ANMELDEN「僕の手で……断ち切るッ!」ライネルはルシエラを強く抱きしめ、その熱量で彼女の冷え切った漆黒の神威を和らげると、一瞬の隙を突いて背後の『アルヴァ=クレイド』を閃かせた。狙うはレオンハルトの命ではない。その身体の深層、心臓の傍らに蠢く「悪魔の寄生核」ただ一点。――ズドォォォンッ!!白銀の聖光が一閃し、レオンハルトの胸元を深く穿った。王の肉体を傷つけることなく、内部に根を張っていた黒い怨念の塊だけが、聖剣の輝きによって強烈に引きずり出される。「グガァァァァァッ……!? 愚かな……王の仔めがぁぁッ!!」空間に引きずり出された悪魔の核が、耳を裂くような断末魔の悲鳴を上げた。黒く歪む霧のような悪魔の顔が、ライネルを睨みつけ、狂気に満ちた嘲笑を浮かべる。「クハハハ……! 聖剣の力を引き出し、王から我を剥ぎ取ったか……! だが勘違いするなよ、幼き王子! 我がこの男の心根に忍び込めたのは……この男自身が、我が差し伸べた手に自ら縋りついたからだッ!」「何だと……!?」ライネルの手が、聖剣の柄の上で硬直する。「この男が貴様に聖剣を授けたあの日まで……この男の理性は正常であったよ! だがな……聖剣を去らせ、防壁の崩壊を知り、教会が全滅した時、この男は絶望したのだ! 王国の未来に……そして、すでに内部から腐敗しきっていたこの『グラン・ルミナス』という国の無力さになぁッ!」悪魔の黒い顔が、歪んだ愉悦を深めて囁く。「我らは何も壊してなどおらん! 貴様らが誇る王国は、我らが手をつける遥か以前から、貴族どもの欲望と腐敗によって骨まで腐り果てていたのだ! この男はただ、その腐臭を覆い隠すために我ら悪魔の力を『王国を守る最後の柱』として選んだに過ぎん……! 王自身が望んだのだよ、我らをッ!!」「嘘だ……父上が……自ら悪魔の手を取ったなどッ!?」「クハハハハ! 真実は常に醜いものよ! 滅びゆく国とともに絶望するがいい、哀れな英雄どもめぇぇぇ……ッ!!」――ギャァァァァッ!!ライネルの掲げた『アルヴァ=クレイド』から放たれた白銀の炎が、高笑いを上げる悪魔の核を完全に包み込み、一瞬で浄化・消滅させた。静寂が、地下洞窟へと戻ってくる。「……はぁ……っ、はぁ……っ」悪魔の寄生から解放されたレオンハルトは、生気を失った顔でその場に
「セフィリアの魂を……このような穢れた罠で縛りつけたというの……?」冷たく澄み渡る、しかし地鳴りのような響きを伴った声。ルシエラの背から広がる巨大な『漆黒の翼』が、ゆっくりと羽ばたいた。そこから発せられるのは、かつて天界を統べた大天使の気高き神威と、地の底へと堕ちたことで研ぎ澄まされた死と破壊の波動。二つの相反する力が融合した『黒き神威』の嵐が、地下水道の岩盤をメリメリと粉砕し、脈動していた地脈の悪魔の毒気すらも一瞬で無へと溶かして吹き飛ばす。「な……なんだ、この圧倒的な圧圧感は……ッ!?」レオンハルト国王の顔から、狂気の高笑いが綺麗に消え失せた。王家相伝の宝剣を構え直そうとするが、手がガタガタと震えて力が入らない。悪魔の力によって底上げされていたはずの彼の肉体が、ルシエラの放つ一瞥だけで「存在そのものを否定されている」かのように膝を屈しようとしていた。「ル、ルシエラ……ッ!?」ライネルすらも、その圧迫感に息をのんだ。目の前に立つ少女は、自分が愛し、守ると誓ったルシエラ・ヴァルハイトに違いなかった。