LOGIN「お気に召していただけましたか?」
「うむ、気に入ったぞ……して、対価にはなにを欲する? この世界の半分か?」 そこまで気に入ったとは。内心驚きながら、南野は首を横に振った。 「いえいえ、これは今後のお付き合いのためのわたくしからのプレゼントということで。当社からの粗品としてご査収ください」 「なんと!? なんの対価もなしにこの世にも愛らしい帯飾りを!?」 ごう、と魔王の背後からプレッシャーが風圧となって襲い掛かる。 しかし南野は目を細めるだけで、そんなによろこんでくれるとはな、と涼しげな笑顔を作って見せた。 「ええ、粗品ですので。その代わりと言っては難ですが、今後とも、この石垣商事、いえ、この南野アキラをどうぞよろしくお願いいたします」 「南野アキラ……ふむ、よかろう。そなたの名、覚えたぞ。なんぞ困りごとがあればまた文を寄越すがよい。これもなにかのえにし、贈り物の対価程度のことはしてやろう」 「ありがとうございます!」 魔王との盟約を結び、南野は米つきバッタのように頭を下げた。 『魔王の名刺』は手に入れた。それどころか、魔王のバックアップまで取り付けた。取引としては大成功と言っていいだろう。 スーツの襟を正して、南野は改めて魔王に向き直った。 「本日は貴重なお時間を割いていただいてありがとうございました。実りのあるお話ができてよかったです。これからも、この南野アキラを何卒よろしくお願いいたします……お忙しいでしょうから、わたくしどもはこれくらいで」 「うむ、実に有意義な時間であった。行くがよい、南野アキラよ。衛兵、案内を」 魔王が指を振ると、先ほどとは違う爬虫類の頭をした衛兵が南野たちを導いて謁見の間から出るよう促した。もう一度深く頭を下げると、 「それでは、失礼いたします」 放心しているメルランスの背中を押して、南野はしずしずと魔王の前を辞した。 ……長いことなんの情熱もなく営業職をしてきたが、今日だけは全力で挑んだ。その結果が大成功だ。 仕事は単なるコレクション費用を稼ぐための手段、としか考えていなかった南野が、初めて大きな商談を取りまとめることができた。 「……案外、悪くない気分だな」 衛兵に導かれて廊下を行きながらつぶやいて、南野は口の端を釣り上げた。 やがて城壁までたどり着き、南野は丁重に見送りにお礼を言ってから城外へと出た。 人目がなくなってから、うーん、と背伸びをする。気分が爽快だった。仕事帰りにビールを引っ掛けたいサラリーマンの気持ちが、今ならわかる気がする。 「いやぁ、意外とすんなり手に入りましたね、『魔王の名刺』」 「…………」 「魔王ともパイプができましたし、大収穫ですね」 「…………」 「……メルランスさん?」 口をぽかんと開けたまま穴が開きそうなほど南野を見つめるメルランスに声をかける。目の前でひらひらと手を振って、それでも反応がなかったので怪訝そうな顔をした。 「……あんた」 「はい?」 やっと口を開いたと思ったら、がしっ!と両手を握られた。 呆気に取られていると、メルランスは途端に熱のこもった口調で、 「すごい、すごいよ! あの魔王相手に対等な取引ができるなんて! 大した度胸だよまったく! 誰もが恐れる魔王だよ!? あたしなんて今にも腰が抜けそうなのに!」 「あ、いや……魔王がどれほどすごいのかよくわかりませんが、取引相手のひとりであることに変わりはありませんし……ごく普通に、営業活動をしただけです」 「普通に商談ができることがすごいの! 異世界ではそれが普通なの!? っていうか、魔王が納得するほどのあの帯飾りなんなの!? あーもう、あんたすごいよ本当! 一体なにものなの!?」 「普通のダメ営業ですけど……まあ、言葉が通じる相手ですし、誠意を持って商談に当たれば話くらいは聞いてくれるかな、と」 きょとんとする南野にとってはなにがすごいのかさっぱりだったが、メルランスにとっては驚くべき偉業を成し遂げたらしい。 ただ普通に営業の仕事をしただけだが、やたら感銘を受けた表情で握った両手を上下に振ってくる。 「気に入った!」 「え?」 「あんたのことが気に入ったって言ってんの! たしかに、剣も振るえないし魔法も使えない、この世界のことなんにも知らないド素人だけど、冒険者にとって一番大切なのは度胸だからね。