LOGIN「おっはよー」
翌日、よく眠れたらしいメルランスが明るい声で酒場にやってきた。 「……おはようございます」 対して南野はあまり眠れなかったため、目の下にくまができていた。声にも覇気がない。 「なに、どうしたの? 景気悪い顔しちゃって」 すっかり打ち解けた様子のメルランスが南野の肩を叩く。 「……いえ、物置部屋の寝心地が最悪で……」 「なぁんだ、そんなこと。冒険者はいつどこでもぐっすり眠れる才能が必要不可欠だよ!」 とことん甘やかすつもりはないらしい。ばーん!と背中を叩かれて、南野は思わずモップを片手につんのめった。冒険者になったつもりはさらさらないのだが。 「で、今日も雑用なわけ?」 「泊めてもらってますからね」 掃除が終わったら芋の皮むきと皿洗いが待っている。このままこの酒場に再就職してしまいそうな勢いだ。 しかし、寝床と食事があるだけマシだと思った方がいい。世の中のホームレスのみなさんよりは恵まれた生活を送れているのだから。 床をモップ掛けしていると、浮ついた調子のメルランスがカウンターから声をかけてきた。 「で、今日はどんなレアアイテムを集めに行くの?」 「そうですね……」 一旦モップをカウンターに立てかけて、南野は休憩がてら『レアアイテム図鑑』を開いた。 昨日集めた『魔王の名刺』の次のページをめくると、そこにぼんやりと図解と説明文が浮かび上がってくる。 「『バハムートの鱗』……?」 巨大な魚のような、竜のような生き物の図解の下には、『世界を支えるという巨獣、バハムートの鱗は、様々な魔力特性を付与する剣や鎧の材料となる』と書かれていた。 「バハムート!?」 メルランスがひっくり返った声を上げる。つられてびっくりした南野は、ついモップを倒してしまった。 「そんなに難しい相手なんですか?」 尋ねると、メルランスはぶんぶんと首を縦に振る。 「相手は神話級のモンスターだよ。ひとに危害を加えることはめったにないけど、少なくとも人間のひとりやふたりくらい一撃で殺せる」 『殺せる』……元いた世界では縁のなかった言葉だ。少なくとも、フィクションの中でしか聞いたことがない。となると、当然ながら…… 「話は……通じないですよね」 「モンスターの言葉がわかればレイジーデイジー賞ものだよ」 そのレイジーデイジー賞がなんなのかはわからなかったが、とにかく今はバハムートだ。 改めて図録を見ると、南野からすれば比較的穏やかそうなモンスターに見えてくる。神話の中の生物といった風情だ。 「凶暴な相手でないのなら、鱗くらいならこっそりといただいて逃げれば……」 「そんな生易しい相手じゃないからね」 「うっ……!」 思わず言葉を飲み込んでしまう。熟練の冒険者であるメルランスが言うのだ、生半可な気持ちで挑んでは本当に殺されてしまうだろう。 この世界で死んでしまって元の世界の自分がどうなるのかはわからないが、きっと死ぬのは痛い。痛いのはイヤだ。イヤなものはイヤだ。 「けど、集めなきゃ……」 「まあ、そうなるよね」 すでに南野の蒐集狂としての性質を理解しかけているのか、メルランスはげんなりとため息をついた。 「たしかに、鱗一枚くらいならわからないかもしれない。さっと行って、さっと取って、さっと帰ってくる。作戦はこれでいい?」 「そんな杜撰な作戦、聞いたことないです……」 「とにかく! 戦闘は絶対に避けること! あんたはなんにもできないんだから、無理しない!」 「はい……」 ずばっと無力を指摘されて、南野は気弱げに肩を落とした。 それから雑用を終えて、昼頃にはふたりはカウンターで『レアアイテム図鑑』を囲んでいた。 「いい? 気付かれないようにそぅーっとだよ?」 「わかってます」 この『レアアイテム図鑑』でバハムートのいるところまで転送されるはずだ。エンカウントは一瞬だろう。 そこが勝負だ。 南野とメルランスは図鑑に手を置いて目を閉じた。 再び目を開けると、そこは草木一本もない岩肌がむき出しのごつごつとした荒野だった。 