All Chapters of 『追放された聖女と呪われた竜王の契約結婚』: Chapter 71 - Chapter 80

116 Chapters

第69話 私はリリアさんに、「私もあなたが怖かった」と返しました

翌朝、ミオはいつもより少し早く目を覚ました。昨夜、机の上へ置いたままにしていた便箋には、『リリア・ウェストンさんへ。』という宛名だけが残っている。その下には一文字も書かれておらず、横には何度も読み返したせいで折り目の柔らかくなったリリアの手紙が置かれていた。一晩眠れば、もう少し穏やかな気持ちになれるかもしれないと思っていた。けれど、朝になっても「あなたが追放されたとき、私は少し安心していました」という一文を思い出せば腹が立つし、その一方で、リリアが何度もミオと比べられ、自分の価値まで他人の名前で測られていたことを想像すると、かわいそうだとも思う。そして何より厄介なのは、自分にも似たような感情があったことを、もう思い出してしまったことだった。リリアが召喚された直後、白い炎を見た夜。誰もが彼女を見て「これこそ本物の聖女だ」と騒ぎ始めた頃。ミオはほんの一瞬ではあるが、「この子が来なければ」と思った。あのときの自分は、リリアの名前すらろくに知らなかった。彼女が望んで召喚されたわけではないことも、突然知らない世界へ放り込まれたことも、何も考えていなかった。ただ、自分から何かを奪っていく存在に見えた。
last updateLast Updated : 2026-10-02
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第73話 狼族と山羊族は、水ではなく「昔の死者」で争っていました

第73話 狼族と山羊族は、水ではなく「昔の死者」で争っていました翌朝、西方獣人連邦から届いた追加文書を読んだミオは、最後の頁に記された一行をしばらく見つめたまま動けなかった。十七年前のデルナ川流域災害で死亡した農耕部族側の二十七名。その一覧の中に、メリナ・サーフェルの実兄であるトーマ・サーフェルの名前があった。年齢は二十一歳。死因は、災害後に発生した高熱と衰弱。ただし備考欄には、『上流水門の閉鎖による農業用水断絶の影響を受けた集落住民』と記されている。つまり農耕側の公式記録では、メリナの兄は単なる災害被害者ではなく、狼族が水を止めたことで死に追いやられた者の一人として扱われていることになる。「昨日、本人は何も言いませんでしたね」ミオが呟くと、向かいに座っていたアルクが頷いた。朝食後の小会議室には、ミオ、カエル、アルク、それから追加文書を届けに来たグレスがいる。ザラは白い棺に関する資料調査へ戻っているため、今回は同席していない。「メリナ殿自身が、昨日の場では個人的事情を話さないと決めたのでしょう」アルクはそう言いながら、同じ文書の別頁を確認した。「ただし、使節団内部では公知の事実だったようです。グレス殿もご存じだったのですね?」問われたグレスは、少し苦い顔をした。「知っていました」「なぜ昨日、先に教えてくれなかったんですか?」ミオが尋ねると、グレスはしばらく答えを探すように黙った。「隠すつもりだった、と言えば嘘になります。しかし、私から口にしていいことなのか迷いました。メリナ殿は評議会側の交渉担当としてここへ来ています。兄を亡くした遺族だからという理由で、彼女の発言すべてが感情的なものとして扱われることを本人が嫌っているのです」「だから黙っていた?」「はい」
last updateLast Updated : 2026-10-03
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第74話 マルタさんの初出勤は、王妃より子供の迎えが優先でした