あんたとなら、がんがん稼げそう!」 「あ、ありがとうございます」 「言っとくけど、『緑の魔女』が指定したアイテム以外のおこぼれは全部あたしのもんだからね! ふふふー、お宝お宝! お宝があたしを待ってる!」 どうやらすっかりやる気になってくれたらしい。 ありがたいことだが、なにやら過剰に期待されているような気もする。南野としては、たしかに達成感のある仕事だったが、そんな大偉業を成し遂げたつもりはない。 なんにせよ、期待は期待だ。その期待を裏切らないようにしなければ。 ようやく手を離してくれたメルランスは、打って変わって明るい口調で南野をせかした。 「ほら、『レアアイテム図鑑』! それで元の場所に帰れるんでしょ?」 「あ、はい。帰りましょうか」 来た時と同じように『魔王の名刺』のページに手を置いて目を閉じると、奇妙な感覚の後ふたりは元の酒場に戻っていた。 空間転移の魔法は珍しくないのか、見ていた店主も『おかえり』と軽く手を振ってくる。 「さてと。これであたしはあんたのパーティの一員だからね。冒険者ギルドでいろいろと登録してこないと」 そう言って、メルランスは上機嫌でギルドの受付へと向かっていった。 「……これからどうなるんだろう……」 ひと仕事終えたら、次のレアアイテムが待っている。まだまだ旅は続くのだ。 メルランスという心強い味方を得られたことは僥倖だが、前途多難なことに変わりはない。今回はたまたま話が通じる相手で、自分がビジネスマンだったからこそ助かっただけだ。 これから先、この剣と魔法とモンスターの世界でレアアイテムを蒐集しなければならない。 それでも、『集める』と決めたコレクションをあきらめることはできない。残り98個、集めきる。 改めてそうこころに決めた南野のもとに、登録を終えたらしいメルランスが戻ってきた。 「おまたせー。あんたのことも登録しといたよ。運が良ければ腕のいい冒険者が協力してくれるかもね」 「ありがとうございます。なんだか疲れましたね。ご飯でも食べて宿でも……」 「そうだね、じゃ、あたしはこれで」 「えっ? 俺のご飯と宿は……?」 「勘違いしないで」 戸惑う南野に、メルランスはびしっと指を突き付けて言った。 「いくらパーティの仲間だからって、あたしのお金はあたしのもの。完全別会計。あたしのお金は銅貨一枚だって他人のためには使わない」 「そんな……!」 「甘えないで。自分のことは自分で面倒見て」 「俺はどうやって生活すれば!?」 「さあね。また酒場の雑用でもやってれば? それじゃあ、あたしはこれで」 涙ながらに追いすがろうとする南野を置いて、メルランスはひらりと手を振ってその場を後にした。 「……とんだ銭ゲバだ……」 がっくりと肩を落とす南野の背中を誰かが叩いた。救いの手を期待して振り返ると、店主が『ご愁傷様』といった風な顔をして、片方の手にモップを持っている。 雑用はさせてくれるらしい。 「……お世話になります……」 モップを受け取って、南野は思わず深いため息をこぼしてしまうのだった。「なんですか、あなた?」「それ、25枚ぽっちしか出せないならあんたじゃなくあたしが買う」「なに言ってるんですか、これは俺が先に目を付けたものですよ?」 急に言い争いを始めた客同士に、商人は目を白黒させる。「いーや、あたしの方が先だよ。25枚しか出せないならすっこんでな」「わかりましたよ……じゃあ、27枚出します」「ふうん、それでも27枚なんだ。あたしなら……30枚出す」 突然始まった競り合いに、商人も口を挟めない。「まあ、どっちに売るかはそこの商人さん次第だけど?」 メルランスが水を向けると、ようやく商人が口を開いた。「そりゃあ、高値で買っていただける方に売りますよ。決めました、あなたに売ります」「そう来なくっちゃ!」「そんなぁ……」 大げさに落胆して見せて、南野はすごすごと天幕を後にした。 しかし、すべては演技だ。 商人の前で客同士が競り合いをする。その場の勢いというのは重要で、その競り合いではじき出された金額が高値だと商人は錯覚してしまう。それ以上値を釣り上げても貴重な客をふたりも失うのだ、多少買いたたかれても売ってしまうだろう。「……詐欺の手口だ……」 テクニック、と言えば聞こえはいいが、要は台本通りの寸劇だ。