All Chapters of 夫と愛人に保険金目当てで殺された私は、別人としてよみがえり復讐する: Chapter 101 - Chapter 110

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消せない記録

 その夜、芹奈はまた旧端末を開いていた。 彰人に言われたことが気になっていたのだ。 千紘が浮気調査を依頼していた相手。 それが誰なのか、芹奈にはまったく心当たりがない。 千紘とは仕事で顔を合わせることはあっても、個人的な話をするような関係ではなかった。まして、夫の浮気を疑っているなどと相談されるはずもない。 あの日、岸壁で自分を見た千紘の顔を、芹奈は今でも覚えている。『まさか……相沢さんなの?』 本当に驚いていた。 だから少なくとも、千紘は最後まで浮気相手が自分だとは知らなかったのだろう。 けれど、調査を依頼された誰かは違うかもしれない。 芹奈はメッセージを遡った。 千紘が死ぬ一か月ほど前。 彰人との何気ないやり取りが並んでいる。『今日は無理』『また?』『千紘が最近うるさいんだよ』『バレた?』『たぶん疑ってるだけ』 さらに数日後。『しばらく外で会うの控えよう』『どうして?』『千紘が俺の予定をやたら聞いてくる』 当時は面倒だと思っただけだった。 妻に浮気を疑われた男が警戒している。それ以上の意味など考えなかった。 けれど今なら分かる。 この頃にはもう、千紘は調べ始めていたのだ。 芹奈は画面を見つめたまま、長く息を吐いた。 彰人は、これも消してほしいのだろうか。 おそらくそうだ。 けれど、もう消すつもりはなかった。     ◇ 翌日、芹奈は昼休みに一人で会社を出た。 向かったのは警察署――ではない。 駅前の喫茶店だった。 店の隅の席へ座り、スマートフォンで何度も同じ言葉を検索する。 自首。 共犯。 事故に見せかけた殺人。 検索結果を開いては
last updateLast Updated : 2026-09-16
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もしもの相談

 検索結果には、いくつもの法律事務所が並んでいた。 刑事事件、逮捕、自首、警察への同行。 普段なら自分とは無関係だと思っていた言葉ばかりだ。 芹奈は何件かのサイトを開き、そのうち初回相談を受け付けている事務所を見つけた。 予約フォームを開く。『ご相談内容』 そこで指が止まった。 人を殺すところを見ていました。 止めませんでした。 それどころか、早くしろと言いました。 そのあと事故だったことにしました。 そんなことを書けるはずがない。 何度か文章を打っては消し、結局、『刑事事件について相談したいことがあります』 それだけ入力して予約を送った。     ◇ 数日後。 芹奈は仕事を早めに切り上げ、予約した法律事務所を訪れた。 案内された小さな相談室で待っていると、四十代くらいの男性弁護士が入ってきた。「相沢さんですね。本日はどういったご相談でしょうか」「……ちょっと、知りたいことがあって」「はい」「私のことじゃないんですけど」 口にした瞬間、自分でも苦しい言い訳だと思った。「例えばの話なんですけど……誰かが人を殺そうとしているのを知っていて、止めなかった場合って、どうなるんですか?」 弁護士はすぐには答えなかった。「状況によります。単にその場にいたというだけなのか、事前に計画を知っていたのか、何か手助けをしたのか。それによって話は変わります」「手助けって……」「例えば、実行するために必要なことを手伝ったり、計画に加わったりですね。ただ、具体的な事情が分からなければ何とも言えません」 芹奈の喉が詰まった。「じゃあ……その場にいただけなら?」「それも状況によります」
last updateLast Updated : 2026-09-16
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探しているもの

