บททั้งหมดของ 黒翼の悪役令嬢は偽りの聖女を許さない : บทที่ 21 - บทที่ 30

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21話 王女の如き威厳と、仕返しの部屋

「――それから、最後にひとつ」​漆黒のマナが渦巻く謁見の間で、ルシエラは青ざめた公爵夫妻を見下ろしながら、まるで鈴を転がすような冷ややかな声で付け加えた。​「今日の出来事、そして私の存在について……外へ口外しないと約束してちょうだい。もし変な噂を立てたり、私を害しようと他国の刺客や教会を利用しようとしたら……その時は、この屋敷ごとヴァルハイトの血脈を跡形もなく消し去ってあげるわ」​「ひ、ひぃぃっ……! や、約束する! 誓う、誓うから命だけは……っ!」​アレクシスは床に頭を擦り付け、惨めに命乞いをした。エレノア夫人も泡を吹かんばかりに恐怖し、ただガタガタと震えることしかできない。​自分たちを脅し、屈服させたルシエラは、何事もなかったかのようにすっと翼を収めると、マルタの手を優しく取った。​倒れ伏す騎士たちと恐怖に震える公爵夫妻を置き去りにし、二人は悠然と謁見の間を後にしたのだった。​◇​これまで「離れ」に隔離されていたルシエラが、堂々と本邸の廊下を歩く姿は、屋敷の使用人たちにあまりにも大きな衝撃を与えた。​本邸で働く若いメイドたちの多くは、これまで噂でしか「忌み子」の存在を知らなかった。不吉な悪魔、化け物、呪われた子供――大人たちからそう聞かされて育った彼女たちの前に現れたのは、その想像をあまりにも鮮やかに裏切る少女であった。​廊下の光を吸い込んで艶やかに輝く、夜空のように深い美しい黒髪。透き通るような白い肌と、夕焼けの宝石を閉じ込めたかのように高貴で澄み渡る深紅の瞳。​その姿は、忌むべき化け物などではなく、まるでどこかの国の高貴な王女そのものだった。​「……ねえ、あのお方が『離れ』のルシエラ様……?」​「なんて綺麗なお方なの……! あんなに美しい黒髪、見たことがないわ」​「瞳の赤さも、まるでおとぎ話に出てくる宝石みたい……」​すれ違う若いメイドたちが、思わず足を止めて頬を染め、ルシエラの見とれるような美しさに見惚れて吐息を漏らす。恐怖や嫌悪ではなく、純粋な憧憬と賛美の視線が、ルシエラへと向けられていた。​その様子を隣で歩くマルタは、誇らしげに胸を張って見つめていた。​(ふふ……どうかしら! ルシエラ様はこんなにも美しくて、賢くて、気高いお方なのよ!)​これまで自分の娘のように慈しみ、愛情を注いで育ててきた少女。冷たい陰口に晒さ
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22話 虚構の親心と、秘められた瘴気

​本邸の最上階を占領してからというもの、ルシエラの行動は極めて素早く、そして洗練されていた。 ​彼女は自ら先導し、ヴァルハイト公爵家の名で周辺の貴族たちを積極的に邸宅へ招き、華やかな交流の場を次々と設けていったのだ。 ​そのサロンの席で、ルシエラは儚くも息を呑むほど美しい微笑みを浮かべ、集まった貴族たちへ語りかける。 ​「私は生まれつき病弱で、このように髪や瞳の色も他の皆様とは異なっておりますでしょう? それでも今日までこうして元気に成長できましたのは……私を見捨てず、陰ながら手厚く守り育んでくださった父上と母上のおかげなのです」 ​完璧な所作で「優しく健気な娘」を演じるルシエラ。 表向きは両親の愛を謳い上げているが、それは「もし私に何かあれば、世間はすべて貴方たちの仕業だと疑うでしょうね」という、公爵夫妻に対する強烈な牽制であり、両親の過去の悪行や外聞を守ってやるための緻密な尻ぬぐいでもあった。 ​別室でその様子を伝え聞いたアレクシス公爵は、冷や汗を流しながらガタガタと震えていた。 ​(なんという恐ろしい子だ……! 己の力を誇示するだけでなく、こうして世間に『愛されている娘』という既成事実を作り、我らの逃げ道を完璧に塞ぐとは……!) ​さらにルシエラは、己の美徳を誇るどころか、一番の恩人として常にマルタの名を挙げ続けた。 ​「私が今日あるのは、何よりマルタの献身的な愛があったからです。彼女の淹れるお茶は心を救い、彼女の教えが私の知性を育ててくれました」 ​己のこと以上にマルタの素晴らしさを熱弁するルシエラの姿に、貴族たちもマルタを「公爵家に咲いた奇跡のメイド」と称賛した。マルタは誇らしさと恐縮さで胸をいっぱいにしながら、ルシエラの傍らに静かに寄り添っていた。 ​やがて、「ヴァルハイト公爵家に、絵画から抜け出たような神聖な美貌の令嬢がいる」という噂は瞬く間に社交界を駆け巡った。あまりにも美しく、そしてどこか危険な雰囲気を孕んだ12歳の少女の噂は、当然のように聖教会の中枢へと届くことになる。 ​◇ ​そして――数年ぶりの再会が訪れた。 ​公爵邸のエントランスに現れたのは、かつて幼きルシエラに聖木のロザリオを授けた聖教会の最高幹部、オーガスト枢機卿であった。 ​「久しいね、アレクシス公爵。……ルシエラ姫に会わせ
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23話 神獣の正体と、祓われた影