……だが、その深紅の瞳の奥には、数千年の記憶と、大切な同胞『セフィリア』を惨い罠に嵌められたことに対する、深遠で途方もない「憤怒」が黒く渦巻いていた。「ルシエラ……ちゃん……ダメ……っ!」涙を流しながら、背中の『悪魔の刻印』の痛みに耐えるエルミナが声を絞り出す。「私……私は大丈夫だから……っ! 私のために……そんな恐ろしい力に飲まれないで……っ!!」エルミナの悲痛な叫び。その声に、ルシエラの漆黒の翼が一瞬だけ揺れた。感情を削ぎ落としたはずの冷徹な世界の中で、エルミナの涙と声が、かろうじてルシエラの「人間の心」を繋ぎ止める。「……安心しなさい、セフィリア。私はいま、とても冷静よ」ルシエラは静かにエルミナへ視線を戻し、微かに微笑んで見せた。その笑みはどこまでも美しく、そして底知れぬほど恐ろしかった。「貴女を傷つけ、その魂に穢れた刻印を刻んだ愚か者に……大天使としての、そして『堕天せし者』としての正当な裁きを与えるだけだわ」ルシエラが細い手を優しくかざす。ただそれだけの動作で、空間そのものが圧縮され、レオンハルトの頭上に巨万の重圧となって降り注いだ。――ガアァァァッ!!「ぐ、ああぁぁぁぁっ!?
「……な、なに……これ……っ!?」 エルミナは胸元を押さえ、自身の背中に走る激痛と違和感に慄いていた。 ルシエラによって真名『セフィリア』を呼ばれたことで、体内の爆発的な神聖波は確かに穏やかな安定を見せ、悪魔の瘴気すらもその身に留めて無力化していた。だが、彼女の驚愕の理由はそこにはなかった。 四枚の美しく輝く白銀の羽。その根元――彼女の背中の中央に、皮膚を焼き切るようにして浮かび上がっていたのは、ど黒く禍々しい『悪魔の刻印』だった。 どれほど純粋な神聖光を解き放とうとも、その刻印は脈打つたびにエルミナの魂の深層から絶え間なく暗黒の毒を汲み上げ、彼女の存在そのものを汚染し続けている。 「私……私の背中……なに、これ……っ!? 嘘……嘘でしょう、ルシエラちゃん……っ!?」 絶望に瞳を揺らし、己の体に起きた不可逆の変貌に声をもらすエルミナ。 その惨状を見つめるライネルの胸中に、激しい怒りと憤怒の火が燃え上がった。 「父上ぇぇぇッ!!」 ライネルは神聖剣『アルヴァ=クレイド』を激しく一閃し、レオンハルトの宝剣を力任せに弾き飛ばすと、鍔迫り合いを破って鋭い咆哮を上げた。 「エルミナに何をしたッ! 彼女の背中のあの不吉な刻印は……一体何なんだッ!!」 レオンハルトは弾かれた勢いを利用して間合いを取ると、地脈の核を背に、狂気と愉悦に満ちた高笑いを地下洞窟の壁々に反響させた。 「ハハハハハ! 何をした、だと? 愚かだな、ライネル! 余が施したのではない……! これは我が王家と、教会の闇が代々受け継いできた『保険』よ!」 「保険だと……!?」 「聖女や聖導士と呼ばれる者たちは、神の威光を引く『天使の使徒』そのもの。ゆえに王家と悪魔の契りにおいて、全滅した教会も含め、王国に生きる全ての聖職者候補の魂の根底にはあらかじめ『悪魔の刻印』を刻み込んでおいたのだ! 奴らがどれほど聖なる力を開花させようと、最期には地脈の核へ捧げられる肉の器となるようにな!」 レオンハルトは血走った瞳でエルミナを指差し、歓喜に肩を震わせた。 「まさか……まさか、辺境から流れてきた素性不明の少女が、古の伝承に謳われる『四枚羽の天使の転生体』そのものだったとはな……!! くはは! 万一のための仕込みが、まさかこれほどの極
