星をくれたあなたと、ここで会いたい 〜原価30円のコーヒーは、優しく薫る〜 のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

74 チャプター

自分の道って?②

「知らずに同じ大学の野球部に2人とも入ったんだ」「それ運命じゃない?」花音のオムライスがもう残り少ない。食べるの早いな。「付き合ってんの?」百永がラーメンを口から吐きかけた。何とか口の中で事件は収められたみたいだけど、ラーメンを吐かないのは女子の意地だよね。「ちょ、桃歌……」お水を口にして深呼吸する百永は、息を整えようと試みていた。「──百永?」百永の頭上から低い声が降ってきた。皆一斉に見上げると、陽に焼けた長身の、体格の良さそうな男子がそこにいた。彼の姿を視界に入れた百永は再び頬を染めた。さっきよりもより紅く。「え、永翔《えいと》くん……」「今日のミーティング、17時からに変更だって」「あ、ありがとう」「お前大丈夫?」「へっ?」「さっきラーメン吐きかけてなかった?」「吐きかけてない!」「ふーん。じゃな」私達と同じく数人で行動していたであろう彼は、その集団へと戻っていった。百永に視線を集中している皆のにやにやが止まらない。「部活の恋かあ。いいなあ」花音が遠い目をして最後のオムライスを食べ切った。「花音も何か入ったら?桃歌も」さっきの赤面はどこに行ったのか。表情を整えた百永が明るく言い放った。亜樹と百永とは違い、花音も私も部活やサークルには無所属だった。「出会い目的で入るのは、何だかなあって思っちゃうんだよね」一応私、彼氏いるしね。彼氏いるのに出会い目的って思われるのも今後の大学生活に響きそうだし?「出会い目的で入るのは、何だかなあって思っちゃうんだよね」一応私、彼氏いるしね。彼氏いるのに出会い目的って思われるのも今後の大学生活に響きそうだし?「出会いって男女の出会いだけじゃないじゃん?人脈作るっていう目的があってもいいし。それとも我が剣道部に入る?今なら私がみっちり」「け、剣道部はいいや。桃歌は?」ちぇ、と一瞬だけむくれた亜樹は付け合わせのキャベツに箸をつけた。「人脈、ねえ。部活ほど本気じゃなくてもいいから、何かサークル入ってもいいかもなあとは思ってる」入学式の出口周辺で貰った沢山のサークルの勧誘チラシ。今日帰ったらちゃんと読んでみようかな。『伊沢くん、部活とかサークルとか、入った?』3限が始まる直前。ふと思い立って伊沢くんにLINEで聞いてみた。伊沢くんも部活とかサークルに入ってるなら、私も入っても
last update最終更新日 : 2026-09-11
続きを読む

自分の道って?③

──は?サークルにはチャラい奴しかいないって言いたいの?「まだ見学すらしてないからそれは何とも言えないけど。私、部活ほどしっかりやろうとは思ってないから」「そういう奴らがいるのがサークルなんだろ?桃歌には似合わない」呼び捨てされました。なんでだろう?彼氏に名前呼びされたら嬉しいものだと思うんだけど。私、さっきの名前呼び、ちょっとイラッとしたかも。ていうかそのそういう奴らに今私を含めたよね?「──私がどこに入ろうが、私の自由だと思うんだけど」「でも桃歌は俺の彼女だろ」この人は、私を束縛したいってこと?「ごめん、お母さんが呼んでるから切るね」「え、ちょ、桃歌」まだ伊沢くんの声がしたけど通話ボタンを容赦なく切った。あれ以上会話してたらきっと喧嘩になった。彼は私にサークルに入って欲しくないみたいだ。でもサークルに入るかどうかを決めるのは、私の自由なはず。そうか。伊沢くんは私に自分の言うこと聞いて欲しいのか。でも私は彼の言いなりになるつもりは無い。だって惚れてないから。惚れてたら言うこと聞いていたかもしれない。そんな付き合い方をしているカップルもいるかもしれない。でも私達は?そもそも私、やっぱり伊沢くんに惚れていない。イライラしてるだけ。これはやっぱり、お別れした方がいいのかもしれない。あーあ。何だか、次元が低いな。速水くんは自分の道とやらの為に彼女と別れたというのに。対して私は、好きでも無い人と勢いで付き合って、結局別れを考えている。伊沢くんは、人生初彼氏だった。あれ?もう私過去形で言ってる。私には高校生当時、気になる人はいたけど見ていただけで、そこからの進展は全く無かった。はい、恋愛偏差値限りなくゼロです。認めます。そこへ高校の卒業式に大逆転イベント。男子から告られる。私の高校生活、挽回できる。そう思った。でも、好きでもない相手との遠距離恋愛は甘くない。そもそも恋愛と名を付けて良いのかどうかも怪しい。結局好きになれなくて、束縛されてイライラして、喧嘩になりそうで逃げて。こんなの、私が求めてたものじゃない。じゃあ、私が求めてたものって何だ?それこそが私の、自分の道とやらのヒントになっていくのかもしれない。少なくとも、惚れてない相手に束縛される人生を求めていたわけじゃない。まずは──。伊沢くんとお別れ
last update最終更新日 : 2026-09-12
続きを読む