 翌日、千紘は彰人の会社を訪れていた。 進めていた案件が、ようやく一区切りついたのだ。「これで大きな修正がなければ、ひとまず終了ですね」「ありがとうございました。雨宮さんにはかなり助けてもらいました」「こちらこそ」 打ち合わせそのものは、何事もなく終わった。 最近の彰人は、以前のように食事へ誘ってくることもない。千紘としては、その方がありがたかった。 資料をまとめていると、彰人が何気ない口調で尋ねた。「そういえば、雨宮さん」「はい?」「前に、妻の事故について調べてるって言ってましたよね」 千紘の手が止まりそうになる。「少し気になってるだけですけど」「何か分かりました?」「特には」「そうですか」 彰人はそこで話を終えた。 けれど、千紘には分かった。 世間話ではない。 何かを確認している。「どうして急に?」 あえて尋ねると、彰人は笑った。「いや。雨宮さん、前は妻のことをよく聞いてたから」「最近聞かなくなったから気になりました?」「まあ、そんなところです」 千紘も笑った。「私も仕事がありますから。いつまでも人の奥さんのことばかり調べてられませんよ」「それもそうですね」 彰人はそれ以上聞かなかった。     ◇ 会社を出て駅へ向かいながら、千紘は先ほどの会話を考えていた。 彰人が自分を疑っている。 そこまでは以前から感じていた。 けれど今日は、少し違った。 自分が何を知っているのか。 何を調べたのか。 それを確認しようとしているように思えた。 芹奈が何か話したのだろうか。 それとも、別の理由があるのか。 考えても答えは出ない。 千紘はスマートフォンを取り出した。 三枝の連絡先が目に入る。 生前、自分が彰人の浮気を調べるために依頼した探偵。 彰人は、自分が誰かに調査を頼んでいたことまでは知っていた。 けれど、三枝の名前までは知らなかったはずだ。 少なくとも、自分から教えた記憶はない。 千紘は連絡先を眺めたあと、画面を閉じた。 今のところ、三枝に何か伝える必要はない。 彰人が何を考えているのかも分からないのだから、こちらから動けばかえって余計な痕跡を残すだけだ。     ◇ 夕方。 仕事を終えた千紘が会社を出ると、スマートフォンにメッセージが届いた。 芹奈からだった。 個
last updateLast Updated : 2026-09-17
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もう少しだけ

 仕事を終えた千紘が会社を出ると、スマートフォンに律からメッセージが届いていた。『今日、もう仕事は終わりましたか?』『今終わったところです』 返信すると、すぐに既読がついた。『もし時間があれば、食事でもどうですか? ちょうど近くまで来てるんです』 千紘は少し迷った。 断る理由はない。それなのに、すぐ返事をするのが妙に気恥ずかしくて、数秒置いてから『いいですよ』と送った。     ◇ 待ち合わせたのは、駅から少し離れた小さな洋食店だった。「ここ、昔よく来てたんですよ」 店に入った律が懐かしそうに言う。「そうなんですか?」「千紘とも何度か来たことがあります」 その名前に、千紘は一瞬だけ足を止めた。「そうなんですね」「千紘、ここのハンバーグが好きだったんですよ」「……そうでしたね」「え?」「あ」 しまった。 千紘はすぐに言い直した。「前に、好きだったって聞いたような気がして」「俺、話しましたっけ?」「たぶん」「そうでしたか」 律は少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上は追及しなかった。 席に着き、メニューを開く。 昔なら迷わずハンバーグを頼んでいた。 けれど今日は、なんとなく別のものにしようと思った。「何にします?」「オムライスにします」「オムライスですか」「何か?」「いえ、なんでもないです」 律の返事が、ほんの少しだけ遅れた。 その反応だけで分かってしまう。 千紘ならハンバーグを選ぶ。 律も、それを覚えているのだろう。 胸の奥が少しだけ痛んだ。     ◇ 食事が始まれば、会話は自然に続いた。
last updateLast Updated : 2026-09-17
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消したはずの不安

