LOGIN拓也は検索結果を何度も読み返していた。
『出生届 父親 同意』
『子供の名前 父親 反対』
『別居中 出生届』
だが、期待していたような答えはなかなか出てこない。
「……なんだよ」
父親の許可がなければ名前を決められない。
そんな説明を探していた。
けれど、見つからない。
拓也は役所へ電話を掛けた。
『はい、戸籍担当です』
「あの、出生届について聞きたいんですけど」
『はい』
「妻と別居してるんですけど、もうすぐ子供が生まれるんです」
『はい』
「子供の名前って、夫婦二人の同意が必要ですよね?」
電話の向こうで少し間があった。
『出生届には、お子さんのお名前を記載して届け出ていただきます』
「それは分かってます。父親が同意してない名前でも受理されるんですか?」
『届出人や記載内
拓也は検索結果を何度も読み返していた。『出生届 父親 同意』『子供の名前 父親 反対』『別居中 出生届』 だが、期待していたような答えはなかなか出てこない。「……なんだよ」 父親の許可がなければ名前を決められない。 そんな説明を探していた。 けれど、見つからない。 拓也は役所へ電話を掛けた。『はい、戸籍担当です』「あの、出生届について聞きたいんですけど」『はい』「妻と別居してるんですけど、もうすぐ子供が生まれるんです」『はい』「子供の名前って、夫婦二人の同意が必要ですよね?」 電話の向こうで少し間があった。『出生届には、お子さんのお名前を記載して届け出ていただきます』「それは分かってます。父親が同意してない名前でも受理されるんですか?」『届出人や記載内容など、必要な要件を満たしているかを確認して受理することになります』「じゃあ、俺が知らない名前でも?」『ご夫婦間でどのようにお名前を決められたかを、窓口で確認する手続きではございません』 拓也は黙った。「……妻が一人で出すこともできるんですか?」『出生届の届出人については法律上定められておりますが、ご夫婦が必ず一緒に窓口へ来ていただく必要はございません』「そうですか」 電話を切る。 しばらく、スマートフォンを見つめた。「勝手に決められるじゃん」 納得できなかった。 自分の子供なのに。 名前すら知らないまま、生まれるかもしれない。 けれど。 役所へ怒っても仕方がない。 藤崎に言っても、美月が相談したくないと言えば終わる。「だったら……」 拓也はメモを開いた。
九月に入り、美月の腹は目立つようになっていた。 カフェでの仕事は、今も短時間だけ続けている。「美月ちゃん、今日はここまで~」「まだ二時間ですよ?」「二時間働いたから終わりなの!」 店長にエプロンを取り上げられ、美月は笑った。「分かりました」「次の健診いつ?」「来週です」「じゃあ先生にちゃんと聞いてきなさいよ。そろそろ仕事もいつまでにするか決めなきゃ」「はい」 着替えを済ませ、店を出る。 今日も蒼真の車が待っていた。「お疲れさまでした」「ありがとうございます」 助手席へ乗ると、美月はシートベルトを締める。「店長に、そろそろいつまで働くか決めろって言われました」「そうですか」「できれば、もう少し続けたいんですけど」「先生と相談してください」「はい」 それだけの会話だった。 けれど、美月にはそれが心地よかった。 こうしろとも。 やめろとも。 蒼真は勝手に決めない。 ◇ 次の健診で、美月は仕事について医師に相談した。「今のところ経過に問題はありません。ただ、出産が近づけば体調も変わりやすくなります」「はい」「無理をせず、いつでも休めるようにしておいてください」「分かりました」 診察のあと、入院についても改めて確認する。 拓也から問い合わせがあった場合。 突然来院した場合。 退院する時。 病院側にも、これまでの経緯は共有されていた。「ご主人には、こちらから入院の有無などをお伝えすることはありません」「ありがとうございます」「何か状況が変わった場合は、またお知らせください」「はい」 美月は頭を下げた。
拓也は、昼休みに法律事務所へ電話を掛けた。『はい、神田法律事務所です』「朝倉拓也です。藤崎先生お願いします」 しばらくして、藤崎に繋がる。『お電話代わりました』「あの、子供のことで聞きたいんですけど」『はい』「生まれたら、俺にも会わせてもらえますよね?」 藤崎はすぐには答えなかった。『奥様は現在、出産時の立ち会いや入院中の面会を希望されていません』「入院中じゃなくて、その後です」『出産後のお子さんとの関わりについては、必要に応じて別途協議することになります』「面会交流ってありますよね?」『あります』 拓也の顔が明るくなる。「じゃあ、会えるんですよね?」『面会交流という制度があることと、ご希望どおりの時期や方法で会えることは同じではありません』「でも父親ですよ、俺」『お子さんが生まれた後の状況や、お子さんの利益、安全面なども含めて考えることになります』「美月が嫌だって言ったら、ずっと会えないんですか?」『今の段階で将来の具体的な方法を決めることはできません』 拓也は眉を寄せた。「じゃあ、生まれたら連絡してください」『出産に関する情報を、ご本人の同意なくこちらからお伝えすることはできません』「またそれですか」 声に苛立ちが混じる。「俺の子なのに、生まれたことまで教えてもらえないんですか?」『現時点で、奥様からご主人へ出産の連絡をするというご希望は伺っていません』「でも戸籍見れば分かりますから」『戸籍については、必要であれば役所へご確認ください』 藤崎の声は変わらなかった。 拓也は少し黙る。「……分かりました」 電話を切った。 やっぱり藤崎も、美月の味方だ。 けれど今回は、それほど腹は立
