บททั้งหมดของ 黒翼の悪役令嬢は偽りの聖女を許さない : บทที่ 31 - บทที่ 40

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31話 秘密の約束と、未来への地図

​月光に照らされた湖畔での甘い接吻と誓いから、どれほどの時が流れただろうか。 ​夜風を切り、誰にも気づかれることなく本邸の最上階へと戻ってきた二人は、ルシエラの広大な自室へと静かに滑り込んだ。 ​室内のカンテラが優しく揺れ、二人をあたたかな光で包み込む。 ルシエラの頬は未だほんのりと赤く染まったままであり、ライネルもまた、どこか満足げで、けれど少し名残惜しそうな瞳でルシエラを見つめていた。 ​「無事に戻れたな。……公爵邸の警備も、もう少し鍛え直した方がいいかもしれない」 ​「ふふ、ライネル君と私を止められる警備なんて、この屋敷には最初から存在しないわ」 ​緊張から解き放たれたルシエラが、鈴を転がすような声でクスリと笑う。ふと訪れた穏やかな沈黙の中、二人は窓辺のソファへと並んで腰掛けた。 ​すると、ライネルがふっと思いついたようにぽんと手を打ち、深紅の瞳を輝かせた。 ​「そういえば……ルシエラ。素晴らしい案を思いついたんだ」 ​「えっ……? 素晴らしい案?」 ​首を傾げるルシエラに向き直り、ライネルはイケメンな笑みを深めながら、身を乗り出すようにして語りかけた。 ​「ああ。さっき、君は『18歳になったら待っている』と言ってくれただろう? ……だが、18歳になるまでのあと4年間、ただ指を咥えて君と離れて過ごすなんて、僕には到底耐えられそうにない」 ​「ライネル君……」 ​「だからね、ルシエラ。――16歳になったら、同じ学校に通わないか?」 ​「……! 同じ……学校に?」 ​思いがけない提案に、ルシエラは深紅の瞳を大きく見開いた。 ​ライネルはうなずき、胸の前で拳を力強く握りしめる。 ​「そうだ。我が国には、各国の王族や高位貴族の子弟が集う『王立中央学園』がある。16歳になれば誰もが入学を許可される場所だ。君は以前、16歳になったら学校に通うと両親に条件を突きつけただろう?」 ​「ええ……確かにそう言ったわ。外の世界を知りたくて、マルタと一緒に学園へ通うつもりだったの」 ​「ならば、行き先は決まりだ! 君がその学園を選んでくれるなら、僕も同じ時期に入学する。そうすれば、18歳の成人儀式を迎えるまでの2年間、僕たちは学園で共に学び、共に過ごすことができる!」 ​言葉に熱を込めるライネルの姿に、ルシエラの胸がトクンと温かく鳴った。
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32話 芽生えた感情と、忍び寄る陰謀

​ライネルが王都へ戻り、再び静けさを取り戻した本邸の最上階。 ​ルシエラは窓辺の陽だまりに腰掛け、膝の上に置いた瑠璃色の宝石が輝く「銀の短剣」を、愛おしそうにそっと撫でていた。 ​鞘の重厚な冷たさと、そこに宿るライネルの熱い情熱。 ふと、あの月光の湖畔で交わした甘い接吻と、16歳で同じ学園に通うという約束が脳裏をよみがえり、ルシエラの頬がふわりと熱を帯びる。 ​「……ふふ、ルシエラ様。本当に嬉しそうでいらっしゃいますね」 ​湯気の立つハーブティーを運んできたマルタが、目を細めて温かな笑みを浮かべた。ルシエラは少し慌てて短剣を胸に抱きかかえ、上目遣いにマルタを見つめる。 ​「ま、マルタ……! 別に、そんな……」 ​「いいえ、分かりますよ。かつて離れで『無』の瞳をしていらっしゃった頃とは大違いですわ。こうして素直なお気持ちを顔に出されるようになって……ふふ、やはりライネル様のおかげでしょうか?」 ​「もう、マルタったら……」 ​照れてそっぽを向くルシエラの姿に、マルタは胸がいっぱいになるのを感じていた。 実の親から拒絶され、冷たい檻の中で育った少女が、こうして誰かを愛おしく思い、心から喜ぶ感情を取り戻してくれた。それだけで、マルタにとってこれ以上の幸せはなかった。 ​「でもね、マルタ。私、本当に楽しみなの。16歳になったらライネル君と同じ学校に通って……もっとたくさんの世界を見られるのが」 ​「ええ。私も陰ながら、しっかりとルシエラ様をお支えいたしますからね」 ​二人は顔を見合わせ、弾んだ笑い声を響かせたのだった。 ​◇ ​それからというもの、ルシエラの毎日は一層充実したものとなった。 ​16歳での学園入学と外の世界へ飛び立つ日に向け、ルシエラはマルタの教えを受けながら勉学に猛烈に励んだ。持ち前の高い知性も手伝い、歴史、地理、教養、語学に至るまで、驚異的な速度で吸収していく。 ​さらに、自身の内に眠る膨大なマナの制御訓練も順調に進んでいた。 オーガストから受け取った聖石を組み込み、マルタが新しく作り直してくれた結界のペンダントと、胸元のロザリオ。二つの加護に守られながら、ルシエラは漆黒のマナを指先一つで繊細にコントロールできるようになっていた。 ​そして――瞬く間に年月が流れ、ルシエラは15歳を
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33話 忍び寄る影と、歪んだ使者たち

