All Chapters of 身代わりの私には、もう「愛してる」なんて信じられない: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話

 階下の様子は、優和が想像していたほど険悪ではなかった。 千鶴は気品を崩すことなく、リビングのソファの中央へ悠然と腰を下ろしている。その整った顔には怒りらしいものさえ浮かんでおらず、何を考えているのかまるで読み取れない。 一方の千温は、叱られるのを待つ子供のように、少し離れたリビングの隅へ立ち尽くしていた。俯きがちに身体を小さく縮め、千鶴と目を合わせることも、そのそばへ近づくことさえ恐れているようだった。  優和が階段を下りてくると、二人はほとんど同時に顔を上げた。 優和は足早に千鶴のもとへ向かい、迷うことなくその隣へ腰を下ろす。部屋の隅に立つ千温には、一瞥さえくれなかった。「千鶴、どうしてこんな朝早くに来たんだ? 来るなら、先に連絡してくれればよかったのに」 優和は千鶴の手を取り、縋りつくように強く握り締めた。 平静を装ってはいるものの、明らかに緊張している。指先から伝わる強張りだけで、その動揺は千鶴にも十分すぎるほど伝わっていた。「優和、私のことを気にするより先に、どうしてこの人があなたの家にいるのか説明してくれる?」 千鶴は優和の手を振りほどくこともなく、部屋の隅に立つ千温へ視線を向けた。 その眼差しを追うように、優和もようやく千温を見る。 二人の目が合った瞬間、それまで千鶴へ向けられていた穏やかな眼差しが、たちまち凍りついた。 優和の胸に湧き上がったのは、なぜ千温は空気を読んで、どこかへ隠れていなかったのかという苛立ちばかりだった。 こんなことになると分かっていたなら、流産したばかりだからと余計な気など回さず、沢田に命じてあのマンションへ送り返しておけばよかった。「千鶴……」「優和、説明して。どういうこと?」 千鶴の口調は静かだった。責め立てるような激しさも、露骨な怒りも感じられない。 それなのに、優和の胸は激しくざわめいた。見えない手に心臓を鷲掴みにされたかのように、息苦しいほどの緊張が全身を駆け抜ける。 何をどう説明すればいいのか分からない。焦れば焦るほど頭の中は真っ白になり、まともな言葉一つ出てこなかった。 そのとき、背後から幸次の声が響いた。「千鶴ちゃん、その子は俺の彼女だよ」 その一言を境に、リビングへ束の間の沈黙が落ちた。 千鶴はゆっくりと顔を上げ、階段のそばに立つ幸次へ目を向ける。「幸次君の彼女
last updateLast Updated : 2026-10-03
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第72話

 傍目にも分かるほど、千温の顔から瞬く間に血の気が引いていく。 幸次の腕に強引に抱き込まれ、今すぐここから逃げ出したいという思いばかりが胸の中で膨れ上がった。 それでも、優和の機嫌を損ねるのが怖い。 千温は必死に身体を固くし、幸次の腕の中で息を潜めた。嫌悪も恐怖もすべて呑み込み、ただ耐え続けるしかなかった。 優和は、千温を幸次へ渡すつもりなどないと言っていたはずなのに。 あの言葉さえ、初めから何の意味もなかったのだろうか。 千鶴は、その事実を特に気に留めなかった。 もともと千温に対して、よい印象を持っていたわけではない。誰かの愛人だと知ったところで、初めから抱いていた疑いが正しかったと確かめられただけだった。「幸次君がどんな人かくらい、私だって知ってるわ。結婚するまで遊んでいるだけでしょう? それなら理解できる。……ということは、お腹の子供も幸次君の子だったの?」 子供の話が出た瞬間、優和の表情がはっきりと強張った。 千温の唇がかすかに震える。 ただでさえ存在を否定されたあの子まで、今度は別の男の子供として扱われようとしている。そのあまりの残酷さに、胸の奥を深く抉られたような痛みが走った。 千温が身籠っていたことも、すでに流産したことも知らなかった幸次は、一瞬だけ返す言葉を失った。 それでもすぐに笑顔を取り繕い、腕の中の千温をさらに強く抱き寄せる。「もちろん、俺の子だよ」 このまま、千温の妊娠を知った喜びまで演じようとした幸次を、千鶴が悠然と遮った。