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第二十一章 選択

室の中、あの符文の法陣の唸り声は、一段と重く沈んでいった。リーゼロッテはその場に立ち尽くしたまま、アリを包む淡い青の光の靄が、少しずつ薄れていくのをはっきりと感じていた――消えかけた灯火のようだった。火はまだ残っているが、もう油はほとんど残っていない。「何を待っている」首領の声には、隠しきれない余裕があった。「迷えば迷うほど、あの子はもつだろうか、それとも早く尽きるだろうか。興味深いところだな」「私に迷わせたいのですね」リーゼロッテは無理やり自分を落ち着かせた。「それ自体が、あなたの狙いの一つでしょう」首領は笑ったが、否定はしなかった。彼女は目を閉じ、もはやあの法陣を見るのをやめ、意識を自分の体内へと向け直した――あの緋色の力は、今、微かに、本能的に、アリのいる方向を拒み、抗おうとしている。それは無理やり抑え込めるような反応ではなく、血脈の根源に深く刻まれた、生まれつきの警戒に近いものだった。帰元と風は、本来共鳴すべきものであり、取って代わるものではない。彼女は御書房で見たあの残された頁の一文を思い出した――「七脈共鳴、方に開くべし」。取って代わるのではない、呑み込むのでもない。共鳴なのだ。もし首領の言う「拒絶反応」が本当だとすれば、問題の核心は、彼女がアリに近づくべきかどうかではなく――どうやって近づくか、なのかもしれない。もし「自分の力で覆い、押さえつける」という気持ちで近づけば、当然、反発と衝突が起きるだろう。だが、もし、自分の力を、アリに残されたわずかな風脈と「共鳴」させようとするだけで、無理に介入しないとしたら?その考えが浮かんだ瞬間、リーゼロッテの心臓が急に速く打ち始めた。この考えが実際にうまくいくという確信はなかったが、今この状況では、力ずくでぶつかる以外の、唯一の選択肢のように思えた。「何を考えている」首領がその表情の変化に気づき、瞳に警戒の色をよぎらせた。リーゼロッテは答
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第二十二章 共鳴

室内には、刃のぶつかり合う甲高い音が絶え間なく響いていた。エルフリーデと荊眸の首領は斬り結び、剣筋は一撃ごとに速さを増していった。首領の技は奇怪で狠辣だったが、エルフリーデとの打ち合いの中で、初めて、隠しきれない焦りを滲ませ始めていた――自ら丹念に仕組んだ罠が、この段階で完全に制御を失うとは、思ってもいなかったのだろう。「お前は一体何をした!」彼はエルフリーデの攻撃を受け止めながら、リーゼロッテの方角へと鋭く叫んだ。リーゼロッテは答えず、全神経を指先のあの糸のように細い赤い光に注ぎ込んでいた。その光は今、アリの体内に残るあの淡い青の風脈と、少しずつ溶け合っていた。彼女には「感じ」られた――目で見るのではなく、もっと深い、ほとんど本能に近いやり方で。今にも消え去りそうだったあの風脈が、この共鳴と共に、少しずつ自分の形を取り戻し、アリの経脈の中で、再び安定していくのを。これは、彼女が力を「与えている」のではない。本来共鳴すべき二つの血脈が、彼女の導きによって、互いを再び認め合っているのだ。法陣の唸り声が、次第に低くなっていき、やがて、ため息にも似た微かな震えを残して、完全に静まり返った。アリの睫毛が、かすかに震えた。「目を覚ましました」リーゼロッテは目を開け、安堵の滲む掠れた声で言った。「経脈は安定しています」首領の顔色が青ざめ、勢いよく二歩後退し、エルフリーデと距離を取った。瞳の奥のあの異様な深紅は、今や先ほどまでの余裕をすっかり失い、ほとんど狼狽に近い驚愕だけが残っていた。「三百年、誰一人として、この法陣を、そのようなやり方で解いた者はいなかった」彼はリーゼロッテを睨みつけたまま、声に本物の警戒を滲ませた。「お前が、そのやり方を知っているはずがない」「あなた方の典籍が、最初から理解を誤っていたからです」リーゼロッテは身を起こした。額にはまだ細かな汗が滲んでいたが、その瞳は、これまでになく澄んでいた。「あなた方は、七脈帰一とは、散らばった力を『奪い返し』、一つに繋ぎ合わせることだと思っている。でも、それらが本来すべきことは、誰かに『支配される』ことではなく、互いを『認め合う』ことのはずです」首領の表情に、初めて本物の動揺が浮かんだ。「お前には何も分かっていない」彼は低く言った。その声には初めて、リーゼロッテの予想もしていなかった、苦しみに