​聖職者たちの相次ぐ失踪事件によって、王国全体に不穏な空気が漂い始めていたある日。 ​公爵邸の最上階にあるルシエラの部屋に、久しぶりにオーガスト枢機卿が訪れた。長旅の疲労を物語るようにその表情にはわずかな陰りがあったが、その瞳に宿る鋭く澄んだ光は健在であった。 ​「お久しぶりですね、オーガスト様。……お顔色が優れませんが、お怪我などはございませんか?」 ​ルシエラが心配そうに差し出したハーブティーに、オーガストは優しく目を細めて感謝を示した。 ​「心配をかけたね、ルシエラ。怪我はないよ。……噂はすでに耳に届いていると思うが、失踪した聖職者たちの穴埋めと事件の調査のため、ここ数ヶ月は各地を飛び回っていたんだ」 ​マルタが淹れたお茶を一口含み、深く息を吐いたオーガストは、表情を崩さずに本題へと切り出した。 ​「そして……ここからが肝心な話だ」 ​オーガストの声のトーンが変わり、室内の空気が緊張でピンと張り詰める。 ​「かつて君に話した『堕天伝承』……あの時外界へとこぼれ落ちた悪魔の欠片のいくつかが、恐らく今、急速に活動を活発化させている」 ​「悪魔の欠片が……?」 ​ルシエラは胸元のロザリオにそっと触れた。かつて自分に取り入ろうとし、オーガストによって祓われたあの一角獣の姿が脳裏をよぎる。 ​「なぜ、昔の伝承のものが今になって動き出しているのか……その明確な理由はまだ分からない。だが、各地で起きている現象はあまりにも異常だ」 ​話を聞いていたマルタが、不安を隠せない様子で一歩前へ出た。 ​「あの……オーガスト様。なぜそれが、昔の伝承の欠片によるものだとお分かりになったのですか?」 ​「『人に化けた』例が多発しているからだよ、マルタ」 ​オーガストは静かに言葉を重ねた。 ​「姿を消した聖職者たちの目撃情報や、残された痕跡を追っていくとね……彼らは皆、人間に化けた謎の存在と接触していた。そして、そのどれもが異口同音にこう名乗っているんだ」 ​オーガストの視線が、真っ直ぐにルシエラの深紅の瞳へと向けられる。 ​「――自分は『大天使ルシエラ』の使い、あるいは彼女の半身である、とね」 ​「……っ! 私の……!?」 ​思いがけない自分の名に、ルシエラは驚愕で息をのんだ。 ​「そうだ。彼らは聖職者たちに巧みに近づき、甘言を弄して油断させた上
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34話 一筋の奇跡と、絶対の防壁

