Todos los capítulos de 黒翼の悪役令嬢は、偽りの聖女を許さない ~魂を喰らう化け物に、本能の殺意が警笛を鳴らす~』 : Capítulo 1 - Capítulo 10

21 Capítulos

1話 転生の果て、禍々しき誕生

​光に満ちた天界が、その日、地獄の業火よりも惨烈な悲鳴に包まれていた。 ​惨劇の引き金は、あまりにも愚かなひとりの天使の驕りだった。より強大な聖魔術を求めた末、異界の禁忌である『寄生悪魔』と密かに契約を結んだのだ。 だが、悪魔は制御などできる存在ではない。契約者を肉体ごと内部から貪り食った悪魔は、その可憐な姿と純白の翼を「皮」として被り、天界の深部へと侵入。信じ切っていた仲間たちの背後から、次々とその神聖な魂を喰らい尽くしていったのだ。 ​崩壊する大聖堂の隅で、ひとりの小さな下級天使が恐怖にガタガタと震えていた。 その頭上へ、巨大な異形と化した悪魔の禍々しい爪が容赦なく振り下ろされる。 ​「逃げなさい!」 ​疾風のごとく割り込んだのは、天界最高位の天使――ルシエラだった。 彼女は下級天使を背中に庇い、その身で悪魔の凶刃を受け止める。 ​「ルシエラ様……っ!?」 「行きなさい、早く!」 ​怯える下級天使を後方へ逃がすと、ルシエラは血を吐きながら聖剣を引き抜いた。 悪魔は無数の天使を喰らい、巨大化している。浄化の光すら餌とするこの化け物を滅ぼす術は、今の天界には存在しない。 ​(ならば――私の魂を『檻』とするまで!) ​ルシエラは一切の迷いなく、悪魔の心臓部――蠢く「核」に向かって飛び込み、聖剣を突き刺した。 「お前も一緒に……連れていくッ!!」 ​「グアアアッ!? な、何をする!! 我をその身に宿せば、お前の純潔な魂は永久に汚されるぞ!」 ​脳内に響く悪魔の狂叫。 ルシエラは激痛に歯を食いしばり、悪魔の巨大な存在を己の内に封印していく。 彼女の背に生える眩い『純白の翼』が、悪魔の毒と穢れを抑え込む「檻」となったことで、根元からじわじわと夜空のような漆黒へと染まり変わっていく。 ​穢れを宿し、堕天使となった彼女の身体は、すでに限界を迎えていた。 さらに悪魔の猛烈な悪意は、ルシエラの魂から「記憶」を引き剥がし、喰らい荒らしていく。 ​「くっ……あぁぁぁッ……!」 ​絶望の渦中、封印の隙間を突き、悪魔の破片が一筋、下界へと逃げ延びていくのが見えた。 ​(逃がす、ものか……!) ​天界の清浄さに拒絶され、黒い羽を散らしながら命の灯火が消えていく。 肉体の死を迎え、魂が転生して
last updateÚltima actualización : 2026-08-07
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2話 名なき忌み子と冷えた館

​嵐が去った後の分娩室は、まるで墓場のような静寂に包まれていた。 ​ズタズタに引き裂かれた高級な壁紙、粉々に砕け散った窓ガラス。その惨状の真ん中で、熟練の助産師であるマサはガタガタと膝を震わせながら、かろうじて床に手をついていた。 ​「お、奥様……公爵様……。一体、何が……」 ​マサの声はかすれ、恐れに満ちていた。 公爵アレクシスは荒い息を吐きながら、我が子を抱く腕に激しい悪寒を感じていた。 ​先ほどまでの神聖な銀髪は影も形もない。夜の闇をそのまま切り取ったかのような禍々しい漆黒の髪。そして、ゆっくりと閉じられた瞼の奥にあるのは、血のように不吉な深紅の瞳。 ​「あなた……この子は……本当に、私たちの子供なの……?」 ​ベッドに横たわる妻エレノアは青ざめ、ショックのあまり震える手で胸元を固く握りしめていた。涙がその美しい頬を伝い落ちる。 ​本来であれば、ヴァルハイト公爵家の直系として、輝く銀髪と澄んだ銀瞳を称える麗しい名前が贈られるはずだった。誕生の数ヶ月前から、ふたりで夜を徹して考え抜いていた愛おしい名前が。 ​しかし――アレクシスは言葉を詰まらせた。 ​「……名付けなど、できん」 ​「公爵様……!?」 ​「見ろ、この髪を! この瞳を! まるで……まるで悪魔に取り憑かれているようではないか!」 ​吐き捨てるようなアレクシスの声に、部屋の隅に控えていた若いお世話係のメイド、マルタが小さく悲鳴を上げて息を呑む。 ​マナの暴走自体は収まった。赤子は今、何事もなかったかのように静かに息を立てて眠っている。だが、その小さな身体から放たれた狂暴な魔力の余韻は、この部屋の空気ごと凍りつかせていた。 ​「マルタ」 ​アレクシスが低く冷たい声でお世話係を呼ぶ。 ​「は、はいっ! 公爵様!」 ​「この子を……離れへ運べ。本邸の者たちの目に触れぬよう、奥の古い館に隔離するのだ」 ​「そんな……! アレクシス様、いくらなんでも赤ちゃんを離れにだなんて!」 ​エレノアが叫ぶが、その瞳には愛おしさ以上に、我が子に対する得体の知れない恐怖が色濃く差していた。 ​「エレノア、正気を保て! あれはただの赤子ではない! 我が一族の威信を、いや、領地全体を崩壊させかねない不吉の塊だ!」 ​アレクシスは冷酷に言い放つ
last updateÚltima actualización : 2026-08-07
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3話 離れの温もりと十七歳の母性