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第二十三章 帰り道

清水村へ戻る道すがら、アリはそのほとんどをリーゼロッテの腕の中で過ごし、朦朧としたまま眠り続けていた。時折目を覚ましては、見知らぬ山道を怯えたように見回し、またすぐに目を閉じた。「ここ数日、悪夢を見続けていたのかもしれない」エルフリーデが馬を引きながら、リーゼロッテと並んで歩いていた。「荊眸があの場所に閉じ込め、風脈まで抽出していたとなれば、子供の心への負担は、小さくはないはずだ」「私が、きちんと面倒を見ます」リーゼロッテは俯き、腕の中で静かに眠る顔を見つめた。声は小さかったが、確かな芯があった。「せめて、この子が独りではないと、分かるようにしてあげたいのです」エルフリーデはその姿を見つめながら、ふと、三ヶ月前のあの婚礼を思い出した――怯えて縮こまり、口を開く前に自分の顔色をうかがっていたあの花嫁が、今は見知らぬ子供を抱き、その瞳には守り抜こうとする確かな強さが宿っている。その変化を、エルフリーデは目に焼き付けながら、心のどこかで、密かに誇らしく思っていた。領主の館に戻った頃には、すでに夕暮れだった。アリの遠縁の叔母は知らせを受けると、ほとんど泣きながら飛び出してきて、子供を強く抱きしめ、「帰ってきてくれた、帰ってきてくれた」と何度も繰り返した。リーゼロッテはその光景を傍らで見つめながら、胸の内にあった名状しがたい感情が、少しずつ落ち着いていくのを感じた。少なくとも、アリには、これほど泣いてくれる人が、いる。彼女は、十九年前、自分のために一度も涙を流したことのなかった、あの家のことを思い出していた。その夜、領主の館では、二人をねぎらう宴が開かれた。宴の席で、領主は何度も辺境伯夫妻への救命の恩に深く礼を述べようとしたが、エルフリーデはそのたびに、やんわりとそれを退けた。「この恩は、私たちに向けるものではない」エルフリーデは言った。「覚えておくべきは、今日から先、アリのような子供が現れた時、どうすれば真っ先に彼らを守れるか、彼らを異端として扱わずに済むか、ということだ」領主は深く頷き、その言葉を胸に刻んだ。宴が終わった後、リーゼロッテは一人、アリの様子を見に行った。子供はすでに叔母の腕の中で深く眠り、呼吸は穏やかで、顔色も昼間よりずっと良くなっていた。彼女はそっと部屋を出て、中庭でちょうどエルフリーデと出くわした。「眠ったのか」「はい、ぐ
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第二十四章 出されなかったもう一通の手紙

清水村の朝霧がまだ晴れきらぬうちに、黒騎士団の使者が慌ただしく馬を走らせてきて、領主の館の前で馬から飛び降りた。「辺境伯、王都より急報です!」エルフリーデは書状を開き、一目見ただけで、眉を険しく寄せた。「どうしました」リーゼロッテはその表情の変化に気づいた。「イザベラだ」エルフリーデの声が低く沈んだ。「昨夜、流罪の護送中に――行方不明になった」リーゼロッテの胸が沈んだ。「行方不明? 侯爵家はすでに城を出て護送されていたはずでは……」「護送の一団が途中で襲撃を受け、護衛三名を失った」エルフリーデの指が書状のある一節を示した。「侯爵本人は隊列に残っているが、イザベラだけが忽然と姿を消した。現場には争った痕跡もなく、手がかりも一切残っていない」「荊眸でしょうか」「書状にはあの紋様のことは触れられていない」エルフリーデは首を振った。眉間の険しさが、さらに深まった。「もし本当に荊眸だとして、すでにあらゆる身分と地位を失ったイザベラを、何のために連れ去る」リーゼロッテにも、すぐには理解できなかった――イザベラは宿主ではない。