​オーガストの決断により、その日から公爵邸の最上階では極秘裏に『神聖魔法』の特別講義が始められることとなった。 ​重厚な扉が閉ざされた広大な自室。マルタが念のために廊下の人の気配に気を配る中、オーガストはテーブルの上に置いた小さな一輪の花――庭園で摘んできた少ししおれかけた白い一輪草へ視線を向けた。 ​「では、ルシエラ。まずは神聖魔法の根本的な概念から説明しよう」 ​オーガストは柔らかな手つきで花の上に手をかざす。 ​「一般的な属性魔法は、自らの内に秘めたマナを世界の元素(火・水・風・土)へと変換し、物理的な現象として行使するものだ。……だが、神聖魔法は違う。神聖魔法とは、魂の根底にある『純粋な生命力』と『祈り』をマナに直結させ、世界そのものの歪みを正す『奇跡』の業なんだよ」 ​オーガストがそっと祈りを捧げるように目を閉じると、彼の掌から眩いばかりの純白の光が溢れ出した。その温かな光が花を包み込むと、枯れかけていた茎がシャキと立ち上がり、しおれていた花弁が一瞬にして瑞々しい生命力を取り戻して咲き誇った。 ​「わあ……すごい……!」 ​その光景を間近で目にしたルシエラは、深紅の瞳を輝かせて感嘆の声を上げた。傍らで見守るマルタも、本物の奇跡を目の当たりにして息をのんでいる。 ​「ふふ、これは最も基礎的な治癒と浄化の魔法だよ。……ルシエラ、君の内に眠るマナは圧倒的だ。だが、その強大さゆえに、これまでは『破壊』や『圧迫』といった攻撃的な形でしか表現できなかっただろう? 悪魔の欠片や呪詛に対抗するためには、闇を力任せに打ち砕くだけではなく、それを根本から『浄化』する術を知る必要があるんだ」 ​「浄化……。私の中に眠るマナで、それができるかしら……」 ​ルシエラは己の掌を見つめた。 幼い頃から自身を苛み、公爵家を制圧したあの漆黒のマナ。夜空の闇を切り取ったかのような己の力が、人を癒やし、邪悪を浄化する聖なる光になり得るのだろうか。 ​「大丈夫さ。僕の目をごまかすことはできないよ。君のマナの奥底には、いつだって澄み渡った温かな『光』が存在している。……さあ、手をかざしてごらん。私やマルタを守りたい、大切な日常を守りたいという『祈り』を込めて」 ​オーガストの言葉に背中を押され、ルシエラはそっと息を整えた。 ​まぶたを閉じ、胸の奥底へと意識を集中させて
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35話 残された遺志と、深き傷跡

16歳の春。王立中央学園への入学をわずか数日後に控えたその日は、希望に満ちあふれた門出となるはずだった。​しかし、公爵邸に届けられた一通の緊急報せが、二人の世界を容赦なく暗転させた。​――聖教会の最高権限者、オーガスト枢機卿、殉職。​その報せはあまりにも突然で、あまりにも残酷だった。各地で悪魔の影を追い続けていた彼は、激戦の末に命を落としたという。彼だけでなく、国内の名だたる高位聖職者たちが相次いで命を落とし、事実上、聖教会の指導者層は全滅したという恐ろしい噂が瞬く間に国中を駆け巡っていた。​通夜が執り行われる大聖堂は、重苦しい沈黙と悲痛な気配に包まれていた。黒い喪服に身を包んだルシエラとマルタは、足元をふらつかせながら棺の傍らへと歩み寄った。​「……オーガスト様……」​棺の中に横たわるオーガストの姿を目にした瞬間、ルシエラは息を呑み、胸がちぎれるような強い衝撃に襲われた。​そこにいたのは、かつて優しく微笑み、神聖な光をまとっていた気品ある青年の姿ではなかった。片目は固く閉じられ、その綺麗な顔には痛々しい無数の切り傷が刻まれている。服の上からでもわかるほど、その身体全体にも途方もない数の酷い傷痕が残されていた。どれほど凄惨で、過酷な戦いだったかを雄弁に物語っている。​「そんな……あんなにお強くて、優しいお方が……っ」​マルタが口元を押さえ、膝から崩れ落ちそうになるのを、ルシエラは震える手で必死に支えた。ルシエラの深紅の瞳からは、溢れ出る涙がポロポロと零れ落ち、静かに床を濡らしていく。​「ルシエラ」​不意に、低く抑えられた声が聞こえた。振り返ると、そこには同じく漆黒の喪服を身にまとったライネル王子の姿があった。16歳となり、より一層背が伸び、凛々しさを増した彼は、痛みに満ちた表情でルシエラたちに寄り添った。​「ライネル君……」​「……彼の護衛騎士から、これを受け取ったんだ」​ライネルの手には、一通の封書と、精巧な装飾が施されたズッシリと重い金属製の小箱が握られていた。​「あの酷い手傷を負いながらも……彼は最期の力を振り絞り、君への手紙と、この箱を託してくれたそうだ」​ライネルが静かに手紙を開き、オーガストが最期に遺した言葉を読み上げていく。掠れた文字からは、彼の命の灯火が消えかかる瞬間の執念と、ルシエラへの深い慈愛が滲み出ていた
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36話 勝手な期待と、断ち切られた未練