「ここに……?」 バハムートがいるのだろうか。辺りを見回してもそれらしいモンスターはいない。 ふと、日が陰った。雲でも出てきたのだろうかと、なんの気なしに空を見上げる。 ……それは、雲ではないが、雲くらいの大きさをしていた。 低く空を飛ぶのは、図録にあった通りの、魚のような竜のような姿の生き物だ。 ただし、とにかく巨大だった。子供のころに見た飛行船より大きい。まさに空を覆うほどの大きさだ。 ずらりと並んだ牙の隙間から、ふしゅう、と息をこぼすバハムート。それは小さな嵐を巻き起こし、地上の砂塵を巻き上げる。 縦に三つずつ並んだ真っ赤な瞳が、ぎらり、と陽光を反射してきらめいた。 「…………」 ぽかんと放心した状態で空を見上げていた南野は、次の瞬間、岩陰にメルランスを引っ張り込んですごい勢いでまくしたてた。 「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!」 ぶんぶか首を横に振ると、すがるようなまなざしでメルランスを見つめる。 「なんですかあのでっかいの!? しかも空飛んでますよ!? めちゃくちゃいかついし! あんなのから鱗取るなんて無理ですよ!」 「なにさ、神話級の難しい相手だって言ったでしょ?」 「それにしたって大きすぎますよ! しかも強いんでしょ!?」 「強いね」 「火とか吐くんでしょ!?」 「火は吐かないけど……」 「吐かないんですか!?」 「レーザーブレスはがんがん吐いてくるね」 「レーザーブレス……!」 とにかく強いことはわかった。理解した後で絶望する。 一体全体、どうすりゃいいんだ……!? こんなの、聞いてないぞ!? 剣と魔法のファンタジー世界の実情に頭を抱える南野に対して、メルランスは……「なんですか、あなた?」「それ、25枚ぽっちしか出せないならあんたじゃなくあたしが買う」「なに言ってるんですか、これは俺が先に目を付けたものですよ?」 急に言い争いを始めた客同士に、商人は目を白黒させる。「いーや、あたしの方が先だよ。25枚しか出せないならすっこんでな」「わかりましたよ……じゃあ、27枚出します」「ふうん、それでも27枚なんだ。あたしなら……30枚出す」 突然始まった競り合いに、商人も口を挟めない。「まあ、どっちに売るかはそこの商人さん次第だけど?」 メルランスが水を向けると、ようやく商人が口を開いた。「そりゃあ、高値で買っていただける方に売りますよ。決めました、あなたに売ります」「そう来なくっちゃ!」「そんなぁ……」 大げさに落胆して見せて、南野はすごすごと天幕を後にした。 しかし、すべては演技だ。 商人の前で客同士が競り合いをする。その場の勢いというのは重要で、その競り合いではじき出された金額が高値だと商人は錯覚してしまう。それ以上値を釣り上げても貴重な客をふたりも失うのだ、多少買いたたかれても売ってしまうだろう。「……詐欺の手口だ……」 テクニック、と言えば聞こえはいいが、要は台本通りの寸劇だ。商人はそれにまんまと踊らされたわけだ。 ……かわいそうに……「お待たせー」 袋を持ったメルランスが天幕から出てくる。袋からは頭巾の赤がちらりと見え隠れしていた。「上手くいったね」「……いつもこんなことしてるんですか?」「いつもはしないよ、誰かといっしょにいるときだけ」 どうも信用ならない。かなり手慣れた様子だった。他にもあくどい『テクニック』を知っていそうだ。 メルランスは袋を南野に押し付けてにっこりと微笑んだ。「はい。『聞き耳頭巾』の金貨30枚と服の2枚、合計32枚は十日で五割、くれぐれも忘れないでね」「……はい」 とんでもない悪魔にお金を借りてしまったのではないか、という気が今更しないでもないが、仕方がない。 なんにしても、これで『聞き耳頭巾』は手に入った。「じゃあ、酒場に……」「ちょっと待って、寄るところがあるの」 言いかけた南野を制して、メルランスは勝手に見当違いの方向へすたすたと歩き出した。慌ててついていきつつ、問いかける。「どこへ行くんですか?」「防具屋。あたしの胸鎧、穴開
