جميع فصول : الفصل -الفصل 20

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№02・魔王の名刺・中

 声をかけて数秒後、城門の脇にある小さな通用口らしき扉が開いた。てっきり巨大な城門がごごごごごごごと音を立てて開くと思ったので拍子抜けした。 中から出てきたのは豚の頭をした甲冑を着込んだ兵士だった。手には巨大なハルバードを持っている。 言葉は通じるだろうかと懸念していると、豚頭の衛兵はぺこりと頭を下げてきた。「お話は聞いております。遠いところからわざわざご苦労様です。本日はよろしくお願いいたします」「いえいえ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」 へこへこと頭を下げる南野と衛兵を見て、メルランスはこの世の終わりでも見たかのように口をぱくぱくさせた。 促されるまま通用口から中へと招かれ、南野は城内に足を踏み入れる。「ほら、なにぼうっとしてるんですかメルランスさん、行きますよ」「……あ、ハイ……」 完全にたましいが抜けている状態で、言われるがまま南野に付き添うメルランス。そのまま連れ立って魔王の城へと入っていった。 城内はいかにも魔王城といった風情で、石造りの冷たい床には血のように赤いカーペットが伸びている。ところどころに燭台の明かりがともっている以外は暗闇だ。 石の壁にはなにか得体のしれない赤黒い汚れがついていたり、かけられた絵画の目が動いたりしている。 ときおりすれ違うのは巨大なトカゲのような生き物だったり、鱗のついた緑の肌に真っ赤なドレスを着込んだ婦人(?)だったり、ものものしい武装をした兵士だったりと様々だ。 話は通っているのか、廊下を行く南野たちを見とがめるものは誰もいない。たまに向けられる会釈には頭を下げて返す。いつもの取引先の本社ビルと同じだ。 気楽な足取りの南野に対して、メルランスはおびえたように南野の安スーツのすそをつかんで離さない。 そうやってどれくらい進んだだろうか、豚頭の衛兵はやがて大きな扉の前で立ち止まった。「魔王様の謁見の間です。どうぞ、ご無礼のないように」「それはもう」 南野はにっこりと笑って頭を下げる。衛兵は別の兵士に何事か告げると、その兵士が扉を開く。 巨大な石の扉が重々しく開くと、そこは広大な広間になっていた。蝋燭の火が揺らめき、玉座につくものの影を踊らせる。 『それ』が魔王なのだろう。 身の丈は三メートルほどだろうか、とにかく大きかった。見た目はタロットカードの死神に似ていて、骸骨
last updateآخر تحديث : 2026-09-05
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№02・魔王の名刺・下

「お気に召していただけましたか?」「うむ、気に入ったぞ……して、対価にはなにを欲する? この世界の半分か?」 そこまで気に入ったとは。内心驚きながら、南野は首を横に振った。「いえいえ、これは今後のお付き合いのためのわたくしからのプレゼントということで。当社からの粗品としてご査収ください」「なんと!? なんの対価もなしにこの世にも愛らしい帯飾りを!?」 ごう、と魔王の背後からプレッシャーが風圧となって襲い掛かる。 しかし南野は目を細めるだけで、そんなによろこんでくれるとはな、と涼しげな笑顔を作って見せた。「ええ、粗品ですので。その代わりと言っては難ですが、今後とも、この石垣商事、いえ、この南野アキラをどうぞよろしくお願いいたします」「南野アキラ……ふむ、よかろう。そなたの名、覚えたぞ。なんぞ困りごとがあればまた文を寄越すがよい。これもなにかのえにし、贈り物の対価程度のことはしてやろう」「ありがとうございます!」 魔王との盟約を結び、南野は米つきバッタのように頭を下げた。 『魔王の名刺』は手に入れた。それどころか、魔王のバックアップまで取り付けた。取引としては大成功と言っていいだろう。 スーツの襟を正して、南野は改めて魔王に向き直った。「本日は貴重なお時間を割いていただいてありがとうございました。実りのあるお話ができてよかったです。これからも、この南野アキラを何卒よろしくお願いいたします……お忙しいでしょうから、わたくしどもはこれくらいで」「うむ、実に有意義な時間であった。行くがよい、南野アキラよ。衛兵、案内を」 魔王が指を振ると、先ほどとは違う爬虫類の頭をした衛兵が南野たちを導いて謁見の間から出るよう促した。もう一度深く頭を下げると、「それでは、失礼いたします」 放心しているメルランスの背中を押して、南野はしずしずと魔王の前を辞した。 ……長いことなんの情熱もなく営業職をしてきたが、今日だけは全力で挑んだ。その結果が大成功だ。 仕事は単なるコレクション費用を稼ぐための手段、としか考えていなかった南野が、初めて大きな商談を取りまとめることができた。「……案外、悪くない気分だな」 衛兵に導かれて廊下を行きながらつぶやいて、南野は口の端を釣り上げた。 やがて城壁までたどり着き、南野は丁重に見送りにお礼を言ってから城外へと出た。
last updateآخر تحديث : 2026-09-06
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№03・バハムートの鱗・上

