All Chapters of 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮: Chapter 71 - Chapter 74

74 Chapters

【第71話】吟遊詩人の男

 腕を掴まれた衝撃に、セラは息を呑んで勢いよく振り返った。  恐怖に胸を押し潰されそうになりながら見上げた先にいたのは、しかし、セラが追っていたあの荒々しい口髭の男ではなかった。  光を反射する金茶の髪に、甘い笑みをたたえた碧の瞳は、光の加減で紫がかっても見える。そこに立っていたのは、爽やかで華のある顔立ちをした、一人の若い男だった。 「キャンディ……?」 「やあ、かわいいセラ姫、ひさしぶり。こんなところで会えるなんて、ぼくたち運命的だね」  親しげに語りかけてきたのは、かつて黒曜宮のあるジェイドの所領を巡った際、立ち寄った宿屋で見知った吟遊詩人のキャンディだった。 「まあ……お久しぶりです」 「ひさしぶり~。また会えてすごく嬉しいよ」  そう言って、キャンディは掴んだ腕を放すどころか、ますます身を乗り出すようにして距離を詰めてくる。その押しの強さに、セラは思わず体を縮こまらせてたじろいだ。こんな距離感で話しかけられた経験はない。一体、どのような態度でいればいいのか分からなくなってしまう。 「ねえ、さっきのあの男が気に入ったの?」  キャンディはセラが追っていた方向を顎でしゃくると、唐突にそう尋ねてきた。セラは慌てて言葉を濁す。 「え、ええ、まあ、その……」 「ふうん。ああいうのが好み?」 「……」  本当の理由を言えるはずもなくセラが黙り込んでいると、キャンディはくすりと笑い、どこか忠告するような口調で言った。 「あの男には手を出
last updateLast Updated : 2026-09-15
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【第72話】言い合い

 腕を掴むキャンディの強い力と、胸元から漂う甘く官能的な香水の香りに、セラの心は少しずつ、おそろしい気持ちで冷えていった。  けれど、怯えてばかりではいられない。 セラは意を決して、彼の不思議な紫がかった碧い瞳を見つめ返した。 「……キャンディ。先ほどの方が王妃様のお気に入りとおっしゃいましたが、あの方のお名前をご存じですか?」  この状況から逃れ出たいのは山々だったが、ジェイドの力になるための情報を、ここで引き出せるかもしれない。  問いかけを受けたキャンディは、一瞬意外そうに瞬きをした。 だが、すぐに面白がるような笑みを口元に浮かべる。 「そんなに、あいつが気になるの? あいつの名前かぁ。うーん、どうしようかな〜。教えちゃおうかな、それとも秘密にしようかな〜」  キャンディはセラの困惑を煽るように歌うような口調で言い、指先でセラの袖口を軽くなぞった。 「教えてほしかったら、ぼくともっと遊んでくれないとね」  ……だめだわ。 簡単には教えてくれそうにない気がする。  意地悪くはぐらかすキャンディの態度に、セラは思い直した。キャンディから聞き出すのは時間がかかりそうなうえに、このままではお茶会をはなれたまま時間がたちすぎてしまう。  あの男の名前なら、お茶会の会場に戻って他の誰かに尋ねるか、あるいはリタたちに調べてもらうこともできるはずだ。  これ以上、人目のない場所に留まるほうが良くない気がする。 セラは、掴まれた腕を反対の手で強く押し払おうとした。 「手を離して——」 「おや、乱
last updateLast Updated : 2026-09-16
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【第73話】暗雲の芽

 山積みの公務を一通り片付けた後、ジェイドは、王都の視察という名目で王宮を後にした。  名目は視察だが、本当の目的は別にある。  王宮を出て間もなく、あらかじめ用意していた影武者を豪華な馬車に乗せ、表向きの目的地である貴族街へと向かわせた。その間にジェイドは、最小限の供のみを従えて、賑やかな大通りを避けるようにして暗い裏路地へと滑り込んだ。  向かう先は、王都の外縁に位置する寂れた街のはずれだ。 「……つけてきている者はいるか?」  外套のフードを深く被り直しながら、ジェイドはすこし後ろを歩く部下に低く問いかけた。 「いいえ、殿下。わたしの探知にかかる者はおりません」 「わたしの探知にも反応はありません。尾行はないようです」  即座に返ってきた二人の声に、ジェイドは短く「そうか」と頷いた。  彼らはジェイドが率いる騎士団の中でも、隠密行動と魔力感知に卓越した技能を持つ精鋭たちだ。彼らが広範囲に展開する魔力の網の内側に、一定以上同じ魔力痕跡を持つ者が留まり続ければ、追跡者が潜んでいる証となる。  今回は、あやしい追手はいないようだ。  入り組んだ裏路地を抜け、辿り着いたのは、古びた工場の跡地だった。打ち捨てられた建造物。雑草があちこちに生え、屋根の上にまで緑を茂らせている。  ジェイドは建物の周囲に数人の部下を見張りとして配置してから、古い工場の軋む重い扉を押し開き、奥の暗がりへと足を踏み入れた。  静まり返った工場内で待機していた別動隊が、ジェイドの姿を認めるなり一礼する。 「見つかったか?」 「はい、殿下。こちら
last updateLast Updated : 2026-09-17
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【第74話】理不尽な痛み

 迷宮のような庭園から、カイルの案内に従って歩みを進めると、やがて木々の隙間から花やかなお茶会の賑わいが再び姿を現した。  会場の近くまで戻ってきたところで、カイルは足を止めることなく、そのままセラを残して立ち去ろうとした。セラが「案内してくださり、ありがとうございました」と礼を言うと、背後から甲高い声がひびく。 「——まあ! これは一体どういうことです!」  振り向くと、すぐそこに姉のオディールの姿があった。  豪華なドレスの裾をもちあげ、こちらに近づいてくる。彼女は扇を握りしめ、責めるような瞳でセラとカイルを交互に見つめていた。忌々しそうな声が、セラに向けられる。 「セラ、あなたは、慎みというものがないのね! ジェイド殿下というお方がいながら、わたくしの婚約者であるカイル様にまで色目を使うだなんて。浅ましく、はしたない行いを恥じるべきよ!」  まくし立てるオディールの顔は、激しい怒りと侮蔑に歪んでいた。  言いがかりにセラが口を開く間もなく、オディールはカイルの元へとすり寄り、その腕に甘えるように自身の身体を押し当てた。 「カイル様、一体妹があなたになにを言ったのか、おそろしくて聞けもいたしません。あなたを想うわたくしの気持ちを、お分かりくださいませ。まさか、なにか不愉快な思いでもさせられてはいないかと心配でございます」  オディールは上目遣いでカイルを見上げ、甘い声でそう言った。  しかし、カイルの反応は冷淡そのものだった。 「……鬱陶しい」  カイルは底冷えする声で吐き捨てると、自分の腕にあるオディールの手を容赦なく振り払った。  想像したまんまの反応で、セラはちょ
last updateLast Updated : 2026-09-18
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