商人はそれにまんまと踊らされたわけだ。 ……かわいそうに……「お待たせー」 袋を持ったメルランスが天幕から出てくる。袋からは頭巾の赤がちらりと見え隠れしていた。「上手くいったね」「……いつもこんなことしてるんですか?」「いつもはしないよ、誰かといっしょにいるときだけ」 どうも信用ならない。かなり手慣れた様子だった。他にもあくどい『テクニック』を知っていそうだ。 メルランスは袋を南野に押し付けてにっこりと微笑んだ。「はい。『聞き耳頭巾』の金貨30枚と服の2枚、合計32枚は十日で五割、くれぐれも忘れないでね」「……はい」 とんでもない悪魔にお金を借りてしまったのではないか、という気が今更しないでもないが、仕方がない。 なんにしても、これで『聞き耳頭巾』は手に入った。「じゃあ、酒場に……」「ちょっと待って、寄るところがあるの」 言いかけた南野を制して、メルランスは勝手に見当違いの方向へすたすたと歩き出した。慌ててついていきつつ、問いかける。「どこへ行くんですか?」「防具屋。あたしの胸鎧、穴開
「さあて、まずは目的のものを手に入れるとしましょうか。ま、安心してよ。無駄にお金使わせる気はないから」「どういうことですか?」「まあまあ、ちょっとした値引きのテクニックだよ。あれをこうしてね……」 メルランスが南野に耳打ちする。聞いた『テクニック』とやらに南野は目を剥いた。「そんな詐欺まがいのこと……!」「いやなら好きなだけお金使えばー?」「……やらせていただきます」 今にも血の涙が出てきそうだ。 こっちに来てからというもの、彼女の尻に敷かれっぱなしの気がする。見知らぬ世界を案内してもらっているのだから仕方ないかもしれないが、ちょっと不本意だ。「ほら、あそこにキャラバンの馬車がある。ああいうところは道すがら冒険者からマジックアイテムを買い付けたりしてるからね、ちょっと見てきなよ」 南野の腕を引き、メルランスは大きな店を開いている天幕へと向かった。彼女は天幕の中へは入らず外で待っている。 大きな天幕の中では数人の商人たちが商談中で、だれもかれもいかにも海千山千のあきんどたちといった風情だ。 並んでいる品物を見ていると、小太りの中年商人が揉み手をしながら寄ってきた。「なにかお探しですか?」「いえ、ちょっと寄ってみただけです」 基本テクニックその1。目的のものがあっても口には出さない。吹っ掛けられる可能性がある。 商人に付きまとわれながらあちこちの品物を見て回っていると、ふと赤い色が目に入った。『赤』というと苦い思いになるが、それは確かに頭巾だった。けものの耳をかたどった飾りがついている。「これなんていいな。かわいい。娘へのプレゼントにいいかもしれない」 娘なんていないけど。噓も方便だ。「これはお目が高い!」 商人は声を弾ませてずいっと近寄ってきた。商品を手に取って見せてくる。「これはですね、動物の声が聞こえるといういわくつきのマジックアイテムでして。遠く砂漠のダンジョンから帰ってきた冒険者から買い付けたものです」「ふぅん、本物なんですか?」 基本テクニックその2。なんでもいいからケチをつけろ。 しかしさすがプロ、気分を害した様子をおくびにも出さず、商人は大きくうなずいた。「魔力反応はありますから、何らかのマジックアイテムであることは確かです。この耳! いかにも聞こえそうでしょう?」「それだけじゃなぁ」「そう言わずに
「なにここ……泉の市場じゃない」 いつも通り『レアアイテム図鑑』のちからで転移した先で、辺りを見回したメルランスが声を立てた。「泉の市場?」「さっきまでいた酒場からそう遠くないところにある市場だよ」 なるほど、今回はご近所というわけか。わざわざ転移するまでもなかった。 泉の市場、というだけあって、巨大な噴水が広場の真ん中に陣取っている。その周りには昼間の活気があふれる露店が広がっていた。 果物や服、怪しげなマジックアイテムらしきものも売っていた。ところどころで大道芸を披露しているものもいる。 南野は完全に観光客気分でつぶやいた。「ずいぶんにぎわってますね」「そりゃあ、この街はここらでは一番大きいからね。商人たちもここで商売するのが手っ取り早いってわけ」 肩をすくめたメルランスが解説する。なるほど、交通の要所でもあり、交易の要所でもあるわけか。冒険者ギルドが盛んなわけだ。