「おっはよー」 翌日、よく眠れたらしいメルランスが明るい声で酒場にやってきた。「……おはようございます」 対して南野はあまり眠れなかったため、目の下にくまができていた。声にも覇気がない。「なに、どうしたの? 景気悪い顔しちゃって」 すっかり打ち解けた様子のメルランスが南野の肩を叩く。「……いえ、物置部屋の寝心地が最悪で……」「なぁんだ、そんなこと。冒険者はいつどこでもぐっすり眠れる才能が必要不可欠だよ!」 とことん甘やかすつもりはないらしい。ばーん!と背中を叩かれて、南野は思わずモップを片手につんのめった。冒険者になったつもりはさらさらないのだが。「で、今日も雑用なわけ?」「泊めてもらってますからね」 掃除が終わったら芋の皮むきと皿洗いが待っている。このままこの酒場に再就職してしまいそうな勢いだ。 しかし、寝床と食事があるだけマシだと思った方がいい。世の中のホームレスのみなさんよりは恵まれた生活を送れているのだから。 床をモップ掛けしていると、浮ついた調子のメルランスがカウンターから声をかけてきた。「で、今日はどんなレアアイテムを集めに行くの?」「そうですね……」 一旦モップをカウンターに立てかけて、南野は休憩がてら『レアアイテム図鑑』を開いた。 昨日集めた『魔王の名刺』の次のページをめくると、そこにぼんやりと図解と説明文が浮かび上がってくる。「『バハムートの鱗』……?」 巨大な魚のような、竜のような生き物の図解の下には、『世界を支えるという巨獣、バハムートの鱗は、様々な魔力特性を付与する剣や鎧の材料となる』と書かれていた。「バハムート!?」 メルランスがひっくり返った声を上げる。つられてびっくりした南野は、ついモップを倒してしまった。「そんなに難しい相手なんですか?」 尋ねると、メルランスはぶんぶんと首を縦に振る。「相手は神話級のモンスターだよ。ひとに危害を加えることはめったにないけど、少なくとも人間のひとりやふたりくらい一撃で殺せる」 『殺せる』……元いた世界では縁のなかった言葉だ。少なくとも、フィクションの中でしか聞いたことがない。となると、当然ながら……「話は……通じないですよね」「モンスターの言葉がわかればレイジーデイジー賞ものだよ」 そのレイジーデイジー賞がなんなのかはわからなかったが、とにかく今
last updateآخر تحديث : 2026-09-07
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№03・バハムートの鱗・中