 翌朝、彰人は出社するとすぐに芹奈の席を見た。 まだ来ていない。 昨日、早く帰った理由を尋ねても、芹奈は「友達と会っていた」としか答えなかった。 以前なら気にも留めなかっただろう。だが今は、芹奈が自分に隠れて何をしているのかが気になって仕方がない。 警察へ行ったのではないか。 誰かに相談したのではないか。 そんな考えばかりが浮かぶ。 やがて芹奈が出社してきた。「おはようございます」 周囲にはいつも通り挨拶をしている。 彰人にも同じだった。「おはようございます」 それだけ言って、自分の席へ向かう。 彰人はその背中を見つめた。     ◇ 昼休みになっても、芹奈から話しかけてくることはなかった。 彰人の方が耐えられなくなった。「芹奈、ちょっといい?」「何?」「昨日のこと」「友達と会ってたって言ったでしょう」「誰と?」「彰人さんに関係ある?」「あるだろ」「どうして?」 芹奈の声は冷たかった。「私たち、付き合ってるんだよね?」「それ、今言うの?」「何だよ」「千紘さんが死んでから、ずっと曖昧にしてたのは彰人さんでしょう」 彰人は言葉に詰まった。「凛には私と付き合ってないって言ってたよね」「それは……」「なのに、私の行き先は全部知りたいんだ」「そういう意味じゃない」「じゃあ、どういう意味?」 答えられない。 警察へ行っていないか確認したい。 そんなことを口にできるはずがなかった。「もういい?」 芹奈が立ち去ろうとする。「待って」「まだ何?」「…&helli
last updateLast Updated : 2026-09-17
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守ってくれる?

 その日の夜、芹奈のもとに彰人からメッセージが届いた。『少し話せない?』 芹奈は画面を見たまま、しばらく返事をしなかった。 昼間のやり取りの続きだろう。 また昨日どこへ行ったのか聞かれるのかもしれない。『何の話?』『最近、ちゃんと話せてないから』 芹奈は迷った末、駅前のカフェで会うことにした。     ◇ 彰人は先に来ていた。「急に呼び出してごめん」「別に」 芹奈が向かいに座ると、彰人はしばらく黙っていた。「昼間は悪かった」「何が?」「問い詰めるみたいになったこと」 思っていた言葉とは違った。 芹奈は彰人を見る。「俺も最近、ちょっと余裕がなくて」「何に?」「いろいろだよ」「またそれ?」「芹奈」 彰人が困ったように息を吐いた。「俺たちまで喧嘩してどうするんだよ」 ――俺たち。 以前なら、その言葉だけで安心できたかもしれない。 千紘がいなくなれば、彰人と一緒になれる。そう思っていた頃なら。「俺は芹奈を疑いたいわけじゃない」「じゃあ、昨日どこにいたのか何度も聞いたのは?」「心配だったんだよ」「何が?」 彰人は答えなかった。 芹奈はその顔を見つめた。 やはり、自分を心配していたわけではない。 自分が何をしているのかが心配だったのだ。「……彰人さん」「何?」「もし、何かあったら私のこと守ってくれる?」 彰人の表情がわずかに固まった。「何かって?」「たとえばの話」「何も起きないよ」「そうじゃなくて」 芹奈はテーブルの下で指を握った。「もし警察にいろいろ聞かれるようなことになったら。私だけのせいにしない?」「何言ってるんだよ」「答えて」 彰人は周囲を気にするように視線を動かした。「こんなところでする話じゃないだろ」「じゃあ、する場所が違えば答えてくれる?」「芹奈、落ち着けよ」 また答えない。「俺たちは何も言わなければ大丈夫なんだから」 ようやく彰人が口にしたのは、それだった。 芹奈は黙った。 聞きたかったのは、大丈夫かどうかではない。 自分を守るのか。 自分だけに押しつけないのか。 それだけだった。「……分かった」「何が?」「もういい」「待てよ。俺は芹奈を見捨てるつもりなんてないから」 芹奈は席を立ちかけて、彰人を見た。「だったら、最初からそう言えば
last updateLast Updated : 2026-09-18
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知らないままで

