第119話 聞かれたくないこと その日の夕方、芹奈は仕事を終えてもすぐには席を立たなかった。 彰人が先に帰るのを待っていた。 昼間のことを考えると、二人きりになるのが嫌だった。 やがて彰人が鞄を持って立ち上がる。こちらを一度見たが、何も言わずに会社を出ていった。 それから十分ほど待って、芹奈も席を立った。 ◇ 駅へ向かう途中、スマートフォンが震えた。 彰人かと思ったが、違った。 雨宮凛だった。『この前のこと、その後大丈夫でしたか?』 芹奈は足を止めた。 以前、自分から「消してと言われたらどうするか」と尋ねた。その話だろう。『大丈夫です』 そう返してから、少し迷う。『消してません』 すぐに返事が来た。『そうなんですね』 それだけだった。 何を持っているのかも、誰に消せと言われたのかも聞いてこない。 芹奈は画面を見つめた。 彰人とは違う。 彰人は何が残っているのか知りたがる。 見せろと言う。 今度は渡せとまで言った。 なのに雨宮は、何も聞かない。『聞かないんですか?』 思わず送っていた。『何をですか?』『私が何を消してって言われたのか』 少し間が空いた。『相沢さんが話したいなら聞きます。でも、私から聞き出すことではないと思うので』 芹奈は返事を打ちかけて、やめた。 また打って、消した。 何度か繰り返したあと、ようやく送る。『昔のメッセージです』 そこまでだった。 誰とのメッセージなのかは書かなかった。『そうだったんですね』 雨宮はやはり、それ以上尋ねなかった。 ◇ 芹奈は駅前のベンチに座った。 電車を一本見送る。『もし』 文字を打つ。『もし、そのメッセージを持ってることを相手がすごく嫌がってたら、どう思います?』『内容によると思います』 当然の答えだった。 芹奈は唇を噛んだ。『相手にとって都合が悪い内容だったら?』 今度は少し返事が遅かった。『私なら、なぜそこまで消してほしいのか考えます』 芹奈はスマートフォンを握り締めた。 自分と同じだった。 彰人が何度も消せと言うからこそ、消すのが怖くなる。『ですよね』 送った直後、別の通知が入った。 彰人だった。『今どこ?』 芹奈の背中が強張る。『帰るところ』『少し話せない?』『今日は無理』
Last Updated : 2026-09-23 Read more