Alle Kapitel von 身代わりの私には、もう「愛してる」なんて信じられない: Kapitel 11 – Kapitel 20

86 Kapitel

第11話

 優和が千温を自宅へ連れ帰った日から数えれば、すでに三年近い月日が流れていた。 二人が初めて出会ったのは、まったくの偶然だった。 その日、優和は千鶴に誘われ、T大学の学園祭へ足を運ぶ約束をしていた。ところが途中で用事に手間取り、到着が遅くなってしまったため、千鶴とは大学構内にある校舎の三階、その一室で直接待ち合わせることになった。 待ち合わせ場所に指定された教室では、写真部による作品展が開かれていた。 千鶴は写真部の部員ではなかったものの、自分で撮影した風景写真を一組出展しており、それを優和にも見せたがっていた。 優和が教室へ到着したとき、中にいたのは一人の女子学生だけだった。 その学生は、飾り気のない白い長袖のシャツを身に着けていた。何度も洗濯を重ねたことが一目で分かるほど生地はくたびれ、髪も後ろで無造作に一つに束ねているだけだった。 あまりにも質素な姿で、千鶴なら普段、決して選ばないような格好だった。 優和は多少の違和感を覚えながらも、深く考えることなく、そのまま教室の中へ足を踏み入れた。 その気配に気づいた女子学生が、ふと振り返る。 二人の視線が重なった。 顔を見た瞬間、優和は思わず足を止めた。 そこにいるのが千鶴だと疑うことさえなく、ほとんど反射的に声をかける。「今日はどうしたんだ、その格好。ずいぶん素朴な雰囲気だな?」 突然言葉を向けられた女子学生もまた、驚いたように目を見開いた。 困惑を浮かべながら優和を見つめるその顔は、千鶴と驚くほどよく似ている。それでも、表情や醸し出す雰囲気は彼女とはまるで異なっていた。 千鶴は性格も振る舞いも、口にする言葉や声にさえ、自信と明るさが滲んでいる。 それに比べ、目の前にいる女子学生は、怯えているのに逃げることさえできない小鹿のようだった。 もしかすると、自分が忘れているだけで、以前どこかで会ったことがあるのだろうか。そんな不安を滲ませながら、ひどく遠慮がちな声で問い返す。「あの……私たち、どこかで会ったことがありますか?」 それが、優和と千温の初めての出会いだった。 ようやく別人だと気づいた優和は、すぐに謝った。「悪い。人違いだった」 千温は小さく「はい」と答えた。 どうやら人と接すること自体が苦手らしく、特に見知らぬ男である優和にはひどく警戒しているようだった。 た
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-02
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第12話

 自分が愛する千鶴と、驚くほどよく似た顔を持つ――見るからに貧しそうな女子学生。 なぜそんなことを思いついたのか、優和自身にも分からない。 ただ、そのとき彼の中には、ふと一つの考えが浮かんでいた。 千鶴は、あまりにも美しい存在だった。 優和の心の中で静かに輝き続ける月であり、壊してしまうことを恐れて、迂闊に触れることさえできないほど大切な女性だった。 千鶴との関係を、自分の手で損なうわけにはいかない。 まして、夜ごと胸の内に湧き上がる淫らで醜い欲望によって、純粋無垢な千鶴を汚すことなど、優和には到底できなかった。 それならば――代わりに、好きなだけ汚せる女を見つければいい。 どうせ、優和には金がある。 宮長グループを率いる一族の一人息子であり、いずれはそのすべてを継ぐ後継者だ。幼い頃から、欲しいと望んだものは何でも思いどおりに手に入れてきた。 千鶴の身代わりなど、たかが女一人にすぎない。 遊び飽きたときには、まとまった金でも、本人が望むものでも、好きなだけ与えてやればいい。 それだけの見返りがあれば、相手にとっても決して悪い話ではないはずだった。* 千鶴を空港で見送ったその日、優和はあらかじめ人に調べさせておいた資料をもとに、大学の学生食堂で再び千温と「偶然」出会った。 二度目に目にした千温も、相変わらず貧乏くさい身なりをしていた。それどころか、着ている服さえ、初めて会った日とまったく同じものだった。 優和は胸の内に湧き上がった嫌悪を懸命に押し隠し、何食わぬ顔で千温の向かい側の席へ腰を下ろした。 表情を変えることなく、彼女の前に置かれた、具が一つも入っていない素うどんへさりげなく視線を落とす。 それから何事もなかったように顔を上げ、千温へ非の打ちどころのない笑みを向けた。「また会ったね。これも何かの縁だし、よかったら君のことを教えてくれないか?」 突然現れたうえ、断りもなく向かい側の席へ腰を下ろした優和に驚き、千温の箸を持つ手が大きく震えた。 箸は指の間から滑り落ち、テーブルの上を転がっていく。そのうち一本は、そのまま優和の目の前まで転がっていった。「あっ……ご、ごめんなさい……」「気にしなくていい」 慌てて謝った千温は、すぐさま手を伸ばして箸を拾い上げた。ところが焦るあまり、今度は手の甲をうどんの丼にぶつけてしまう
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-02
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第13話