王立中央学園への入学を明日に控えた、最後の夜。 ​本邸の絢爛豪華な応接間には、重苦しく歪んだ空気が満ちていた。 重厚な革張りソファに腰掛ける公爵アレクシスと、その傍らで扇子を握りしめる妻。かつてルシエラを「忌み子」と蔑み、離れへと追いやっていた二人の顔からは、かつての傲慢さは姿を消し、死人のような蒼白さと怯えが張り付いていた。 ​その対面で、16歳となったルシエラは背筋を真っ直ぐ伸ばし、静かに佇んでいた。 その隣には、いつも変わらぬ温かな眼差しで彼女を見守るマルタの姿がある。 ​「――お父様、お母様。かねてからの約束通り、明日、私はマルタと共にこの屋敷を出ます」 ​ルシエラの深紅の瞳には、一切の迷いも波立ちもなかった。 12歳のあの日、己の力で生存権を勝ち取った時に突きつけた条件。16歳になれば学園へ進学し、この冷たい公爵邸を永遠に去る――その刻限が、ついに訪れたのだ。 ​「で、出ていく……だと……」 ​アレクシスが引きつった声を漏らした。 普段なら「不吉な娘がいなくなって清々する」と吐き捨てていたはずの男が、今は今にも崩れ落ちそうなほど膝を震わせている。 ​聖教会の頂点に君臨していたオーガスト枢機卿の殉職。そして、名だたる高位聖職者たちの全滅。 国全体を覆い始めた正体不明の恐ろしい影は、この権力に執着する公爵夫妻の元にも、容赦なく死の恐怖となって押し寄せていたのだ。 ​(あのお方が死んだのだぞ……! 国の護り手たちが全滅したのだ! 次は、次は我が家が狙われるのではないか……!?) ​二人にとって、黒髪と赤目を持つルシエラは、やはり「災いを呼び寄せる忌み子」に違いなかった。彼女がいるからこそ、このような不吉な事態が起きているのではないかという妄想めいた恐怖が胸を苛む。 ​――だが、それと同時に。 彼らの醜い心の中には、相反する「都合の良い淡い期待」が芽生えてもいた。 ​12歳の時、この公爵邸の騎士団を一瞬でひれ伏させ、漆黒の巨大な翼で圧倒してみせたルシエラの桁外れの異能。 あの大天使のごとき圧倒的な力があるのなら――もしや、彼女ならば、自分たちを襲うかもしれない悪魔の脅威を退けてくれるのではないか。この未曾有の危機から、自分たちを守ってくれるのではないか、と。 ​「ル、ルシエラ……ッ」
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37話 未来への旅路と、忍び寄る警鐘

​朝靄がうっすらと残る早朝。 冷たくそびえ立つヴァルハイト公爵邸の正門を、一台の質素ながら手入れの行き届いた馬車が滑り出していった。 ​馬車を引くのは、二頭の美しく力強い毛並みを持った馬たちだ。 ルシエラ愛用の黒毛の馬は、その漆黒の毛並みと凛とした佇まいから『シュヴァルツ』と名付けられ、マルタが愛情を込めて世話をしてきた温和な栗毛の馬は、陽だまりのような温かさから『ソレイユ』と名付けられていた。 ​パカパカと軽快な馬蹄の音を響かせながら、馬車は公爵領を抜け、王立中央学園が存在する国の心臓部――【中央都市グラン・ヴァリア】へと向かって街道を進んでいく。 ​馬車の中で、16歳となったルシエラは窓の外の移り変わる景色を静かに見つめていた。 その美しい漆黒のドレスの懐には、かつてライネルから贈られたあの銀の短剣が、ずっしりとした重みと柔らかな温もりを携えて収まっている。 ​(ライネル君……もう学園に着いているかしら) ​ルシエラの頭裏に浮かぶのは、あの凛々しく成長した王子の姿。 この国の第一王子であり、グラン・ヴァリア王国の正統なる王位継承者。 ​広大な中央都市そのものが、彼の家であり、彼が生まれ育った都であった。18歳で迎える成人儀式を控え、彼は今、王族としての重責を果たしながらルシエラとの再会を心待ちにしているはずだ。 ​「ルシエラ様、顔色が少し冴えませんが……お疲れではございませんか?」 ​向かいに座るマルタが、心配そうにハーブティーのボトルを差し出してきた。 ルシエラは首を横に振り、胸元の結界のペンダントと、オーガストの遺品であるロザリオにそっと触れた。 ​「ううん、大丈夫よマルタ。……ただ、少し考えていたの。オーガスト様のことや、彼が最期まで危惧していた『使者』たちのことを」 ​深紅の瞳に、わずかな警戒の光が宿る。 ​「オーガスト様は、自称『大天使ルシエラの使者』たちのほとんどを討伐してくださったわ。でも……最後の最後まで『嫌な予感がする』とおっしゃっていた。名だたる聖職者の方々が全滅した今、もしも奴らの生き残りや、その上位の存在が潜んでいるとしたら……」 ​「……この中央都市への道中、あるいは学園そのものが狙われる可能性も否定できませんね」 ​マルタの表情も引き締まる。 ルシエラの手元に
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38話 街の喧騒と、現れた聖女

