Se connecterずる、ずる、とメルランスのからだを引きずりながら廊下を進む。軽かったはずのからだがだんだんと重くなっていくような錯覚を覚える。
照明の光球が消えていないところを見ると、まだメルランスの意識はあるのだろうか。 しばらく歩くと、また何かを踏んだ。がこここ、と不吉な音がして、壁が開いていく。これはマズいと踏んで、渾身の力を込めてダッシュする。 案の定、さっきまでいた場所になにか粘液のようなものが降り注いだ。熱した油だろうか、じゅう、と床を焼いて煙を立てている。 危ないところだった、と胸をなでおろし、またメルランスを担いで廊下を歩いていく。 足取りがどんどん重くなっていく。自分の体力のなさを痛感しつつ、それでもなお歩く。右へ折れ、左へ折れ、迷宮の奥深くへと。 たまらず壁に手をつくと、またがこん、と音がした。嫌な予感にせっつかれて振り返ると、天井に穴が開いていた。どさ、となにかが落ちてくる。 「……う、あ……」 目を見開き、後ずさった。それは半分腐乱した犬のゾンビだった。脳漿と眼球をこぼしながらも、前足で石の床を掻いて今にも飛びかかってきそうだ。 恐怖に追い立てられるように、南野は全速力で走りだした。怖くて振り返れないが、犬の素早い足音が追いかけてきている。追いつかれたら一巻の終わりだ。 足が上がらなくなっている。つまずきそうになりながらも、南野は走った。 犬のうなり声が背後から聞こえてくる。息が上がって、呼吸困難で死にそうだ。それでも足を止めない。 今、南野はひとりでいるわけではない。命の恩人を肩に担いでいるのだ、そう簡単に音を上げることはできない。 「階段だ……!」 第二階層はこれで終わりなのだろう、下へと降りる階段が見えてきた。表情を明るくして折れそうになる足を叱咤し、ちからの限りスピードを上げる。 もつれた足で階段を降りきることができたのは奇跡だった。しかしゾンビ犬もついてきたらしく、まだ背後の足音が消えない。 もう南野の足も限界に近づいていた。メルランスもさっきから時折血を吐くばかりでなにも言わない。 いっそ迎撃するか? しかしなんの武器もない自分に何ができる? 己の無力さに歯噛みしながらも、南野には走ることしかできない。これではたとえ『サバラの泉』にたどり着いたとしても犬の餌だ。 絶望にとらわれそうになった南野の前に、さらなる困難が顔を出した。 暗がりからのそりと現れたのは、豚のような頭をした小さな人型のモンスターだった。粗末な斧を持ち、ぼろきれをまとっている。 ゴブリンというやつだろうか、ゲームで見たことがあった。 ゴブリンはぶひ、と鳴きながらこちらを威嚇している。ゾンビ犬とゴブリン、完全に挟み撃ちの形だ。これで退路は完全に断たれた。 「……くっ……!」 苦い顔をして立ち止まる。すでに息は上がりきり、体力は残り少ない。 「……にげて」 「メルランスさん?」 久方ぶりに声を出したメルランスは、ちからなくそう言った。 「……あたしを置いて逃げれば、なんとか……追いつかれないかもしれない……」 「バカ言わないでください……!」 「……ハッ……あんたに、なにが、できるって……いうの?」 「……やってやりますよ」 「…………」 「ああもう、やってやりますよ!!」 こうなればもうヤケクソだった。メルランスを下ろした南野は、彼女から短剣を借り、鞘から刃を抜いて握りしめる。鉄の塊は想像以上に重く、冷たく、硬かった。 構えなんてものもなく、まるで古い映画のチンピラのように腰だめに短剣を持つ。 「……やってやる、ああ、やってやるとも!! 俺にだってできるんだ!! やってやる、やってやる……! さあ来い!!」 剣先が震えている。刃物なんて包丁くらいしか持ったことがない。今からこれでモンスターをやっつけるのだ。やっつけてやらなければならないのだ。 まず飛びかかってきたのはゾンビ犬の方だった。粘液まみれの長い舌を垂れ、大きくあぎとを開けて襲い掛かってくる。 逃げ出したくなる衝動に駆られながらも、南野はぶんぶんと短剣を振り回した。ざく、と嫌な感触がして、運よく刃物に当たったゾンビ犬が腹から血を流しながら後ずさる。前足で床を掻きながら、二撃目の機会をうかがっている。 