瑠理子が屋敷の中へ入ったあとも、淳はしばらくその場を動けずにいた。『おめでとうございます』と、自分で口にした言葉が、まだ胸の奥に残っている。 大切なものを失う感覚に、胸が抉られたままだ。「……何がおめでとうだ」 吐き捨てるように呟いた。 少しもめでたくない。できることなら、今すぐ御堂直之との話などなかったことにしてほしい。 ぶち壊したい。 そう思っているくせに、瑠理子を止める理由がない。「くそ……」 淳が潰れた本の角を見下ろした、その時だった。 門の向こうから車が入ってくる。見覚えのない高級車だった。 玄関前で停まり、後部座席から一人の女性が降りてきた。上品そうな女性だった。「ごきげんよう」 華やかな声。 彼女は、午前中にもこの屋敷を訪れていた、海原百合絵だった。淳は彼女の顔を知らない。 だが百合絵の方は、淳を見るなり足を止めた。「……あなた、どなた?」「橘淳です」「橘?」 百合絵の目が僅かに細くなる。「ああ」 何か思い出したようだった。「義昭さんの息子さんね」 淳のことは、父の二郎から聞いていた。 しかも彼を屋敷に住まわせ、兄が起こした不正を探らせる、と。 淳の父親は、海原一郎――兄が殺したのだ、と二郎が話してくれた。 一郎のことはよく知っているが、威厳のある正義マンだったように思うが、性格はそうではなかったらしい。 頭のいい二郎(父)から長男という理由だけで社長
最終更新日 : 2026-09-19 続きを読む