「ま、あたしも穴の開いた鎧を着てるわけにもいかないから、買い物ついでにうってつけの獲物だね」 今回のターゲットは『聞き耳頭巾』……と書いてあった。なんでも、どんな動物の声も聞き取り、ひとのこころの声まで聞こえることもあるそうだ。 市場にある、ということは、誰かが売りに出しているのだろう。 さて、ここで問題がひとつ。「……あのぅ……」「なに?」「俺、お金まったく持ってないんですけど……」 言いにくそうに告げると、メルランスはふふんと小馬鹿にしたように笑った。「知ってる。それで、まだなにか言いたそうだけど?」 これを言ってしまうと、なんだか守銭奴という悪魔にたましいを売り渡してしまうような気がした。経済力に敗北したかのような。 しかし、背に腹は代えられない。 意を決して、南野はメルランスに思いっきり頭を下げた。「お金、貸してください!!」「そう来ると思った」 にやり、契約を成立させた悪魔のように笑うメルランス。罪悪感と屈辱感と、取り返しのつかないことをしたという後悔の念が押し寄せてくる。 しかし、きっとこの女のことだ、『あたしのお金はあたしのもの』とか言ってびた一文たりとも貸してくれないに違いない。「いいよー」「いいんですか!?」 意外とフランクに快諾された。驚いて顔を上げると、彼女は聖母のような笑みを浮かべて金貨のたっぷり詰まっているであろう革
もう限界はとっくに超えているはずなのに、足は機械的に前に進む。血の跡を床に引きながら、ただ前に。 不思議なことに、入り組んでいるはずのダンジョン第三階層は迷わず進めた。 『なんとなくこっちのような気がする』というひどく不確かな確信があったからだ。それは南野の蒐集狂としての鼻だったのかもしれない。 さいわい、泉に着くまでに他のモンスターは出てこなかった。罠もかわせるようなものばかりで、何かの加護が働いたとしか思えなかった。「……ついた……!」 開けた場所に出る。そこは図鑑に載っていた通り、水汲み場のようなところだった。女神をかたどった彫刻の水がめから、絶え間なく水が流れ出している。濁りのないきれいな水だ。 南野は急いでメルランスのからだを床に横たえると、一瞬躊躇した後、穴の開いた胸鎧を外して服の前を開いた。 小ぶりで白い乳房は、ぽっかりと開いて今も血を垂れ流す穴のせいで痛々しいものにしか見えない。 メルランスの顔色はすっかり青ざめていた。今朝まで闊達に動き回っていたときの彼女が嘘のような、彫像じみた風情だった。「ちょっとだけ、我慢してくださいね……!」 そう言い残して、南野は水汲み場へと向かい、両手で水をすくう。手の中に水が満ちると、泉の水は一瞬だけ金粉をまいたかのように黄金色に輝いた。 慌ててその水を運び、メルランスの胸に開いた穴にそっと垂らしていく。 ちょろちょろと落とされる水が穴へと流れ込んでいくと、ゆっくりと傷口の周りの肉がうごめき始めた。うごめき、盛り上がり、つながり、ふさがっていく。 何度か水汲み場と往復しているうちに、メルランスの傷はすっかり消えていた。肺にたまった血もなんとかなったのか、呼吸の音も正常だ。血まみれの肌や衣服が悪い夢のように見えた。「……よかった……」 ほっとした南野はついその場にへたり込んでしまった。 さらには、ここに来るまでの緊張の糸が切れてしまったのか、とうとう顔を覆って泣き出してしまう。「……なに、泣いてんの、あんた……?」「えう?」 鼻水をすすりながら顔を上げると、メルランスが目を覚ましていた。まだぼんやりしているのか、まなざしの焦点が合っていないが。「め”っ、め”っ……!」「ちゃんと喋りなよ……」 呆れたように言いながら、メルランスは億劫そうに体を起こす。 そこで服を脱がされて
