All Chapters of 夫と愛人に保険金目当てで殺された私は、別人としてよみがえり復讐する: Chapter 121 - Chapter 130

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聞かれたくないこと

第119話 聞かれたくないこと その日の夕方、芹奈は仕事を終えてもすぐには席を立たなかった。 彰人が先に帰るのを待っていた。 昼間のことを考えると、二人きりになるのが嫌だった。 やがて彰人が鞄を持って立ち上がる。こちらを一度見たが、何も言わずに会社を出ていった。 それから十分ほど待って、芹奈も席を立った。     ◇ 駅へ向かう途中、スマートフォンが震えた。 彰人かと思ったが、違った。 雨宮凛だった。『この前のこと、その後大丈夫でしたか?』 芹奈は足を止めた。 以前、自分から「消してと言われたらどうするか」と尋ねた。その話だろう。『大丈夫です』 そう返してから、少し迷う。『消してません』 すぐに返事が来た。『そうなんですね』 それだけだった。 何を持っているのかも、誰に消せと言われたのかも聞いてこない。 芹奈は画面を見つめた。 彰人とは違う。 彰人は何が残っているのか知りたがる。 見せろと言う。 今度は渡せとまで言った。 なのに雨宮は、何も聞かない。『聞かないんですか?』 思わず送っていた。『何をですか?』『私が何を消してって言われたのか』 少し間が空いた。『相沢さんが話したいなら聞きます。でも、私から聞き出すことではないと思うので』 芹奈は返事を打ちかけて、やめた。 また打って、消した。 何度か繰り返したあと、ようやく送る。『昔のメッセージです』 そこまでだった。 誰とのメッセージなのかは書かなかった。『そうだったんですね』 雨宮はやはり、それ以上尋ねなかった。     ◇ 芹奈は駅前のベンチに座った。 電車を一本見送る。『もし』 文字を打つ。『もし、そのメッセージを持ってることを相手がすごく嫌がってたら、どう思います?』『内容によると思います』 当然の答えだった。 芹奈は唇を噛んだ。『相手にとって都合が悪い内容だったら?』 今度は少し返事が遅かった。『私なら、なぜそこまで消してほしいのか考えます』 芹奈はスマートフォンを握り締めた。 自分と同じだった。 彰人が何度も消せと言うからこそ、消すのが怖くなる。『ですよね』 送った直後、別の通知が入った。 彰人だった。『今どこ?』 芹奈の背中が強張る。『帰るところ』『少し話せない?』『今日は無理』
last updateLast Updated : 2026-09-23
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同じことを聞く理由

 翌日になっても、芹奈から連絡はなかった。 千紘も何も送らなかった。 昨夜の「あれ」の続きが気にならないわけではない。それでも、ここで自分から答えを求めれば、芹奈はまた警戒するだろう。 昼休み、千紘がスマートフォンを確認すると、代わりに彰人からメッセージが届いていた。『少し相談したいことがあるんですが』 またか。 そう思いながら返信する。『何でしょう?』『相沢のことで』 千紘は小さく息を吐いた。     ◇『最近、相沢から何か相談されてませんか?』『前にも聞かれましたよね』『すみません。でも、少し心配で』『相沢さん本人に聞いた方がいいと思います』『聞いても話してくれないんです』 それも前に聞いた。 千紘は少し考えてから文字を打つ。『榊原さんは、どうして私に何度も同じことを聞くんですか?』 送信すると、しばらく返事が来なかった。『雨宮さんには話してる気がしたので』『どうしてそう思うんですか?』『最近、相沢があなたのことを気にしていたから』 千紘の指が止まる。『それだけですか?』 また返事が途切れた。『俺たちのことで、変なことを言ってないかと思って』『変なことって?』『昔のこととか』 千紘は画面を見つめた。 彰人自身が、少しずつ範囲を狭めている。 こちらから何も聞いていないのに。『昔のことと言われても、私には分かりません』『そうですよね。すみません』 そこでやり取りは終わった。 千紘はスマートフォンを伏せた。 彰人は芹奈が何を話したのか知りたがっている。 そして芹奈は、彰人が何を隠しているのか知りたがっている。 二人とも、自分の知らないところで相手が何かをしていること
last updateLast Updated : 2026-09-23
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残る言葉