「さあて、まずは目的のものを手に入れるとしましょうか。ま、安心してよ。無駄にお金使わせる気はないから」「どういうことですか?」「まあまあ、ちょっとした値引きのテクニックだよ。あれをこうしてね……」 メルランスが南野に耳打ちする。聞いた『テクニック』とやらに南野は目を剥いた。「そんな詐欺まがいのこと……!」「いやなら好きなだけお金使えばー?」「……やらせていただきます」 今にも血の涙が出てきそうだ。 こっちに来てからというもの、彼女の尻に敷かれっぱなしの気がする。見知らぬ世界を案内してもらっているのだから仕方ないかもしれないが、ちょっと不本意だ。「ほら、あそこにキャラバンの馬車がある。ああいうところは道すがら冒険者からマジックアイテムを買い付けたりしてるからね、ちょっと見てきなよ」 南野の腕を引き、メルランスは大きな店を開いている天幕へと向かった。彼女は天幕の中へは入らず外で待っている。 大きな天幕の中では数人の商人たちが商談中で、だれもかれもいかにも海千山千のあきんどたちといった風情だ。 並んでいる品物を見ていると、小太りの中年商人が揉み手をしながら寄ってきた。「なにかお探しですか?」「いえ、ちょっと寄ってみただけです」 基本テクニックその1。目的のものがあっても口には出さない。吹っ掛けられる可能性がある。 商人に付きまとわれながらあちこちの品物を見て回っていると、ふと赤い色が目に入った。『赤』というと苦い思いになるが、それは確かに頭巾だった。けものの耳をかたどった飾りがついている。「これなんていいな。かわいい。娘へのプレゼントにいいかもしれない」 娘なんていないけど。噓も方便だ。「これはお目が高い!」 商人は声を弾ませてずいっと近寄ってきた。商品を手に取って見せてくる。「これはですね、動物の声が聞こえるといういわくつきのマジックアイテムでして。遠く砂漠のダンジョンから帰ってきた冒険者から買い付けたものです」「ふぅん、本物なんですか?」 基本テクニックその2。なんでもいいからケチをつけろ。 しかしさすがプロ、気分を害した様子をおくびにも出さず、商人は大きくうなずいた。「魔力反応はありますから、何らかのマジックアイテムであることは確かです。この耳! いかにも聞こえそうでしょう?」「それだけじゃなぁ」「そう言わずに
「なにここ……泉の市場じゃない」 いつも通り『レアアイテム図鑑』のちからで転移した先で、辺りを見回したメルランスが声を立てた。「泉の市場?」「さっきまでいた酒場からそう遠くないところにある市場だよ」 なるほど、今回はご近所というわけか。わざわざ転移するまでもなかった。 泉の市場、というだけあって、巨大な噴水が広場の真ん中に陣取っている。その周りには昼間の活気があふれる露店が広がっていた。 果物や服、怪しげなマジックアイテムらしきものも売っていた。ところどころで大道芸を披露しているものもいる。 南野は完全に観光客気分でつぶやいた。「ずいぶんにぎわってますね」「そりゃあ、この街はここらでは一番大きいからね。商人たちもここで商売するのが手っ取り早いってわけ」 肩をすくめたメルランスが解説する。なるほど、交通の要所でもあり、交易の要所でもあるわけか。冒険者ギルドが盛んなわけだ。「ま、あたしも穴の開いた鎧を着てるわけにもいかないから、買い物ついでにうってつけの獲物だね」 今回のターゲットは『聞き耳頭巾』……と書いてあった。なんでも、どんな動物の声も聞き取り、ひとのこころの声まで聞こえることもあるそうだ。 市場にある、ということは、誰かが売りに出しているのだろう。 さて、ここで問題がひとつ。「……あのぅ……」「なに?」「俺、お金まったく持ってないんですけど……」 言いにくそうに告げると、メルランスはふふんと小馬鹿にしたように笑った。「知ってる。それで、まだなにか言いたそうだけど?」 