​それからの日々、名なき赤子の世話はすべてマルタに委ねられた。 ​本邸の使用人たちは「悪魔の子供」との関わりを恐れて誰一人として離れに近づこうとせず、食事や最低限の生活用品すら、離れの扉の前に置くだけで逃げるように去っていく。 ​だが、マルタにとってそれはむしろ都合がよかった。 ​(……こんなに愛くるしい子を、誰も見ようとしないなんて) ​今年で十七歳になるマルタは、幼い頃から賑やかな家庭に憧れを抱いていた。いつか素敵な人と出会い、自分自身の子どもを授かりたい――そんな未来の夢を、ずっと胸の中で温め続けていたのだ。 ​だからこそ、誰からも拒絶されたこの小さな命のお世話を任された時、マルタの胸に広がったのは恐怖ではなく、溢れんばかりの愛おしさと喜びだった。 ​「はい、よしよし……ミルクの時間ですよ」 ​薄暗い離れの部屋で、マルタは愛おしそうに赤子を抱きかかえる。 ​赤子は小さなお口で一生懸命に乳瓶を含み、ごくごくと音を立てて飲み干していく。夜の闇を溶かしたような漆黒の髪。そして、ふと見つめ返してくる深紅の瞳。 ​本邸の公爵夫妻や使用人たちが「悪魔」と恐れたその瞳は、マルタの目にはどんな宝石よりも美しく、透明に映っていた。 ​「上手に飲めましたね。えらいですよ」 ​トントンと優しく背中を叩いてあげると、小さな口から「くぅ」と可愛らしい吐息が漏れる。 ​マルタは赤子の小さく温かい頬に自分の頬を寄せ、ふにふにと頬擦りをした。ほんのりと甘い赤ん坊特有の匂いがして、胸の奥がキュッと締め付けられるような愛おしさに満たされる。 ​まるで、本当の自分の子供ができたかのような感覚。 本邸からの冷遇も、劣悪な環境も、マルタが注ぐ圧倒的な愛情によって、この離れの小さな一室だけは穏やかで温かな光に包まれていた。 ​「あなたには、私がついていますからね……」 ​指を差し出すと、赤子は小さな手でぎゅっと握り返してくる。その手触りの温かさに、十七歳の少女は心の中で静かに誓った。 ​どんなに世界から忌み嫌われようとも、この小さな命を、自分が全力で守り抜いて見せると。 ​……けれど、どれほど日が傾き、どれほど夜が明けても。 ​離れの重い扉が開かれることは一度としてなかった。 ​(……待っても、待っても……お越しにならないなんて) ​マルタは静まり返っ
last updateÚltima actualización : 2026-08-07
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4話 大天使の物語と授けられた名