 翌朝、芹奈が目を覚ますと、彰人からの返信はなかった。 昨夜送った、『話があるなら、ここに書いて』 というメッセージには既読がついている。 それなのに何も書いてこない。 芹奈はベッドの上で、しばらく画面を見つめていた。 やはり、彰人は記録に残したくないのだ。 そう思うと、旧端末を消せと言われた理由まで、以前よりはっきりした気がした。     ◇ 出社すると、彰人はすでに来ていた。 目が合ったが、どちらも何も言わない。 午前中はそのまま過ぎた。 昼休みになる直前、芹奈の社内チャットにメッセージが届く。『昨日のことだけど』 芹奈は画面を見る。『何?』『文章で話すようなことじゃない』『私は文章で話したい』『なんでそこまで警戒するんだよ』 芹奈は少し考えてから返した。『あとで言った言わないになるのが嫌だから』 彰人からの返事が止まった。 数分後。『俺が嘘つくと思ってる?』『分からない』 送信すると、今度は長い間返事が来なかった。     ◇ 午後、給湯室へ向かう途中で、芹奈は彰人と鉢合わせた。「芹奈」 呼び止められたが、足を止めなかった。「仕事中だから」「一分だけ」「チャットに書いて」「それじゃ話せないこともあるだろ」 芹奈はそこでようやく振り返った。「どうして?」「どうしてって」「私たち、何も悪いことしてないんでしょう?」 彰人の顔が強張った。 以前、何度も彼自身が言った言葉だった。 何も起きない。 何も言わなければ大丈夫。 なのに今は、文章にはできないと言う。「だったら、何を書いても困らないよね?」「ここでする話じゃない」「じゃあ書いて」 芹奈はそれだけ言って、その場を離れた。     ◇ 夕方になっても、彰人からメッセージは来なかった。 代わりに、退勤して駅へ向かっている途中で電話が鳴った。 彰人だった。 芹奈は画面を見つめたまま、出なかった。 切れる。 すぐにもう一度かかってくる。 それにも出ない。 三度目の着信が切れたあと、メッセージが届いた。『電話くらい出て』 芹奈は立ち止まった。『用件書いて』 それだけ返す。『直接話したいだけ』『私は書いてほしい』 しばらくして、彰人から返ってきた。『スマホの件はもういい』 芹奈は眉を寄せた。 あ
last updateLast Updated : 2026-09-24
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会いたい人

 芹奈からの連絡は、それから数日途絶えていた。 彰人からも何も来ない。 千紘にとっては、久しぶりに静かな時間だった。 仕事を終えて会社を出ると、スマートフォンが震えた。『今日、もう仕事終わりました?』 律だった。『今終わったところです』 すぐに返すと、電話がかかってきた。「もしもし」『お疲れさまです。急なんですけど、今から少し会えませんか?』「今から?」『はい。ちょうど近くまで来てるんです』 千紘は足を止めた。 予定はない。 断る理由もなかった。 それどころか、声を聞いた瞬間から嬉しくなっている。「会えます」 ほとんど迷わず答えていた。     ◇ 二十分ほどして、駅近くのカフェで律と合流した。「急にすみません」「大丈夫です。でも、どうしたんですか?」「仕事が予定より早く終わったので」「それだけ?」「それだけです」 律は少し笑った。「雨宮さんに会えたらいいなと思って」 千紘は一瞬、言葉に詰まった。「……そういうこと、普通に言うんですね」「まずかったですか?」「まずくはないですけど」 どう返せばいいのか分からない。 誤魔化すようにメニューへ目を落とした。 向かいに律がいるだけで、さっきまでの疲れが薄れていく。     ◇ 結局、一時間ほど話した。 特別な話は何もしていない。 仕事であったことや、最近見つけた店のこと。次に見る映画の候補まで二人で探した。「これ、面白そうじゃないですか?」 律がスマートフォンを見せてくる。「面白そう。来月ですね」「行きます?」「行きたいです」
last updateLast Updated : 2026-09-24
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消えた警戒

