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第十一章 言葉にならないもの

儀式前夜、リーゼロッテは眠れずにいた。窓辺に座り、蝋燭の灯りが彼女の影を長く伸ばしていた。エルフリーデが扉を開けて入ってきた時、目にしたのはそんな光景だった。「眠れないのか」問いではなかった。「あなたもでしょう」リーゼロッテが顔を向けた。エルフリーデは何も答えず、彼女の向かいに腰を下ろすと、机の上に置かれていた、ここ数日彼女が読み続けていたあの手記を何気なく手に取り、二、三頁めくって、また置いた。「明日のこと、不安ではないのか」リーゼロッテが尋ねた。「不安だ」エルフリーデはあっさりと言った。「だが、不安に浸ったところで何も解決はしない」リーゼロッテは小さく笑い、それ以上は何も言わなかった。部屋は静まり返り、時折蝋燭が小さく音を立てるだけだった。しばらくして、彼女がふと口を開いた。「あなたが私に文字を教えてくれた時、何を言ったか、覚えていますか」「いろいろ言った」エルフリーデが片眉を上げた。「どの言葉のことだ」「手首の力を抜け、筆をきつく握りすぎるな、と言いましたよね」リーゼロッテは自分の手を見下ろした。「あの時、実は私、筆の持ち方の話なんて、ちゃんと聞いていませんでした」「ほう」「あなたが話す時、すごく近くにいたので」彼女は淡々とした口調で、まるで自分とは関係のない出来事について語るように言った。「近すぎて、あの一言を言う時、あなたの息が何回止まったか、数えられるくらいでした」エルフリーデはしばらく答えなかった。「二回」ようやく口を開いた。感情の読み取れない声だった。「話をする時、私はめったに息を止めたりはしない」「では、あの時はなぜ止まったのですか」「分からない」エルフリーデは視線を逸らした。「お前の筆の持ち方が、思っていたより気を散らすものだったんだろう」リーゼロッテはそれ以上追及せず、ただ俯いて、袖口の刺繍を無意識に指でなぞっていた。蝋燭の炎が一瞬揺れ、二人の間の影を、少しだけ近づけた。「もう一つ聞きたいことがあります」彼女は言った。「あなたが私の手首を握って、『生まれつき病弱なのではない』と言ったあの夜――あの一言は、口にするまでにどれくらい考えたのですか」「考えていない」エルフリーデが言った。「一目見れば分かった」「嘘」リーゼロッテが小さく言った。「あの一言を言う前、あなたはかなり長く黙っていました。数えていました
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第十二章 出立前の異変

夜明けの鐘はまだ鳴っていなかった。空はようやく白み始めたばかりだった。リーゼロッテとエルフリーデは儀式用の礼服に着替え終え、出かけようとしていた。黒騎士団の馬車はすでに別邸の門前で待機している。二人が扉を出た瞬間、屋敷の塀の外から、押し殺したような騒ぎが聞こえてきた――争う音ではない。むしろ、無理やり口を塞がれたような、助けを求める声に近かった。カスパーがほとんど駆け込むようにして入ってきた。顔色がひどく悪かった。「辺境伯、事が起きました」彼は片膝をつき、声を張り詰めさせた。「我々を城外まで護送する先遣隊が、昨夜、城外の駅舎で襲撃を受けました。五名が重傷、それに二名が……行方不明です」エルフリーデの顔が険しくなった。「誰の仕業だ」「現場に生き残りはおりませんでしたが……」カスパーは一瞬ためらい、「駅舎の付近で、これを見つけました」彼は差し出した。割れた木札だった。刻まれた紋様は、侯爵家の私兵の印でも、教廷の符でもない。リーゼロッテが一度も見たことのない、見知らぬ紋章だった――茨に絡みつかれた一つの目。「これは何ですか」リーゼロッテはその木札を受け取った。指先が割れた断面に触れた瞬間、微かな、静電気にも似た痛みが走った。「この紋様には見覚えがない」エルフリーデが眉をひそめた。「カスパー、行方不明の二人は誰だ」「それが……」カスパーの声が沈んだ。「ホルトン医師と、辺境から夜通し護送してきたその娘です」リーゼロッテの手の中で、木札が滑り落ちそうになった。