スタートラインに立つために①

ふと、本棚に並べてある瓶が目に入った。この瓶にはかつて、星が入っていた。そうちゃんが捕まえて、私の為にこの瓶に詰めてくれていたんだ。勿論、今ならただの金平糖だったってわかる。でもその当時は本当にそれが星だって信じていた。大きくなった今ですら、同じ金平糖でも、そうちゃんがくれたそれは市販の物とは全然別の、特別な物だと思っている。そうちゃんに会えなくなってからは自分で金平糖を買うようになった。金平糖を食べていれば、そうちゃんを側に感じられるような気がしたからだ。そうちゃんがくれた星が入っていた瓶は、全て捨てずに取っておいていた。今はその瓶の中に小物を入れている。自転車の鍵や文房具を入れるのに重宝していた。私はずっと、その瓶と共に育った。だからかな。私はずっと、そうちゃんと一緒にいる気がしていた。今思えば、高校当時気になった人もそうちゃんに心なしか似ていたのかもしれない。だから速水くんがロミオに現れたときには驚いた。そうちゃんとついに再会できたと思った。でも速水くんがそうちゃん本人なのか、未だ確認出来ていない。どうして私、速水くんに聞けないんだろう?きっと、怖いのかもしれない。速水くんに「違います」って言われたら私はその場で崩れると思う。速水くんがそうちゃんだったとして、私のことをすっかり忘れていたら、それでも私はきっと崩れる。速水くんがそうちゃんだったとして、「それが何?」って言われるのも怖い。私きっと言葉に詰まる。「ずっと会いたかった」なんて言ったら私、ストーカーにされてしまうかな?惚れてないとはいえ、彼氏持ちがバレてしまったのも痛い。彼氏持ちのくせに「ずっと会いたかった」なんて言ったって説得力が無さ過ぎる。うん、伊沢くんとはやっぱり別れよう。別れるにはまず、会いに行かないと。3月のバイト代の大半を捧げることになるけどしょうがない。筋は通さなきゃ。胸張ってスタートラインに立つ。私の道の、第一歩だ!手帳に挟んだバイトのシフトを確認する。今度の土曜日は空いている。日帰りで行って、日曜は昼までダラダラと寝て、夕方からバイトを頑張る。メンタル大変だけど頑張ろう。日曜のシフトは亜樹と一緒だ。日曜のバイトの後のおしゃべりで、店長と亜樹に伊沢くんとのことを報告しよう。そこできっと、一区切りつく。伊沢くん、すんなり諦めてくれるかな?彼はきっ
last update最終更新日 : 2026-09-12
続きを読む