次の健診の日。 美月は診察を終えたあと、病院の職員と改めて話をすることになった。「以前ご相談いただいた件ですが、ご主人からその後こちらへの問い合わせはありません」「はい」「ただ、出産が近づいてきましたので、入院時の対応についても確認しておきましょう」 美月は頷いた。「お願いします」「ご主人には、入院していることも伝えないでほしいということでよろしいですか?」「はい。病院にも来てほしくありません」「分かりました。院内でも共有しておきます」 以前、拓也は実際に病院まで来ている。 その記録も残っていた。「もしご主人が来院された場合も、朝倉さんの許可なく入院の有無や病室をお伝えすることはありません」「ありがとうございます」 そこまで聞いて、美月はようやく息を吐いた。 出産の日まで、拓也のことを考えたくはない。 けれど、何も準備しない方が怖かった。「それから……退院した後なんですけど」「はい」「赤ちゃんと一緒に、今いるところへ戻る予定です」 言葉にしてみると、不思議な感じがした。 あの部屋へ戻る。 拓也の待つ家ではない。 今、自分が暮らしている場所へ。「退院時に心配なことがあれば、その点も事前にご相談ください」「分かりました」 病院を出ると、今日も蒼真が待っていた。「お疲れさまでした」「ありがとうございます」 車に乗り込んでから、美月は今日話したことを簡単に伝えた。「退院の時も、念のため気をつけた方がいいみたいです」「分かりました」「でも、拓也は最近病院には来てないそうです」「そうですか」「警察に言われたことは守ってるみたいで」 美月は窓の外を見る。「このまま何もなければいい
拓也が九条グループ本社へ現れてから数日後。 美月は藤崎の事務所を訪れていた。「ご主人は、その後九条さんの会社には来ていないそうです」「そうですか」「ご自宅周辺や病院でも、今のところ新たな接触は確認されていません」 美月は少しだけ肩の力を抜いた。「良かったです」 けれど、安心しきることはできなかった。 拓也は、止められるたびに別の方法を探す。 連絡できなければ手紙。 病院で教えてもらえなければ待つ。 家が分からなければ車を追う。 家へ行けなくなれば、今度は蒼真の会社。「藤崎先生」「はい」「拓也、赤ちゃんが生まれたら……どうするつもりなんでしょう」 藤崎は少し考えてから答えた。「これまでのお話からすると、お子さんとの関わりを求めてくる可能性は高いでしょうね」「やっぱり……」「ただ、ご主人が父親だからといって、病院が出産日時や入院状況を当然に知らせるわけではありません」 美月は頷く。「はい」「出産が近づいたら、病院とも改めて対応を確認しておきましょう」「お願いします」 出産そのものだけでなく、その後のことも考えなければならない。 それでも。「私、拓也に立ち会ってほしくありません」「そのご意向は既に伺っています」「生まれた直後に会わせるのも……嫌です」「分かりました」 藤崎は淡々とメモを取った。「まずは安全に出産できる環境を整えることを優先しましょう」 事務所を出ると、蒼真の車が待っていた。「お疲れさまでした」「ありがとうございます」 乗り込んだ美月は、シートベルトを締める。「今日は出産のことも相談してきました」
夜になっても、拓也は店を出なかった。 窓の向こうにある九条グループ本社を何度も確認する。 蒼真が出てきたら話す。 それだけだ。 だが、閉店時間が近付いても蒼真は姿を見せなかった。「……裏から出たのか?」 拓也はスマートフォンを確認する。 もう待っていても仕方がない。 今日は帰ろう。 席を立ち、店を出たところで。「朝倉拓也さんですか?」 突然名前を呼ばれた。 振り向くと、二人の警察官が立っていた。「……はい」「少しお話を伺ってもよろしいですか」 拓也の顔が強張る。「俺、何もしてませんけど」「本日、こちらの会社を訪ねられましたね」「行きましたけど」「その後、長時間この付近にいらしたと伺っています」「向こうの店にいただけですよ」「九条さんを待っていたんですか?」 拓也は一瞬黙った。「……話したかっただけです」「どういったお話ですか」「夫婦のことです」「九条さんとですか?」「九条さんが妻に関わってるからですよ」 拓也は苛立ちながら答えた。「妻には連絡してません。家にも行ってません。病院にも行ってないです。言われたことは守ってますよ」 警察官は落ち着いたまま聞いている。「以前、奥様が怖がっていることはお伝えしましたね」「だから美月には近付いてないでしょう?」「奥様と関係のある方へ接触を繰り返すことも、奥様に不安を与える可能性があります」「繰り返してないですよ。今日初めて来ただけです」「電話もされていますね」「一回だけです」 拓也はすぐに言い返す。「それに会社は公開されてる場所でしょう? 向