​「一体何が……やめて! この人は害をなす人じゃないわ!」​ルシエラが制止の声を上げるが、いつもなら彼女の言葉に大人しく従うはずの神獣が、今や激しい殺気を瞳に宿したまま一歩も退こうとしない。​その異質な気配に、オーガストは冷静な眼差しを向けた。​(見た目は神獣ユニコーン……だが、その毛並みは漆黒。溢れ出るマナもルシエラと同質に見えるが……決定的な違いがある)​ルシエラのマナは、どれほど深遠な闇を纏っていようとも、その奥底には温かく澄んだ「光」の核が存在する。しかし、目の前に立ち塞がるこの一角獣のマナには、光など欠片もなく、ただひたすらに重くどす黒い怨念のようなものが渦巻いていた。​「……フム。果たしてどちらが、偽りの言葉を並べているのかな?」​オーガストが静かに呟いたその瞬間、一角獣は咆哮とともにルシエラの制止を無視して突進した。鋭く尖った漆黒の角が、オーガストの首元めがけて迫る。​「マルタ、下がって!」​ルシエラは咄嗟にマルタを背後に庇い、事態を静観することを選んだ。目の前の神獣が、自分の知る「優しい守護者」ではない別の何かに変質していることを直感したからだ。​「ハッ!」​オーガストは衣服の裾から細身のレイピアを抜き放つと、神聖なマナを刃に纏わせた。​シュバッ……!​まばゆい光の軌跡が室内を走り、迫る一角獣の角を間一髪で弾き返す。オーガストが放つのは、聖教会の高位聖職者のみが扱える高純度の「光魔法」と「神聖魔法」であった。純白の光の障壁が一角獣の動きを制限し、鋭い光弾がその身体を的確に牽制していく。​その光景を見つめていたルシエラは、胸の奥が不規則に脈打つのを感じていた。​「……マルタ」​「はい、ルシエラ様……!」​「あのお兄さんの使う光の魔法……何故かしら、私、すごく身に覚えがあるの。どこかで、ずっと昔に見たような……」​「えっ……?」​困惑する二人を余所に、オーガストはレイピアを構えたまま、眼前で低く唸る一角獣へ静かに語りかけた。​「何故それほどまでにルシエラに取り入ろうとする? 君の目的は何だ」​『戯れ言を……! 我はルシエラ様の一部にて全て! 元々、一つだったのだ!!』​怨嗟のこもった一角獣の叫びを聞いた瞬間、オーガストの脳内で全ての疑問が氷解した。​「……なるほど。そういうことか。全てが一致したよ」​オーガ
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24話 解き明かされる伝承と、変わらぬ誓い