異脈の血統も持たない。この七脈帰一を巡る大きな盤面の中では、本来、最も無関係な駒であるはずだった。それとも、誰かが求めているのは、彼女の血脈ではなく、別の何かなのか。使者がさらに付け加えた。「辺境伯、宰相様がもう一つ、お伝えするようにと仰せです――イザベラ様のお部屋を捜索した際、一通の、ついに出されずじまいだった手紙が見つかりました。宛名には、奥方様のお名前が」リーゼロッテは思わず顔を上げた。**あの手紙だ。**彼女は思い出した。自分は一度も目にしたことはなかったが、妹がここ数日、あの日言えずにいた本心を、直接手渡すべきかどうか、ずっと迷い続けていたことを、なんとなく察していた。「その手紙は」彼女の声が硬くなった。「宰相様が、封のまま保管されているとのことです。あなた様が王都にお戻りになった際、直接お目通しいただくようにと」使者は言った。「ですが……その封筒の裏地の中から、もう一つ、別のものが見つかりました」彼は懐から、油紙で丁寧に包まれた小さな品を取り出し、差し出した。リーゼロッテはそれを受け取り、油紙を開いた。中には、見覚えのある、割れた黒い木札が入っていた――王都での儀式の夜、駅舎の遺留品の中から見つけたものと、まった
last updateآخر تحديث : 2026-09-13
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第二十五章 王都

王都へ引き返す道中、二人はほとんど休みなく馬を走らせた。リーゼロッテはアリを領主の館に預ける際、一言だけ言い残した。「もしまた、あの温かい光の夢を見たら、伝えてください。あれは本物だと、夢ではないのだと」道中、彼女の心にはずっと、あの血の付いた木札と、ついに出されなかった手紙のことが、重くのしかかっていた。王都に到着した時には、すでに深夜だった。宰相自ら宮門の外で待っており、いつもより一段と険しい表情をしていた。「手紙は、すでにご用意しております」宰相が二人を先導し、長い回廊を進んだ。「侯爵のほうは、今も尋問を続けておりますが、イザベラ様の失踪については、まったく何も知らぬの一点張りです」「手紙には、何と」リーゼロッテはほとんど息を止めるようにして尋ねた。「私からは、勝手に開封することは控えました」宰相はある離れの前で足を止めた。「奥方様、どうぞ」室内は薄暗く蝋燭の灯りに照らされ、その手紙は、机の中央に静かに置かれていた。封筒の端はすでにいくらかすり切れていた。何度も手に取っては迷い、結局出せずじまいだったことが、うかがえた。リーゼロッテの手は、その封筒に触れた瞬間、微かに震えた。エルフリーデは傍らに立ち、何も言わず、ただ手を伸ばして、そっと彼女の手の甲を重ねた。声にならない支えだった。彼女は封筒を開いた。中には数枚の薄い便箋があり、字は繊細だったが、書いては消し、書き直した跡が明らかに残っていた――書いては破り、破ってはまた書き、最後に残ったのが、最も抑制された、最も苦しい末の一枚なのだと分かった。「お姉様この手紙を、何度も書きました。でも、ついに出す勇気が持てませんでした。今日、思ったのです。もう、私の心の準備ができるのを待つのではなく、機会があるうちに、この言葉を届けるべきなのだと。三ヶ月前、書斎の外で聞いたあの話、私はすべてをお姉様にお伝えしたわけではありませんでした。父とホルトン医師が話していたのは、お姉様が生まれたあの夜のことだけではなく、もう一つ、私がずっと言い出せずにいたことがあります――大司祭様は、あの時が父との初めてのやり取りではなかったのです。お姉様が生まれる前、すでに父は教廷と、一度取引をしていました。その内容を、私はすべて聞き取ることはできませんでしたが、一つだけ覚えている言葉があります――『血脈だけでなく、自
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第二十六章 密約