​中央都市グラン・ヴァリアの中心街に位置する、格式高い高級宿。​天井が高く洗練された家具が並ぶ豪奢な客室に荷物を下ろすと、ルシエラはソファに深く腰掛け、そっと息を吐いた。​「ふぅ……無事に着いてよかったわ」​「お疲れ様でございました、ルシエラ様。温かいお茶をご用意いたしますね」​マルタが手際よくハーブティーを淹れ、テーブルの上に並べられた明日からの学園に関する資料へと視線を落とした。​入学式は明日の午前中。そして寮へ入寮できるのは、式が終わった後の午後からとなっている。​「ルシエラ様、明日の件ですが……事前に行われた筆記試験は無事に合格されておりますので、学力面は何の問題もございません。……ただ、気になるのは式直後に行われる『魔力テスト』ですね」​「ええ。噂通りの厳しさなのかしら」​王立中央学園は身分を問わず、誰でもその門を叩くことができる寛容さを持っている。しかし、いくら筆記試験で満点を取って入学資格を得たとしても、当日の魔力テストを通過できなければその場で即退学となる、極めて実力主義なシステムが採用されていた。​マルタは鞄から一枚の羊皮紙を取り出し、ルシエラに見せた。​「こちらが去年までの魔力テストの内容を取りまとめたものでございます。魔力測定器への注入や、基礎的な魔法の精度の測定ですが……圧倒的なマナをお持ちのルシエラ様ならば、何一つ問題はないでしょう」​「そうね。加減を間違えて測定器を壊さないようにだけ気をつけなくちゃ」​ルシエラがクスリと笑うと、部屋の空気がふっと和らいだ。​一通り資料を確認し終えると、ルシエラは窓の外に広がる活気あふれる街並みを興味深そうに眺め、目を輝かせた。​「ねえ、マルタ。シュヴァルツたちのおかげで旅の疲れもあまりないし……少し街の下見と、買い出しに行ってみないかしら?」​「まあ」​マルタはルシエラの顔を覗き込み、愛おしそうに目を細めた。​「ふふ、ルシエラ様。初めての街への外出で、とても楽しそうでいらっしゃいますね」​「あ……ばれていたかしら?」​図星を突かれ、ルシエラが少し頬を染めて照れくさそうにする。離れで過ごした幼少期から一変し、こうしてマルタと二人で自由に外の街を歩くこと自体、ルシエラにとっては夢のような出来事なのだ。​マルタは優しく頷くと、少しだけ真顔になって釘を刺した。​「分かり
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39話 白髪の聖女と、虹色のマナ