第74話 マルタさんの初出勤は、王妃より子供の迎えが優先でしたマルタの試用初日、ミオは開店前から少し落ち着かなかった。自分が面接をして採用を決めた人が、実際に店の中で働き始める。それ自体は珍しいことではないはずなのに、ミオにとっては妙に重く感じられた。以前なら、誰かが働き始めると聞けば「ちゃんと教えなければ」「困らないように全部準備しなければ」と考え、相手の分まで頭を使おうとしていた。今回もその癖が完全に消えたわけではなく、朝から何度も勤務表や作業手順を書いた紙を確認している。「ミオさん、その紙、さっきから三回見てますよ」店の入口を掃除していたエナに言われ、ミオは思わず手元を見た。「三回だけ?」「少なく見積もってです」「そんなに?」「はい。あと、その紙に書いてあること、昨日一緒に確認しました」「そうでした」「一昨日も確認しました」「……それもそうでした」エナは箒を壁へ立てかけ、少し呆れた顔で笑った。「マルタさん、大人ですよ。子供じゃないんだから、最初から全部完璧に教えなくても大丈夫です」「分かってます」「顔が分かってないです」「最近みんな顔を読みすぎです」「読みやすくなったんですよ」もう反論するのも諦めた。厨房ではロッドが仕込みを進めている。今日の営業は、通常より少し席数を減らしていた。マルタが初出勤だからといって、通常営業をそのまま維持する必要はない。初日は教える側にも余裕が必要だと、エナとロッドに言われて決めたことだった。「今日は四十席分じゃなくて三十二食までですよね?」ミオが確認すると、ロッドが振
last updateLast Updated : 2026-10-04
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第75話 「嫌いな相手とは食べたくない」と、狼族長は言いました

第75話 「嫌いな相手とは食べたくない」と、狼族長は言いました狼族長ハルグ・ヴェイスとの個別面談は、当初の予定より二日早く行われることになった。本来なら、農耕側代表のゼノア・ガルムから先に話を聞く予定だったのだが、狼族側の集落で家畜の移動時期が早まり、ハルグが長く領地を離れられなくなったらしい。双方の面談を別日にするという条件さえ守られるなら順番に意味はなかったため、ミオは予定変更を受け入れた。場所はヴァルディアと西方獣人連邦の境に近い、小さな交易都市リュネールだった。ラウネほど大きくはないが、双方の商人が利用する町であり、どちらの勢力にも属しすぎていない。今回の面談場所としては都合がよかった。もっとも、ミオ自身は出発前から少し気になっていることがあった。「カエル、本当に来るんですか?」王城の中庭で旅支度を確認しながら尋ねると、カエルは当然のように頷いた。「行く」「今回は個別面談ですよ。正式な調停でもありません」「知っている」「ハルグさんは、竜王陛下がいたら話しにくいかもしれません」「だから同席しない」返事が早い。ミオは少しだけ目を瞬いた。「最初からそのつもりだったんですか?」「エレナのときに学んだ」「……成長しましたね」「褒めた?」「かなり」カエルの表情が少しだけ明るくなる。「では、近くにいる」「護衛として?」「それと夫として」「後半は言わなくていいです」「でも事実」「現地でハルグさんにわざわざ説明しないでくださいね」「聞かれたら答える」
last updateLast Updated : 2026-10-04
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第76話 山羊族の代表は、「許すために座るのではありません」と答えました

第76話 山羊族の代表は、「許すために座るのではありません」と答えました農耕側代表ゼノア・ガルムとの個別面談は、ハルグとの面談から二日後、同じ交易都市リュネールで行われることになった。場所も同じ共同会館だったが、今回は朝から天気が悪く、窓の外には細かな雨が降っている。街道を行き交う荷車の音も少なく、建物の中には雨が屋根を叩く音が静かに響いていた。ミオは面談が始まるより少し早く部屋へ入り、机の上に置かれた資料をもう一度確認していた。ゼノア・ガルム、六十二歳。山羊族。デルナ川下流の農耕集落群をまとめる代表者。十七年前の災害当時は、水利責任者の補佐。当時三十歳前後だった。災害とその後の食糧不足で、長女ミレアを亡くしている。彼の娘は当時九歳だった。死因は、衰弱と高熱。さらに、その妻も災害後に長く体調を崩し、三年後に亡くなっている。つまりゼノアにとって、十七年前の出来事は一人の死だけでは終わっていない。その資料を読むたび、ミオは少し気持ちが重くなった。ハルグには弟がいた。メリナには兄がいた。ゼノアには娘がいた。誰も、自分がただの代表者だとは思えないほど、深く当事者だった。「考えすぎている顔をしている」横からカエルの声がした。今日は彼もここまで同行しているが、やはり面談には入らない予定だ。ミオは資料から顔を上げる。「また顔ですか」「かなり分かりやすい」「最近、本当に嫌なんですよ、その評価」「でも隠しても分かる」「分かっても言わなくていいです」
last updateLast Updated : 2026-10-04
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第77話 聖卓を使う前に、私は「できないこと」を全員に説明しました