「それなら、流産してよかったじゃない。生まれていたら、幸次君にとって大変な厄介事になっていたでしょう? ねえ、優和?」 その言葉に込められた残酷さには、幸次でさえわずかに眉をひそめた。 千温のために何か言ってやろうと口を開きかける。けれど、実の父親である優和は、千鶴の言葉の鋭さなど気に留めていなかった。 優和の目に映っているのは、隣に座る千鶴だけだ。それどころか、千鶴が本当に千温を幸次の恋人だと信じていることに、心の底から安堵していた。「ああ、そのとおりだ」 優和が自分の言葉に同意すると、千鶴は満足そうに微笑んだ。 長いネイルを施した人差し指で、優和の顎をそっと持ち上げる。すると優和も自ら顔を寄せ、千鶴が唇へ軽い口づけを落とすのを嬉しそうに受け入れた。 途端に優和の口元には
last updateLast Updated : 2026-10-03
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第73話

 幸次は、女に金を使うことを惜しまなかった。 千温を連れ、千鶴が贔屓にしている高級百貨店へ足を運ぶと、四人は最上位の顧客だけに開放されるプライベートサロンへと案内された。 千鶴はそこで、普段から自分の代わりに服を試着させている専属のフィッティングモデルを、電話一本で呼び寄せた。気に入った服を次々と選び、一着ずつモデルに着替えさせては、生地の質感や実際に身につけたときのシルエットを確かめていく。 薄く微笑みながら佇むモデルの美しい顔を眺め、幸次は興味深そうに片眉を上げた。「へえ、さすがは千鶴お嬢様だな。服の試着まで、こんな美人にさせてるのか」 千鶴は特に気に留める様子もなく、当然のことのように答えた。「私といちばん体型が似ているのよ。何? 幸次君、恋人が目の前にいるのに、もうほかの女に目移りしたの? ……まあ、気に入ったのなら紹介してあげてもいいわよ。私とそっくりな顔の女を選んでいるくらいだもの。もしかして幸次君、ずっと私に片想いしていたんじゃないかって、心配になってきたわ」「ははっ、千温ちゃんはそんなこと気にしないよな? 俺の金なんて、一人養おうが二人養おうが、どうせ使い切れないんだから」 どうやら幸次は、本当にそのモデルに興味を持ったらしい。 千鶴が軽く手を上げて合図すると、モデルもすぐにその意図を察した。優雅な足取りで幸次のもとへ歩み寄り、自分の名刺を差し出す。 名刺に目を落としながら、幸次は何でもないことのように告げた。「君さ、テレビで見たことあるな。実物のほうがずっと綺麗だ」 モデルは幸次に、甘く愛らしい笑みを向けた。「これから、どうぞよろしくお願いいたします。幸次様」 連れてきたモデルと幸次が、早くも互いに意味ありげな眼差しを交わし始めるのを見て、千鶴は隠そうともせず、呆れたように目をそらした。 隣に座る優和の手を取り、その反応を確かめるように問いかける。「優和は、幸次君みたいにならないわよね? ほかの女に言い寄られたからって、誰でも受け入れるようなことはしないでしょう?」優和は間髪を入れずに答えた。「もちろんだ。俺には君しかいないよ、千鶴。昔も、これから先も、俺が愛するのは君一人だけだ」 その言葉を聞き、千鶴は満足そうに小さく笑った。 何気ない素振りで、幸次の隣にいる千温へと視線を向ける。 千温は血の気の引いた
last updateLast Updated : 2026-10-04
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第74話

 幸次はわざと千温の耳元へ唇を寄せ、ほかの者には聞こえないほどの小声で囁いた。 傍から見れば、恋人同士が親密に言葉を交わしているようにしか見えなかった。 その光景を目にした優和は、ごくわずかに眉を寄せた。 それでも二人から目を離せずにいると、隣に座る千鶴から不意に名前を呼ばれた。 千鶴は、優和が千温を見つめていたことに気づいていないふりをしていた。自分も一本のブレスレットを手に取り、優和の目の前で軽く揺らしてみせる。「優和、これ、私に似合うと思う?」「似合うよ。俺のカードで払えばいい」 優和はすぐにカードを取り出し、千鶴の手へ渡した。 