​激しい光の粒子が部屋の空気に溶け込み、静寂が戻った特別客室。オーガスト、ルシエラ、そしてマルタの三人は、重厚な丸テーブルを囲んで静かに座り直していた。​オーガストは手元の紅茶に一度だけ視線を落とすと、深紅の瞳を持つ少女へ静かに問いかけた。​「……まず、ルシエラ。君に確認したいのだが……自分のものではない誰かの記憶、いわゆる『前世』のようなものを感じたことはあるかい?」​「いいえ」​ルシエラは迷いなく、はっきりと首を横に振った。​「一度もないわ。私の記憶は、この屋敷の離れでマルタと出会った時から始まっているもの」​「そうか。では……さっきの一角獣だが、あいつは君にどんな言葉を投げかけていた?」​ルシエラは胸元のペンダントをそっと指先で撫でながら、当時の湖畔での記憶を辿る。​「私を『主』と呼んでいたわ。……でも、私には何のことかさっぱり分からなかったの。それに、長い時を経てようやく巡り会えた、とも言っていたわね。ただ……あの時は、敵意なんて微塵も感じられなかったのよ」​「……あいつが『自分はルシエラの一部だ』と言っていたね」​オーガストは静かに腕を組み、言葉を紡いだ。​「あれはおそらく本当だ。ただし……『本来の君の力』という意味では、少し違うはずだよ」​「……どういうことでしょうか……?」​解せない表情を浮かべるルシエラのかたわらで、マルタがハッと息を呑んだ。聖教会の教理や古い文献に目を通してきたマルタの脳裏に、ある有名な伝承が浮かび上がったのだ。​「オーガスト様……それはもしかして、聖教会に伝わる古の『堕天伝承』のことでしょうか……?」​「ふむ、流石だねマルタ。君も察しがついているようだ」​オーガストは頷き、神秘的な眼差しをルシエラへと向けた。​「そう……ルシエラ、君は恐らく、かつて世界を救った『大天使ルシエラ』そのものの生まれ変わりだろう」​言葉の意味を反芻するように、ルシエラは静かに耳を傾ける。​「遥かなる昔、さらなる力を欲した愚かな天使が禁忌の悪魔を召喚し、天界が崩壊の危機に瀕したことがあった。それを自らの身を比類なき犠牲にして救ったのが、大天使ルシエラだ。彼女は悪魔を己の魂の奥底に封印しようとしたのだが……その際、溢れ出した悪魔の瘴気と彼女自身の強いマナが混ざり合い、いくつもの欠片となって外界へ散らばってしまったのだ
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25話 紡がれる絆と、遠き日の風音

​「……さて、大昔の小難しい話は、一旦ここまでにしようか」​オーガストは手元で光を取り戻した聖木のロザリオを持ち上げると、優しくルシエラの掌へと載せた。​「このロザリオも君に返すよ。もう変色は収まったし、瘴気も綺麗に祓われた。これからも君を陰から守ってくれるはずだ」​「ありがとうございます、オーガスト様」​安心したようにロザリオを胸に当てるルシエラだったが、オーガストは続けて、彼女の首にかかる黒革紐のペンダントへと視線を向けた。彼の瞳には、聖職者としての厳しい色が混ざっていた。​「だが……逆にそのペンダントは、今すぐ処分した方がいい。愛着はあるだろうが、これは一般的な天然石だ。神聖な結界や強力な封術が施されていない。今回のように外部からの悪意や瘴気に晒されれば、あっさりと汚染されてしまうよ」​「え……っ」​ルシエラは咄嗟にペンダントを両手で庇うように抱きしめた。深紅の瞳に動揺が走る。​「でも……これは、マルタが私のために初めて作ってくれた、世界で一番大事な……」​「ルシエラ様」​ルシエラの言葉を優しく遮ったのは、隣に立つマルタだった。マルタは膝をつき、ルシエラの両手を温かく包み込むと、まっすぐに見つめつづけた。​「ルシエラ様の安全と命の方が、何よりも大事に決まっています。そんな怪しいものになってしまったのなら、処分いたしましょう。……今度はもっと勉強して、ちゃんとした結界を張れるお守りを、私が作り直しますから」​「マルタ……」​「ね? だから、今回は私に免じて手放してくださいませ」​マルタの迷いのない深い愛を感じ取り、ルシエラは少し寂しそうにしながらも、素直に首を縦に振った。首からペンダントを外し、そっとテーブルの上に置く。​その二人のやり取りを、オーガストは目元を和ませて見守っていた。​「ふふ、実に良い従者を持ったね、ルシエラ。……よし、それなら僕から次のペンダントの素材を提供しよう。教会の宝物庫から、強い浄化と結界の力を秘めた精霊石を買い取って送るよ。マルタ、君の手で仕立て直すといい。きっと素晴らしいお守りになるはずだ」​「まあ……! オーガスト様、そのような貴重なものを……本当にありがとうございます!」​マルタは感激の面持ちで深々と頭を下げた。​緊張の解けた部屋に、再び穏やかなお茶の香りが満ちていく。オーガストは思い
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26話 受け継がれた名と、再会の予感