スタートラインに立つために②

違う違う、待って。私は伊沢くんとそういうことをしに来たんじゃない。お別れを言いに来たんだ。 「着いたばかりだし、どっかでお茶とか……」 伊沢くんの家に行くことだけは回避しないと。大阪なんだから、カフェぐらいいくらでもあるでしょ。 「じゃあ俺の家の近くに良い店があるよ。そこに行こう」 えー……。そのカフェ行った後に伊沢くんの家に行くコースが組まれてる感じだよねえ?ダメ、回避。 「私、この辺りでも全然」 「いいから。桃歌もきっと気に入るから。こっち、地下鉄で行くよ」 繋いだ手に力を込められ、半ば強引に地下鉄の改札へと足を進める彼に、何故だか何も言えなかった。 伊沢くんに連れてこられたカフェは緑の多い、素敵なカフェだった。 「女子ってああいうところ好きなんだろ?」 「んー、人によるけど、私は好きかな」 カフェを出てもまた手を絡め取られた。知らない街で、伊沢くんと2人で手を繋いで歩く。私お別れするために来たんだけど。 今歩いている方向が、どこに向かっているのか全くわからない。スマホで調べればわかると思うけど、ずっと手を繋がれているからそれも叶わない。気づけばアパートや低いマンションの立ち並ぶ通りを歩いていた。 「ここの2階。俺の家」 着いてしまった。もう逃げられない。 「おじゃま、します……」 「そのへん、座ってて」 上がってしまった。駄目だって、わかっているのに。この後に起こる展開だって、何となくわかつているのに。 断れなかった。私、小学生ぐらいの頃から断るのが苦手だった。本当はちょっと嫌でも、ちょっと我慢すればいいかで今まで生きてきた。 でも今のこの状況は?今断らなかったら私の初めての相手が伊沢くんになってしまう。本当にいいの?私、伊沢くんに惚れてないんだよ? 「あの、私やっぱり」 逞しい腕に包まれた。肩に背中に感じるのが彼の体温だと理解するのに時間がかかった。 「桃歌」 「い、ざわ、くん。あの……」 右頬に彼の体温と感触があった。私、ほっぺたにキスされてる。 ぎこちなく右側に顔を振り向かせる。首と頭の付け根がギシギシと音を立てているような気がした。 そのまま唇が重なった。私のファーストキス。伊沢くんが相手になっちゃった。触れるだけのキスをゆっくりと何度も繰り
last update最終更新日 : 2026-09-13
続きを読む

スタートラインに立つために③

膨らみに顔を埋めたかと思ったその刹那、また先端から刺激が走った。彼は先端を口に含んで吸ったり舌で転がしたり、膨らみの柔らかさを楽しんだり、目を細めて満足そうにしてる。 私はといえば、喉奥から漏れるはしたない声に戸惑っていた。こんな声、ダメ。こんなに沢山声出すなんて。耐えようとしても、まだ出てしまう。 「声、我慢しないで。桃歌のやらしい声、もっと聴かせて」 「や、らしいって、言わ、ない、で……はあっ」 先端を容赦無く攻め立てられ、我慢しようとしていた声がまた出た。子宮の奥が、変な感じがする。よく分からない辛さを感じて脚を動かした。 大きな手が私の身体の、膨らみを、腰を、太ももを滑った。私の手は彼の腕の筋肉にしがみついていた。伊沢くんの筋肉って、こんなに固いんだ。力で勝てないはずだ。太ももの内側を触れたその先、彼の指は私の秘部に触れた。 「んあっ!」 「濡れてんじゃん」 「やっ……言っちゃやだ」 何だかいやらしい言葉を言われたのだと、直感でわかった。言われた瞬間に先端が更に硬くなったのを感じた。 秘部を弄《まさぐ》る彼の指がその場所を触れたその瞬間。膨らみの先端よりも強い刺激が走った。頭がどうにかなりそう。 「……っ、はあっ、い、ざわ、くん……」 「気持ちいい?」 「ん……」 「気持ちいいって言わないと触ってやらないよ?」 「気、持ち、いい……」 こんな言葉が私の口から出るなんて。私の身体は、もはや私の意思なんて消えていた。 膨らみの先端を味わっていた彼は、身を私の下半身の位置まで下がった。 どうしたのだろう?と考えたのは一瞬で、また知らない刺激が私を襲った。これ以上無いくらいに膨れ上がった蕾に、彼の舌が触れた。触れただけじゃない。そうっと吸って刺激を与えて喉奥から自分でも聞いたこともない声が出た。強く吸われて、ざらざらした舌で触れられて、私は壊れたラジオみたいにはしたない声を出し続けた。 「はうああんっ……!」 また知らない快楽が私を襲った。蜜を吐き出すそこに指を入れられたのだった。蜜壺を掻き混ぜられ、唇は塞がれ、先端は弾かれ捏ねられ、時折蜜を蕾に塗りたくられる。指を出し入れされ、ナカのいいところを擦られ、背中が弓なりに反った。理性なんてとうに吹き飛んでいた。自分が自分でなくなりそうで怖い
last update最終更新日 : 2026-09-13
続きを読む