 優和と千温が初めて顔を合わせた場所はT大学だったため、優和は当初、千温もこの名門大学に通う学生なのだと思っていた。 それならば、彼女に対する嫌悪も多少は薄らいでいたかもしれない。 ところが調べさせてみれば、千温が通っているのは、優和がそれまで名前さえ耳にしたことのない三流大学だった。 やはり、何一つ千鶴には敵わない女だ。「あの……わ、私は、小北千温といいます……」 自分の名前を告げるだけだというのに、千温の声にはまるで自信がなく、ひどく頼りなかった。 これほど美しい顔を持っていながら、どうしてここまで自信がないのだろう。 優和は、調査書に記されていた千温の生い立ちを思い出した。 幼い頃から両親のいなかった彼女は、田舎にある小さな児童養護施設で育ったらしい。 施設の環境も決して恵まれたものではなく、そこでどのような幼少期を過ごしてきたのかは、詳しく調べるまでもなく想像がついた。 おそらく、これまで随分と苦労してきたのだろう。 そう考えると、わずかな嫌悪を滲ませながら千温を値踏みしていた優和の眼差しも、ほんの少しだけ和らいだ。「小北千温……いい名前だな。千温って呼んでもいい?」「あ……はい……いいと、思います……」 どうやら千温は、誰かから優しく接してもらった経験がほとんどないらしい。 優和は当初、彼女を騙して自分のものにするには、それなりの時間と手間がかかるだろうと考えていた。 ところが実際に接してみれば、千温は驚くほど鈍く、人を疑うことさえ知らなかった。 優和が心にもない褒め言葉をいくつか並べただけで、その一つ一つを疑うことなく真に受ける。綺麗だと褒めれば戸惑ったように目を伏せ、可愛いと言えば、どうしていいのか分からないように頬を薄紅色に染めた。 そのたびに表情がころころと変わる。 それが、妙に目を引いた。 もともとは千鶴に似ているという理由だけで目をつけた顔だったはずなのに、気づけば優和は、思いのほか長いあいだ千温の顔を見つめていた。 千鶴と驚くほどよく似たその顔に、千鶴なら決して見せない表情が次々と浮かんでは消えていく。 同じ顔のはずなのに、見ているうちに、まるで別のものに思えてくる。 優和はいつしか、それを面白いと感じ始めていた。 千鶴は、たった一言褒められたくらいで頬を赤らめたりしない。ほんのわずかな金で買
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-03
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第14話

