこともある。 「そんな時、駆けつけてくれたのは春奈と圭一だった……」 海外での撮影、全国ツアー……そのたびに喜んで預かってくれた。姉に言われた『はるきを守って……』という最後の言葉を実行できたのは、支えてくれる人がいたからだ。 「……花」 君は、一番の被害者だ…… 初対面での乱暴な俺の振る舞いを責めることなくここへ来て、自動的に春希の面倒を見させた。それが報いだと、花にも春希にも失礼な思いを抱いたのに……今もこうしてそばにいてくれるなんて。 大雅はそっとベッドを降り、姉の遺影が飾られている部屋に向かう。 「姉さん、俺は……どうしたらいいんだ」 優しい笑顔のまま、姉は何も言ってくれない。その笑顔の中に、ずっと感じていたものがあった。それは……寂しさ。 友達が勝手に応募したアイドルのコンテストで予選を通過して、姉に
last updateLast Updated : 2026-09-17
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68.THE FIRST ACT

「え……ソロに変更?」「うん。VÉLOURSのライブとして準備してきたのに……突然でヤバい」「いや……美味しそうです」春奈・圭一夫妻が、春希を正式に養子として迎えたいと話に来た翌日。帰宅した大雅から意外な話を聞いて驚いた花。「……美味しそうってなんだよ」「あぁ……私はボーカルの大雅さんのファンなので」えへへ、と笑いながらキッチンに逃げる花を追う大雅。「こんなに毎日独占してるくせに。まだ美味しく食っちゃうつもり?」「それは……言葉のあやですよ?本当に食べちゃうわけじゃなくて、ライブで見せる家とは違う大雅さんが美味しそうなんです……飛び散る汗とか、流れる汗とか?」「汗フェチか?変わってんな」首すじに口づけたところで、リビングで遊んでいた春希がトト……っとやって来た。「すいとー!」春希はのどが渇いたらしい。冷蔵庫に入れた小さなボトルを渡してやると、またトト……っと小走りでリビングに戻ってしまう。「なんか、成長したよな」「はい。今までなら、一緒にギューしたがったのに……」「離れていく、第一歩かな」瞬間的に大雅を見上げたのは、声に、今までのような悲しみがなかったから。幼稚園入園という大きなイベントを控え、決断しなければならないのはわかるが、花はあまり無理をしてほしくないと思っていた。「単独ライブのタイトルは『THE FIRST ACT』。東京を皮切りに、全15都市を回る。……花には、ついて来てほしい。スタッフにもファンにも、花を紹介したい」「大雅さん、それ……前にも言ってくれましたよね?」「あぁ。今回急に単独ライブになったことには、意味があると思ってる。でもこんな仕事の変更は今回だけじゃない。これからだって、こういうことは何度もある。急に仕事が変わって、家に帰れなくなって……そのたびに春希を誰かに預けることになる」さっきは悲しみなんて浮かべなかったのに、みるみる表情が歪んでいくのがわかった。……バカだな、私は。大雅さんは今、とても大きな決断をしようとしてるんだ。「単独ライブなんて突然の出来事に、意味でも見いださないととても手放せない。だから決めた。春希は……圭一と春奈に託す」本当にいいのかと、確認しようと思えばいくらでもできた。春希を手放す理由には、少なくとも自分との結婚があるはずだ。ふと、こちらに背を向けて遊ぶ春希の小さな
last updateLast Updated : 2026-09-18
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69.再会 side.哲平