宰相が持ち込んだもう一つの手がかりは、大司祭邸の隠し戸棚から、夜のうちに押収された一連の古い書類だった。「これは、十九年前――大司祭とアーレンス侯爵が、最初にやり取りを始めた頃の記録です」宰相は黄ばんだ書状の束を机の上に広げた。「侯爵が拘束されて以降、教廷内部は動揺しており、これまで大司祭に忠誠を尽くしていた下級の祭司たちの多くが、保身のために、隠していたものを次々と差し出してきました」リーゼロッテは一通ずつ目を通していった。読むほどに、顔色が険しくなっていく。十九年前――リーゼロッテはまだ生まれていない。その頃、大司祭とアーレンス侯爵の取引は、彼女の血脈が覚醒したことから始まったのではなかった。もっと前――侯爵夫人が身ごもったその時から、大司祭はすでに人を遣わし、胎内の子の血脈の異象を、密かに「確認」させていたのだった。「つまり彼らは、最初から、私が帰元血脈の宿主になると分かっていたのですか」リーゼロッテの声が硬くなった。「それだけではありません」宰相は一通の書状を取り出し、その一節を指し示した。「大司祭の当時の密書には、こうあります――『帰元の力は、その性、孤独を好む。ただ肉親に裏切られる痛みを経てこそ、真に「血盟」と共鳴し、以て他の六脈と繋がるを得る』」リーゼロッテは、その場で凍りついた。「つまり」エルフリーデの声も低く沈んだ。「お前がこの十九年、家族に疎まれ、捨て駒として扱われてきたこと自体が、最初から大司祭によって、意図的に仕組まれていたということか」「偶然ではありません」宰相の口調には、珍しく重々しさが滲んでいた。「密書にはっきりと記されています――大司祭はアーレンス侯爵に指示し、あなた様が『温もりの一切ない、完全に孤立した』環境で育つよう仕向けたのです。そうすることでのみ、あなた様の帰元血脈は、覚醒の際に『繋がりを渇望する』性質を帯び、他の六脈と共鳴しやすくなる、と」つまり、彼女の十九年にわたる孤独と抑圧は、単なる家族の薄情さなどではなく、彼女の血脈を「より使いやすく」するために、意図的に仕組まれた操作だったのだ。リーゼロッテの手が、微かに震え始めた。「イザベラについても」宰相はもう一通の書状を取り出した。声はさらに低くなった。「大司祭のこの密書は、十七年前――イザベラ様が生まれた年に書かれたものです。そこにはこうあります。『
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第二十七章 木霊

イザベラは、自分がどれほどの時間、この石室に閉じ込められているのか分からなかった。窓の外の日の出も月の満ち欠けも数えようがなく、ただ頭上の小さな明かり取りの窓から、時折微かな光が差し込んでは、すぐに雲の影に遮られるだけだった。彼女は冷たい石壁にもたれかかっていた。手首の傷はとうに血が止まっていたが、身動きするたびに、鈍い痛みが走った。見張りは多くなかった。二人の黒装束が交代で番をしていたが、彼女と言葉を交わすことは一切なく、視線すら滅多に向けなかった――まるで、彼女にはまだ知らされていない、ある時機を、ただ待っているかのようだった。「あなたたちは、私に何をさせるつもりなの」彼女はついに耐えかねて口を開いた。長い沈黙のせいで、声は掠れていた。見張りの黒装束は、彼女をちらりと一瞥しただけで、答えなかった。イザベラは力なく笑い、再び石壁にもたれかかった。リーゼロッテに宛てて書いたあの手紙のことを思い出した。あの木札を封筒の裏地に忍ばせた時の気持ちを。あの時、彼女はさほど大きな希望を抱いていたわけではなかった。ただ、単純に、自分の人生で最後にできることが、これ以上の沈黙であってほしくなかっただけだった。もし姉が本当にあの手紙を受け取っていたら、許してくれるだろうか。その考えが浮かんだ瞬間、石室の扉が、不意に外から押し開けられた。見張りの二人ではなかった。現れたのは黒い長衣を纏い、フードを深くかぶった人物で、顔は見えなかったが、その佇まいには、イザベラが本能的に不安を覚えるような気配が漂っていた。「立て」その者の声は低く、冷淡だった。「時が来た」「何の時なの」イザベラは無理やり立ち上がり、できるだけ声が震えないよう努めた。