 甘い言葉を囁きながらも、優和の心は少しも千温へ向いていなかった。 目の前にいる千温の顔を眺めながら、心ではすでに遠くイギリスへ渡った千鶴のことばかりを考えていた。 幸い、ひどく鈍い千温には、優和が少しも自分自身を見ていないことなど分からなかった。 彼の言葉を一つ一つ疑うことなく真に受け、やがて大きな瞳をじわりと涙で潤ませていく。 今にも泣き出しそうなほど儚げなその表情は、普段よりもさらに美しく見えた。 千鶴なら、こんな顔はしない。 そう思ったはずなのに、優和はなぜか目を逸らすことができなかった。 しばらくその顔を眺めたあと、喉の奥で小さく笑う。反応を確かめるようにゆっくりと顔を近づけ、千温の唇へそっと口づけた。 千温は逃げなかった。 それを受け入れた合図だと判断した優和は、片手を千温の後頭部へ添え、そのままVIPルームの中で口づけを深めていった。 ただ唇を重ねているだけなのに、千鶴と見紛うほどよく似た顔が目の前にある。それだけで優和の身体は、本人が思っていた以上に素直な反応を示した。 口づけは次第に激しさを増し、性急なものへと変わっていった。 千温の唇は、見た目どおり柔らかかった。 興奮した優和はその感触を確かめるように唇を重ね、次第に余裕を失っていった。動きは荒々しく、千温を気遣うような優しさなどほとんど残っていない。 千温も、きっと痛みを感じていたはずだ。 それでも千温は、喉の奥から弱々しい声を何度か漏らし、両手で優和の腕へ縋りついただけで、彼を押し退けようとはしなかった。 長い口づけが終わる頃には、千温の唇は一目で分かるほど赤く腫れ、ところどころに小さな傷までできていた。 優和はそれに気づきながらも、あえて見ないふりをした。ただ、血の味は好きではなかったため、もう一度口づけようとは思わなかった。「千温、ほかの男にも、こんなふうにされたことがある?」 口づけを終えてから、優和はふと、今のものが千温にとって初めてのキスだったのか気になった。 千温は何も言わず、小さく首を横に振った。 大きな瞳にはまだ薄い涙の膜が張っており、瞬きをすれば、今にも雫が零れ落ちそうだった。 その答えに満足した優和は、片手で千温の腰を抱き寄せた。服越しに細い腰へ触れながら、今すぐこの場で押し倒してしまいたいという衝動に駆られる。 どうせ、遅
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-03
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第15話

 確かに、優和は千温を騙していた。 それでも本人は、自分なりに十分すぎるほど優しく接し、仁義も尽くしているつもりだった。 もし優和と出会わなければ、千温がこれほど高価な服や宝石を手にすることなど、一生なかったかもしれない。立派な屋敷に住み、生活のために苦労して働く必要もなければ、毎日のように外を奔走する必要もない。 千温がするべきことといえば、優和に求められたとき、素直に脚を開くことくらいだった。 いつか飽きて捨てることになったとしても、それなりの補償は与えるつもりでいる。別れたあとも金に困ることなく暮らしていけるだけのものは残してやろうと、すでに考えていた。 しかも、身体を差し出す相手は優和だ。年老いた醜い男に抱かれるわけでもない。 これほど恵まれた話なのだから、千温はむしろ喜ぶべきだろう――優和はずっとそう思っていた。 三年もの時間――。 まさか千温との関係が、これほど長く続くとは思ってもいなかった。 優和が千温に満足しているのは事実だ。 それでも、代用品はどこまでいっても代用品にすぎない。 千鶴が大学を卒業して帰国すれば、千温をこれ以上そばへ置いておく必要もなくなる。 偽物は永遠に、本物には敵わないのだから。 * 午後七時頃、沢田が不意に社長室へ姿を現し、優和へ声をかけた。「社長、小北さんからお電話がありまして、ご帰宅の時間を知りたいとのことです」 千温が沢田へ直接電話をかけてくることは、滅多になかった。 今回も電話口でおずおずと、家の中はすべてきれいに掃除し、夕食も作っておいたので、優和が何時頃帰ってくるのか知りたいと尋ねてきたらしい。 沢田には、千温が優和の中でどれほどの位置を占めているのかまでは分からない。 ただ、これまで優和がそばに置いてきた女性たちの中で、彼女との関係が最も長く続いていることだけは確かだった。 そのため、千温から連絡を受けた沢田は勝手に無視することはせず、わざわざ優和のもとまで確認に訪れた。 同時に、これは千温に対する優和の態度を窺うためでもある。 今回の反応を見ておけば、今後また千温から何かを頼まれた際、どこまで取り合うべきなのか、沢田自身も判断しやすくなる。 優和はわずかに眉を寄せた。 沢田から電話の内容を最後まで聞いても、返したのは冷淡な一言だけだった。「放っておけ」「承知い
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-04
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第16話