ゴブリンの方はこちらの様子をうかがっているようだった。犬とは違って多少の知能はあるらしい。 犬が疾駆する。右に左に跳ねていて軌道がわからない。南野が目を白黒させている間に、ゾンビ犬の前足が南野を押し倒した。 背中から床に叩きつけられて、肺の中の空気が絞り出される。ぐるぐるとうなるゾンビ犬の生えそろった牙がすぐ間近にあった。よだれがぽたりと頬に垂れ、腐った玉ねぎのような息がかかる。 万事休すだ。ここで犬に食い殺されて、終わり。シンプルで残酷な結末だ。 しかし、ここで自分が倒れてしまえば、メルランスはどうなる? 同じように犬の腹の中に納まるのだろうか? それとも出血で死ぬ方が先か? 彼女は命を懸けてくれた。だとしたら、自分はそれに報いなくてはならない。 大切なものを差し出してもらったら、それなりの対価を払う。そうでなくては、『大切なもの』の価値を貶めてしまうことになる。 やってやる、やってやるとも……! 南野はかろうじて取り落とさなかった短剣を握りしめ、 「うわああああああ!!」 裏返った声を上げて、その剣先を思い切りゾンビ犬の腹に突き立てた。 ず、と肉やはらわたを貫く嫌な感触があった。ゾンビ犬は低いうめき声をあげてひっくり返る。南野はその上にまたがって、また短剣を振り上げた。 「このっ……! この……!!」 何度も何度も、短剣を腹に突き立てる。腐った血が飛び散り、臓物がこぼれた。ゾンビ犬が痙攣して血を吐きながら動かなくなっても、南野は短剣を振り下ろし続けた。 ……ようやく南野が動きを止めたころには、ゾンビ犬は刺し傷だらけになっていた。もう微動だにせず、はらわたをまき散らして血の海に沈んでいる。南野自身も血まみれになっていた。 素人が殺人を犯すときは、こうして執拗に被害者を刺すのだという。今その心理が理解できた。 理解できたところで、自分が何かのいのちを積極的に奪ったのだという事実がのしかかってくる。モンスターといえど、いのちはいのちだ。 「……う、」 たまらず、南野は嘔吐した。ろくに食べていないので出るのは胃液だけだったが、それでもダンジョンの床に吐しゃ物をぶちまけた。泣いてえづきながら、しばらく吐き続ける。 その地獄のような有り様を見ていたゴブリンは、ぴぎぃ!と声を上げて引き返していった。なにか異質極まりないものを感じ取ったのだろう。連戦はとてもじゃないが無理だったので僥倖だった。 胃の中のものをあらかた吐き出し終えると、南野はようやく我に返った。ふらふらと短剣を拾い、メルランスの鞘に戻すと、彼女を肩に担いで再び歩き出す。 「……いかなきゃ……」 目の前の光球が揺らめいている。がっくりとうつむいているメルランスの意識が途切れかかっているのだろう。急がなければ。 どうか、もってくれ。 そう願いながら、南野は衝動に突き動かされるようにダンジョンのさらに奥を目指すのだった。時折罠を感知したメルランスに歩き方を指示されたりしながら、特に強力なモンスターにも出会わず第二階層へと続く階段を降りることになった。 相変わらず石造りの厳めしい廊下を歩きながら、ふたりは黙って辺りを警戒する。「この辺りからだね、スライムが出そうなのは。水場に近づけば出てくるでしょ」「水場?」「スライムは95%が水分でできてるからね、水を好むってわけ」「ああ、そういう……」 きゅうりみたいなものだな、とのんきなことを考えながら、南野はメルランスに続いて角を曲がった。 その先で、ぷぎぃ!と何かの鳴き声がする。ぼろきれをまとって刃こぼれした斧を持った、豚に似た二足歩行の生き物。前にも見たオークだった。今回は三体いる。「三体か……仲間を呼ばれると厄介だから、ここでケリをつけるよ」 斧を構えて臨戦態勢のオークたちを前に、メルランスは素早く印を切って口早に呪文を唱えた。「『第百二十五章の音色よ! 創生神ファルマントの加護の元、空を切る透明な刃の旋律を解き放て!』」 短剣を振り下ろすと、ぶぅん、と音がして、風がないはずのダンジョン内に強い風が吹いた。厚みのある風は見えないカマイタチとなってオークたちに襲いかかり、その緑色の皮膚を浅く切り裂く。 ぷぎぃ!と悲鳴を上げてひるむオークたちの中に飛び込んで、メルランスは短剣を振るう。