​「……ルシエラ。あなたのお名前は、今日から『ルシエラ』よ」 ​静まり返った離れの部屋で、マルタは腕の中の赤子にそっと微笑みかけた。 ​「昔、おばあちゃんから聞いたおとぎ話があるの。昔々、世界が大きな闇に包まれそうになった時、たった一人でその身を犠牲にして天界と世界を救った、強くて気高かった大天使様のお話」 ​マルタの記憶に鮮明に残っているのは、幼い頃に絵本で読んだその悲しくも圧倒的な英雄の姿だった。 ​「その大天使様はね、元々は眩しいくらいの綺麗な金髪と翼を持っていたの。けれど、凶悪な悪魔を己の身に封印するために自ら『堕天』を選んで……髪は夜のように黒く、瞳は血のように赤く、そして翼は漆黒へと変わってしまったのよ」 ​本邸の公爵や使用人たちは、この子の黒髪や赤瞳を見て「悪魔の落とし子」だと蔑み、恐れて遠ざけた。 けれど、幼い頃からそのおとぎ話に強い憧れを抱いていたマルタにとって、その特徴は恐怖の対象などでは断じてなかった。 ​「私、そのお話に出てくる『ルシエラ様』が、ずっとずっと大好きで、誰よりもかっこいいって憧れてたの。みんなは不吉だなんて言うけれど……私にはね、世界を救うためにすべてを背負った、あの誇り高き大天使様と同じ姿に見えるわ」 ​胸に抱かれた赤子は、まるで自分の本当の名を呼ばれたことを理解しているかのように、深紅の瞳をうっすらと見開き、マルタの指を小さな手できゅっと握り返した。 ​「だから……誰からも名前を呼んでもらえないなら、私が世界で一番素敵でかっこいいお名前をあげる。いつかあなたも、あの大天使ルシエラ様みたいに、強くて気高い女の子になれますようにって……」 ​◇ ​――そして、翌日のことだった。 ​静かな離れの部屋に、ブウンと不快な羽音を響かせて、一匹の大きな羽虫が迷い込んできた。 幼い赤子の肌を刺されてはたまらないと、マルタは焦って手近にあった箒を手に取り、立ち上がる。 ​「もう、どこから入ってきたの……! ルシエラちゃん、じっとしていてね」 ​マルタが気合いを入れて箒を構え、必死に羽虫を追い回す。しかし、羽虫は素早く部屋の天井近くを飛び回り、なかなか仕留めることができない。 ​その時だった。 ​ベッドの上でパチパチと深紅の瞳を見開いていたルシエラが、その羽虫をじっと目
last updateÚltima actualización : 2026-08-08
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​5話 沈黙の食卓と冷ややかな眼光

 離れの小さな部屋でひっそりと育った少女は、無事に3歳の誕生日を迎えていた。育ての親であるマルタもまた、20歳の麗しい娘へと成長していた。 ​ヴァルハイト公爵夫妻は、忌み子として生まれた赤子にマルタが『ルシエラ』という名を与えたと知った時、咎めるどころか半ば胸を撫でおろしていた。 名付け親という重大な責任を自分たちではなく一介のメイドになすりつけることができ、世間や教会の目を少しでも誤魔化せる口実ができたと、身勝手な安堵を覚えていたのだ。 ​しかし、いくら遠ざけようと血の繋がりまでは消し去れない。 ルシエラが自分でスプーンを握り、正しく食事をとれる年齢になってからは、世間の手前、朝夕の食卓だけは共に囲むこととなった。 ​広いダイニングルームに流れるのは、痛いほどの沈黙。 食器とカトラリーが触れ合うかすかな音以外、会話の一つすら存在しない。 ​(……くっ、なんなのだ、この圧迫感は……!) ​アレクシスは、料理に手をつけるふりをしながら、密かに冷汗を流していた。 会話はない。しかし、息が詰まるような緊張感が部屋を満たしている。一挙手一投足を、まるで絶対的な高位の存在に『監視』されているかのような錯覚。 ​誰が、誰を監視しているというのか。 親であるはずの自分たちが、たった3歳の己の娘に、だ。 ​「……っ」 ​エレノアが耐えかねたようにフォークを置いた。 ルシエラは、日頃お世話をしてくれるマルタに向けるときには、花がほころぶような愛らしい笑顔を見せる。しかし、実の父母である夫妻に対して向けるのは、感情の欠片すら存在しない『無』の視線だった。 その漆黒の髪と深紅の瞳に見つめられるだけで、己の浅はかな魂の奥底まで見透かされているような恐怖に囚われるのだ。 ​「……気分が悪くなりました。失礼します」 ​顔を蒼白にしたエレノアが立ち上がり、逃げるように食堂を後にしていく。 アレクシスはその背中を黙って見送り、妻の足音が遠のいたのを確認すると、静かに深呼吸をした。 ​そして、ルシエラの背後に控えていたマルタへ、極めて冷淡な声をかける。 ​「……マルタ」 ​「はい、公爵様」 ​「『ルシエラ』は……不吉を起こすこともなく、無事に育っているか」 ​娘の名を呼ぶことすら拒み、まるで異形の存在の経過
last updateÚltima actualización : 2026-08-09
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6話 背の黒翼と月夜の湖