目を覚ませ!①

 「伊沢くん……どういうこと?この人は」「私は良樹の彼女!この泥棒猫が!早く出ていけ!」え、ちょ、泥棒猫って本当に使われる単語なんだ。じゃなくて。目の前のこの濃いメイクのキャバ嬢ぽいこのおねえさんは伊沢くんの彼女を名乗ってますよ?「私も彼女ですが。高校からの」服を手繰り寄せながら精一杯のマウントを取ってやった。だって悔しいじゃん。彼女っていっても私は惚れてないけど。何なら今日はお別れしに来たんですけど。なのにエッチしちゃってたのは断れない私の性格がいけないんだけど。伊沢くんに触れられて身体の色んなところが快楽に染められたのは認める。これが流されるってことなんだよね。はい、流されました。でもいいじゃない。仮にも彼氏彼女なんだから。目の前の怒りに震える派手な彼女は私をずっと睨みながら声も出さずに泣いていた。高校からの彼女と聞かされて、自分が浮気相手だったと悟ったのだろう。さっきの快楽のその先は正直気になる。でもやっぱり、本当に私の初めてを捧げる相手は伊沢くんじゃない。少なくとも、浮気をするような男に捧げるつもりはない。流されて本気で拒まなかった私に説得力なんて皆無だけど。伊沢くんは服を身につけることなく、まだ固まっていた。身支度を終えた私は立ち上がった。「私帰るね。伊沢くん、私はもう二度とここには来ない。お別れしてくれる?」「も、桃歌……。俺、別れたくない」身体の中の熱がすうっと冷めていくのを感じた。「みっともないね。そうだ、気安く名前呼びするの、もうやめてね。私達はもうおしまい。そちらの方とよろしくやってりゃいいんじゃない」まだ下着すら身に付けていない伊沢くんを見下ろす。滑稽としか言いようが無い。涙でマスカラが落ちてメイクが悲惨なことになっているキャバ嬢に向き直す。「そういうわけなんで。あとはお好きにどうぞ。この人にそれだけの価値があれば、だけど。……そこ、どいてくれる?」鞄を手にし、通路を塞いでいたキャバ嬢をどかしてパンプスを履く。髪型とかメイクとか直したいけど、今はここから離れたい。「さようなら。もう二度と私に声掛けないでね」「桃歌!」やっと下着を身につけて立ち上がった伊沢くんを放置してドアを開けた。追いかけられても困るんだけど。そもそもお別れしに来てたんだし。ドアが閉まっても追いかけて来ないということは
last update最終更新日 : 2026-09-14
続きを読む

目を覚ませ!②

それよりも。別れを決意して新幹線に乗ってまで大阪に行ったというのに。流されてエッチしちゃうだなんて。彼氏というものがいなかった私は、みんなの話す性にまつわる話を聞くことしかできなかった。みんなが口揃えて話している最中、マウントを取られているという感覚すらあった。だからなのかな。私が彼氏彼女の関係性を盾に伊沢くんとそういうことを許してしまったのは。経験の無い自分には魅力なんて無い。やっとこれで、未経験の呪いから解放される。そういう考えがあったことは否めない。何て浅はかなんだろう。でも私、それで誰にも迷惑掛けてない。あのキャバ嬢?知らない。伊沢くんの浮気相手のことなんて私にはどうでもいい。やっぱり初めてのキスも、それ以上のことも、本当に好きな人としたかった。……って!何でここで速水くんの顔が頭に出てくるのよ。あの人はそうちゃんかもしれないけど、でも本当にそうちゃんなのか、自信が無くなりつつある。明日のバイトが亜樹と一緒で良かった。今は速水くんの顔なんて、直視出来ない。「自分の道を創る」為に彼女とお別れした、カッコ良すぎる速水くんに合わす顔なんて、当分無い。出来れば当分、一緒のシフトにならないようお祈りしないといけないぐらいだ。「白雪さん、ホットちょっと多過ぎませんか」ポットからマグカップに注がれたコーヒーは表面張力まであと少しという量になっていた。手元が滑ったのだ。「ごめん!今減らすね」慌てて本来の量のホットを2つ完成させた。コーヒーを注ぐだけなのに何をそんなに私はテンパっているのか。今日はキッチンに入るはずだった亜樹が体調不良で来られなくなった。代わりに速水くんが入ってくれたはいいけど、この状況では先に仕事を覚えていた私が亜樹の代わりにキッチンに入るしか無かった。速水くんの顔なんて直視出来ないって思ってたけど、まさかのキッチン業にあたふたしてる間に平静を取り戻せた。ああ、またカツサンドか。本日4回目だな。ロースカツをフライヤーにそっと入れた。「白雪、休憩入ってー」店長から夕食兼休憩のお許しが出た。助かった。これでひと息つける。今日の私の晩御飯は照り焼きチキンサンド。タレが千切りキャベツに絡まって美味しい。私のお気に入りだ。自分で照り焼きチキンサンドを作ってアイスオーレを手に奥の休憩スペースに座る。無意識にスマホをタップする。
last update最終更新日 : 2026-09-14
続きを読む