「私に、一体何をさせるつもりなの」「多くを知る必要はない」その者は近づき、手を伸ばして、彼女の手首の拘束を解いた。動作は荒々しかったが、同時に、「貴重な品」を扱うかのような、ある種の慎重さも滲んでいた――儀式の前に、彼女が失血で死んでしまっては困るのだろう。「あなたたちが欲しいのは、私の命じゃないんでしょう」イザベラは不意に口を開いた。その声には、彼女自身も予想していなかった、ある種の落ち着きがあった。「私を利用して、姉に、何かを選ばせようとしているんでしょう」その者の足が、わずかに止まった。「思っていたより、賢いようだな」そ
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第二十八章 代償

石室の中、首領の顔に浮かんでいた余裕に、初めて本物の亀裂が走った。「この儀式は、お前が終わったと言えば終わるようなものではない」彼は冷たく言い放つと、身をひるがえした。袖の中から不意に漆黒の鎖が滑り出し、イザベラの手首に正確に絡みついた――傷つけるためではなく、再び法陣の中心へと引き戻すためだった。「やめて!」リーゼロッテはほとんど同時に駆け出そうとしたが、エルフリーデに引き止められた。「待て」エルフリーデの声は低かったが、瞳には冷静な計算が光っていた。「奴は今、動揺している。それがかえって危険だ――法陣は完全には起動していない。奴が破れかぶれで無理やり動かせば、イザベラが持ちこたえられるとは限らない」リーゼロッテは歯を食いしばり、その場に踏みとどまった。首領はその様子を見て、唇にまた冷たい笑みを浮かべた。「辺境伯のほうが、お前よりは冷静なようだな」彼が手首を返すと、鎖が一気に締まり、イザベラが痛みに小さく叫び声を上げながら、法陣の縁へと引き寄せられた。「私が儀式は終わったと言ったのは、ただの言葉だと思っているのか」リーゼロッテの声が急に高くなった。体内のあの緋色の力が、経脈を伝って一気に迸る。「帰元の力は、裏切りと贖罪を証とする――でも、その『贖罪』は、私があの手紙を読み終えた瞬間に、すでに成立している。あなたが今やろうとしているのは、儀式ではない。すでに存在しない儀式を、無理やり偽造しようとしているだけ」法陣がわずかに震え、乱れた、途切れがちな光の輪を放ち始めた――安定した稼働ではなく、まるで拒絶反応に近い震えだった。首領の顔色が一変した。「そんなはずは……」「あなたたちの典籍は、最初から理解を誤っている」リーゼロッテは一歩ずつ歩み寄った。「今回が初めてではない」首領の瞳の深紅が一気に膨れ上がり、もはや躊躇せず、鋭く命じた。「強行起動しろ!」石室の四方から、潜んでいた黒装束たちが姿を現し、リーゼロッテたちへと襲いかかった。エルフリーデは剣を抜き、カスパーたちと共に素早く応戦し、金属の激しい音が石室中に響き渡った。「お姉様、私に構わないで!」イザベラは鎖に縛られたままもがきながら叫んだ。「まずこちらを片付けて!」だがリーゼロッテは退かず、むしろ乱戦の隙をついて、一歩ずつ法陣の中心へと近づいていった。「まだ何をするつもりだ」首領が鋭く問
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第二十九章 帰途に走る亀裂

黒岩山脈から王都へ戻る道は、来た時よりもずっとゆっくりと進んだ。イザベラの体はまだ完全には回復しておらず、ほとんどの時間を馬車の中で休んでいた。リーゼロッテも力を使い尽くした後の疲れがまだ抜けきらず、エルフリーデは思い切って行軍の速度を落とし、皆に息をつく余裕を与えた。とある駅舎で休息を取っていると、宰相の遣わした使者が、再び一行に追いついた。「辺境伯、王都より報せです」使者は封のされた文書を差し出した。表情は険しかった。「教廷のほうですが、あなた様が王都を離れて以来、大司祭様は病と称して門を閉ざし、誰とも面会されておりません。ですが昨夜、教廷裏山の隠し通路で、何者かの痕跡が見つかりました――どうやら、教廷の秘庫に夜のうちに侵入した者がいたようです」エルフリーデは文書を開き、読み進めるほどに眉が険しくなっていった。