ずる、ずる、とメルランスのからだを引きずりながら廊下を進む。軽かったはずのからだがだんだんと重くなっていくような錯覚を覚える。 照明の光球が消えていないところを見ると、まだメルランスの意識はあるのだろうか。 しばらく歩くと、また何かを踏んだ。がこここ、と不吉な音がして、壁が開いていく。これはマズいと踏んで、渾身の力を込めてダッシュする。 案の定、さっきまでいた場所になにか粘液のようなものが降り注いだ。熱した油だろうか、じゅう、と床を焼いて煙を立てている。 危ないところだった、と胸をなでおろし、またメルランスを担いで廊下を歩いていく。 足取りがどんどん重くなっていく。自分の体力のなさを痛感しつつ、それでもなお歩く。右へ折れ、左へ折れ、迷宮の奥深くへと。 たまらず壁に手をつくと、またがこん、と音がした。嫌な予感にせっつかれて振り返ると、天井に穴が開いていた。どさ、となにかが落ちてくる。「……う、あ……」 目を見開き、後ずさった。それは半分腐乱した犬のゾンビだった。脳漿と眼球をこぼしながらも、前足で石の床を掻いて今にも飛びかかってきそうだ。 恐怖に追い立てられるように、南野は全速力で走りだした。怖くて振り返れないが、犬の素早い足音が追いかけてきている。追いつかれたら一巻の終わりだ。 足が上がらなくなっている。つまずきそうになりながらも、南野は走った。 犬のうなり声が背後から聞こえてくる。息が上がって、呼吸困難で死にそうだ。それでも足を止めない。 今、南野はひとりでいるわけではない。命の恩人を肩に担いでいるのだ、そう簡単に音を上げることはできない。「階段だ……!」 第二階層はこれで終わりなのだろう、下へと降りる階段が見えてきた。表情を明るくして折れそうになる足を叱咤し、ちからの限りスピードを上げる。 もつれた足で階段を降りきることができたのは奇跡だった。しかしゾンビ犬もついてきたらしく、まだ背後の足音が消えない。 もう南野の足も限界に近づいていた。メルランスもさっきから時折血を吐くばかりでなにも言わない。 いっそ迎撃するか? しかしなんの武器もない自分に何ができる? 己の無力さに歯噛みしながらも、南野には走ることしかできない。これではたとえ『サバラの泉』にたどり着いたとしても犬の餌だ。 絶望にとらわれそうになった南野の前に、さらなる
「『第二十八楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護の元、小人のたいまつに明かりをともす旋律を解き放て』」 印を切りつつ静かに唱えたメルランスは、ふぅ、と目の前の闇に息吹を吹き込んだ。 すると、ぼんやりと赤い炎の球のようなものが浮かぶ。照明の魔法だろうか、便利なものだと嘆息する南野。 腰の鞘から短剣を抜き、メルランスは慎重な足取りで歩き始める。古びた石造りのダンジョンはそこかしこから水がしたたり落ちていて、その足元には苔がむしていた。 かつん、かつん、一歩歩くごとに薄闇に足音が反響する。南野はメルランスの背中にぴったりと張り付きながら、「……大丈夫ですよね? 急に物陰からわー!ってなにか出てきたりしないですよね?」「あんたねえ、ビビりすぎ。こんな低階層にはほとんどいないよ。いたとしても弱っちいのだけ」 後ろから子供のようにメルランスの服のすそをつかんでおそるおそる歩く南野に、彼女は呆れた声をかけた。 そうは言っても、南野にとってはゾンビ射殺ゲームのフィールドを歩いているようにしか感じられない。 時折壁や床を短剣の先で叩きながら、メルランスは危うげもなく進んだ。もうこの階層は終わりなのか、下へと続く階段が現れた。「ここから先はちょっと気を引き締めていかないとね。『サバラの泉』は地下第三階層だから、そう遠くはないけど……足手まとい付きの攻略だから」「うう、ご迷惑をおかけします……」 階段を下りながら申し訳なさそうに頭を下げる。 まっすぐに伸びる廊下を進んでいると、奥の暗がりから小さい何かが集団で飛んできた。キキキキ!と鳴き声を上げている。「うひっ!?」「落ち着いて。ただの吸血蝙蝠の群れだよ」 驚いて飛びのこうとする南野を手で制して、メルランスは再び印を切った。よく見ると指先が青白く光っていて、呼吸を整えているのか、ふ、ふ、と短い息が聞こえる。「『第百二十九楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護の元、萌ゆる炎の輝きの旋律を解き放て!』」 腕を振ると、握りこぶしほどの大きさの火球が飛んで行った。吸血蝙蝠の群れの真ん中に着弾すると、小さく爆ぜて炎を巻き起こす。蝙蝠たちは断末魔を上げてぼろぼろと床の上に焼け落ちた。「……はぁー、やっぱり魔法って心強いですね……」 元いた世界ではおとぎ話の中の出来事だった魔法にも、ここ数日でだんだんと慣れ







