たぶん、瑛自身が一番できてしまうからだ。見本として前に立たれると、“できる人が言っている”の説得力が強すぎて、ぐうの音も出ない。「……そこ、もう一回」瑛が言って、軽く実演して見せる。足の運びは無駄がなく、腕の角度はぴたりと決まり、一瞬だけ流しただけなのに、会議室の空気がまた変わる。「ほら」蒼くんが小さく笑った。「所長がやると一発で分かるんですよね」「ずるいですよね、それ」榊くんが息を切らしながらぼやく。「見本がうますぎると、逆に心折れるんですけど」「折れるな」「即答!」神谷さんが笑い、莉子さんも吹き出した。私はポカリを配り終えたあと、机の端に腰を寄せて、その様子を見つめた。榊くんは死にかけながらも、ちゃんと食らいついている。蒼くんは何だかんだでマスターし始めている。神谷さんは全体を明るく回し、白石さんは淡々と音源を止めたり戻したりしている。そして瑛は、鬼コーチの顔で、全員をちゃんと引っ張っている。「……いいな」思わず呟くと、隣で莉子さんがにやっとした。「でしょ?」「うん」「りおちゃん、完全に楽しんでる顔してる」「だって、楽しいですもん」「うんうん」莉子さんは満足そうに頷き、それからもう一度スマホを見た。「……ほんとにそろそろ行かないとまずい」「やっぱり!」「でももう少しだけ見たいのよねぇ」「気持ちは分かります」その時だった。「休憩、五分」瑛が言った。一斉に「はぁーっ」と空気が抜ける。榊くんなんて、その場に座り込みそうな勢いだ。「所長! 五分って短くないですか!」「十分にしたら、戻らないだろ」「よく分かってる!」「当たり前だ」私は思わず笑ってしまった。ああ、やっぱり。この人、こういう時、本当に容赦ない。でも──厳しいだけじゃない。ちゃんと全員の限界を見て、折れない範囲で追い込んで、できたところは次へ繋げていく。鬼なのに、信頼できる鬼。それがまた、悔しいくらい似合っていた。「りお」休憩の合間、瑛が私を呼ぶ。「はい?」「ポカリ、助かった」「……どういたしまして」たったそれだけなのに、私の心臓は、また変な音を立てた。だってずるいでしょう。鬼コーチの顔をしていたくせに、そういう時だけ、少しだけ声がやわらかいなんて。「はいはい」莉子さんが、もう帰り支度をし
Última actualización : 2026-10-04 Leer más