「哲平、午後休だって?」「ミミさん、お疲れさまです」「お姉さまのマネージャーとプライベートと、なかなか忙しそうじゃん!」お姉さまというのは、今俺が担当している大御所女優のこと。……思い出した。そう言い始めたのは目の前のこの人、花園ミミだった。「プライベートって言っても、楽しいものじゃないですよ?」「知ってるよ。私は大雅の親友だよ?」緩やかに巻かれた長い髪をなびかせ、体に張り付くようなタイトなワンピースに身を包むThe・女優のくせに、どこかあったかくて親しみやすいキャラクターはたぶん素だ。「いろいろ動いてくれてるんだね。ありがとう」「……いえ、ミミさんにお礼を言われるなんて、身が引き締まります」「親友を助けてくれてるんだもん。当たり前じゃない!」適当に喋っているように見えて、誰に聞かれてもおかしくないよう言葉を選んでいるのがわかる。そんな気遣いができるのは、この世界ではそう多くない。俺は尊敬の気持ちを込めて、ミミに会釈した。「機会があったら私の担当マネージャーになってほしい!」歩き出そうとする俺の肩をポンと叩いてくれたことが、まるで励ましのように感じた。振り返ってお辞儀を返しながら、俺は事務所を後にした。向かうのは、ようやく突き止めた花の父親の居場所だ。そこは東京のドヤ街と言われる簡易宿泊所が軒を連ねている場所だが……果たして本当にそこにいるのか。俺は期待と不安を半分ずつ抱えながら目的地を目指した。途中昼食を取ったり、担当する女優から連絡が来たりして、到着した頃はすでに夕方。辺りは薄暗くなりはじめ、西の空は夕焼けに染まり、辺りを赤く照らしていた。「あさひ荘……寿企画」あさひ荘は、花の父親が寝泊まりしていると探偵が掴んだ簡易宿泊所、そして寿企画は日雇いの仕事を斡旋する事務所の名前だ。駅前は安く飲める居酒屋やさびれた焼き鳥屋がひしめき合っていたが、少し歩いていくと、とたんに人影はなくなる。「あった……寿企画、」感覚で探し歩いてしまったことに後悔し始めた時、それは突然目の前に現れた。四角い看板が白く浮かび上がっている。近づいていくと、窓越しに人がいるのが見え、外で少し待ってみることにした。次々と出てくる人の手に、茶色い封筒が握り締められている。「日払い可」の貼り紙が出ているところをみると、今日の稼ぎを手にした人たちということ
last updateLast Updated : 2026-09-19
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70.父の告白

都内の料亭の一室で、花は隣に座る大雅を心配そうに見上げた。「あの、大雅さん……無理しなくてもいいと思うんです。けど、直接言いたいこともありますよね」「俺なら大丈夫だ。……それより、花だろ?」「私……ですか」「あぁ。俺は今日、花のためにここにいる」数日前、探偵が突き止めた父の居場所を訪ねた哲平が連絡をくれた。それによると、少し痩せたが父は元気で、日雇いの仕事をしていると教えてくれた。『花に会う約束をさせた。日にちは合わせるそうだ。俺が迎えに行って、確実に連れて行く』「でも、哲平も忙しいでしょ?」『それが、担当する女優が突然変わってさ。……なんとあの花園ミミさんのマネージャーに抜擢されて』哲平は嬉しそうだった。大御所女優もいいが、売れっ子スターである花園ミミのマネージャーともなれば、今後どう彼女をマネジメントしてさらに魅力を引き出していくか……話ぶりから哲平の気合いを感じる。「だから今回のことにも理解がある。最後に俺がしてやれることだ。しっかりやってやれって言われたよ」「そうだったんだ……」落ち着いたらミミを食事に誘おうと心に決め、その話を大雅に伝えた。「……早いほうがいいな」大雅は花の話を聞いてすぐにメッセージアプリを開いた。……多分、春希を預ける春奈・圭一夫妻に都合を確認しているのだろう。やはり春希を会わせるつもりはないらしい。話はすぐにまとまり、父との再会は2日後に決まった。場所は大雅の提案で、事務所と繋がっていて信頼のおける料亭になった。……そして今、大雅と花は父の到着を待っていた。「……お連れ様が参りました」引き戸の向こうから声をかけられ、花の心臓はひとつドクン……と跳ねる。思わず胸元に手をやる花の反対側の手を、大雅がそっと握った。「……お父さん、」叔父の家まで行った時、見かけた父よりさらに痩せた姿。生成り色のシャツとグレーのスラックス姿のウエストが細いことにいち早く気づいた。「悪かった……」テーブルの向こうに座るより先に、一歩部屋に入ったところで崩れるように正座をして、花に……その先の大雅に頭を下げる父。「……どうしてなの?」畳に額を擦り付ける父に、花は意外な感情が湧いてくるのを感じていた。「どうして急にいなくなったのよっ!会社も、家族も……全部置き去りにしてっ!まとまったお金まで持っていかれて……結人が、ど
last updateLast Updated : 2026-09-20
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