​オーガストが去り、静けさを取り戻した本邸の広大な自室。​ルシエラはソファに深く腰掛け、寂しげな眼差しで自分の掌を見つめていた。敵意を剥き出しにし、襲いかかってきたあの一角獣――自分を守ってくれる存在だと信じていた絆が、実は侵食された悪意の塊だったという事実は、12歳の少女の心に少なからずショックを与えていた。​「……ねえ、マルタ」​「はい、ルシエラ様」​ルシエラは深紅の瞳を上げ、傍らに立つマルタを見つめた。​「さっき、オーガスト様とお話ししていた『堕天伝承』……私、一度も読んだことがなかったわ。図書室の本もたくさん読んだはずなのに」​マルタは一瞬だけ申し訳なさそうに眉を下げると、ルシエラの前に膝をつき、その小さな手を優しく包み込んだ。​「……申し訳ありません。私が……意識して遠ざけておりました」​「マルタが……?」​「はい。この冷たいお屋敷で隔離され、理不尽な事態に耐えていらっしゃるルシエラ様に、これ以上不安になるようなお話をお聞かせしたくなかったのです。『悪魔』だの『堕天』だのという哀しい言葉から、ルシエラ様を遠ざけたかった……私の勝手な親心でございます」​胸を痛めながら理由を明かすマルタ。だが、ルシエラは怒るどころか、愛おしそうに目を細めて微笑んだ。​「ううん、責めているんじゃないのよ。……だって、どれほど悲しい伝承があろうと、私に『ルシエラ』というこの偉大な名前を選んでくれたのは、マルタだものね。……ありがとう。私、自分のこの名前が、とっても大好きなのよ」​「ルシエラ様……っ」​実の親からも名を与えられず、「忌み子」と呼ばれていた幼子に、マルタが愛と祈りを込めて授けた名。その名前こそが、今やルシエラの誇りであり、二人の強い絆の証だった。​ルシエラはふと窓の外を見つめ、少しだけ不安そうに呟いた。​「ねえ……私、これからもあんな風に、どこかで誰かに狙われたりするのかしら……」​「大丈夫でございますよ」​マルタは力強く頷き、ルシエラの不安を払うように温かく笑いかけた。​「あのようなことはそうそうあることではないと、オーガスト様もおっしゃっておりました。今はあのお方のお言葉を信じましょう。それに……何があっても、私がルシエラ様をお守りいたしますから」​「ふふ、頼もしいわね。ありがとう、マルタ」​◇​重苦しい空気はすっかり消
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27話 再会の馬車と、凛々しき第一王子

​青空が広がる公爵邸の前庭。 手入れされた大理石の車寄せには、本邸の使用人たちが整列し、その先頭には豪奢なドレスを纏ったルシエラと、彼女に付き従うマルタの姿があった。 ​公爵夫妻は冷や汗を流しながら後ろに控えていたが、今のルシエラの頭の中に彼らの存在などなかった。ただ遠くから響いてくる、パカパカという規則正しい馬蹄の音に胸を踊らせていた。 ​やがて、王家の黄金の紋章が刻まれた豪奢な馬車が、滑らかな動きで車寄せへと滑り込んできた。 ​御手がうやうやしく扉を開け、踏み台を置く。 ​馬車の中から降り立ってきたのは――4年前の「8歳の少年」の面影を心地よく裏切る、ひとりの凛々しい少年であった。 ​「……ッ」 ​ルシエラは思わず息を呑み、言葉を失った。 ​そこにいたのは、12歳という年齢からは想像もつかないほど立派に成長したライネル王子だった。 流した汗とたゆまぬ鍛錬を感じさせる、無駄のない引き締まった体躯。日々の剣術の訓練で鍛え上げられた背筋はピンと伸び、その腰に佩かれた飾りのない実用的な剣が、彼が単なる飾り物の王子ではなく、一人の立派な「戦士」として歩んできた証を雄弁に物語っていた。 ​少年らしい可憐さを残しながらも、その目元には王族たる気品と、大切なものを守るための強固な意志が宿っている。 ​(本当に……ライネル君なの……? なんて……立派で、かっこよくなっているの……) ​かつて夜の湖畔で膝をガクガクと震わせ、涙目になりながら叫んでいたあの幼い姿とのギャップに、ルシエラは完全に圧倒されてしまった。深紅の瞳を丸くしたまま、立ち尽くして見惚れてしまい、王族を迎える一歩目の挨拶がすっかり遅れてしまったのだ。 ​そんなルシエラの、あまりにも分かりやすい呆然とした反応。 ​馬車から降りたライネルは、周囲の緊張感を余所に、ルシエラの真正面へと歩み寄った。 そして、かつての面影を残した情熱的な笑みを深紅の瞳に向け、片方の眉を少しだけ上げてイタズラっぽく囁いた。 ​「……どうやら、この4年間、死ぬ気で剣を振り込んできた甲斐があったようだな。ルシエラ」 ​「あ……」 ​少しだけ声変わりした、低く心地よい王子の声。 ふっと優しく目を細め、イケメンすぎる微笑みを浮かべたライネルに、12歳のルシエラは顔を真っ赤にして
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28話 18歳の儀式と、変わらぬ誓い