第77話 聖卓を使う前に、私は「できないこと」を全員に説明しましたハルグ・ヴェイスとゼノア・ガルムが同じ部屋へ入る日、共同会館の廊下には、いつもより多くの護衛が配置されていた。ただし、扉の前に武装した兵士を並べることはしなかった。最初の打ち合わせで、ミオが強く頼んだからだ。「喧嘩すると思ってるって、最初から見せつけるみたいになるので」そう言ったとき、グレスはかなり不安そうな顔をした。「しかし、これまでの経緯を考えますと、警備を薄くすることには反対です」「薄くしなくていいです。見えないところにいてもらえば」「扉の外に最低二名は必要です」「そこはお願いします」結局、護衛は隣室と廊下の曲がり角へ分散した。カエルも来ている。しかし、今日の彼には最初から一つ条件をつけていた。「中へ入っても、発言しないでください」共同会館の控室でそう告げると、カエルは少し不満そうにミオを見た。「何も?」「私が助けを求めないかぎりは」「ハルグかゼノアが君を侮辱しても?」「それだけなら黙っててください」「怒鳴っても?」「多少なら」「机を叩いたら?」「机が壊れなければ」「武器を抜いたら?」「それは止めてください」カエルはようやく頷いた。「境界が難しい」「だから普通に座っててください」「君の隣?」「少し離れたところ」「遠い」「三歩です」「遠い」
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第78話 同じ水を飲んでも、二つの村は同じ過去を語りませんでした

第78話 同じ水を飲んでも、二つの村は同じ過去を語りませんでした十七年前の水利記録を並べる日の朝、ミオはいつもより食事の献立に悩んだ。《聖卓》を使う以上、何かしら食べ物を置いたほうがいい。しかし、ハルグもゼノアも「嫌いな相手とは食べたくない」とはっきり言っている。それなのに豪華な料理を並べれば、かえって二人に「和解の宴」を押しつけるような形になりかねない。結局、ミオはごく簡単なものだけを用意することにした。薄く焼いた平たいパン。塩気の弱い豆と根菜の煮込み。焼いた肉。香草を入れた温かい汁物。それから、誰でも自由に飲める水。どれも特別な意味を持たせない。乾杯もしない。同じ皿を取り分けることも強制しない。各自の前に一人分ずつ用意して、食べたいものだけ食べてもらう。バルムは朝からその準備を手伝っていたが、最後まで不満そうだった。「せっかく俺が作るのに、味わう余裕がない奴らに食わせるのか」「今日は料理を楽しむ会じゃないので」「分かってる。だから気に食わねえ」「バルムさん、そこですか?」「料理人だからな」鍋の蓋を閉じながら、彼は鼻を鳴らした。「ただし、腹が減ったまま喧嘩させるよりはましだ。空腹の奴はだいたい話が悪い方向へ行く」「それは経験則ですか?」「七十年料理してりゃ分かる」「説得力ありますね」バルムはミオを少し見てから、声を低くした。「お前は食えよ」「私?」「進行する奴が一番食わねえから言ってる」反論しづらかった。
last updateLast Updated : 2026-10-05
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