ダイニングでの冷ややかな食卓から数日が過ぎた、ある日の午後のことだった。 離れの静かな部屋でマルタとお絵かきを楽しんでいたルシエラが、突如として絵の具の手を止め、小さな胸を押さえて荒く息を吐き出し始めた。 「ハぁ……ハぁ……っ、マルタ……! お背中、また……あつくて、痛い……!」 「ルシエラ様!? どこが……あっ!」 駆け寄ったマルタの眼前で、異変は起きた。 小さなルシエラの背中から、どっと溢れ出す凄まじい密度の漆黒のマナ。それは部屋の空気をビリビリと振動させ、テーブルの上の紙やペンを激しく巻き上げた。目に見えない魔力の渦が、室内で荒れ狂い始める。 (これが……ルシエラ様の魔力暴走……!?) マルタが吹き荒れる風に目を細めた瞬間――バサッ!! ルシエラの幼い背中から、溢れ出たマナが形を成し、二枚の巨大な漆黒の羽が弾けるように展開された。 光を吸い込むような夜色の羽毛が散り、部屋の中に強い衝撃波が走る。 「くっ……ルシエラ様!」 倒れそうになるマルタの叫びが聞こえたのか。 ルシエラは小さな歯を食いしばり、深紅の瞳を強く見開いた。 「んんっ……おさまって……っ!」 ルシエラが小さく念じると、室内を暴風のように吹き荒れていた漆黒のマナは、まるで命じられた手足のようにすっと鎮まり、広げられた黒翼もまた、可憐な背中の中へと吸い込まれるように姿を消した。 わずか数秒の出来事。驚異的な自制心で魔力を抑え込んだルシエラは、肩で息をしながらマルタを見上げた。 「マルタ……大丈夫? こわくなかった……?」 「大丈夫……大丈夫ですよ、ルシエラ様……よく耐えられましたね」 マルタは震える手でルシエラを抱きしめ、急いでその背中を確かめた。 出血こそなかったものの、皮膚を内側から突き破りかけた名残か、真っ白な背中には痛々しい赤い擦り傷のような跡がくっきりと残っていた。 (ついに……翼が形となって現れてしまった……) マルタの胸に、重い焦燥感が押し寄せる。 この公爵家において、不吉の象徴である黒髪と赤瞳だけでも冷遇されているのだ。もし背中の痕や、ましてや不意に展開された黒翼を他人に与えられたら、間違いなく『悪魔』として排除されてしまう。 一番の課題は『入浴』だった。 離れには浴室がなく、身体を洗うた
last updateÚltima actualización : 2026-08-09
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7話 秘密の湖と宵闇の洗髪

​静寂に包まれた夜の森は、昼間の冷たい空気とは異なり、どこか二人を優しく包み込むような静けさに満ちていた。 ​頭上に輝く満天の星々と、蒼白く輝く三日月。湖面にはそれらが鏡のように鮮明に映り込み、まるで空と地の境界線が消え去ってしまったかのような幻想的な景色が広がる。 ​「マルタ……見て! 水の中に、お星さまがいっぱい泳いでるの!」 ​ルシエラは小さな靴を脱ぎ捨て、裸足で浅瀬の水辺へと一歩を踏み出した。 水面がかすかに揺れるたび、映り込んでいた星々の光が波紋に沿ってキラキラと揺らめく。ルシエラはその小さな手でそっと水面を掬い上げ、ぽたぽたとこぼれ落ちる光の粒を嬉しそうに見つめた。 ​「ルシエラ様、転ばないように気を付けてくださいね。水は……冷たくありませんか?」 ​「ぜんぜん冷たくないよ! なんだか、とっても気持ちいいの」 ​マルタはほっと胸を撫でおろした。この湖は地下深くの温かな水源と繋がっているのか、夜間でも水温が適度に保たれていた。敷地の裏手にあるこの隠れた湖を見つけ出せたのは、まさに天の引き合わせかもしれない。 ​本邸の浴室に行けば、他の使用人たちからの蔑むような視線に晒される。何より、昼間に見せたあの「背中の異変」――真っ白な肌に残った痛々しい赤い擦り傷や、いつ不意に溢れ出すか分からない黒い羽毛を誰かに見られるわけにはいかないのだ。 ​「さあ、ルシエラ様。綺麗に綺麗にしましょうね」 ​マルタは持参した布と、控えめな良い香りのする石鹸を取り出すと、水際に膝をついた。ルシエラもまた、素直にマルタの前で小さな背中を向け、浅瀬にちょこんと腰を下ろした。 ​そっと服を脱がせると、月光の下で幼い背中が露わになる。 昼間に溢れ出た凄まじい黒い魔力と、そこから展開された大きな漆黒の翼。その衝撃の名残である擦り傷のような赤い跡が、白い肌の上に痛々しく浮かび上がっていた。 ​(本当に……この小さな体の中に、どれほど恐ろしい力が眠っているというのだろう……) ​マルタの手が一瞬、不安で固まる。 しかし、触れたルシエラの背中は驚くほど温かく、そして柔らかかった。魔力の暴走を自らの意思で抑え込んだ3歳の幼子は、今や何事もなかったかのように、足元の水面をパチャパチャと叩いて遊んでいる。 ​「ルシエラ様……背中、ししみません
last updateÚltima actualización : 2026-08-10
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8話 月夜の誓いと、忍び寄る陰影