 海を行くガレー船のようにゆったりと空を泳ぐバハムートを見上げ、南野は途方に暮れた。「どうすりゃいいんだ……!」「魔王に比べればまだマシな相手だと思うけど……」「だって言葉通じないんですよ!?」「あーーーーーーーもう!!」 びくびくしている南野の及び腰に、とうとうメルランスがキレた。胸倉をつかんでがくがく揺さぶってくる。「魔王を相手にしてたときの度胸はどうしたの!?」「だって、言葉通じたし……!」「あたしにとってはどっちも同じ! あたしが飛翔魔法であんたを引っ張っていって、ちょっと一枚だけ鱗をもらって撤収! 簡単なことでしょ!?」「と、飛ぶんですか!?」「当たり前じゃない!」「俺、高いところはちょっと……」「つべこべ言わない! ほら、行くよ!」 言うが早いか、メルランスは呼吸を整えて、複雑な印を切り始めた。「『第二百八楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を泳ぐがごとき旋律を解き放て!』」 変わった節回しで呪文らしきものを叫ぶと、足元に大小さまざまな魔法陣が青白く浮かび上がる。 次の瞬間、メルランスの足が重力の鎖を断ち切り、ふわりとからだが持ち上がった。 こんな現象、初めて見る。「これが、魔法……!」 そうだ、剣と魔法のファンタジー世界なら、空を飛ぶことくらい魔法でなんとかなるはずだ。 おとぎ話か漫画のなかでしか見たことがなかった魔法を体験して、思わず驚嘆してしまう。「感心するのはあとにして。早く行くよ!」「ちょ、ま、ホント高いところは……!」 怖気づく南野の腕を、メルランスは容赦なく取って急上昇した。ものすごいスピードで空が近づき、地面が遠くなる。足元の感覚がないことのなんと恐ろしいことか。「うわあああああ!?」「うるっさい! 見えてきたよ!」 南野は涙目になっているが、メルランスはやる気のようだ。 見れば、バハムートの巨体が確実に迫ってきている。きらきらときらめく鱗すらも目視できる距離だ。 ごうごうとうなる上空の風に吹かれながら、南野はなんとか鱗へ手を伸ばした。「この巨体だから、鱗一枚はがれたところで髪の毛一本抜かれたくらいの感覚しかない! ちゃちゃっとやって!」 指示を受けて、南野は高さへの恐怖をこらえながら鱗に触れた手にちからを込めた。ぐ、ぐ、と引き抜くと、うちわくらいの大きさの虹色に
last updateآخر تحديث : 2026-09-08
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№03・バハムートの鱗・下

 ほどなくして、メルランスはぱっと手を離して肩をすくめて笑った。「ほんと変わってる。変人。蒐集狂。呆れた」「……すみません、偉そうなこと言いました」 さっきまでの勢いと熱意はどこへやら、しゅんとする南野に向かって、メルランスは快活に笑って見せた。「いいよ、別に気にしてない。けど……『縁』と『信用』、か。考えたことなかったな。今までだますのもだまされるのも日常茶飯事だったから、そういうのって新鮮」 そう口ずさんで、メルランスはいたずらめいて笑う。「ウェットな関係ってあんまり好きじゃないけど、あんたがそこまで言うなら……まあ、考えなくもないよ、いろいろと」「騙すのも騙されるのも日常茶飯事、って……メルランスさんはまだ若いんですから、もっとひととの付き合い方を考えるべきですよ」 心配するような言い方になってしまい、お節介だったか、と次の瞬間に後悔するも、メルランスは気にした様子もなく、「だね。あんまり擦れた生き方してると、本当に背中を預けられる仲間ってのは得られないから。冒険者として、それはマズいからちょっと考え直す」 存外素直だった。もっと反発されるかと思ったが、メルランスは南野の言葉を受け入れて考え方を変えようとしている。これが若さゆえの柔軟性というやつか。 それでこの話は終わり、とばかりに、メルランスが大きく伸びをしながら声を上げる。「あーあ、けど惜しいことしたな。『バハムートの鱗』、もう一枚くらい余分に取って来ればよかった」「そんな余裕なかったですよ……」「あんたねえ、魔王相手に渡り合ったくせに、なんでバハムートだとそんな腰が引けるの」「だって! めちゃくちゃ大きかったし、なんかレーザー吐くんでしょ!? 死ぬじゃないですか!」「魔王の方がよっぽど怖いよ」「けど話通じますし!」「あんたそればっかりだね……いい? これから話通じない相手なんていくらでも出てくるよ? 人間にだって話のできないやつはいる。そのたびにビビってたんじゃ話になんないよ」「うう……!」「あたし相手にあそこまで啖呵切ったんだ、しゃきっとしてくれなきゃ困るよ」 そう言って、南野の背中をばーん!と叩くメルランス。ついせき込んでいると、彼女は今度こそその場を立ち上がった。 それからナイショ話をするように声を潜め、「……ホント言うとね、ちょっとあんたを試してみ
last updateآخر تحديث : 2026-09-10
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№04・サバラの泉・1