ホルトンは、彼らの手にある最も重要な証人だった。もし儀式の場で、教廷が侯爵家との密約を全面否定すれば、ホルトンの証言こそが、相手の最後の砦を崩す証拠になるはずだった。それが今、この人物は、たった一人の弱み――娘――もろとも消えてしまった。「時期が良すぎる」エルフリーデの声が冷たくなった。「儀式当日の未明を狙って、我々の手にある最も肝心な証人を、その弱みごと、一気に消し去るとはな」「侯爵家でしょうか」リーゼロッテが尋ねた。「侯爵家に、そこまでの手腕はない。黒騎士団の護衛五人を、誰にも気づかれず同時に制圧し、しかも無傷で逃げおおせるほどの」エルフリーデは首を振り、見知らぬ紋章に目を落とした。その瞳に、微かな緊張の色がよぎった。「この紋様、辺境で一度見たことがある――十年前、『荊眸』と名乗る勢力が、
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第十三章 祭壇の上

馬車が王宮広場に乗り入れた時、夜明けの鐘は最後の一打を響かせていた。広場には人が溢れ、貴族たちは位階に従って両側の観覧席に座り、さらに離れた場所には見物の民衆がいた。人垣の外縁には、私服ながら軍人の訓練を受けたと分かる立ち姿の者たちが、ちらほらと立っていた――エルフリーデが出立前、密かに残していった隠密で、儀式の場で「荊眸」が再び動くことに備えてのものだった。リーゼロッテが馬車を降りると、広場のざわめきは思っていたよりも大きかった。「聞いたか、今朝、辺境伯邸の護送隊が襲われたそうだ」「このタイミングで起きるとは、出来すぎている」「後ろめたいから、わざとそんな騒ぎを起こして、儀式を遅らせようとしているのだろう」そうした声が耳に流れ込み、リーゼロッテの背筋が一瞬強張ったが、すぐに力を抜いた。昨夜エルフリーデが言った「私たち二人、いつかどちらかが先に口を開かねばならない」という言葉を思い出す。今日は、この噂を自らの手で打ち砕く番だった。祭壇は広場の中央に据えられ、白石で組まれ、周囲には教廷の旗が立ち並んでいた。大司祭はすでに壇上で待っており、顔にはいつも通りの、慈しみ深い笑みを浮かべていた。「辺境伯夫人」彼の視線がリーゼロッテの背後を一巡した。何かを探しているようだった。「おや、今日は辺境伯殿は、ご同行されないのですかな」「辺境伯は、別件を処理しております」リーゼロッテは祭壇の前で足を止め、平静な声で言った。「今朝、我々の護送隊が襲撃を受け、重要な証人二名が行方知れずになりました。辺境伯は一部の手勢を残し、その調査に当たっております」大司祭の瞳の奥に、ごく微かな、ほとんど気づかれぬほどの驚きの色がよぎり、すぐにいつもの表情に戻った。「ほう、そのようなことが。今日の王都は、どうやら穏やかではないようですな」その素っ気ない口調に、リーゼロッテの胸の奥が沈んだ――彼はこの件に、少しも驚いていないように見える。彼女は胸の内の疑念を抑え、さりげなく観覧席に目をやった。国王はすでに着席し、宰相がその傍らに立っている。アーレンス侯爵は貴族席の前列に座り、いつもより顔を強張らせていた。イザベラはその後ろで、俯いたまま目を伏せていた。すべては、予定通りに進んでいるように見えた。「儀式を始める」大司祭は手にした典籍を広げ、朗々と長い開会の辞を読み上げ始めた――聖
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第十四章 祭壇、その崩壊

黒い法器がゆっくりと掲げられ、広場の空気は、ほとんど実体を持つかのように張り詰めていた。浄罪鏡がリーゼロッテの額に触れようとした、まさにその瞬間――「おやめください!」貴族席の方から、しわがれた叫び声が突如響いた。イザベラだった。席から勢いよく立ち上がり、顔面蒼白のまま、ほとんどよろめくようにして観覧席を駆け下りてきた。「大司祭様、おやめください!」その声は涙で震えていた。「あの鏡は……あれは浄罪の法器などではありません!」広場中がどよめいた。アーレンス侯爵の顔色が一変し、鋭く低い声で叱りつけた。「イザベラ! 黙れ!」「黙りません!」