​話しかけられた初老の男性は、興奮を隠しきれない様子で身を乗り出し、親切に教えてくれた。​「おや、お嬢さん方は旅の方かい? あそこにいらっしゃるのはね、最近突如として現れ、各地で傷ついた人々や病人を奇跡のような力で救って回られている『聖女様』ですよ!」​「聖女様……ですか?」​マルタが問い返すと、男性は大きく頷いた。​「ええ! オーガスト枢機卿様をはじめとする高位の聖職者様方が全滅されてから、国中が絶望に包まれていたでしょう? そこへ救世主のごとく現れたのがあの聖女様なんです。聖女様が手をかざすだけで、どんな重病も一瞬で治ってしまうんだから驚きだ!」​「16歳……そんなに若い方が……」​マルタとルシエラが驚きに目を見張る中、人波が大きく割れ、熱狂的な歓声が爆発した。民衆が一斉に膝をつき、祈りを捧げる中央の通りを、一台の優美な白い馬車と、それに護衛された人影がゆっくりと進んでくる。​「お出ましだ! 聖女エルミナ様だ!」​民衆の歓声に応えるように、馬車の窓からそっと姿を見せたその少女を目にした瞬間、ルシエラは息を呑んだ。​陽光を受けて美しく輝く、透き通るような白銀の髪。そして、強い意思と慈愛を秘めた、深く鮮やかな赤い瞳。息をのむほど幻想的で美しいその容姿は、人々の視線を惹きつけて離さない圧倒的な存在感を放っていた。​「さらに驚きなのはね」​男性が声を潜め、誇らしげに言った。​「あのお方、明日から王立中央学園へご入学されるそうなんだ! 16歳になられたのを機に、学園でさらに知識を深められるとか。まさに期待の星ですよ!」​(明日から……同じ学園に……?)​ルシエラは遠目からその白髪の少女――聖女エルミナを見つめていた。だが次の瞬間、ルシエラの深紅の瞳が大きく見開かれた。​「っ……!?」​普通の人々の目には、ただ「美しく神聖な少女」としか映っていないだろう。だが、かつて天界を統べ、オーガストから神聖魔法の極意と魔視の力を引き継いだルシエラの視界には、全く異なる世界が広がっていた。​エルミナの華奢な身体から、怒涛のように溢れ出している膨大なマナ。それは、純粋で濃密な「聖なるマナ」そのものだった。オーガストのそれすら遥かに凌駕するほどの圧倒的な聖性に、ルシエラの肌が粟立つ。​だが、驚愕すべきはそれだけではなかった。​(聖なるマナだけじゃ
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40話 桜舞う開校と、二つの規格外

​青空のもと、満開の桜が舞い散る王立中央学園の巨大な鉄門。 ​そこを潜り抜けたのは、深く艶やかな仕立ての学生服に身を包んだルシエラと、そのすぐ斜め後ろを静かに歩む、完璧に洗練されたメイド服姿のマルタであった。 ​この学園では、高位貴族や大国の重鎮の御子息・御令嬢が多く通うため、優秀な付き人や護衛の同行が認められている。だからこそマルタは、堂々とルシエラの側従としてその歩みに寄り添っていた。 ​「……なぁ、あの子……誰だ?」 「凄まじい美しさだな……黒髪にあの深紅の瞳、まるでおとぎ話の女神様みたいだ……!」 ​門を通る生徒たちの視線が一斉にルシエラへと集中した。 すれ違う男子生徒たちからは感嘆のため息と黄色い歓声が上がり、女子生徒たちもその神聖なまでの美貌に目を奪われている。 ​しかし、同時に――。 ​「でも、噂を聞いたか? ヴァルハイト公爵家の『忌み子』だって……」 「公爵邸の騎士団を一瞬でひれ伏させたとか、黒い巨大な翼を持つ怪物だとか……」 「綺麗だけど……なんだか近寄りがたい雰囲気ね……」 ​美しさへの讃仰と、一人歩きする「忌み子」としての恐ろしい噂。周囲は羨望と恐怖の入り混じった微妙な距離感を保ち、ルシエラの周囲だけぽっかりと人が寄り付かない空間が出来上がっていた。 ​「ふふ、噂など気になさる必要はございませんよ、ルシエラ様」 ​マルタが耳元で静かに囁くと、ルシエラは深紅の瞳を和ませ、小さく頷いた。 ​「ええ、分かっているわ。……あっ」 ​ルシエラの視線が、人集りの向こう側で立ち止まった。 ​人波を割って真っ直ぐこちらへと歩いてくるのは、仕立ての良い男子学生服を完璧に着こなした、金髪の少年――いや、若き戦士のごとき雰囲気を纏う第一王子ライネルだった。 ​16歳となった彼はさらに背が伸び、引き締まった身体と凛々しい目元、そして全身から溢れ出る王族としての気品で、周囲の生徒たちを完全に圧倒していた。 ​「ルシエラ! 無事に着いたんだね」 ​ライネルは周囲の視線など一蹴するように、ルシエラのもとへ歩み寄ると、あまりにも自然な動作で彼女の手を優しく取り、その甲にそっと唇を寄せた。 ​「待ちわびていたよ。今日も息をのむほど美しい」 ​「ら、ライネル君……っ!」 ​大勢の生徒の前で堂々
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