目を覚ませ!③

「振ったんだ」無表情のまま呟いた彼はコーラを喉を鳴らして飲んだ。その喉仏に一瞬気を取られていたのは誤魔化せたかな?「まあ、そうなるかな」「えっと、白雪、……長かったのか?」「全然長くないですよ。卒業式の日に告られて勢いでOKしちゃったんです」「へえ」速水くん、興味無さそう。そりゃね。高尚な志をお持ちのアナタに比べたら、好きでもないのに勢いでOKするなんてショボキャラのすることなんでしょうけれども。私、あなたのような殿上人じゃないんで。「それ、付き合ったっていうの?」「ちょ、速水」「好きでもない男と付き合って1か月ぐらいで別れたんだろ?お互いの何も知らずに別れてんじゃん」「な、何も知らない訳じゃ」「じゃあ何知ってんの?身体とか?」身体中の血液が逆流したのを感じた。私、落ち着け。ここはバイト先。今すぐにこのアイスオーレを速水くんのお顔にぶっかけるのは簡単だけど、私はまだここでバイトしていたい。「おい、速水!」「それとも身体すら知らずに別れたとか?」「──速水くん、ちょっと、どいてくれる?」奥の席に座っていた私は立ち上がって速水くんを押しのけるようにボックス席を脱出した。速水くんがどんな顔をしてたかって?知らない。見たくもない。「お疲れさまでした。失礼します」「あ、ああ、白雪。気をつけてな」店長の顔が引き攣ってる。気を遣わせてごめんなさいだな。「逃げんのかよ」私に続いて立ち上がった速水くんは私の手首を掴んだ。挑戦的な笑みを浮かべたその目に捕えられた。ああダメ、そこのドリンク彼にぶちまけたい。──よし!私、耐えた。「店長、失礼します」「ああ。気をつけて。速水、お前はちょっと残れ」あの人、そうちゃんじゃない!絶対!そうちゃんがあんなこと言うわけない!あんな皮肉めいた意地悪を言うような人、絶対そうちゃんじゃない。速水くん本人が名乗ったとしても絶対私は認めない!ああ、むしゃくしゃする。早くお風呂入って寝よう。私がバイトで深夜に家に帰ってくることに慣れた両親は、私が帰宅するのを待たずに毎回寝ている。最初はなるべく物音を立てないようにしていたけれど、通常の物音だったら特に問題無いようだから気にせずお風呂に入るようになっていた。浴室で何も身に付けていない自分の身体と鏡で対峙する。身体を知るって?最後まではしなかったけ
last update最終更新日 : 2026-09-14
続きを読む