 わざわざ優和が迎えに来てくれるというのだから、千鶴に断る理由などなかった。「じゃあ、早く来てね。私が待ってあげられるのは三十分だけだから」「心配するな」 電話を切ると、優和は手元に残っている仕事など顧みることなく、すぐに車のキーを手に取った。運転手を呼ぶことさえせず、自ら車を走らせ、千鶴を迎えに空港へ向かう。 約束どおり、きっかり三十分後には空港へ到着した。 外はすでにすっかり暗くなっており、空港内は行き交う人々で混み合っていた。優和は足早にその間を縫うように進み、千鶴から送られてきた情報を頼りに、迷うことなく到着口まで辿り着く。 千鶴はイギリスへ留学していた数年間、ほとんど日本へ帰ってこなかった。その代わり、優和のほうが何度も彼女に会うためイギリスまで足を運んでいる。 一時は、いっそのことイギリスに支社を設立しようとまで考えたこともあった。宮長グループの海外事業を拡大するにはちょうどいい機会になると、もっともらしい理由まで自分の中で用意していた。 ところが、その計画を知った千鶴は喜ぶどころか、本気で腹を立てて反対した。会社のことをそんな軽い気持ちで決めるべきではない。自分を生活の中心に置くような真似もやめてほしいと、はっきり拒絶されたのだ。 それ以来、優和も仕方なくイギリスへ足を運ぶ回数を減らしていた。 到着口へ着いた途端、優和は柱の前に立っている千鶴を一目で見つけた。 千鶴は今も変わらず、自分の好みに合った華やかなワンピースを身に纏っていた。長い髪には美しい巻きが施され、化粧は以前より少し濃くなっている。それでも優和の目には、相変わらず一瞬言葉を失ってしまうほど美しく映った。 優和は普段、ほとんど化粧をしない千温の素顔を見慣れている。 もちろん、千温は何も施していなくても十分すぎるほど美しい。 それでも今、こうして自分の好みを余すところなく体現した千鶴を目の前にすると、久しく感じていなかった高揚と、言葉にできないほど強烈な新鮮さが一気に込み上げてきた。 千鶴もまた、こちらへ足早に向かってくる優和に気づき、太陽のように明るい笑顔を浮かべた。「優和! 本当に少しも変わってないね。私に会えなくて寂しかった?」 優和は、その問いに言葉で答えるより先に身体を動かしていた。 千鶴の前まで歩み寄ると、優和はその身体をそっと腕の中へ抱き寄
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-04
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第17話

 二人が言葉を交わしている間も、千鶴は優和の腕の中に収まったままだった。 その姿は、まるで長い別れを経て、ようやく再会を果たした恋人同士のようにも見える。 千鶴は海外での生活が長かったせいか、こうして抱き合っていることを、さほど特別なことだとは感じていないらしい。いつの間にか二人の距離がひどく親密なものになっていると先に気づいたのは、むしろ優和のほうだった。 名残惜しく思いながらも、彼は千鶴の身体を傷つけないよう、腕の力をゆっくりと緩めていった。 この一年、千鶴は息をつく暇もないほど多忙だった。卒業論文をはじめとする学業に追われ、ほとんど余裕のない日々を送っていた。 優和は、自分の存在が千鶴の集中を妨げることを望まなかった。そのため二人は、もう一年近く直接顔を合わせていない。 どうしても会いたい気持ちを堪えきれなくなったときだけ、イギリスとの時差に合わせて、千鶴へビデオ通話をかけていた。 もっとも、通話を終えたあとは、ほとんど毎回のように身体に残った熱と千鶴への想いを持て余し、千温を捕まえて抱いていた。「君、随分痩せたんじゃないか?」 先ほど千鶴を抱き締めた瞬間から、優和はそのことに気づいていた。以前より明らかに細くなった身体を思うと、心配で胸が痛む。 そんなことを考えているうちに、ふと、家にいる千温のことまで頭を過った。 千温も食が細く、いくら経っても身体に肉がつかない。胸にはそれなりの柔らかさがあり、触れたときの感触も悪くなかったが、それ以外の場所は細すぎて、ときには抱き締めるだけでも骨の感触が伝わってくるほどだった。 優和が一瞬、別のことへ意識を逸らしていたとは気づかず、千鶴は「そう?」と聞き返した。そのまま彼の前でくるりと一回転し、自分の全身を見せる。 そんな彼女を眺めながら、優和は自然と笑みを浮かべた。「でも、この体型ならモデルに向いてるでしょう? イギリスでも、モデルをやらないかって誘われたことがあるんだから」「それでも、きちんと食べろ。君は前のままでも十分綺麗だった」「何それ。まるで今の私は綺麗じゃないみたいじゃない?」「そんなことは言ってない。今も綺麗だよ」 優和は何気ない仕草で、千鶴が傍らに置いていたスーツケースを持ち上げた。ところが、想像していたよりも遥かに軽く、思わず驚いたように彼女を見る。「どうして、こ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-04
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第18話