これを言ってしまうと、なんだか守銭奴という悪魔にたましいを売り渡してしまうような気がした。経済力に敗北したかのような。 しかし、背に腹は代えられない。 意を決して、南野はメルランスに思いっきり頭を下げた。「お金、貸してください!!」「そう来ると思った」 にやり、契約を成立させた悪魔のように笑うメルランス。罪悪感と屈辱感と、取り返しのつかないことをしたという後悔の念が押し寄せてくる。 しかし、きっとこの女のことだ、『あたしのお金はあたしのもの』とか言ってびた一文たりとも貸してくれないに違いない。「いいよー」「いいんですか!?」 意外とフランクに快諾された。驚いて顔を上げると、彼女は聖母のような笑みを浮かべて金貨のたっぷり詰まっているであろう革
もう限界はとっくに超えているはずなのに、足は機械的に前に進む。血の跡を床に引きながら、ただ前に。 不思議なことに、入り組んでいるはずのダンジョン第三階層は迷わず進めた。 『なんとなくこっちのような気がする』というひどく不確かな確信があったからだ。それは南野の蒐集狂としての鼻だったのかもしれない。 さいわい、泉に着くまでに他のモンスターは出てこなかった。罠もかわせるようなものばかりで、何かの加護が働いたとしか思えなかった。「……ついた……!」 開けた場所に出る。そこは図鑑に載っていた通り、水汲み場のようなところだった。女神をかたどった彫刻の水がめから、絶え間なく水が流れ出している。濁りのないきれいな水だ。 南野は急いでメルランスのからだを床に横たえると、一瞬躊躇した後、穴の開いた胸鎧を外して服の前を開いた。 小ぶりで白い乳房は、ぽっかりと開いて今も血を垂れ流す穴のせいで痛々しいものにしか見えない。 メルランスの顔色はすっかり青ざめていた。今朝まで闊達に動き回っていたときの彼女が嘘のような、彫像じみた風情だった。「ちょっとだけ、我慢してくださいね……!」 そう言い残して、南野は水汲み場へと向かい、両手で水をすくう。手の中に水が満ちると、泉の水は一瞬だけ金粉をまいたかのように黄金色に輝いた。 慌ててその水を運び、メルランスの胸に開いた穴にそっと垂らしていく。 ちょろちょろと落とされる水が穴へと流れ込んでいくと、ゆっくりと傷口の周りの肉がうごめき始めた。うごめき、盛り上がり、つながり、ふさがっていく。 何度か水汲み場と往復しているうちに、メルランスの傷はすっかり消えていた。肺にたまった血もなんとかなったのか、呼吸の音も正常だ。血まみれの肌や衣服が悪い夢のように見えた。「……よかった……」 ほっとした南野はついその場にへたり込んでしまった。 さらには、ここに来るまでの緊張の糸が切れてしまったのか、とうとう顔を覆って泣き出してしまう。「……なに、泣いてんの、あんた……?」「えう?」 鼻水をすすりながら顔を上げると、メルランスが目を覚ましていた。まだぼんやりしているのか、まなざしの焦点が合っていないが。「め”っ、め”っ……!」「ちゃんと喋りなよ……」 呆れたように言いながら、メルランスは億劫そうに体を起こす。 そこで服を脱がされて
ずる、ずる、とメルランスのからだを引きずりながら廊下を進む。軽かったはずのからだがだんだんと重くなっていくような錯覚を覚える。 照明の光球が消えていないところを見ると、まだメルランスの意識はあるのだろうか。 しばらく歩くと、また何かを踏んだ。がこここ、と不吉な音がして、壁が開いていく。これはマズいと踏んで、渾身の力を込めてダッシュする。 案の定、さっきまでいた場所になにか粘液のようなものが降り注いだ。熱した油だろうか、じゅう、と床を焼いて煙を立てている。 危ないところだった、と胸をなでおろし、またメルランスを担いで廊下を歩いていく。 足取りがどんどん重くなっていく。自分の体力のなさを痛感しつつ、それでもなお歩く。右へ折れ、左へ折れ、迷宮の奥深くへと。 たまらず壁に手をつくと、またがこん、と音がした。