声を失った少女を助けたら、冷徹CEOの契約妻になりました ~一年だけの偽装結婚なのに「君とこの子を、もう二度と手放さない のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

60 チャプター

第21話 この家の中に、敵がいる

第21話 この家の中に、敵がいる 本邸へ戻るまでの車内で、結衣と玲司はほとんど会話をしなかった。 篠崎から届いた写真は、玲司のスマートフォンにも転送されていた。 そこに写っているのはエマだった。 昨日の午後、庭の温室近くで一人、しゃがんで花を見ている。 ごく普通の姿だった。 だからこそ怖い。 エマが泣いているわけでも、誰かに連れ去られようとしているわけでもない。ただいつもの家で、いつものように過ごしているだけなのに、その日常を誰かが無断で覗き、撮影し、送りつけてきた。「これ、外から撮れます?」 結衣が画面を拡大しながら尋ねた。「難しい」 玲司の声は硬かった。「温室の東側には高い塀がある。外からこの角度は無理だ」「じゃあ敷地の中」「ああ」「使用人さんとか、警備の人とか」「まだ決めつけるな」「分かってます」 結衣は唇を噛んだ。 分かってはいる。 誰かを疑い始めればきりがない。 この数日、自分にもよくしてくれた人たちがいる。食事を用意してくれる料理人、部屋を整えてくれる使用人、エマが学校へ行けない間も笑顔で付き添ってくれていた人たち。 その中に一人、敵がいるかもしれない。 そう考えるだけで胸が重くなった。「エマちゃんには?」「まだ言っていない」「そのほうがいいと思います」「ああ」 玲司が短く答えた。 しかし数秒後。「結衣」「はい」「君は今夜、別の場所へ移れ」 結衣はゆっくり顔を向
last update最終更新日 : 2026-09-22
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第22話 家族同然だった男を、疑う夜

第22話 家族同然だった男を、疑う夜 榊宗一郎という名前を聞いた瞬間、玲司は何も言わなかった。 怒鳴りもしない。 机を叩きもしない。 ただ、拡大された写真を見たまま、完全に表情を失った。 結衣はこの数日で分かるようになっていた。 玲司は本当に動揺したときほど、静かになる。「榊さんって……家令の方ですよね」「ああ」 答えたのは篠崎だった。「九条家に四十年以上仕えております。玲司様とお兄様が幼い頃から、本邸の管理を任されてきた方です」「エマちゃんとも?」「もちろんです。エマ様がお生まれになった頃から存じております」 結衣は玲司を見る。「玲司さん」「……何だ」「この時計だけで決めつけないほうがいいと思います」「分かっている」 返事はすぐだった。 けれど声が硬い。「同じ時計なんて、探せばあるかもしれません」「これは祖父が榊に贈ったものだ」「え?」「勤続三十年の祝いに。古い銀時計で、裏に九条家の紋が刻まれている」 玲司は画面を拡大する。 ぼやけた反射。 それでも、特徴的な形だけは分かる。「俺も何度も見た」 だからこそ苦しいのだ。 知らない人間なら疑いやすい。 裏切られても、怒ればいい。 しかし、自分が子供の頃からいた人間となれば話が違う。「榊さんは今どこに?」「本邸におります」 篠崎が答えた。
last update最終更新日 : 2026-09-23
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第23話 三人だけの家は、思ったより狭かった

第23話 三人だけの家は、思ったより狭かった 九条家が所有する「安全な場所」と聞いて、結衣は地下施設のようなものを想像していた。 監視カメラに囲まれ、分厚い鉄扉があり、窓もほとんどないような場所。 ところが夜十一時を回って到着したのは、都心から車で二時間ほど離れた湖畔の小さな別荘だった。「……小さい」 車を降りた結衣が思わず言うと、玲司が横を見る。「さっきまで俺の家を大きすぎると言っていた人間の台詞とは思えないな」「九条家基準で小さいって意味です。普通に見たら十分大きいですよ」 二階建ての木造住宅だった。 九条本邸のような威圧感はない。庭も必要以上に広くなく、玄関から湖まで歩いて行けそうな距離にある。 外には警備担当者が数人いるが、屋内へ入るのは結衣、玲司、エマの三人だけだという。「使用人さんはいないんですか?」「いない」「料理は?」「俺たちで何とかする」 結衣は玲司を見る。「あなた、電子レンジの時間で止まる人ですよね」「いつまで言うつもりだ」「死ぬまで言うかもしれません」「一年契約だろう」「そこ、真顔で返します?」 玲司が少し笑った。 エマは二人の間で、きょろきょろと別荘を見ている。 怖がっている様子はなかった。 むしろ本邸を出られたことが、少しした旅行のように感じられているらしい。『ここに泊まる?』『うん。しばらくね』『三人だけ?』『家の中はね。外には守ってくれる人もいるよ』 エマは嬉しそうに頷いた。 その表情を
last update最終更新日 : 2026-09-24
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第24話 七年前の事故報告書に、消された一行