 芹奈は、彰人から「スマホの件はもういい」と言われてからも、旧端末を持ち歩いていた。 もう見せなくていい。消さなくていい。 そう言われたのだから、以前より安心してもいいはずだった。 けれど、逆だった。 あれほど執着していた彰人が、急に諦めるとは思えない。 だからこそ、何を考えているのか分からなかった。     ◇ 数日間、彰人は本当に何も言わなかった。 会社ですれ違えば普通に挨拶をする。 仕事の話もする。 スマホについては一度も触れない。 むしろ以前より穏やかになったようにさえ見えた。「今日、帰りに飯でも行かない?」 夕方、彰人に声をかけられた。「どうして?」「最近ずっとこんな感じだろ。普通に話したいと思って」「スマホの話は?」「しないよ」「本当に?」「もういいって言っただろ」 彰人は苦笑した。「芹奈が嫌がること、これ以上するつもりないから」 以前なら、嬉しかったかもしれない。 やっと分かってくれたと思えたかもしれない。「今日は帰る」「そっか」 彰人は引き止めなかった。「じゃあ、また今度」 その反応まで穏やかだった。     ◇ 会社を出てから、芹奈は何度も後ろを振り返った。 彰人は追ってこない。 駅まで来ても何も起こらなかった。 自分が警戒しすぎているのだろうか。 そう考えながら電車に乗った。 彰人とは長く付き合ってきた。 千紘に隠れて会っていた頃も、あの日も、そのあとも。 今まで何度も嘘をついた。 二人で口裏を合わせた。 だから彰人が何を考えているのか、分かっているつもりだった。 それなのに今は、何も分からない。
last updateLast Updated : 2026-09-24
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私から誘う

 律に「今度は雨宮さんからも呼んでください」と言われてから、三日が経った。 千紘は何度かメッセージ画面を開いていた。 誘っていいと言われた。 それなら、何も迷う必要はない。 そう思うのに、いざ文章を打とうとすると手が止まる。『今度、時間ありますか?』 そこまで入力して消した。 まるで会いたくて仕方がないみたいだ。 実際、その通りなのだから困る。 仕事を終えて駅へ向かう途中、千紘はまた律との画面を開いた。 このまま悩んでいても仕方がない。『今度のお休み、時間ありますか?』 送った。 すぐに後悔した。 もっと自然な誘い方があったのではないか。そもそも何をするのかも決めていない。 けれど、取り消すわけにもいかない。 数分後、返信が来た。『あります。どうしました?』 千紘は立ち止まった。『この前、私からも誘ってって言ってたので』 送ってから、これでは理由になっていない気がした。 少し迷って、もう一通送る。『どこか行きませんか?』 今度の返事は早かった。『行きましょう』 それだけで、千紘の頬が緩んだ。『どこか行きたいところあります?』 そう聞かれて、千紘は困った。 会いたいと思っただけで、行き先までは考えていなかった。『特に決めてなくて』『じゃあ、食事でもしますか?』『それでもいいです』『それでも?』 すぐに突っ込まれた。『食事がいいです』『分かりました』 画面越しなのに、律が笑っている気がする。『雨宮さん、何食べたいですか?』『何でもいいです』『一番困る答えですね』『じゃあ、パスタ』『急に具体的ですね』 千紘は歩きながら笑った。 店は律がいくつか候補を探してくれることになった。 日程もすぐに決まった。 ただ食事をするだけ。 それなのに予定表に日付を入れると、急にその日が特別なものに見えた。     ◇ 帰宅すると、クロがソファに座っていた。「何かあったのか」「どうして?」「さっきから顔が緩んでる」 千紘は慌てて口元を押さえた。「そんなことない」「そうか」「……聞かないの?」「聞いてほしいのか?」「別に」「なら聞かない」 クロはあっさり視線を外した。 千紘は少しだけ迷ってから、自分で口を開いた。「律さんを食事に誘った」「そうか」「私から」「聞けば分
last updateLast Updated : 2026-09-25
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変わらないふり