 翌日、千紘は彰人と打ち合わせをしていた。 共同で進めてきた案件も、残すところは最終確認だけになっている。「これで問題なければ、来週には先方へ提出できます」「分かりました。こちらでも確認します」 彰人は資料を受け取ったものの、すぐには目を落とさなかった。「雨宮さん」「はい?」「昨日の話なんですけど」 何のことかはすぐに分かった。 芹奈から連絡があったかと聞かれた件だ。「相沢から、変なことを言われたりしてませんか?」「変なこと?」「俺についてとか」 千紘は少し考えるふりをした。「どうでしょう。何を変だと思うかによりますけど」「たとえば、妻の事故のこととか」「榊原さん」 千紘は彰人を見た。「どうしてそんなに気にするんですか?」「……気にしてるように見えます?」「見えますよ」 彰人は一瞬黙り、それから苦笑した。「すみません。最近、相沢とうまくいってなくて」「そうなんですね」「何か俺のことを言ってるんじゃないかと思っただけです」 千紘はそれ以上聞かなかった。 彰人が何を恐れているのかは分かっている。 だからこそ、答えを与える必要もなかった。     ◇ 打ち合わせを終えて自席へ戻る途中、千紘は芹奈とすれ違った。 目が合った。 芹奈は一瞬足を止めたものの、何も言わずに軽く会釈した。 千紘も同じように返す。 それだけだった。 以前なら、芹奈の方から何か探るようなことを言ってきたかもしれない。 今は違う。 彰人にも話さない。 凛にも話さない。 自分の中に何かを抱え込んでいる。 千紘にはそう見えた。 無理に聞き出すつもり
last updateLast Updated : 2026-09-18
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終わってしまう仕事

 共同案件の最終確認は、思っていたよりあっさりと終わった。「これで先方に提出できます。ありがとうございました」 佐伯に声をかけられ、千紘も頭を下げる。「こちらこそ、ありがとうございました」 数週間にわたって続いた仕事だった。 彰人と顔を合わせる理由も、これでひとつ減る。 本来なら喜ぶべきことなのに、千紘は少しだけ複雑な気分だった。 彰人に近づくために始めた仕事ではない。それでも結果として、彼の様子を間近で見ることができた。 芹奈とも接点ができた。 そして今、二人は互いを疑い始めている。 ここから先は、無理に近くにいる必要もないのかもしれない。「雨宮さん」 呼ばれて振り返ると、彰人が立っていた。「少しいいですか?」「はい」「今回、本当に助かりました」「私も勉強になりました」「これで終わりだと思うと、ちょっと寂しいですね」 千紘は曖昧に笑った。「また仕事でご一緒することもあるんじゃないですか?」「仕事じゃなくても会えたら嬉しいんですけど」 先日も食事に誘われたばかりだ。 彰人は冗談めかして笑っているが、千紘は笑えなかった。 かつて自分を殺した男が、今は別の顔をした自分にこんなことを言っている。 何度経験しても、奇妙な感覚だった。「そのうち、機会があれば」 千紘はそう答えるに留めた。     ◇ 会社を出ようとしたところで、今度は芹奈と鉢合わせた。「今日で終わりなんですね」「はい。ひとまずは」「そうですか」 芹奈はそれだけ言って通り過ぎようとした。 しかし数歩進んだところで足を止める。「雨宮さん」「はい?」「彰人さんから、何か聞かれました?」 千紘は一瞬だけ考えた。「相沢さんから連絡があったかどうかは聞かれました」 芹奈の表情が変わった。「……何て答えたんですか?」「連絡はあったとだけ」「内容は?」「話してません」「どうして?」「個人的なやり取りでしょう。私から話すことじゃないと思ったので」 芹奈はしばらく黙っていた。「そうですか」 どこかほっとしたようにも見えた。「ありがとうございます」「お礼を言われるようなことではないですよ」「それでも」 芹奈は小さく頭を下げ、そのまま去っていった。 千紘は追わなかった。 何を話したのか彰人は知らない。 そして芹奈は今、それ
last updateLast Updated : 2026-09-19
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返事のない質問