一匹の頸動脈を切り裂くと、紫色の血しぶきが上がった。 残った一匹が振るった斧は鈍重な一撃だった。短剣でそれをいなすと、回し蹴りでそのずんぐりむっくりしたからだを吹き飛ばす。吹っ飛ばされたオークは壁に叩きつけられた。 最後の一匹が飛びかかってくる。このオークという生き物、素早さはあまりないらしく、子供の喧嘩のような勢いだ。 メルランスはそれを簡単にかわすと、すり抜けざまに心臓に短剣を突き立てる。ブーツの底でからだを蹴り飛ばすと短剣が抜け、オークは血を吹きながら転がった。 壁にたたきつけた一匹はまだ床でもがいている。その背中に容赦なく刃を突き立てると、最後の一匹も動かなくなった。「……ふう。こんなもんかな」 ところどころ紫色の血にまみれながら、メルランスは額の汗をぬぐった。「……よく躊躇なくやれますね」 対して、南野はなんとか吐き気をこらえていた。 モンスターとはいえ、目の前で生き物が血を吹き出しながらあっけなく殺され
スライム。 RPGのモンスターと言われて誰もが最初に思い浮かべるであろうモンスターだ。レベル1でも倒せる程度の弱さで、特に魔法など使わないザコキャラ。「今回は楽に行けそうですね」 いつか来た西のダンジョンに再び訪れて、南野は気楽そうに言った。 対して、メルランスは苦い顔だ。お説教をするような口調で、「あんた、スライム舐めてない?」「え? だってあの、青くてきょろっとした目のかわいらしい最弱モンスターですよね?」 有名なRPGのビジュアルを思い浮かべて、南野はきょとんとした。大きくため息をこぼすメルランス。「そりゃあ、低層階に出るなんてことないモンスターだけどね。割と厄介な相手だよ? 半液状で物理攻撃はほとんど効かない。分裂していくらでも再生するし、残らず魔法で焼き尽くさなきゃならない」「けど、そんなに害はないんじゃ……」「まさか。近づく熱源に反応して奇襲してくる。どこからともなく降ってきて、べっちゃり張り付いて、溶解液を出して獲物を溶かして吸収する。あれは結構貪欲なモンスターだよ」 思っている以上に難敵らしい。某RPGの最初の敵のアイツは脳内から除外しなければならない。それにしても、溶解液とはまた凶悪な。「ともかく、低階層とはいえダンジョンはダンジョン、気を引き締めていかなきゃ」 言ってから、メルランスは印を切り呪文を唱えて明かりを生み出した。明かりを先行させて石造りの古びた遺跡に踏み入る。 そのあとをおっかなびっくりついて歩きながら、南野の問いかける声が反響した。「あの……スライムって、食べられるんですか?」 今回のターゲットは『スライムゼリー』とあった。『スライムを原料としたゼリーで、滋養強壮の効果がある』とだけ書いてあった。 いまいちモンスターを食べるという行為にピンとこないのだが、生き物である以上食べられないことはないのだろう。毒があるかないかはわからないが。「さあね、実際に料理してみないとわかんないよ」 床や壁をこつこつと短剣で叩きながら、メルランスは慎重に進んだ。「うん、新しい鎧もいい感じ。今日は魔力の巡りもいいし、上々」「それはなによりです」「前みたいに急に飛び出したりしないでよ?」「うっ……気を付けます」 前回のダンジョン探索で怪我をさせてしまった負い目から、つい小声になってしまう。メルランスは意に
夜も更けて、酒場がすっかり冒険者たちでにぎわう中、今日の買い物の品をずらりとテーブルに広げる。「まあまあの値段でいいものが手に入ったかな。あんたの服もあたしの鎧も明日までかかるから、明日はお休みってことでいい?」「ええ、構いませんよ。俺もこっちに来てからずっと動きっぱなしで休日が欲しかったところですから」「体力ないなあ……」「面目ない……」 しゅんとする南野を前に、メルランスが『聞き耳頭巾』を手に取ってみる。「これ、ホントにひとのこころの声まで聞こえるのかな?」「本物だったら、ですけどね」「よーし、試してみよう!」 三杯開けたエールの勢いなのか、彼女は勇ましく言って頭巾をかぶろうとした。慌てて止める。「ダメですよ!!」「えー、なんで?」「コレクションは基本新品未開封こそが至高なんですから! 