 彰人がスマホのことを口にしなくなって、一週間近くが過ぎた。 その間、芹奈とのやり取りも仕事に必要なものだけだった。 以前のように食事へ誘うこともない。 芹奈はまだ警戒していたが、毎日何も起きなければ、張り詰めていた気持ちも少しずつ疲れてくる。 昼休み、給湯室で彰人と二人になった。「最近、ちゃんと寝てる?」 突然聞かれ、芹奈は振り返った。「何?」「疲れて見えるから」「普通だけど」「ならいいけど」 彰人はコーヒーを手に取った。 それだけだった。 スマホの話はしない。 あの日の話もしない。 雨宮の名前すら出さない。 以前の彰人に戻ったようだった。     ◆ けれど彰人の方は、何も忘れていなかった。 自分の席へ戻り、仕事をするふりをしながら考える。 芹奈が旧端末を持っている。 何が残っているのかは分からない。 無理に確認しようとすれば、さらに警戒されるだけだということは、ようやく理解した。 だから、もう聞かない。 少なくとも今は。 彰人はパソコンの画面へ目を戻した。 芹奈が自分から話すようになるまで、以前と同じように接すればいい。 焦る必要はない。     ◇ その日の夕方、芹奈が帰ろうとすると、彰人も席を立った。 一瞬身構えたが、彰人は何も言わずに先を歩いていく。 エレベーターだけは一緒になった。 二人きりになっても、彰人は黙っていた。「……何も聞かないんだ」 芹奈の方から言ってしまった。「何を?」「スマホ」「ああ」 彰人は前を向いたまま答えた。「もういいって言っただろ」「本当に?」「何回聞くんだよ」 少し呆れたように笑う。「消さなくていい。見せなくてもいい。それでいいだろ」「……うん」「芹奈が俺を信用できないなら、仕方ないし」 エレベーターが一階へ着いた。 扉が開く。「じゃあ、お疲れ」 彰人はそれだけ言って先に出ていった。 芹奈はその場に少しだけ残った。 信用できないなら仕方ない。 その言葉が妙に引っかかった。     ◇ 帰宅後、芹奈は旧端末を取り出した。 最近は毎日のように確認していたが、今日は電源を入れなかった。 彰人はもう何もしないのかもしれない。 自分が考えすぎていただけなのかもしれない。 そんな気持ちが、ほんの少しだけ生まれている。 け
last updateLast Updated : 2026-09-25
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持っていない日

 昼休みになり、芹奈が同僚と一緒に席を立った。 彰人はパソコンに目を向けたまま、その姿を見送った。 今日の芹奈は、昨日までとは少し違う。 鞄を必要以上に気にする様子がない。 席を離れるときも、デスクの横に置いたままだった。 だからといって、旧端末を家に置いてきたとは限らない。 鞄の中にあるかもしれない。 彰人は視線を戻した。 確認する方法はない。 勝手に鞄を見るわけにもいかなかった。     ◇ 午後になって、彰人は芹奈に書類を渡した。「これ、確認お願い」「分かった」 芹奈が受け取る。 それだけのやり取りだった。 彰人は何も聞かなかった。 ここで余計なことを言えば、また警戒される。 焦らなくていい。 そう自分に言い聞かせた。 けれど、仕事をしながら何度も考えてしまう。 もし旧端末が家にあるのなら。 少なくとも、今ここで芹奈が持っているよりは、自分の目から遠いところにある。 だが、それがどこに置かれているのかも分からない。 そもそも本当に家にあるのかさえ分からない。 彰人は小さく息を吐き、画面へ意識を戻した。     ◇ 夕方、芹奈は定時を少し過ぎたところで帰った。 彰人は追わなかった。 メッセージも送らない。 それから三十分ほどして、自分も会社を出た。 帰り道でスマートフォンを取り出し、芹奈とのやり取りを開く。 最後の私的な会話は数日前だった。『スマホの件はもういい』 自分で送った言葉が残っている。 今さら、やはり見せてほしいとは言えない。 彰人は画面を閉じた。     ◇ 一方、芹奈は帰宅するとすぐに引き出しを開けた。 旧端末は朝と同じ場所にあっ
last updateLast Updated : 2026-09-26
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先に聞きたいこと