千鶴は遠慮することなく受け取ると、笑みを浮かべたままセールスアソシエイトへ向けて軽く顎を上げた。「ほかのものも全部持ってきて。ゆっくり見せてもらうわ」* その夜、四人が訪れたのも、千鶴が特に気に入っているレストランだった。 店内には見るからに高価な調度品が並び、椅子一脚に至るまで、熟練の職人が丹念に仕上げた特注品のように見える。照明は控えめで、磨き上げられた食器には柔らかな光が宿っていた。給仕たちの動きにも一切の無駄がなく、店全体が上品な静けさに包まれている。 千温を除く三人にとって、この程度の格式を備えた店など珍しくもなかった。 ただ一人、千温だけはいまだにこうした場所へ慣れることができずにいる。一歩進むたびに周囲の様子を窺い、誰かの邪魔にならないよう身体を小さく縮めていた。 席についてから料理が運ばれ始めるまで、千鶴はそんな千温の振る舞いへ何かにつけて口を挟んだ。 千温の一挙一動が目障りで、見ているだけで恥ずかしいとでも言いたげだった。「幸次君も一応は名家の御曹司なんだから、恋人にするなら、最低限のテーブルマナーくらい身につけた人を選んだら? それとも、礼儀も教養もない田舎娘が好みなの?」「千鶴ちゃん、俺の彼女に厳しすぎないか? 俺は全然気にならないけどな。千温ちゃんが箸でステーキを食べたって、可愛いと思うよ」 千鶴は小さく鼻で笑い、隣に座る優和へ顔を向けた。「優和はどう思う?」 優和はちょうど、千鶴のために皿の上のステーキを自ら切り分けているところだった。 手を止め、千温を一瞥すると、何の感情も浮かべない顔で淡々と言い放つ。「ああ。確かに、人前に出せるような振る舞いじゃないな」 
last updateLast Updated : 2026-10-04
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第75話

 食事の途中、幸次は一度席を立ち、お手洗いへ向かった。 用を済ませて廊下へ出ると、すぐ外で待ち構えていた千鶴の姿に驚き、思わず足を止めた。 けれど次の瞬間には、いつもの人を食ったような笑みを浮かべていた。「おや、千鶴ちゃん。わざわざここで待ち伏せか? 何だよ、とうとう俺に興味が湧いた?」「馬鹿なことを言わないで。確かめたいことがあって来たのよ」 幸次の軽薄な態度に耐えかねた千鶴は、名家の令嬢らしい品位を取り繕うことも忘れ、露骨に白い目を向けた。「確かめたいこと?」「幸次君、まさか本当に私のことが好きなの? 私にこれほど似た女を選ぶなんて、余計な勘繰りをしたくもなるじゃない」「はあ?」 幸次は呆気に取られたように何度か瞬きをすると、堪えきれずに声を上げて笑い出した。「千鶴ちゃんみたいなのには、怖くて手を出せないよ。下手に遊び半分で手を出して、両家を巻き込む騒ぎにでもなったら困るだろ? 俺だって、それくらいの分別はある。それに俺は……千鶴ちゃんみたいなお嬢様より、素直で言うことを聞く女のほうが好みなんだ」「ふん。なら、本当にあんな女を気に入ったわけ? 幸次君の女を見る目には失望したわ」「どうして? 千温ちゃんは可愛いじゃないか。俺はかなり気に入ってるよ」「そう。それで、もう三年になるの?」「ああ、三年だ」「ちょうど私がイギリスへ行っていた期間と同じね。つまり、あの女は私のいない三年間、ずっと優和に囲われていたわけね」「そうそう、優和が三年も――」 そこまで言いかけて、幸次はぴたりと口を閉ざした。 千鶴の口から突然優和の名前が出るとは思わず、まして千温が自分ではなく優和の女だったと見抜かれているなど、考えてもいなかったのだ。 しかし、幸次はすぐにわざとらしく目を見開き、初めて聞いたとでもいうような驚きの表情を作った。 千鶴は冷ややかに笑った。「今さら何をとぼけているの、幸次君。今朝、私に電話して、優和の家へ来るよう仕向けたのはあなたでしょう? 優和が遊んだ女を、今度は自分も弄んでみたかっただけじゃない」 幸次の顔から、作り物めいた驚きが少しずつ消えていく。 やがて、いつもの薄い笑みだけが残った。「千鶴ちゃん、優和の前では何も知らないふりをしてたからさ。てっきり本当にそこまで鈍いのかと思ってたよ。案外、懐が深いんだな。見直し