イザベラは今回、この十七年間そうしてきたように、父の怒声に怯んで引き下がることはなかった。祭壇の前まで駆け寄り、興奮で声を震わせながら言った。「三日前、私は偶然、父と大司祭様の密談を耳にしました――あの鏡は、血脈の真偽を『裁定』するためのものではありません。装着した者の体内の魔力を、強制的に爆発させる邪法の器です! 触れれば、姉の中にどのような力があろうと、瞬時に制御不能なまでに触媒されてしまいます!」大司祭の顔が険しくなった。「戯言を。お前に何が分かる」「呪法のことは分かりません。ですが、聞いた言葉は一言一句覚えています!」イザベラは国王のいる方角に向き直り、ほとんど全身の力を振り絞るようにして叫んだ。「陛下! これは審判などではございません、仕組まれた処刑です! 彼らが求めているのは真実などではなく、姉が皆の前で自ら『暴走』し、命を落とすことです! そうすれば、『聖女を処刑した』という罪を、誰も負わずに済みますから!」広場は完全な混乱に陥った。国王の顔が険しくなり、口を開こうとしたその時、広場の上空に、鋭く空気を切り裂く音が響いた。誰も反応する間もなく、一本の黒羽の矢が、大司祭の手にある浄罪鏡の鏡面に、正確に命中した。ガシャンという乾いた音と共に、あの古い法器は数片に砕け散り、内に宿っていた暗紅の光が、ほとんど断末魔のような甲高い音を立てながら、完全に消え去った。矢は、広場の外周から放たれたものだった。全員の視線がその方向を追った――黒装束の一団が、いつの間にか広場の縁に姿を現していた。人数は多くないが、いずれも並外れた腕を持つ気配があり、先頭に立つ者は黒い布で顔を覆い、目だけを露わにしていた。その瞳には
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第十五章 制御の際

祭壇の上で、リーゼロッテは自分の体内の力が、制御を失う寸前で激しく震えているのをはっきりと感じていた。浄罪鏡が砕け散った際の余波に加え、周囲に渦巻く殺気と恐怖が、ようやく落ち着かせたばかりの緋神脈を絶え間なく刺激していた。「堪えろ」エルフリーデはあの黒装束の首領と斬り結びながら、横目で叫んだ。「これだけの人間がいる中で暴走されたら、被害を受けるのはお前一人じゃ済まない」リーゼロッテは歯を食いしばり、両手を固く握りしめた。爪がほとんど掌に食い込むほどだった。あの細かい赤い紋様が、また皮膚を伝って広がり始め、ようやく抑え込んだはずの、目の奥の灼けるような感覚が、少しずつ再び込み上げてくる。彼女は、エルフリーデが以前口にした言葉を思い出した――十九年もの嘘は、人から「自分に力がある」と信じることさえ、奪ってしまえるのだと。彼女は目を閉じ、ただ抑え込むのをやめた。前回、絶体絶命の中で覚醒した時のように、この力を無理に押さえつけるのではなく、自ら受け止めてみようとした。呼吸が、少しずつ落ち着いていく。目を開けた時、ちょうどエルフリーデの肩に浅い傷が入り、血が甲冑を伝って滴り落ちるのが見えた――あの黒装束の首領の剣筋は速く鋭く、一撃たりとも容赦がなかった。「辺境伯、油断は良くない癖だ」相手が冷笑を浮かべ、剣先を不意に翻し、エルフリーデではなく、リーゼロッテのいる方角へと真っ直ぐ向かってきた。エルフリーデはほとんど反射的に身を横に滑らせ、長剣を宙で交差させた。ガッと重い音が響き、火花が散った。「お前の弱点は、あの娘だ」黒装束の首領の声には、隠す気もない笑いが滲んでいた。「お前が気を取られている限り、隙はいくらでも作れる」「それは、彼女を随分と見くびっているな」エルフリーデが冷ややかに言い返した。その言葉が終わらぬうちに、リーゼロッテは、体内のあの力が、不意にはっきりとした出口を見つけたのを感じた。赤い光が彼女の周りで弾け、渦を巻く結界となって祭壇一帯を包み込んだ。黒装束たちの攻撃だけを正確に遮断し、国王や貴族席の方角にいる者たちには、誰一人として被害が及ばなかった。「緋色結界・血盟」広場のあちこちから、押し殺したような息を呑む音が聞こえた。黒装束の首領の顔に、初めて本物の驚きが浮かんだ。「これは……完全に覚醒しきっていない者が、操れるような技ではない