「秘庫から何が失われた」「まだ確認が取れておりません」使者は言った。「ですが、秘庫を守っていた二人の司祭のうち、一人が死亡、一人が負傷しました。負傷した者は意識が朦朧としたまま、ある一言だけを繰り返しております――**『眼が、眼がこちらを見ている』**と」リーゼロッテの胸が重くなった。「荊眸でしょうか」「確証はありません」エルフリーデの表情が沈んだ。「もし荊眸だとすれば、教廷の秘庫にまで侵入できたということは、彼らが求めているのは、典籍の残された頁程度のものでは、済まないのかもしれない」使者はさらに付け加えた。「宰相様がもう一つ、お伝えするようにと――秘庫が盗まれた夜は、ちょうど、黒岩山脈でのあの儀式が失敗した、まさに同じ夜だったとのことです」駅舎の中が、一瞬静まり返った。「時期が、あまりにも符合しすぎている」エルフリーデが低く言った。「荊眸が黒岩山脈で挫折したその同じ夜に、教廷の秘庫が荒らされた――偶然だとすれば、あまりにも作為的すぎる」リーゼロッテはふと、首領が撤退する前、あの破れた地図を見つめて、長い間口を開かなかった様子を思い出した。「彼らは、黒岩山脈での失敗のあと、方針を変えたのではないでしょうか」彼女は小さく言った。「典籍通りに、力ずくで七脈を揃えようとするより先に、帰元血脈のあの『共鳴』の力が、一体どういうものなのか、まず突き止めようとしているのかもしれません」エルフリーデはすぐには答えず、もう一度その文書に目を落
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第三十章 秘庫の謎

王都に戻った翌日、宰相自ら二人を案内し、教廷の秘庫の現場へと赴いた。秘庫の入り口は、以前より三倍の人員が配置され、厳重に警備されていた。宰相が二人を先導し、あの狭い隠し通路を進むにつれ、漂う空気の冷たさは、次第に濃くなっていった。「ここです」宰相はある空になった展示台の前で足を止めた。「失われたのは、百年近く供奉されてきた古い法器――**『共鳴鑑』**です」「共鳴鑑?」リーゼロッテは眉をひそめた。「それは何ですか」「教廷内部にも、詳しい記録はほとんど残っておりません」宰相の表情は険しかった。「分かっているのは、この鏡が、三百年前、浄罪鏡と共に鋳造された姉妹法器だということだけです。浄罪鏡が異脈の力を『裁く』ために使われたのに対し、共鳴鑑は、二つの力が共鳴する際の軌跡を『記録』し、『再現』するためのものでした」エルフリーデの顔が一瞬で険しくなった。「つまり、荊眸がその鏡を手に入れ、帰元、あるいは他の血脈を持つ者を使って実験を行えば、鏡の記録機能を利用して、あの黒岩山脈で起きたのと同じ共鳴現象を、精密に再現できるということか」「その通りです」宰相は頷いた。「さらに厄介なのは、共鳴鑑が完全な共鳴の軌跡を一度記録してしまえば、理論上、異脈の血統を一切持たない普通の人間であっても、法器の力を借りて、無理やり共鳴反応を模倣できるようになるということです。もちろん、生まれ持った血脈には遠く及びませんが、彼らの仮説を検証するには、十分でしょう」リーゼロッテの胸が重くなった。「つまり、彼らが次に狙う相手は、宿主とは限らず、手を下しやすい、どんな普通の人間でもあり得るということですね」「それこそが、最も防ぎようのない点です」宰相はため息をついた。「宿主を狙うのであれば、我々は異象の噂を頼りに追跡できます。でも、無作為に普通の人間を実験台にするつもりなら、対象の範囲は、ほとんど絞りようがありません」広間はしばし静まり返った。その夜、リーゼロッテとエルフリーデは、辺境伯家が仮住まいとしている離れに戻った。イザベラはすでに一足先に落ち着き、廊下に腰を下ろして、庭いっぱいに差す月明かりを眺めていた。「何か分かりましたか」彼女が尋ねた。リーゼロッテは、昼間分かったことを、簡単に伝えた。イザベラはしばし黙り込んだ後、ふと口を開いた。「もし荊眸が本当に、普通の人間を実験台
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