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第76話

 「千鶴……」 カードキーを目にした優和も、思わず千鶴の名前を呼んだ。  千鶴がこちらを振り向いた途端、続けようとした言葉を飲み込み、そのまま口を閉ざしてしまった。「優和、今朝あなたの家へ行ったとき、千温はまだ寝間着姿だったでしょう? 幸次君と一緒に、ずっとあなたの別荘に泊まっているんじゃないの? いくら友達の恋人だからって、同じ家で暮らすなんて少し節操がなさすぎるわ。それに、優和だって何かと不便でしょう?」 優和の表情が強張った。 しばらく答えられずにいたものの、やがて低い声で認めた。「……ああ、確かにそうだな」「それに、恋人同士なら夜には親密なことだってしたいでしょう? ホテルのほうが、二人とも周りを気にせず楽しめるんじゃない? 幸次君はどう思う?」 幸次はカードキーを手に取ると、隣にいる千温を自分のほうへ引き寄せた。「確かに、千鶴ちゃんは気が利くな。俺も恋人がいる身なんだから、友達の家で彼女とセックスするわけにはいかないし。このカードキーはありがたくもらっておくよ。今夜は千温ちゃんと二人でホテルに泊まる。優和、それで構わないだろ?」「……」 優和の顔はひどく強張っていた。 幸次が何を企んでいるのか見極めようとするように、その顔を食い入るほど見つめている。 けれど、自分の態度を千鶴に怪しまれることも恐れていた。 しばらく沈黙した末、優和は不本意そうに、僅かな言葉だけを絞り出した。「……ああ、構わない」 二人の交際を応援するという名目で、千鶴はわざわざ幸次と千温を客室の前まで送り届けようと申し出た。 優和には、それを拒む言葉が見つからなかった。 幸次の腕に抱かれて歩く千温を目の前にしながら、優和は一歩進むたびに足がひどく重くなるのを感じていた。 理由の分からない苛立ちと、どこへ向ければいいのかも分からない怒りが、胸の奥で膨れ上がっていた。 幸次に腹を立てているのか。 それとも、あまりにも従順に幸次の腕に収まっている千温に怒っているのか。「この部屋ね」 千鶴が幸次のために用意していたのは、そのホテルでも最上級のスイートルームだった。 客室の扉が開くと、千温はとうとう堪えきれなくなったように、何度も優和のほうを振り返った。 その険しい表情に怯えながらも、涙を含んだ声で必死に縋る。「ゆ、優和……優和……私、嫌……」
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第77話

 先ほど優和に約束したとき、幸次は千温に手を出すつもりなどないような口ぶりだった。  客室の扉が閉まった途端、待ちきれなかったように千温を扉脇の壁へ押しつけた。 細い両手首を片手でまとめて掴み、そのまま頭上へ強く押さえつける。逃げようにも、千温の身体は壁と幸次の間に閉じ込められ、まともに身動きすら取れなかった。「い、嫌……離して、あっちへ行って……!」 あまりにも突然の出来事に、千温は堪えきれず大声を上げた。 脚も身体も必死に動かし、幸次の手から逃れようとする。けれど二人の間にはあまりにも大きな力の差があり、どれほど抵抗しても幸次を押し退けることはできなかった。「千温ちゃん、優しくするから。な? 優和には何もしてないって言ってやるよ。だから、あいつに捨てられるかもなんて心配しなくていい。……もし本当に優和がお前を捨てても、俺が責任を取るから。なあ、一度だけ俺に触らせてくれよ。一度だけでいいから……」 そう言いながら、幸次は千温の顔や唇へ、見境もなく口づけようとした。 幸次は本来、力ずくで女を抱くことを好まなかった。自分を求めて寄ってくる女なら、電話一本でいくらでも呼び出せた。金もあり、容姿にも恵まれている彼が、嫌がる相手を無理に従わせる必要など、これまで一度もなかったのだ。 それでも千温を前にすると、これが彼女を手に入れられる最初で最後の機会かもしれないという思いに駆られ、どうしても衝動を抑えられなくなった。 今すぐ千温を自分のものにしたい。 その欲望だけが、今や幸次の理性を完全に呑み込んでいた。「嫌……やめて……!」 幸次の手が千温の身体を乱暴にまさぐり、ワンピースの裾を容赦なく捲り上げていく。 片脚を掴んで持ち上げると、逃げられないよう壁際へ押さえつけたまま、服越しに何度も強く身体を押しつけた。そのたびに千温の背中が壁へ打ちつけられる。 次の瞬間には、さらに酷いことを無理やり強いられるのではないか。そんな恐怖に襲われ、千温の身体は震えが止まらなくなった。「千温ちゃん、いい子にしてろよ……。欲しいものなら何でも買ってやる。今日だって、お前のためにあれだけ買っただろ? もっと買ってやれるし、家だって用意してやるから……」「嫌! 嫌……! 優和……! 優和、優和、優和……!」「ははっ、どうして優和を呼ぶんだよ。呼ぶなら俺の名前に