中古だと価値が下がります!」「この蒐集狂……どっちにしろ、砂漠のダンジョンに落ちてたやつでしょ? どうせ誰かもう使ってるよ」「それでも可能な限り現状維持をですね……!」「本物かどうか確かめなきゃらちが明かないでしょうが!」「けど……あっ、ああああああ!!」 南野の言葉を振り切って、すっぽりと頭巾をかぶってしまうメルランス。かわいい赤ずきんは彼女によく似合っていた。ひょこり、飾りの耳が揺れる。「どれどれ……?」 わくわくと耳を澄ませる彼女に、早速南野のこころの声が届いた。『洗濯板』「はあああああああ!?!?」「えっ、なんですか!? なにか聞こえたんですか?」『ド貧乳、詐欺レーズンパン、平ら胸、大平原、銭ゲバ、悪徳高利貸し、守銭奴、毒舌、性悪、根性ねじ曲がってる、ガサツで色気なし』「なんだとおおおおおおおおお!?!?」「ちょっ! やめてくださ……ぐふっ!」 南野の胸倉をつかみ上げてがくがく揺さぶるメルランス。顔を真っ赤にして怒っているメルランスに対して、南野の顔色は青紫色だ。 しかし、すべてはこころの声だ。実際面と向かって言われたわけではないが、そこまでクソミソな感想を抱いているとわかれば首も絞めたくなる。「悪かったな!! けどそこまで言うことなくない!?!?」「……なにも……いってまひぇん……」 首を締め上げられて南野は虫の息だ。周りの冒険者たちは痴話げんかかなにかと思って遠巻きに笑って見ているだけだ。 ……いや、聞
「なんですか、あなた?」「それ、25枚ぽっちしか出せないならあんたじゃなくあたしが買う」「なに言ってるんですか、これは俺が先に目を付けたものですよ?」 急に言い争いを始めた客同士に、商人は目を白黒させる。「いーや、あたしの方が先だよ。25枚しか出せないならすっこんでな」「わかりましたよ……じゃあ、27枚出します」「ふうん、それでも27枚なんだ。あたしなら……30枚出す」 突然始まった競り合いに、商人も口を挟めない。「まあ、どっちに売るかはそこの商人さん次第だけど?」 メルランスが水を向けると、ようやく商人が口を開いた。「そりゃあ、高値で買っていただける方に売りますよ。決めました、あなたに売ります」「そう来なくっちゃ!」「そんなぁ……」 大げさに落胆して見せて、南野はすごすごと天幕を後にした。 しかし、すべては演技だ。 商人の前で客同士が競り合いをする。その場の勢いというのは重要で、その競り合いではじき出された金額が高値だと商人は錯覚してしまう。それ以上値を釣り上げても貴重な客をふたりも失うのだ、多少買いたたかれても売ってしまうだろう。「……詐欺の手口だ……」 テクニック、と言えば聞こえはいいが、要は台本通りの寸劇だ。商人はそれにまんまと踊らされたわけだ。 ……かわいそうに……「お待たせー」 袋を持ったメルランスが天幕から出てくる。袋からは頭巾の赤がちらりと見え隠れしていた。「上手くいったね」「……いつもこんなことしてるんですか?」「いつもはしないよ、誰かといっしょにいるときだけ」 どうも信用ならない。かなり手慣れた様子だった。他にもあくどい『テクニック』を知っていそうだ。 メルランスは袋を南野に押し付けてにっこりと微笑んだ。「はい。『聞き耳頭巾』の金貨30枚と服の2枚、合計32枚は十日で五割、くれぐれも忘れないでね」「……はい」 とんでもない悪魔にお金を借りてしまったのではないか、という気が今更しないでもないが、仕方がない。 なんにしても、これで『聞き耳頭巾』は手に入った。「じゃあ、酒場に……」「ちょっと待って、寄るところがあるの」 言いかけた南野を制して、メルランスは勝手に見当違いの方向へすたすたと歩き出した。慌ててついていきつつ、問いかける。「どこへ行くんですか?」「防具屋。あたしの胸鎧、穴開