 共同案件が終わって数日が過ぎた。 彰人と顔を合わせることはなくなったが、千紘のスマートフォンには、ときどき彼からメッセージが届いた。『仕事、落ち着きました?』『この前話してた店、今度行きませんか?』 どれも一見すれば普通の誘いだった。 千紘は無視こそしなかったものの、忙しいからと曖昧に断っていた。 今の彰人が自分に執着している理由は、一つではない。 雨宮凛という女への興味。 芹奈との関係が悪くなったこと。 そして、凛が何を知っているのかという不安。 どれが一番大きいのかは、千紘にも分からなかった。 ただ、急いで確かめる必要もなかった。     ◇ その日の夜、芹奈は自宅でスマートフォンを見つめていた。 彰人からの連絡は、昨日から途絶えている。 少し前までは行動を問い詰めるように連絡してきたのに、急に何も言ってこなくなった。 それはそれで気になった。 自分から連絡するつもりはなかった。それでも、彰人が今何を考えているのか分からない状態は落ち着かない。 しばらく迷った末、芹奈は短いメッセージを送った。『この前の質問、まだ答えてもらってないんだけど』 十分経っても既読にならない。 三十分後、ようやく既読がついた。『何の質問?』 芹奈は眉を寄せた。 忘れたはずがない。『もし何かあったら、私だけのせいにしないかって聞いたよね』 今度はすぐに既読になった。 しかし返事が来ない。 五分。 十分。 やがて画面に表示されたのは、答えではなかった。『またその話?』 芹奈は思わず息を吐いた。『答えるだけでしょ』『何も起きないって言っただろ』『それは答えじゃない』 そこから再び返事が途絶えた。 芹奈は
last updateLast Updated : 2026-09-19
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何でもない約束

 仕事を終えた千紘が会社を出ると、律からメッセージが届いていた。『今週末、何か予定ありますか?』 千紘は足を止めた。 食事の誘いだろうか。『今のところは特にないです』 返事をすると、少しして次のメッセージが届いた。『見たい映画があるんですけど、よかったら一緒に行きませんか?』 映画。 食事ならこれまでにも何度かしている。 けれど映画となると、少しだけ意味が違うような気がした。 考えすぎだろうか。『どんな映画ですか?』 タイトルが送られてくる。 千紘も予告を見て気になっていた作品だった。『私もそれ、気になってました』『じゃあ、どうですか?』 断る理由はなかった。 それなのに、千紘はすぐには返事ができなかった。 律と二人で映画を見て、そのあと食事をする。 想像すると、楽しみだと思ってしまう。『行きたいです』 結局、そう送った。『よかった。時間調べておきます』 その返事を見て、千紘は自分が笑っていることに気づいた。     ◇ 帰宅すると、クロが窓際に座っていた。「ご機嫌だね」「そう?」「うん」 千紘は鞄を置き、上着を脱いだ。「仕事が一段落したからじゃない?」「ふうん」 クロはそれ以上何も言わなかった。 その反応が、かえって気になる。「何?」「別に」「言いたいことがあるなら言って」「映画、楽しみなんだなと思って」 千紘は動きを止めた。「……見たの?」「見てないよ。顔を見れば分かる」「そんなに?」「そんなに」 千紘は嫌そうな顔をして、冷蔵庫を開けた。「普通に楽しみなだけ」「誰と行くの?」「律さん」「へえ」「何、その言い方」「何も言ってないよ」 クロは面白そうに笑っている。 千紘は水を取り出し、グラスに注いだ。「友達と映画に行くだけでしょう」「そうだね」「昔から知ってる人だし」「うん」「……何なの」「千紘が一人で説明してるだけだよ」 言われて、千紘は黙った。 確かにそうだった。 クロは何も聞いていない。 なのに自分から理由を並べている。「もういい」 千紘はグラスを持ってソファへ移動した。     ◇ しばらくして、律から上映時間の候補が届いた。 二人で相談し、昼過ぎの回を見ることになった。『じゃあ、十二時半に駅でどうですか?』『大丈夫です』
last updateLast Updated : 2026-09-20
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