あなたの知らない、新しい私に①

「ブレーキ踏みながらサイドブレーキ外して……違う、それアクセル!」助手席のブレーキを教官が踏んでくれたお陰で、私は事故を起こさずに済んだ。練習用の車に教官用のブレーキがあるってすごいな。無かったら事故ってるか。血液の逆流を初めて体感したGWからしばらく経った平日。私は駅から自転車で行ける範囲にある自動車教習所にいた。自動車教習所を車校《しゃこう》と呼ぶのはこちらの地方特有の方言だと同じ国語科の明有花《あゆか》が教えてくれた。「──はい、今日のところは大丈夫ですね」大丈夫、なのか?私のファイルにハンコを押した教官の判定基準がよくわからない。教官にブレーキ踏まれてもハンコを押してもらえたということは、今日のところは大丈夫だったのだろう。あの日以降、速水くんとバイトで顔を合わせることは無かった。店長の采配なのか、栗原さんか亜樹のどちらかとシフトを組まれていたから、速水くんから謝罪されることも無かった。そもそも自分が悪いと思っているかどうかも怪しい。悔しかった。人間、本当のことを言い当てられると腹が立つとはよく聞くものだ。そう、速水くんの言ってたことは本当のことだった。でもそれを彼が私に直接口にしていい程、私達は仲良くなっていなかった。不躾《ぶしつけ》とか。無作法とか。無神経とか。そんな単語ばかりが浮かんでいた。つまり私は、速水くんにまだ腹を立てている。新しいことを始めたかった。車の免許を取るということは、私にとって新しい世界を拡げるのにはうってつけだった。国語科の友達は皆、私と同じく車校に通い出した。大学は地下鉄の沿線上にあるから免許が無くても通える。でも同じサークルの持丸《もちまる》先輩の「大学卒業したときに運転免許持ってないと、身分証明書が保険証だけになっちゃうんだよ」というひと言で免許取得を決めた。サークルにも入っていた。色々迷った結果、児童館で子どもたちの遊び相手をするボランティアサークルに入ることにした。この水無瀬市立大で活動している部活動とサークルは沢山あった。ガチの人達が集まる部活動。性欲を満たす目的が見え見えなライトなスポーツサークル。趣味を追求する感じの文化部系のサークルと、私が入ったボランティアサークル。子ども相手のボランティアサークルには教育学部の学生が多い。この教育学部には、教師を志望する人が多い。え?私?通え
last update最終更新日 : 2026-09-15
続きを読む

あなたの知らない、新しい私に②

「──白雪、悪いが今日って入れるか?」「えっ……と、ちょっと、お待ちください」ええとええと?今日はバイト無かった日だけど、急遽誰か入れなくなって今ピンチってことだよね?サークルのミーティングが終わったところだった。この後移動して、みんなでご飯を食べに行こうか、というところだった。今私がいる場所からロミオまでは1時間以上移動に時間がかかる。「今近くにいないので、着くの19時ちょっと前になっちゃいますけど」「ありがとう!助かるよ」通話ボタンをタップして電話を切った。「桃歌、電話どうした?」「持丸先輩、私今からバイト入ることになっちゃいました」「ありゃ。誰か急病かな?」「理由は聞いてないですけど。多分そうかもです」「しょうがないね。バイト先に恩を売っておくのも大事だよ」「すいません、今日は帰ります」「うん。気をつけて」 車持ちの先輩に乗せてもらって近くのファミレスに行こうとしていたところだった。他の人達に挨拶できないけど、しょうがない。「えっ桃歌ちゃん帰るの?」「急にバイト入ることになっちゃって」北山先輩が駅に向かう私を呼び止めた。このサークルではリーダー的な役割をしているっぽい先輩だ。「駅まで送ろうか」「いえ、みんなファミレスに移動してますし。先輩遅れちゃうんで」「車だから大丈夫。ほら、乗って」北山先輩はあまり良い噂を聞かない。サークル内に特定の彼女がいるにも関わらず、それ以外の人とも……といった話が絶えない。勿論サークル内の人が相手だ。私に対しても基本距離が近い。この先輩は、女なら誰でも良いのかもしれない。イケメンでも何でもないのに何故モテるのだろうか?できればあまり近づきたくなかった人種だ。駅まで歩くと結構な距離だし、店がピンチならなるべく早く着いた方がいい。歩くよりも車で送ってもらった方が楽。今後サークルを一緒にやっていく相手なんだから、変な展開は無いだろう。そんな安易な考えで北山先輩の車の助手席のドアを開けた。「バイト先、どの辺り?」「黒川です」「黒川?ここから近いじゃん。送ってあげるよ」「えっ。あの、北山先輩、今からゴハンじゃ」「俺一人遅れたって問題無いでしょ。一旦解散してるし」既に車は最寄りの堀田駅とは反対方向へと向かっていた。北山先輩、本当に黒川まで送ってくれるつもりなんだ。でもこの先輩、彼女いる
last update最終更新日 : 2026-09-15
続きを読む
前へ
123456
...
8
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status