洞窟の最深部に、金属のぶつかり合う凄絶な衝撃音が絶え間なく鳴り響いていた。「誇り高き王家の血を引く者が……悪魔の企みに与するなど! 父上、正気に戻ってくださいッ!」「黙れ、ライネル! 一国の王たる者が、奇跡を待つだけの弱者であってなるものか! 地理も防壁も潰えた今、この地脈の核こそが我が国を繋ぎ止める唯一の柱なのだッ!」凄まじいスパークが飛び散り、ライネルの神聖剣『アルヴァ=クレイド』と、レオンハルトの漆黒の宝剣が火花を散らして鬩ぎ合う。父の手によって教え込まれた剣技、父から授かった白銀の刃。そのすべてを懸けてライネルは全身の力で踏み込み、悪魔の毒気に蝕まれたレオンハルトの怒涛の連撃を必死に喰い止め続けていた。その背後――少し離れた石畳の上で、ふたつの強大な「光」が互いを侵食し合い、破裂寸前の風船のように膨れ上がっていた。「っ……あぁぁぁっ……!」エルミナは胸を掻きむしるようにしてその場に倒れ込み、激しい痛みに肩を震わせていた。彼女の背から広がる四枚の白銀の羽は、もはや彼女の意志を完全に無視して激しく羽ばたき、眩いばかりの神聖光を撒き散らしている。だがその輝きは、あまりに強大すぎた。エルミナの華奢な肉体という『器』を内側から破壊せんばかりに熱を帯び、彼女の肌を白く焼き焦がさん勢いで暴発の時を待っていた。そして、その隣に佇むルシエラ。ルシエラに取り込まれた悪魔の残照は、彼女の魂の深層に眠る大天使の記憶と不完全に結びつき、禍々しくも気高き漆黒と純白の波動を巻き上げていた。(視界が……白くなっていく……)ルシエラは自分の手元を見つめた。すでに色彩は失われ、世界は白と黒の明暗だけで構成されているように見える。ライネルとレオンハルトが交わす激しい剣戟の音も、まるで分厚い水底から聞こえてくるように遠い。痛覚はない。恐怖も、呼吸の苦しさすらも消え去りかけている。悪魔の残照を吸い上げるたび、自分という存在が「ルシエラ・ヴァルハイト」という人間から引き剥がされ、感情を持たぬ冷徹な力の固まりへと変貌していく感覚。(このまま……私が力を解放してしまえば、レオンハルト陛下も、地下の核も……一瞬で消し去ることができる……)そんな冷酷な思考が、脳裏を掠めた。大天使としての冷徹な全能感。――だが。「あ……ル、ルシエラち
最深部の重苦しい空気を切り裂くように、白銀の光と漆黒の圧力が鬩ぎ合っていた。巨大な黒い結晶――王都の地脈を侵食し、不気味に脈動する『悪魔の心臓』。その前に佇んでいたのは、王国の頂点に立つ国王レオンハルトであった。「父上……っ!? なぜ……なぜ父上がこのような場所に……!」ライネルの声が、地下洞窟の壁に空しく反響する。神聖剣『アルヴァ=クレイド』を固く握りしめるライネルの脳裏には、確かな記憶が刻まれていた。学園へと旅立つ前、自分にこの聖剣を授けてくれた時の父の姿。あの力強い手、王国と民を憂う威厳に満ちた眼差し――あの直後までは、父が悪魔の傀儡などではないと確信できていたはずなのだ。だが、今眼前に立つレオンハルトの瞳には、かつて見せた王たる慈悲の色はどこにもない。底知れぬ漆黒の濁りが、その双眸を侵し尽くしていた。「……何故、だと? 愚かな問いを拒むな、ライネル」レオンハルトは冷ややかに言い放つと、腰の意匠を凝らした王家相伝の宝剣を引き抜いた。その刃には、地下脈から吸い上げたど黒い悪意が怨念の煙となって絡みついている。「王とは国を護る者。