 その言葉を聞いた瞬間、優和は思わずハンドルを握る手に力を込めた。 そのまま運転を続けることなどできず、すぐに車を通路の脇へ寄せて停める。幸い、まだ駐車場の敷地内だったため、後続の車に迷惑をかけることもなかった。「伝えたいことって……何の?」 自分でも分かるほど、声が僅かに掠れていた。 千鶴の大きな瞳が、まっすぐ優和へ向けられる。 次第に呼吸を乱していく優和を見つめながら、彼女は一言一言、はっきりと告げた。「優和、私……優和と付き合ってみたい」 優和は頭の中がふわふわと浮つき、まるで夢の中にいるような気分だった。 それから千鶴と過ごした数時間も、自分がどのように振る舞い、何を話していたのか、あとになって振り返ってもほとんど思い出せない。 最後には千鶴からも、あまりにも間の抜けた様子がおかしいと、遠慮なく笑われてしまった。 優和が自宅へ戻った頃には、すでに日付が変わろうとしていた。 本音を言えば、そのままずっと千鶴のそばにいて、家へ帰るつもりなどなかった。 けれど、帰国したばかりの千鶴は長時間の移動で疲れており、これから時差にも身体を慣らしていかなければならない。 何より千鶴は、昔から一人で行動することに慣れていた。優和へ自分の気持ちを伝え、恋人同士になったからといって、初日から一日中べったり一緒に過ごすつもりはなかったらしい。 そのため千鶴は、名残惜しそうにする優和を自分から家へ追い返した。* 家の中は、まだどの部屋も明々と照らされていた。 優和が玄関の扉を開けた音は、それほど大きくなかった。けれど、彼が片足を踏み入れた途端、待ちきれなかったように一つの影が駆け寄ってきて、そのまま勢いよく胸の中へ飛び込んでくる。 優和は低く呻き、反射的に腕を伸ばして、ぶつかってきた相手の腰を抱き留めた。「どうし――」「優和、私、今日はちゃんといい子にしてたよ。ずっと家にいて、優和が帰ってくるのを待ってたの」 腕の中から優和を見上げる千温の目元には、まだうっすらと赤みが残っていた。帰りを待ち続けるうちに泣いたのか、それとも昨夜泣いた痕がまだ消えていないのかは分からない。 ほんの少し前まで、千鶴に想いを告げられた喜びで満たされていた優和の気持ちが、千温の姿を目にした途端、わずかに冷めていく。 優和は煩わしそうに眉を寄せた。今が何時なのか
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-05
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第19話