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第十六章 塵が落ち着いた後

祭典が終わったその夜、王宮は特別に離宮の一室を空け、辺境伯とその妻の休息のために用意した。リーゼロッテは窓辺に座っていた。身体に浮かんでいた緋色の紋様はすでにすっかり消え、ただ微かな、ほとんど気づかれぬほどの余韻だけが残っていた。まるで、激しく燃えた炎が過ぎ去った後に残る、ほのかな温もりのようだった。エルフリーデの傷は同行の軍医によって処置され、今は椅子の背にもたれかかり、その瞳には一日を通して抜けきらない疲労が滲んでいた。「カスパーのほうから、ホルトンの消息が入った」エルフリーデが口を開いた。声はいつもより重かった。「見つかった時、彼と娘は、城外の使われなくなった酒蔵に閉じ込められていた。怪我はない、ただいくらか怯えていただけだ」リーゼロッテは安堵の息をついた。「荊眸の者たちは、彼を捕えて何をしようとしたのでしょう」「尋問したが、はっきりしたことは分からずじまいだ」エルフリーデは眉をひそめた。「拷問した形跡もなければ、何か情報を引き出そうとした様子もない。ただ閉じ込めただけだ。まるで、単に彼を儀式の場に出させたくなかったかのように」「三百年待ったと言っていましたね」リーゼロッテは昼間の言葉を小さく繰り返した。「あと数日、待てないわけがないと」部屋の中がしばらく静まり返り、蝋燭の音だけが時折響いた。「何を考えている」エルフリーデがその表情に気づき、尋ねた。「この儀式は終わったように見えても、本当は何も解決していないのだと思うと」リーゼロッテは小さく言った。「覚醒すれば、少しは楽になるものだと思っていました。でも今になって、ようやく一番厄介な部分の、ほんの端が見えただけなのだと気づいて」エルフリーデは彼女を見つめ、すぐには慰めの言葉をかけず、しばらく黙り込んだ。言葉を選んでいるようだった。「十九年分のことが、儀式一つで片付くわけがない」彼女は言った。「だが、お前が今日成し遂げたことは、多くを変えるには十分だ。残りのことは、一つずつ片付ければいい」リーゼロッテはその言葉を聞きながら、胸の中に重く沈んでいたものが、少し緩むのを感じた。彼女は立ち上がり、エルフリーデの傍らへ歩み寄ると、手を伸ばし、包帯の巻かれた肩の傷の縁に、そっと触れた。「痛みますか」「大したことはない」エルフリーデは言ったが、視線は彼女の顔から一度も逸れなかった。リーゼロッテ
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第十七章 御前にて

翌朝早く、リーゼロッテとエルフリーデは御書房へと案内された。侯爵と大司祭は、それぞれ広間の両端に跪き、誰も顔を上げようとはしなかった。国王の処断は早かった――侯爵の爵位は剥奪され、一族は辺境へと流罪。教廷の認証裁定権は分割され、大司祭はひとまず地位を保ったものの、明らかに矢面に立たされていた。その結果には、それ相応の重みがあったが、リーゼロッテには、これで本当に何かが終わったのだという実感は湧かなかった。「辺境伯夫人」国王はその二件の処断を終えると、彼女に目を向けた。「正式に問いたい。冊封を受け、緋色の巫女として、この王国に認められた守護者となる意思はあるか」広間中の視線が、彼女に注がれた。彼女はすぐには答えず、まずエルフリーデを見た。相手はわずかに頷いただけで、何も言わなかった――その決断は、お前自身が下せ、と。「お受けいたします」リーゼロッテは言った。「ただし、この身分は、王室や教廷が一方的に利用してよいものではありません。今後、この力を動かす際には、私自身の同意を得ていただきます」宰相が眉をひそめ、反論しかけたが、国王が手を挙げてそれを止め、頷いた。「許す」「もう一つ」リーゼロッテは続けた。「昨日、荊眸が口にした言葉から察するに、彼らはこの血脈に、かなり以前から目をつけていた様子でした。これは、侯爵家や教廷内部の問題だけでは説明がつかないかと思います。