last updateLast Updated : 2026-10-06
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第78話

 千温は床へ押さえつけられたまま、起き上がることさえできなかった。 ほかに選択肢など、初めから残されていない。 涙を流し、嗚咽を漏らしながら幸次を見つめた。 しばらくは頷くことを拒んでいたものの、最後には従うしかなかった。怯えきった顔で、ほんのわずかに首を縦へ動かす。 幸次は満足そうに笑った。 涙に濡れた千温の顔を眺めていると、泣いている姿のほうが、いっそう美しく思えてくる。「いい子だ。……そんな目で俺を見るなよ。また無理やり抱きたくなるだろ」 その一言に怯え、千温はすぐさま顔を背けた。もう幸次と目を合わせることさえできない。 幸次は千温の腕を掴み、床から強引に立ち上がらせた。 携帯電話を取り出してどこかへ電話をかけながら、空いている手で千温の乱れた服を整えていく。 電話が繋がると、ホテルの名前と部屋番号だけを告げ、すぐに通話を切った。 ほどなくして、客室の扉がノックされた。 幸次は千温をベッドの上へ押しやり、勝手に動くなと低い声で警告すると、扉を開けに向かった。 千温はすぐさまベッドの端まで身を寄せた。 扉までの距離、幸次の立つ位置、ほかに外へ通じる場所がないか。涙で霞む目を懸命に動かし、部屋から逃げ出す方法を必死に探した。 しかし、逃げ道を見つけるよりも早く、幸次が一人の女の肩を抱きながら部屋へ戻ってきた。 午後、千鶴のために服やジュエリーを身につけて見せていた、あのモデルだった。 千温も部屋にいることに気づくと、モデルは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。けれど、すぐに何かを察したらしく、千温へ艶やかな笑みを向ける。「幸次様、今夜は三人で楽しむんですか?」 幸次は呆然とする千温をちらりと見やると、腕の中にいるモデルをさらに強く引き寄せた。 その仕草に、モデルはくすぐったそうな笑い声を上げた。「いや、この子は遊び方を知らないんだ。大人同士がどうやって楽しむのか、見せてやろうと思ってさ」「それなら、しっかりお見せしないといけませんね。幸次様、私、いろいろできますから。きっと満足させて差し上げます」「そうか。それなら、楽しみに見せてもらおうかな」 幸次が言い終えると、モデルは誘うような笑みを浮かべ、その肩を軽く押した。 幸次は逆らうことなくベッドへ身体を預ける。重みを受けて柔らかなマットレスが沈み込むなか、挑発的な眼
last updateLast Updated : 2026-10-06
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第79話

 モデルが幸次へ施す一連の奉仕は、最初から最後まで実に行き届いていた。幸次に余計な手間をかけさせることもなく、何を望んでいるのかを先回りするように応えていく。 十分以上かけて口で奉仕し、幸次のものがこれ以上ないほど硬くなったことを感じ取ると、モデルは甘ったるい笑みを浮かべた。頬を幸次の昂りへ寄せたまま、媚びるように尋ねる。「幸次様、このままお口でしてほしいですか? それとも、中に入れたいですか?」「自分から跨がれ」 命令を受けたモデルは笑みを浮かべ、自らスカートをたくし上げた。幸次とは初めてであるにもかかわらず、少しも戸惑うことなく、慣れた動きでその上へ身体を重ねる。「はっ、ずいぶん慣れてるな。今まで何人の男とやってきたんだよ」 幸次は冷たく笑った。 