​沈黙が流れる豪奢な部屋の中で、ライネルは優しく目を細めると、テーブルの上のティーカップに手を伸ばした。 ​「相変わらず、マルタの淹れるハーブティーは素晴らしいな。緊張がほぐれるよ」 ​「……ええ、本当に」 ​ライネルの気取らない一言に、ルシエラは少しだけ肩の力を抜いた。 ライネルはそれから、王都で最近流行っているお菓子の話や、道中に見かけた珍しい花の話など、他愛もない話題を柔らかい声で紡いでいった。彼が紡ぐ言葉の端々からは、ルシエラの緊張を優しく解きほぐそうとする温かな配慮が溢れていた。 ​ルシエラの頬から朱が引き、いつもの穏やかな表情を取り戻したのを見届けると、ライネルは静かにカップを置いた。 ​その瞳から穏やかさが消え、まっすぐで強い熱を帯びた光が宿る。 ​「ルシエラ。……今日、君に一番伝えたかったことがあるんだ」 ​「ライネル君……?」 ​ライネルは姿勢を正し、深紅の瞳を正面から見つめ返した。 ​「僕の気持ちは、あの夜から今でも何ひとつ変わっていないよ、ルシエラ。君を愛しているし、僕の妃にしたいと思っている」 ​はっきりと告げられた愛の言葉に、ルシエラの胸が再び跳ね上がる。けれど、ライネルは真摯な表情のまま言葉を続けた。 ​「……だが、どうか18歳になるその日まで、僕を待ってはもらえないだろうか」 ​「待つ……?」 ​思いがけない提案に、ルシエラは小さく首を傾げた。ライネルは自嘲気味に、けれど愛おしそうに目を細めて微笑む。 ​「もし、君が以前のまま……あの冷たい離れで虐げられ、閉じ込められたままだったなら、僕は今すぐにでも力ずくで君をここから連れ出していたかもしれない。……だが、今の君は違う」 ​ライネルは感服したように、広々とした美しい部屋を見回した。 ​「君は自らの力で両親を屈服させ、己の尊厳と自由を勝ち取った。貴族たちとの交流も見ごとにこなし、もう立派に独り立ちできる強い女性になったんだ。……僕はね、以前の君に追いつき、相応しい男になろうと死ぬ気で努力していた。だけど、君の活躍を耳にするようになって、悟ったんだよ。ただ守られるだけの存在ではない君に対して、今の僕ではまだ足りないとね」 ​「そんなこと……! ライネル君は十分、格好よくて立派よ……!」 ​ルシエラが思わず差し出した手を、ライネルは両手で優しく包み込ん
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29話 月光の湖畔と、翼の中の誓い

​昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った深夜。ヴァルハイト公爵邸の重厚な門を潜り抜け、二つの影が夜の森へと滑り込んでいった。​第一王子ライネルと、公爵令嬢ルシエラ。二人を追う護衛の姿はどこにもない。自らの強靭な腕力で公爵家を制圧した12歳の元大天使と、日々の鍛錬で若き戦士として完成されつつある12歳の王子にとって、二人きりで抜け出すことなど容易いことであった。​森を抜け、開けた視界の先に広がっていたのは、あの日と同じ、深く静澄な湖であった。​夜空には満月が冴え冴えと輝き、静まり返った水面には、まるで銀を流し込んだかのような美しい月光の筋が一直線に伸びている。四年前、足を踏み鳴らして涙目で求婚した幼き少年と、冷たい眼差しで世界を拒絶していた少女が、初めて交差した運命の場所。​「……変わらないな、ここは」​湖畔の草を踏みしめながら、ライネルが感慨深そうに呟いた。その低く心地よい声が、夜の静寂に優しく溶けていく。​「ええ……本当にね」​隣に並び立つルシエラは、静かに目を細めた。四年という歳月は、二人の容姿も、置かれた立場も、そして何より互いの胸の内にある感情をも大きく変化させた。けれど、二人を包み込むこの湖の優しさと、頭上に輝く月光だけは、あの日と何も変わらず二人を温かく見守っていた。​風が吹き抜け、ルシエラの腰まで伸びた夜色の黒髪と、ライネルの金髪をふわりと揺らす。​言葉は要らなかった。ただ並んで立ち、寄せては返す静かな波音を聞いているだけで、四年間という離れていた時間がみるみると埋まっていくのを感じていた。ただ、穏やかな時が流れていく。​「ルシエラ」​ふと、ライネルがルシエラの方へと向き直った。銀の月光を浴びる彼の姿は、まるで神話から飛び出してきた英雄のように神々しく、息をのむほど凛々しい。​ルシエラが深紅の瞳を見上げた瞬間、ライネルの大きな手が伸びてきた。​「あっ……」​ライネルの手が、そっとルシエラの柔らかな頬に触れる。剣の訓練で生じた硬い手ダコの感触。けれど、その指先から伝わってくる熱は、どこまでも温かく、愛おしさに満ちていた。​逃がさない――。優しく、けれど断固とした力強さで顔を包み込まれ、ルシエラは逃げ場を失った。ライネルのまっすぐな眼差しの奥には、昼間の誠実な言葉の裏に隠されていた、一途で濃厚な熱情が揺らめいてい
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30話 湖畔の誓いと、繋がれた体温

​月光に照らされた湖畔でのファーストキスと、ルシエラの「18歳になったら一番に行ってあげる」という愛おしい返事。 ​そのあまりの甘やかさと衝撃に、二人はしばらくの間、言葉もなく互いの熱を確かめ合うように寄り添っていた。ルシエラの頬は燃えるように熱く、ライネルもまた胸の鼓動が収まらない。 ​「……そろそろ、戻りましょうか。あまり長居すると、いくら私たちが相手でも屋敷の者が異変に気づいてしまうわ」 ​ルシエラが恥ずかしさを誤魔化すように少し背を向け、夜風に当たろうと歩き出す。胸の奥で暴れる甘い焦燥を落ち着かせるように、彼女は何度も小さく深呼吸を繰り返した。 ​「ああ……そうだね」 ​ライネルは名残惜しそうにしながらも、彼女の隣へと並んだ。夜空に浮かぶ月は変わらず二人を優しく照らしているが、ほんの数分前までの世界とは、目に入る景色のすべてが違って見えていた。 ​帰り道の夜の森。行きは緊張と期待で静まり返っていた道だったが、帰りの空気は先ほどまでとはまるで違っていた。静寂はもはや気まずいものではなく、二人の甘い余韻を密かに包み込む優しさに満ちている。 ​歩くたびに、自然と指先が触れ合う。 かすかな摩擦が皮膚を伝うたび、背筋を甘い痺れが駆け抜けた。 ​どちらからともなく手が重なり、ライネルの大きな手が、ルシエラの華奢な手を包み込むようにギュッと握りしめた。その掌は驚くほど熱く、かすかに震えている。 ​「ライネル君……?」 ​足を止め、ルシエラが不審そうに首を傾げた。 ​「……ごめん。もう少しだけ、こうさせてほしいんだ。君の手の温もりを、忘れたくなくて」 ​真っ直ぐに自分を見つめるライネルの強い瞳に、ルシエラは胸がキュッと締め付けられるような愛おしさを覚える。かつて一人で世界の絶望を背負い、冷たい孤独の中にいた自分が、いまこうして誰かの熱によって満たされている。その温もりは、過去のどんな傷も癒やしてくれるほどに暖かかった。 ​「……勝手ね。断る理由なんて、ないけれど」 ​ルシエラはフッと優しく微笑むと、自分からもライネルの手をキュッと握り返した。繋いだ指先から、言葉以上の感情が溢れ出していくのを感じながら、二人はゆっくりと足を進めた。 ​森を抜け、静まり返ったヴァルハイト公爵邸の広大な庭園へと忍び込む。 見張りたちの視線を巧みに盗み、二人は影に
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