「さあて、まずは目的のものを手に入れるとしましょうか。ま、安心してよ。無駄にお金使わせる気はないから」「どういうことですか?」「まあまあ、ちょっとした値引きのテクニックだよ。あれをこうしてね……」 メルランスが南野に耳打ちする。聞いた『テクニック』とやらに南野は目を剥いた。「そんな詐欺まがいのこと……!」「いやなら好きなだけお金使えばー?」「……やらせていただきます」 今にも血の涙が出てきそうだ。 こっちに来てからというもの、彼女の尻に敷かれっぱなしの気がする。見知らぬ世界を案内してもらっているのだから仕方ないかもしれないが、ちょっと不本意だ。「ほら、あそこにキャラバンの馬車がある。ああいうところは道すがら冒険者からマジックアイテムを買い付けたりしてるからね、ちょっと見てきなよ」 南野の腕を引き、メルランスは大きな店を開いている天幕へと向かった。彼女は天幕の中へは入らず外で待っている。 大きな天幕の中では数人の商人たちが商談中で、だれもかれもいかにも海千山千のあきんどたちといった風情だ。 並んでいる品物を見ていると、小太りの中年商人が揉み手をしながら寄ってきた。「なにかお探しですか?」「いえ、ちょっと寄ってみただけです」 基本テクニックその1。目的のものがあっても口には出さない。吹っ掛けられる可能性がある。 商人に付きまとわれながらあちこちの品物を見て回っていると、ふと赤い色が目に入った。『赤』というと苦い思いになるが、それは確かに頭巾だった。けものの耳をかたどった飾りがついている。「これなんていいな。かわいい。娘へのプレゼントにいいかもしれない」 娘なんていないけど。噓も方便だ。「これはお目が高い!」 商人は声を弾ませてずいっと近寄ってきた。商品を手に取って見せてくる。「これはですね、動物の声が聞こえるといういわくつきのマジックアイテムでして。遠く砂漠のダンジョンから帰ってきた冒険者から買い付けたものです」「ふぅん、本物なんですか?」 基本テクニックその2。なんでもいいからケチをつけろ。 しかしさすがプロ、気分を害した様子をおくびにも出さず、商人は大きくうなずいた。「魔力反応はありますから、何らかのマジックアイテムであることは確かです。この耳! いかにも聞こえそうでしょう?」「それだけじゃなぁ」「そう言わずに
「なにここ……泉の市場じゃない」 いつも通り『レアアイテム図鑑』のちからで転移した先で、辺りを見回したメルランスが声を立てた。「泉の市場?」「さっきまでいた酒場からそう遠くないところにある市場だよ」 なるほど、今回はご近所というわけか。わざわざ転移するまでもなかった。 泉の市場、というだけあって、巨大な噴水が広場の真ん中に陣取っている。その周りには昼間の活気があふれる露店が広がっていた。 果物や服、怪しげなマジックアイテムらしきものも売っていた。ところどころで大道芸を披露しているものもいる。 南野は完全に観光客気分でつぶやいた。「ずいぶんにぎわってますね」「そりゃあ、この街はここらでは一番大きいからね。商人たちもここで商売するのが手っ取り早いってわけ」 肩をすくめたメルランスが解説する。なるほど、交通の要所でもあり、交易の要所でもあるわけか。冒険者ギルドが盛んなわけだ。「ま、あたしも穴の開いた鎧を着てるわけにもいかないから、買い物ついでにうってつけの獲物だね」 今回のターゲットは『聞き耳頭巾』……と書いてあった。なんでも、どんな動物の声も聞き取り、ひとのこころの声まで聞こえることもあるそうだ。 市場にある、ということは、誰かが売りに出しているのだろう。 さて、ここで問題がひとつ。「……あのぅ……」「なに?」「俺、お金まったく持ってないんですけど……」 言いにくそうに告げると、メルランスはふふんと小馬鹿にしたように笑った。「知ってる。それで、まだなにか言いたそうだけど?」 これを言ってしまうと、なんだか守銭奴という悪魔にたましいを売り渡してしまうような気がした。経済力に敗北したかのような。 しかし、背に腹は代えられない。 意を決して、南野はメルランスに思いっきり頭を下げた。「お金、貸してください!!」「そう来ると思った」 にやり、契約を成立させた悪魔のように笑うメルランス。罪悪感と屈辱感と、取り返しのつかないことをしたという後悔の念が押し寄せてくる。 しかし、きっとこの女のことだ、『あたしのお金はあたしのもの』とか言ってびた一文たりとも貸してくれないに違いない。「いいよー」「いいんですか!?」 意外とフランクに快諾された。驚いて顔を上げると、彼女は聖母のような笑みを浮かべて金貨のたっぷり詰まっているであろう革