千温の腕を引き、先ほどよりもさらに自分のそばへ引き寄せる。逃げ場を奪ったうえで、改めてモデルへ命じた。「全部脱げ。千温ちゃんによく見えるようにな」「かしこまりました、幸次様」 侮辱めいた言葉を向けられても、モデルは笑顔を崩さない。手早く衣服を脱ぎ捨て、ためらいもなく幸次の望みに応え続けた。  その身体は、やはり見事なまでに整っていた。腰を上下させるたび、二人の身体が繋がる部分まで、隠すものもなくはっきりと見えた。 幸次はその姿をしばらく眺めたあと、指先を軽く曲げ、モデルへ上体を倒すよう促した。片手で後頭部を押さえ、そのまま深く唇を重ねる。 二人はわざと音を立てながら、千温に見せつけるように口づけを交わした。 その光景を前に、千温の耳は羞恥で真っ赤に染まっていた。 優和とは数え切れないほど身体を重ねてきたものの、他人同士が目の前で身体を重ねる姿を見るのは初めてだった。 恥ずかしさに耐えきれず、何度も目を逸らそうとする。けれど、そのたびに幸次は笑いを含んだ声で千温を叱りつけ、決して視線を外すことを許さなかった。「千温、目を開けてよく見てろ。言うことを聞かなかったら、ただじゃ済まさないからな」 千温は仕方なく目を開き、苦痛に耐えながら、ただ二人の行為が終わるのを待ち続けた。 最初から最後までモデルのほうが自ら動いていたせいか、幸次はベッドに横たわったまま、ほとんど身体を動かそうともしなかった。 その姿だけを見れば、全身で唯一力を込めているのは、千温の手首を掴んで離さないその手だけなの
last updateLast Updated : 2026-10-07
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第80話

 千温の口から、小さく「あっ」と声が漏れる。 華奢で軽い身体は、たった一度強く引かれただけで、あっけなく幸次のすぐそばまで引き寄せられた。 その勢いでスカートが捲れ上がり、白い腿が露わになる。 それを目にした瞬間、幸次の眼差しがすっと暗く沈んだ。 一度は発散したはずの欲望が、再び頭をもたげ始める。 今日は千温には手を出さない――そう口にしたばかりだというのに、幸次は早くも気を変えていた。 モデルも悪くはない。積極的で、男を誘惑する術もよく心得ている。 だが、今日の幸次が本当に欲しかったのは、彼女ではなかった。 朝、千鶴が別荘を訪れ、千温の存在に気づいたあの瞬間から、幸次は密かにこの機会を待ち望んでいたのだ。 先ほどは、千温があまりにも激しく泣くものだから、ほんの一時、情が湧いただけだった。 本気で諦めたわけではない。 幸次が目配せすると、身体の上にいたモデルはすぐに意図を察し、素直に身を退いた。そのまま傍らへ移動すると、幸次が身を翻し、抵抗する千温を組み伏せる様子を興味深そうに眺めている。「い、嫌……幸次さん……」「千温ちゃん、さっき見ただろ。俺は気前がいいんだ。一度抱かせるだけで、欲しいものなら何だって与えてやれる」「いやっ!」 千温は怯えた声を上げ、必死に身を捩った。 そんな千温を見下ろしながら、幸次は言い聞かせるように声を落とす。「……何が欲しい? 優和が欲しいのか?」 優和の名を聞いた瞬間、千温の表情がわずかに揺れる。 幸次はそれを見逃さなかった。「それなら俺が、お前と優和が一緒になれるよう手を貸してやるよ。俺と優和は十年以上の付き合いだ。千鶴ちゃんのことなら、俺が誘惑して優和から引き離してやる。そうすれば――お前は優和と一緒になれる。悪い話じゃないだろ?」 幸次の提案を聞いても、その言葉はほとんど千温の頭に入ってこなかった。 ただ一刻も早く、この拘束から逃れたい。その一心で、必死に身体を動かし続ける。 けれど今度こそ、幸次は本気で千温を自分のものにするつもりらしい。先ほどの揉み合いとは違い、片手だけで千温の上半身を押さえつけたまま、もう片方の手で衣服のボタンを次々と外していった。 たちまち胸元が大きく開き、その下に隠されていた淡い水色の下着が露わになる。「へえ、これは優和が選んだのか? なかなか可愛いじゃ
last updateLast Updated : 2026-10-07
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