 芹奈が旧端末を家に置くようになって数日が過ぎた。 彰人は相変わらず、スマホについて何も言わなかった。 仕事中に話しかけてくることはある。 けれど内容は仕事か、当たり障りのないものばかりだった。「今日、忙しかったな」「そうだね」「最近ずっとこんな感じだな」「月末だからじゃない?」 そんな会話をしていると、一時はひどく拗れていたことが嘘のように思えてくる。 それでも芹奈は、完全には安心できなかった。     ◇ その日の夜、芹奈は帰宅すると旧端末の電源を入れた。 何度も見たメッセージが並んでいる。 以前は、これさえ残しておけば彰人にすべて押しつけられることはないと思っていた。 けれど、本当にそうなのだろうか。 メッセージには彰人が自分を呼んだ記録がある。 それでも、実際に何が起きたのかまでは書かれていない。 芹奈はしばらく画面を見つめたあと、今使っているスマートフォンを手に取った。 検索欄に文字を打ちかける。 やめた。 代わりに、以前相談した法律事務所のページを開いた。 あのときは怖くて、すべてを話せなかった。 もし、もう一度相談するとしたら。 今度はどこまで話せばいいのだろう。     ◇ 翌日の昼休み。 千紘のもとに、芹奈からメッセージが届いた。『雨宮さん、少し聞いていいですか?』『はい』『前に、証拠がないと警察に信じてもらえないのかなって話したの覚えてますよね』 また、その話だ。『覚えてます』『もし証拠っぽいものがあったら、どうします?』 千紘は画面を見つめた。 ここで「警察へ持っていけばいい」と簡単に答えるのは違う気がした。『何の証拠かによると思います』 しばらくして返事が来る。
last updateLast Updated : 2026-09-26
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話すための予約

 芹奈は予約画面を開いたまま、十分近く迷っていた。 相談内容を書く欄には、まだ何も入力していない。 何と書けばいいのか分からなかった。 殺人。 共犯。 事故に見せかけた。 どの言葉も、入力した瞬間に自分のしたことが現実になるような気がした。 結局、芹奈は相談内容の欄に、『刑事事件について相談したいことがあります』 とだけ入力した。 名前と連絡先を確認し、予約を送信する。 受付完了の画面が表示された。「……送っちゃった」 声に出すと、急に怖くなった。 取り消そうかと思った。 けれどスマートフォンを伏せ、ベッドへ置いた。     ◇ 翌朝、彰人はいつも通りだった。「おはよう」「おはよう」 芹奈もいつも通りに返す。 彰人は何も知らない。 自分が法律事務所へ相談の予約を入れたことも。 今度はあの日のことを話そうとしていることも。 そう思うと、彰人の顔を見ることができなかった。「芹奈?」「何?」「いや、ぼーっとしてたから」「寝不足なだけ」「ちゃんと寝ろよ」 それだけ言って、彰人は自分の席へ戻った。 以前なら、その言葉に少しは安心したかもしれない。 今はもう、何を言われてもそのまま受け取れなかった。     ◇ 昼休み。 芹奈は一人で外へ出た。 鞄の中に旧端末はない。 家に置いてある。 相談へ行く日には持っていくべきなのだろうか。 メッセージを見せれば、少なくとも彰人に呼ばれて現場へ行ったことは分かる。 けれど、そのあと自分が「早くして」と言ったことは、どこにも残っていない。 それは自分で話すしかない
last updateLast Updated : 2026-09-26
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