​湖からの帰り道。すっかり眠りについたルシエラを抱きかかえ、マルタは足音を殺しながら夜の森を歩いていた。 ​腕の中で時折「……ん……マルタ……」と小さく呟くルシエラ。その愛らしい寝顔を見つめるたび、マルタの心には温かい温もりと、それ以上の固い決意が込み上げてくる。 ​(この子を守るためなら、私はどんなことだってできる……) ​不吉と蔑まれ、実の親からすら「無」の視線を向けられる少女。しかし、本当の彼女は、誰よりも優しく、聡明で、そして強い意志を持った愛おしい我が子のような存在だ。 ​静まり返った離れへと戻り、ベッドへそっとルシエラを横たえる。 月光が窓から差し込み、彼女の夜のように深い黒髪と、安らかに閉じられた長いまつ毛を優しく照らしていた。マルタは毛布を丁寧にかけると、ルシエラの小さく温かい手に自分の手を重ねた。 ​「おやすみなさい、私の可愛いルシエラ様……」 ​そっと囁き、おでこに優しく口づける。 この狭く古びた離れと、二人だけの秘密の湖。そこが自分たちにとっての世界の全てであり、何ものにも脅かされたくない至高の領域だった。 ​◇ ​しかし、そんな二人の穏やかな時間は、本邸の冷酷な現実によって少しずつ侵食されつつあった。 ​翌日の午後。 本邸の執事長が、複数の使用人を引き連れて離れへとやってきた。 ​「マルタ。公爵様からの言づてだ」 ​執事長は部屋を見回し、まるで汚らわしいものでも見ているかのように眉をひそめた。 ​「来月、教会の高位聖職者様が公爵邸をご訪問される。その際、この『忌み子』の存在が公になることはヴァルハイト公爵家の名誉に関わる。よって、訪問前後の数日間、この者を地下の保管庫へ隔離するよう命令が下った」 ​「ち、地下の保管庫……!? そんな暗くて冷たい場所に、まだ3歳のルシエラ様を閉じ込めるというのですか!?」 ​マルタは思わず声を荒らげ、ルシエラを庇うように背後に隠した。 ​「公爵様のご決断だ。嫌なら、今すぐにでもこの子を教会の孤児院へ引き渡すまで。感謝こそすれ、反対する権利などお前にはない。それに、当日は高位聖職者様をもてなすため、お前も本邸の給仕として駆り出す。その間、この子に付き添うことは許されん」 ​(私が付き添うことすら……許されないの……!?) ​絶望的な告
last updateÚltima actualización : 2026-08-10
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9話 聖と魔の交錯、地下の訪れ