嫌な予感にせっつかれて振り返ると、天井に穴が開いていた。どさ、となにかが落ちてくる。「……う、あ……」 目を見開き、後ずさった。それは半分腐乱した犬のゾンビだった。脳漿と眼球をこぼしながらも、前足で石の床を掻いて今にも飛びかかってきそうだ。 恐怖に追い立てられるように、南野は全速力で走りだした。怖くて振り返れないが、犬の素早い足音が追いかけてきている。追いつかれたら一巻の終わりだ。 足が上がらなくなっている。つまずきそうになりながらも、南野は走った。 犬のうなり声が背後から聞こえてくる。息が上がって、呼吸困難で死にそうだ。それでも足を止めない。 今、南野はひとりでいるわけではない。命の恩人を肩に担いでいるのだ、そう簡単に音を上げることはできない。「階段だ……!」 第二階層はこれで終わりなのだろう、下へと降りる階段が見えてきた。表情を明るくして折れそうになる足を叱咤し、ちからの限りスピードを上げる。 もつれた足で階段を降りきることができたのは奇跡だった。しかしゾンビ犬もついてきたらしく、まだ背後の足音が消えない。 もう南野の足も限界に近づいていた。メルランスもさっきから時折血を吐くばかりでなにも言わない。 いっそ迎撃するか? しかしなんの武器もない自分に何ができる? 己の無力さに歯噛みしながらも、南野には走ることしかできない。これではたとえ『サバラの泉』にたどり着いたとしても犬の餌だ。 絶望にとらわれそうになった南野の前に、さらなる
「『第二十八楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護の元、小人のたいまつに明かりをともす旋律を解き放て』」 印を切りつつ静かに唱えたメルランスは、ふぅ、と目の前の闇に息吹を吹き込んだ。 すると、ぼんやりと赤い炎の球のようなものが浮かぶ。照明の魔法だろうか、便利なものだと嘆息する南野。 腰の鞘から短剣を抜き、メルランスは慎重な足取りで歩き始める。古びた石造りのダンジョンはそこかしこから水がしたたり落ちていて、その足元には苔がむしていた。 かつん、かつん、一歩歩くごとに薄闇に足音が反響する。南野はメルランスの背中にぴったりと張り付きながら、「……大丈夫ですよね? 急に物陰からわー!ってなにか出てきたりしないですよね?」「あんたねえ、ビビりすぎ。こんな低階層にはほとんどいないよ。いたとしても弱っちいのだけ」 後ろから子供のようにメルランスの服のすそをつかんでおそるおそる歩く南野に、彼女は呆れた声をかけた。 そうは言っても、南野にとってはゾンビ射殺ゲームのフィールドを歩いているようにしか感じられない。 時折壁や床を短剣の先で叩きながら、メルランスは危うげもなく進んだ。もうこの階層は終わりなのか、下へと続く階段が現れた。「ここから先はちょっと気を引き締めていかないとね。『サバラの泉』は地下第三階層だから、そう遠くはないけど……足手まとい付きの攻略だから」「うう、ご迷惑をおかけします……」 階段を下りながら申し訳なさそうに頭を下げる。 まっすぐに伸びる廊下を進んでいると、奥の暗がりから小さい何かが集団で飛んできた。キキキキ!と鳴き声を上げている。「うひっ!?」「落ち着いて。ただの吸血蝙蝠の群れだよ」 驚いて飛びのこうとする南野を手で制して、メルランスは再び印を切った。よく見ると指先が青白く光っていて、呼吸を整えているのか、ふ、ふ、と短い息が聞こえる。「『第百二十九楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護の元、萌ゆる炎の輝きの旋律を解き放て!』」 腕を振ると、握りこぶしほどの大きさの火球が飛んで行った。吸血蝙蝠の群れの真ん中に着弾すると、小さく爆ぜて炎を巻き起こす。蝙蝠たちは断末魔を上げてぼろぼろと床の上に焼け落ちた。「……はぁー、やっぱり魔法って心強いですね……」 元いた世界ではおとぎ話の中の出来事だった魔法にも、ここ数日でだんだんと慣れ