「…………」「……なにさ?」「…………」「……あー、もう!!」 持っていたナイフとフォークを放り出して、とうとうメルランスが声を上げた。 手元には湯気の立つ鉄板の皿が置いてあり、その上にはいまだに油を跳ね上げるベーコンステーキが乗っている。 血走った目でそのベーコンステーキを見つめながら、南野はじゅるりとよだれをすすった。「なんなのさっきから!? そんなに見られてちゃ食べにくい! 言いたいことあるならさっさと言いなよ!」 びし!とナイフの先端を南野に突き付けて、メルランスは苛立たしげに言った。 南野が返答するより先に、ハラの虫の方がぐう、と鳴る。 呆れたようにため息をついて、カウンターに肘をついたメルランスが南野に問いかけた。「……どれくらいお肉食べてないの?」「……こっちの世界に来てからずっと、パンと野菜のスープだけです……」「あんたね……そんなに甲斐性ないとこの世界じゃ死ぬよ?」「おにく……オニク……タンパク質……」 とうとう片言になった南野は、穴が開くほどベーコンステーキを見つめている。 たしかに、肉が食べたくて食べたくて死にそうだ。なんなら得体のしれないモンスターの肉でもいい。とにかく肉が食べたい。 そんなあわれな状態の南野を見やって、メルランスは不意にふっと微笑んだ。「……まったく、しょうがないなあ」「ああ、メルランス様……!」 狂信者ばりの輝く眼差しでメルランスを見つめて、南野は目に涙を浮かべる。とうとう肉が、お肉様が口の中に……! しかし、肉に切れ込みを入れたメルランスのフォークが向かった先は、彼女自身の口の中だった。もぐもぐと肉汁を満喫しては頬に手を当てて、「んー、おいしーい! やっぱりブランチは肉に限るわ!」 ……だまされた。 ……ウラギラレタ。 南野の目から光が消えうせる。「あああああああああああああああ!!」 そのまま頭を抱えてスツールから転がり落ち、床をのたうち回った。そしてがくがくと痙攣して動かなくなる。「おーい、生きてる?」 肉を噛みしめながらつま先で南野のからだをつつくメルランスに、がばっと立ち上がった南野は縋り付くような格好で半狂乱になった。「ひどくないですか!? ひどくないですか!?!?」 一方で、メルランスはまったく悪びれもせずに残りの肉を食べ、「ひどくないもーん。
last updateآخر تحديث : 2026-09-12
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№04・サバラの泉・2

「『第二十八楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護の元、小人のたいまつに明かりをともす旋律を解き放て』」 印を切りつつ静かに唱えたメルランスは、ふぅ、と目の前の闇に息吹を吹き込んだ。 すると、ぼんやりと赤い炎の球のようなものが浮かぶ。照明の魔法だろうか、便利なものだと嘆息する南野。 腰の鞘から短剣を抜き、メルランスは慎重な足取りで歩き始める。古びた石造りのダンジョンはそこかしこから水がしたたり落ちていて、その足元には苔がむしていた。 かつん、かつん、一歩歩くごとに薄闇に足音が反響する。南野はメルランスの背中にぴったりと張り付きながら、「……大丈夫ですよね? 急に物陰からわー!ってなにか出てきたりしないですよね?」「あんたねえ、ビビりすぎ。こんな低階層にはほとんどいないよ。いたとしても弱っちいのだけ」 後ろから子供のようにメルランスの服のすそをつかんでおそるおそる歩く南野に、彼女は呆れた声をかけた。 そうは言っても、南野にとってはゾンビ射殺ゲームのフィールドを歩いているようにしか感じられない。 時折壁や床を短剣の先で叩きながら、メルランスは危うげもなく進んだ。もうこの階層は終わりなのか、下へと続く階段が現れた。「ここから先はちょっと気を引き締めていかないとね。『サバラの泉』は地下第三階層だから、そう遠くはないけど……足手まとい付きの攻略だから」「うう、ご迷惑をおかけします……」 階段を下りながら申し訳なさそうに頭を下げる。 まっすぐに伸びる廊下を進んでいると、奥の暗がりから小さい何かが集団で飛んできた。キキキキ!と鳴き声を上げている。「うひっ!?」「落ち着いて。ただの吸血蝙蝠の群れだよ」 驚いて飛びのこうとする南野を手で制して、メルランスは再び印を切った。よく見ると指先が青白く光っていて、呼吸を整えているのか、ふ、ふ、と短い息が聞こえる。「『第百二十九楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護の元、萌ゆる炎の輝きの旋律を解き放て!』」 腕を振ると、握りこぶしほどの大きさの火球が飛んで行った。吸血蝙蝠の群れの真ん中に着弾すると、小さく爆ぜて炎を巻き起こす。蝙蝠たちは断末魔を上げてぼろぼろと床の上に焼け落ちた。「……はぁー、やっぱり魔法って心強いですね……」 元いた世界ではおとぎ話の中の出来事だった魔法にも、ここ数日でだんだんと慣れ
last updateآخر تحديث : 2026-09-15
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№04・サバラの泉・3