陛下、辺境伯家が王室と共に、この件の真相を調べることをお許しいただけますでしょうか」「その件は、宰相に辺境伯への協力を命じよう」国王は応じたが、表情はさほど軽くはならなかった。「だが、辺境伯夫人、一つ知っておいてもらいたいことがある」リーゼロッテは戸惑った。「荊眸というその名、私が耳にしたのは、これが初めてではない」国王の声が低くなった。「十年前、先王の御代に、王室の典籍庫が盗掘に遭ったことがある。奪われたのは、まさに緋色の巫女の血脈の起源と、その『帰結』について記された巻物だった。当時は調査の末、真相にたどり着けぬまま終わっている。もし荊眸が本当に三百年待ち続けてきたのなら、彼らの狙いは、お前の血脈が本物かどうかを確かめることだけでは済まないだろう」広間がしばし静まり返った。「彼らは、何を狙っているのですか」リーゼロッテが尋ねた。国王はすぐには答えず、宰相に目をやった。宰相はしばし
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第十八章 荊の眼

三百年前、荊眸はまだこの名を名乗ってはいなかった。その頃、彼らはただ大陸各地に散らばる、七脈の血を引く普通の人間に過ぎなかった。王室と教廷が手を組み、異端として狩り尽くそうとし、ほとんど死に絶えた。生き残った少数の血脈の子孫は、大陸最奥の荒野に身を潜め、奪われたものを取り戻すと誓った。首領の曾祖母は、当時「風脈」最後の、意識を保っていた宿主だった。あの粛清の夜、教廷の浄罪法器が彼女の経脈を焼き切った。息を引き取る間際、彼女はただ一言だけ残した。「七脈は本来、共鳴し合うべきものだった。奴らが、我々をいつでも処分できる異端に分断したのだ」その日から、「荊眸」だけが唯一の信仰となった――茨のように、断ち切られてもなお獲物に絡みつく。眼のように、闇に潜んでいても、かつて自分たちを獲物とした者たちを、永遠に見据え続ける。三百年。一つの王朝が幾度も入れ替わるには十分な歳月であり、彼らの憎しみが、当初の復讐から、ほとんど信仰にも似た執念へと変わるにも、十分すぎる歳月だった。彼は坑道の奥に立ち、連れ戻された東境の少女を見下ろしていた。子供はまだ眠り続けており、体に残る風脈の気配は、まだ完全には目覚めていない。「七脈のうち、すでに三脈を揃えた」副官が声を落として報告した。「帰元、風、そして半月前に見つけた南境の水脈、いずれも確保済みです」「辺境伯側の帰元は、まだ手に入っていない」首領は坑道の入り口から差し込む光に目をやった。「今は王室の冊封を受け、守りも厳重だ。軽々しく手は出せぬ」「残る四脈を先に揃え、その後で彼女に当たりますか」首領はすぐには答えず、唇にごく薄い笑みを浮かべた。「急ぐことはない」彼は言った。「三百年待ったのだ、あと数日など、どうということもない」彼は一拍置き、瞳の奥の異様な深紅に、ほとんど残忍とも言える興味の色をよぎらせた。「むしろ、あの傍らにいる辺境伯こそ、面白い変数だ。噂通り、あの二人がもはや単なる政略の関係でないというのなら――その繋がりは、いずれ我々の手の内に転がり込む道具にもなり得る」彼は手を挙げ、副官を下がらせると、自ら振り返り、洞窟の奥、大陸各地の「異象」を記した古い符文の壁を見つめた。七脈帰一とは、ただ奪われたものを取り戻すことだけではない。この世に、かつて誰が自分たちをこの姿に追い込んだのかを、改めて思い知らせることでもあ
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第十九章 清水村

東境は、想像していたよりもさらに荒れ果てていた。馬車が清水村に入った時には、すでに夕暮れだった。村の入り口には色褪せた木の標柱が立ち、村名が斜めに傾いて記されていた。村は小さく、数十戸ほどの家が点在し、そのほとんどの屋根が、新しい板で乱雑に補修されていた――あの度重なる「怪しい風」に、何度も吹き飛ばされてきたことは明らかだった。領主の館は村の入り口からほど近く、今は門前の守りも疎らで、言葉にしがたい寂れた空気が漂っていた。「辺境伯様」領主自ら出迎えに現れた。憔悴しきった様子で、目の下には数日眠っていないような濃い隈があった。