そのためならば、神の光であれ悪魔の毒であれ、あらゆる力を統べるのが王たる者の責務よ。教会が全滅し、神聖防壁が崩壊した今、この地下に眠る地脈の核を掌握することこそが、このグラン・ルミナスを永遠たらしめる唯一の道なのだ!」「狂っている……! 悪魔の力に呑まれ、理性を失っているのは父上の方だ!」ライネルが叫ぶ傍らで、ルシエラとエルミナの身体から放たれる神聖波が、限界を超えて暴走の兆候を見せ始めていた。「っ……あ……あぁ……っ!」「ルシエラちゃん……! 力が……抑えきれない……っ!」ルシエラに取り込まれた悪魔の残照と、それに反照して四枚の白銀羽を輝かせるエルミナの聖光。二つの古の天使の威光が過剰に干渉し合い、互いの波動を跳ね上げ続けている。ルシエラの視界はすでに色彩を失いかけており、エルミナの背の羽からは今にも空間を爆砕せんばかりの光の粒子が溢れ出していた。いつ暴発してもおかしくない――もし今、二人がこの場所で全力を解放すれば、二人自身の魂が崩壊するばかりか、王都の地下水道ごとこの空間が跡形もなく吹き飛ぶ。(二人に力を使わせるわけにはいかない……! 今は僕が……僕の刃で父上を止めなけ
地脈の奥へ進むほど、空気は冷たく重く、そして悪魔の毒気によって粘り気を帯びていく。――ザシュッ!ライネルの振るう神聖剣『アルヴァ=クレイド』が、前立つの悪魔を真一文字に一刀両断する。エルミナの四枚の白銀の羽から放たれる神聖光が広範囲を浄化し、暗闇を白く照らし出していた。しかし、戦線の中央に立つルシエラの足取りは、どこか浮世離れした重みのないものへと変化していた。「ルシエラ……! 本当に大丈夫なのか!?」敵を退け終えたライネルが、剣を構えたままルシエラの側へと駆け寄る。その瞳には、隠しきれない焦燥と恐怖の色が浮かんでいた。先ほど腕を削がれた傷口からは、未だ赤黒い血が伝い落ちている。にもかかわらず、ルシエラは眉一つ動かさず、ただ自分の血に濡れた指先を無機質に見つめているだけだった。「大丈夫……? ええ、痛くも……辛くもないわ、ライネル君。むしろ、体が驚くほど軽いの……」ルシエラはぽつりと呟いた。その声には、先ほどまでの感情の機微や温もりが削ぎ落とされたような、冷ややかな美しさが混ざり始めている。触覚だけではない。視界の端が白くかすみ、鼻を突く悪魔の腐敗臭も、自分の息の温もりすらも感じられない。悪魔の残照をその身に取り込み、大天使としての記憶と圧倒的な威光を取り戻していくこと――それは同時に、今を生きる『人間のルシエラ・ヴァルハイト』としての生身の感覚を摩滅させていく現象に他ならなかった。(これが……大天使としての私……? 感情もなく、ただ純粋な力として存在していた、あの頃の感覚……?)ルシエラは己の胸元を強く手で押さえた。だが、拍動する心臓の鼓動すら、遥か遠くの鼓膜の奥で掠かに鳴っているようにしか感じられない。「ダメだ……ッ! ルシエラ、これ以上悪魔の残照を取り込んじゃいけない!」ライネルは咄嗟にルシエラの血の通わぬような冷たい手を強く握りしめた。「君の五感が薄れている……! 痛みが届かないのは、力が増したからじゃない。君の肉体と魂が、この世界から引き剥がされかけているんだ! 僕の存在を感じられるかい!? ルシエラッ!」ライネルの切迫した叫び。その手が伝える強い体温と摩擦の力に、ルシエラはハッと息をのんだ。遠のきかけていた意識の底で、小さな灯火が揺らめく。「ライネル……君……」「ルシエラちゃ