 ずる、ずる、とメルランスのからだを引きずりながら廊下を進む。軽かったはずのからだがだんだんと重くなっていくような錯覚を覚える。 照明の光球が消えていないところを見ると、まだメルランスの意識はあるのだろうか。 しばらく歩くと、また何かを踏んだ。がこここ、と不吉な音がして、壁が開いていく。これはマズいと踏んで、渾身の力を込めてダッシュする。 案の定、さっきまでいた場所になにか粘液のようなものが降り注いだ。熱した油だろうか、じゅう、と床を焼いて煙を立てている。 危ないところだった、と胸をなでおろし、またメルランスを担いで廊下を歩いていく。 足取りがどんどん重くなっていく。自分の体力のなさを痛感しつつ、それでもなお歩く。右へ折れ、左へ折れ、迷宮の奥深くへと。 たまらず壁に手をつくと、またがこん、と音がした。嫌な予感にせっつかれて振り返ると、天井に穴が開いていた。どさ、となにかが落ちてくる。「……う、あ……」 目を見開き、後ずさった。それは半分腐乱した犬のゾンビだった。脳漿と眼球をこぼしながらも、前足で石の床を掻いて今にも飛びかかってきそうだ。 恐怖に追い立てられるように、南野は全速力で走りだした。怖くて振り返れないが、犬の素早い足音が追いかけてきている。追いつかれたら一巻の終わりだ。 足が上がらなくなっている。つまずきそうになりながらも、南野は走った。 犬のうなり声が背後から聞こえてくる。息が上がって、呼吸困難で死にそうだ。それでも足を止めない。 今、南野はひとりでいるわけではない。命の恩人を肩に担いでいるのだ、そう簡単に音を上げることはできない。「階段だ……!」 第二階層はこれで終わりなのだろう、下へと降りる階段が見えてきた。表情を明るくして折れそうになる足を叱咤し、ちからの限りスピードを上げる。 もつれた足で階段を降りきることができたのは奇跡だった。しかしゾンビ犬もついてきたらしく、まだ背後の足音が消えない。 もう南野の足も限界に近づいていた。メルランスもさっきから時折血を吐くばかりでなにも言わない。 いっそ迎撃するか? しかしなんの武器もない自分に何ができる? 己の無力さに歯噛みしながらも、南野には走ることしかできない。これではたとえ『サバラの泉』にたどり着いたとしても犬の餌だ。 絶望にとらわれそうになった南野の前に、さらなる
last updateآخر تحديث : 2026-09-18
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№04・サバラの泉・4