「自ら足をお運びくださるとは、何とも……何とも身に余る恩情でございます」「守衛が昏倒した夜のことを、詳しく話してくれ」エルフリーデは前置きなしに切り出した。「はい……」領主の声が震えた。「真夜中の子の刻頃、守衛たちが何の前触れもなく一斉に倒れました。悲鳴を上げる間もなかったようです。夜が明けて発見した時には、皆生きてはおりましたが、どうしても目を覚まさず、日が高く昇る頃になって、ようやくばらばらと意識を取り戻しました。誰も何が起きたのか覚えておりません。そして、アリ――あの女の子ですが――彼女の部屋は、扉も窓もそのままなのに、姿だけが忽然と消えていたのです」「アリの両親は」リーゼロッテが尋ねた。「両親は三年前、流行り病でどちらも亡くなりました」領主はため息をついた。「村の遠縁の叔母が、彼女の面倒を見ておりました。その叔母は、ここ数日、涙が涸れる暇もございません。ただ、何かの邪祟にさらわれたのだとばかり」リーゼロッテの胸が重く沈んだ。また一人、最も近しい者を失い、厄介者として扱われ、最後には自分の運命さえ、他人に決められてしまった子供だ。「アリが住んでいた場所を、見せていただけますか」彼女は言った。アリの部屋は狭く、調度品も質素だった。枕元には、磨き込まれて艶の出た木彫りの小鳥が置かれている。おそらく、彼女が生前持っていた唯一の玩具だったのだろう。リーゼロッテが部屋の中央に立った瞬間、体内のあの緋色の力が、何の前触れもなく、ごく微かに震えるのを感じた――まるで、同じ源を持つ何かが、遠く離れた場所で、自分と共鳴しているかのように。「感じたのか」エルフリーデがその異変に気づいた。「はい」リーゼロッテは頷き、目を閉じて、その共鳴
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第二十章 黒岩山脈

夜明け、一隊がひそかに出立し、黒岩山脈へと向かった。リーゼロッテとエルフリーデのほかに、カスパーが連れてきた黒騎士団の精鋭が三名――いずれもここ数年、辺境でエルフリーデと共に戦い抜いてきた古参兵で、道を読み、方角を見極め、追跡することにかけては手練れだった。山道は険しく、奥へ進むほど植生はまばらになり、岩肌がむき出しになっていく。空気には、硫黄に似た微かな匂いが漂っていた。「この先です」カスパーが馬を止め、前方の山肌にぽっかりと開いた黒い洞穴を指差した。「昨夜、斥候が探りを入れました。この一帯は坑道が入り組んでおり、少なくとも七、八の入り口がありますが、明らかに最近人の出入りがあった痕跡が残っているのは、ここだけです」リーゼロッテは馬を降り、その真っ黒な洞口を見つめた。体内のあの緋色の力が、また微かに震えた――アリの部屋にいた時よりも、はっきりと強く。「あの子は、この中にいます」彼女は小さく言った。「気をつけろ」エルフリーデが腰の長剣を握り直した。「荊眸の首領は、私に劣らぬ腕を持つ。もしすでに罠を仕掛けているとすれば……」その頃、坑道のさらに奥にある一室で、首領は符文の壁に刻まれた細い裂け目を通し、洞口の方角の動きを見つめていた。唇には隠しきれない笑みが浮かんでいた。「来たようですね」傍らの副官が声を落として言った。「ちょうどいい」首領は振り返り、室の中央にある、あの符文で描かれた法陣に目をやった――アリの眠る身体が、その中心に横たえられている。周囲に漂う淡い青の気配が、法陣の稼働に合わせて、少しずつ吸い上げられ、収束していく。「この法陣は、風脈を『閉じ込める』ためのものではない。『抽出する』ためのものだ。辺境伯夫人が着く頃には、アリの体内にある風脈の力の七割は、すでにどこか別の場所へ移されているだろう」副官が戸惑った。「首領は、つまり……」「彼女たちは、自分が『助けに来た』つもりでいる」首領の瞳の奥に宿るあの異様な深紅が、ほとんど残忍とも言える興味を帯びた。「実際には、我々が彼女たちを招いて、帰元血脈が風脈の力に対して起こす『拒絶反応』を、その目で見届けてもらうだけのことだ」
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