  偶然ではない。 三年も一緒に暮らしているのだ。千温はとっくに優和の好みを覚え、何をよく食べ、何にはあまり箸をつけないのかまで知っている。 それが分かった途端、先ほどから胸を締めつけていた感覚が、さらに強くなった。 優和はそれを振り払うように、いっそう険しく眉を寄せる。「千温、俺は料理を作れなんて言っていないだろう。暇なら外へ働きに行かず、家の掃除でもしていろと言っただけだ。どうしてお前は、いつも俺の言うことをきちんと聞けないんだ?」 千温は途方に暮れたように、怒っている優和を見つめた。 たしかに、料理を作るとは伝えていなかった。 けれど、家にいるように言われたから、言われたとおり一日中どこへも出かけなかった。掃除もした。優和が帰ってきたら喜んでくれるかもしれないと思い、夕食まで用意した。 優和のために食事を作っただけなのに、どうして彼がこんなにも不機嫌になるのか、千温にはどうしても分からなかった。「ごめんなさい、優和。私はただ……ただ、優和と一緒に夕ご飯を食べたかっただけなの……」 最後のほうは、ほとんど消え入りそうな声になっていた。 千温は俯き、所在なさげに自分の指先を握る。 以前にも、千温が優和のために料理を作ったことがある。 まだ二人が一緒に暮らし始めて、それほど経っていなかった頃のことだ。 あのときの優和は、今日とはまるで違っていた。 千温が慣れない料理を作ったと知ると、珍しいものでも見るように少し驚いたあと、すぐに笑ってくれた。そればかりか、料理のせいでわずかに荒れていた千温の手を取り、指先まで確かめるように優しく撫でながら、こんな粗仕事は彼女がするべきではないとまで言っていた。「こんなに綺麗な手は、料理をするためじゃなくて、大事にされるためにあるんだよ」 その言葉を、千温は今でも覚えている。 だから今日も、ほんの少しだけ期待していた。 優和が帰ってきて、綺麗になった家とテーブルいっぱいに並んだ料理を見れば、またあのときのように笑ってくれるのではないか。 頭を撫でて、「いい子だ」と褒めてくれるのではないか。 そんなささやかな期待を胸に、千温は冷めてしまった料理を何度も温め直し、日付が変わろうとする頃まで、一人で優和の帰りを待ち続けていた。「ごめんなさい……優和……」 千温は何度も謝り続ける。 その姿
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-05
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第20話

 優和はベッドの上で、これまでにも何度となく千温へ侮辱的な言葉を浴びせてきた。そのため千温は、これも恋人同士ならすることの一つなのだと思っていた。 そんな言葉を聞いて嬉しいとは少しも思わなかった。それでも優和が楽しそうにしているのなら、それでいいのだと自分に言い聞かせ、反論したことは一度もない。 もともと千温は、優和のすることに逆らえるような人間ではなかった。 けれど結局、千温が四つん這いのまま寝室まで辿り着くことはなかった。 なぜか今夜の優和は、いつにも増してひどく性急だった。 背後から聞こえてくる足音にも、普段のような余裕がない。まるで長いあいだ欲望を抑え続け、もう一秒たりとも我慢できないとでもいうようだった。 千温が痛む膝を庇いながら、ようやく階段の前まで進んだところで、突然、腰へ強い力がかかる。「あっ……!」 驚いて声を上げた次の瞬間には、身体がふわりと床から浮いていた。「遅すぎる」 優和は千温の腰を掴んで身体ごと抱き上げ、そのまま自分の身体へ乗せるようにして支えた。 あまりにも突然のことで、千温は反射的に優和の肩へ腕を回す。裸の身体が密着し、彼の体温が直接肌へ伝わってきた。 下半身はすでに痛いほど硬くなっており、ズボン越しにもはっきりと分かるほどの膨らみが、ちょうど千温の秘部へ強く押し当てられている。 その熱と硬さに気づき、千温は戸惑ったように優和の顔を見た。 優和には、そんな彼女の様子を気に留める余裕すらなかった。 寝室へ戻るまで待つことさえできない。 片腕で千温の身体を抱えたまま、もう片方の手で性急にズボンのファスナーを下ろし、硬く勃ち上がったものを取り出す。 先端を千温の秘部へ何度か乱雑に擦りつけると、それ以上の前戯もないまま、無理やり奥深くまで挿し入れた。「っ……あ……!」 千温の身体は、まだ十分に濡れていなかった。 あまりにも強引に押し入られたせいで、入り口から内側まで擦れるような鋭い痛みが走る。千温は思わず優和の肩へしがみつき、逃れるように身体を小さく縮こまらせた。 けれど宙に抱え上げられたままでは、どこへ逃げることもできない。 苦しそうに何度か息を詰まらせるうちにも、優和は構わず、すぐに激しく腰を動かし始めた。 身体が揺さぶられるたびに痛みが走り、千温の目尻にはうっすらと涙が滲んでいく。「優
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-09-06
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