 もう限界はとっくに超えているはずなのに、足は機械的に前に進む。血の跡を床に引きながら、ただ前に。 不思議なことに、入り組んでいるはずのダンジョン第三階層は迷わず進めた。 『なんとなくこっちのような気がする』というひどく不確かな確信があったからだ。それは南野の蒐集狂としての鼻だったのかもしれない。 さいわい、泉に着くまでに他のモンスターは出てこなかった。罠もかわせるようなものばかりで、何かの加護が働いたとしか思えなかった。「……ついた……!」 開けた場所に出る。そこは図鑑に載っていた通り、水汲み場のようなところだった。女神をかたどった彫刻の水がめから、絶え間なく水が流れ出している。濁りのないきれいな水だ。 南野は急いでメルランスのからだを床に横たえると、一瞬躊躇した後、穴の開いた胸鎧を外して服の前を開いた。 小ぶりで白い乳房は、ぽっかりと開いて今も血を垂れ流す穴のせいで痛々しいものにしか見えない。 メルランスの顔色はすっかり青ざめていた。今朝まで闊達に動き回っていたときの彼女が嘘のような、彫像じみた風情だった。「ちょっとだけ、我慢してくださいね……!」 そう言い残して、南野は水汲み場へと向かい、両手で水をすくう。手の中に水が満ちると、泉の水は一瞬だけ金粉をまいたかのように黄金色に輝いた。 慌ててその水を運び、メルランスの胸に開いた穴にそっと垂らしていく。 ちょろちょろと落とされる水が穴へと流れ込んでいくと、ゆっくりと傷口の周りの肉がうごめき始めた。うごめき、盛り上がり、つながり、ふさがっていく。 何度か水汲み場と往復しているうちに、メルランスの傷はすっかり消えていた。肺にたまった血もなんとかなったのか、呼吸の音も正常だ。血まみれの肌や衣服が悪い夢のように見えた。「……よかった……」 ほっとした南野はついその場にへたり込んでしまった。 さらには、ここに来るまでの緊張の糸が切れてしまったのか、とうとう顔を覆って泣き出してしまう。「……なに、泣いてんの、あんた……?」「えう?」 鼻水をすすりながら顔を上げると、メルランスが目を覚ましていた。まだぼんやりしているのか、まなざしの焦点が合っていないが。「め”っ、め”っ……!」「ちゃんと喋りなよ……」 呆れたように言いながら、メルランスは億劫そうに体を起こす。 そこで服を脱がされて
last updateآخر تحديث : 2026-09-20
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№05・聞き耳頭巾・1

「なにここ……泉の市場じゃない」 いつも通り『レアアイテム図鑑』のちからで転移した先で、辺りを見回したメルランスが声を立てた。「泉の市場?」「さっきまでいた酒場からそう遠くないところにある市場だよ」 なるほど、今回はご近所というわけか。わざわざ転移するまでもなかった。 泉の市場、というだけあって、巨大な噴水が広場の真ん中に陣取っている。その周りには昼間の活気があふれる露店が広がっていた。 果物や服、怪しげなマジックアイテムらしきものも売っていた。ところどころで大道芸を披露しているものもいる。 南野は完全に観光客気分でつぶやいた。「ずいぶんにぎわってますね」「そりゃあ、この街はここらでは一番大きいからね。商人たちもここで商売するのが手っ取り早いってわけ」 肩をすくめたメルランスが解説する。なるほど、交通の要所でもあり、交易の要所でもあるわけか。冒険者ギルドが盛んなわけだ。「ま、あたしも穴の開いた鎧を着てるわけにもいかないから、買い物ついでにうってつけの獲物だね」 今回のターゲットは『聞き耳頭巾』……と書いてあった。なんでも、どんな動物の声も聞き取り、ひとのこころの声まで聞こえることもあるそうだ。 市場にある、ということは、誰かが売りに出しているのだろう。 さて、ここで問題がひとつ。「……あのぅ……」「なに?」「俺、お金まったく持ってないんですけど……」 言いにくそうに告げると、メルランスはふふんと小馬鹿にしたように笑った。「知ってる。それで、まだなにか言いたそうだけど?」 これを言ってしまうと、なんだか守銭奴という悪魔にたましいを売り渡してしまうような気がした。経済力に敗北したかのような。 しかし、背に腹は代えられない。 意を決して、南野はメルランスに思いっきり頭を下げた。「お金、貸してください!!」「そう来ると思った」 にやり、契約を成立させた悪魔のように笑うメルランス。罪悪感と屈辱感と、取り返しのつかないことをしたという後悔の念が押し寄せてくる。 しかし、きっとこの女のことだ、『あたしのお金はあたしのもの』とか言ってびた一文たりとも貸してくれないに違いない。「いいよー」「いいんですか!?」 意外とフランクに快諾された。驚いて顔を上げると、彼女は聖母のような笑みを浮かべて金貨のたっぷり詰まっているであろう革
last updateآخر تحديث : 2026-09-22
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