​公爵邸の1階大食堂は、教会の高位聖職者を迎えた宴によって、今や最高潮の華やかさに包まれていた。 豪奢なシャンデリアの下、高級な絨毯を踏みしめる人々。名高い料理人のご馳走と、惜しみなく注がれる最高級のワイン。ヴァルハイト公爵アレクシスと夫人エレノアは、完璧な笑顔を張り付けながら、主賓である男を接遇していた。 ​主賓の名は、オーガスト・フォン・ヘイゼル。 聖教会の枢機卿であり、天界の古文書や奇跡の研究者としても知られる高位聖職者であった。 ​「……枢機卿、お口に合いましたでしょうか」 ​アレクシスが揉み手しながら伺いを立てる。しかし、豪奢な金糸の刺繍が施された法衣に身を包んだオーガストは、ワイングラスに軽く口をつけただけで、静かに窓の外の闇を見つめていた。 ​その穏やかな目元の奥には、深い洞察の光が宿っている。 ​(おかしい……。この館には、妙な『気配』が満ちている) ​オーガストは幼少期より、常人とは比較にならないほど鋭敏な感応力(サイキック)を持っていた。神聖な気配はもちろんのこと、異質なマナや魔の波動を敏感に察知する能力だ。 ​そして今、この絢爛豪華な館の足元――遥か地下深くから、恐ろしいほどに重厚で、冷ややかな『魔』の波動が漂ってきているのを、彼ははっきりと感じ取っていた。 ​(いや……ただの『魔』ではない。この恐ろしいほどの闇の気配の奥底に……まるで、太古の天界の聖典に記されているような、目も眩むほどに純粋で気高い『聖なる光』が混ざり合っている……? 一体、この地下に何が隠されているのだ?) ​オーガストの胸に、強い疑問と胸騒ぎが広がっていく。 ​「――失礼いたします。次のお料理をお持ちいたしました」 ​宴の雑踏の中、マルタは銀のトレーを掲げ、忙しなくテーブルの間を駆け回っていた。 彼女の心は、宴どころではなかった。頭の中にあるのは、冷たく暗い地下の保管庫に一人残してきたルシエラのことだけだ。 ​(ルシエラ様……お腹は空いていないかしら。カンテラの火は消えていないかしら……) ​一刻も早くお給仕を終わらせて、地下へ駆けつけたい。 マルタは必死に顔に出てしまいそうな焦りを抑え込み、粛々と皿を運び続けていた。 ​◇ ​宴が中盤に差し掛かり、公爵夫妻が他の列席者との歓談に夢中になっている隙
last updateÚltima actualización : 2026-08-10
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10話 夜更けの温もりと、幼き神の洞察

​華やかな大宴会がようやく終わりを告げ、公爵邸は深い静寂へと沈んでいった。 高位聖職者であるオーガスト枢機卿一行は、翌日に控えた周辺地域の浄化と教会の巡礼に備え、そのまま公爵邸の最高級客室に宿泊することになっていた。 ​すべての片付けを終え、本邸の制服から普段着に戻ったマルタは、足早に地下の保管庫へと急いだ。 手には、こっそりと厨房から分けてもらった温かいスープと、柔らかいパンが入った小さなトレイが握られている。 ​(お待たせしました、ルシエラ様……!) ​重い鉄の扉をそっと開けると、そこには揺らめくカンテラの灯りと共に、小さな毛布の上にちょこんと座るルシエラの姿があった。 ​「ルシエラ様!」 ​マルタが駆け寄ると、ルシエラはぱっと顔を輝かせた。 ​「マルタ……!」 ​「ごめんなさい、お待たせして……怖くありませんでしたか? 寒くは……」 ​マルタが心配そうにルシエラをギュッと抱きしめると、ルシエラはマルタの背中に小さな腕を回し、首を横に振った。 ​「ううん、こわくなかったよ。マルタがきれいにしてくれたから、あったかかったもん」 ​そして、ルシエラは少し誇らしげに、しかしどこか甘えるような声でマルタを見上げた。 ​「ねえ、マルタ。わたし、ずっと一人でいい子にしてたよ。えらい?」 ​その健気な問いかけに、マルタは胸が締め付けられるような愛おしさを覚えた。涙をこらえながら、ルシエラの頭を優しく、優しく撫でる。 ​「はい……世界で一番えらいです。本当によく頑張りましたね、ルシエラ様」 ​マルタは持ってきた温かいスープをスプーンですくい、ルシエらに食べさせた。二人は静かな地下室で、ささやかな夕食(夜食)の時間を分かち合う。 ​ひと心地ついた頃、ルシエラはふと、先ほど起きた出来事を思い出したように、こてんと首を傾げた。 ​「ねえ、マルタ。おひるにね、ここにあのおにいさんがきたの」 ​「おにいさん……?」 ​マルタは手を止めた。昼間、地下室の扉を開けたオーガスト枢機卿のことだとすぐに気づく。 ​「うん。きれいな服をきた、おにいさん。とってもあたたかいにおいがしたよ」 ​ルシエラは純粋な瞳をまっすぐに向け、無邪気に続けた。 ​「あの人ね、こわい顔してなかったの。びっくりしてたけど……すごく
last updateÚltima actualización : 2026-08-11
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