第24話 七年前の事故報告書に、消された一行 玲司が電話を切ったあとも、湖畔の別荘には朝の静けさが残っていた。 窓の外では薄い朝霧が水面を覆い、鳥の声まで聞こえる。 昨日までなら、少し贅沢な避難生活の朝だと思えたかもしれない。 だが今は違った。「事故報告書って」 結衣が先に口を開いた。「七年前の、エマちゃんのご両親が亡くなった事故ですよね」「ああ」 玲司はまだスマートフォンを握ったままだった。 表情が硬い。「何が違ってたんですか」「まだ詳細は聞いていない」「じゃあ篠崎さん、今からこっちへ?」「資料を持って来る」「玲司さん」「何だ」「無理に今すぐ全部見なくてもいいですよ」 玲司が結衣を見る。「何を言っている」「だって」「七年間、事故だと思っていた。それが違う可能性があるなら、見る」 答えは早かった。 でも、その声は少し掠れている。 結衣はそれ以上止めなかった。 代わりに聞いた。「朝ご飯、食べます?」「今それか」「今だからです」「食欲はない」「そう言うと思いました」 結衣は立ち上がった。「エマちゃんが起きる前に、パンだけでも焼きましょう」「結衣」「何です?」「俺は子供じゃない」「知ってます。でも大人は、つらいことがあると食べなくていい法律でもあるんですか」「ない」
last update最終更新日 : 2026-09-25
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第25話 「あなた一人で来てください」

第25話 「あなた一人で来てください」 安西智之から届いた三行のメッセージを前にして、結衣と玲司はしばらく黙っていた。『連絡を待っていました。七年前の事故について、私は今も話していないことがあります。』『ただし、九条グループの人間が同席するなら、私は何も話しません。』 そして最後に、連絡可能な時間だけが記されている。 今夜、日本時間の午後九時。 オンライン通話なら応じるという。「まずは会いに行く必要ないじゃないですか」 結衣が言うと、玲司は険しい顔のまま画面を見ていた。「直接会ったほうが確実だ」「さっき一緒に考えるって言いましたよね」「ああ」「じゃあ、まずオンラインです」「しかし」「しかし禁止です」「そんな約束はしていない」「今作りました」「勝手だな」「玲司さんにだけは言われたくありません」 結衣は腕を組んだ。 玲司も引かない。 篠崎は二人の間で、どちらへ口を挟むべきか迷っているようだった。「安西さんは九条グループを警戒しています」 結衣は続けた。「いきなり玲司さんがカナダまで行ったら、余計に警戒されるかもしれません」「俺が行かず、君だけ行くほうが危険だ」「だから今日は行かないって言ってるんです」「では今夜の通話は?」「私が出ます」 玲司の表情が変わった。「一人で?」「隣の部屋にいてください」「同じ部屋では駄目なのか」「九条グループの人間が同席したら話さないって書いてあるで
last update最終更新日 : 2026-09-26
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第26話 あなたを一人で行かせない方法

第26話 あなたを一人で行かせない方法 翌朝、結衣が目を覚ますと、玲司はすでにダイニングテーブルでノートパソコンを開いていた。 窓の外には昨日と変わらない湖が広がっている。朝靄の向こうで水面が白く光り、こんなに静かな場所にいるのに、自分たちは七年前の事故と現在の脅迫事件を同時に追っている。「おはようございます」 結衣が声をかけると、玲司が顔を上げた。「おはよう」「寝ました?」「ああ」「何時間?」「四時間」「それ、私が言ったら怒るやつですよね」 玲司が黙る。「人に言うことは自分でも守ってください」「考えることが多かった」「私だって多いです」「君は寝ていた」「寝ないと考えられなくなるからです」 結衣は向かいの椅子へ座った。「それで」「ああ」「昨日の続き」 玲司も画面を閉じる。 仕事を途中で止めた。 それだけで、結衣は少しだけ驚いた。「考えた」「私もです」「先に言っていいか」「どうぞ」「君一人では行かせない」「昨日と変わってないじゃないですか」「最後まで聞け」「……はい」 玲司は少し嫌そうな顔をした。「俺もカナダへ行く」 結衣が目を細める。「安西さんとの約束は?」「会わない」「え?」「君が安西と会う間、俺は別の場所にいる」
last update最終更新日 : 2026-09-27
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第27話 疑うなら、証拠を持ってきなさい

第27話 疑うなら、証拠を持ってきなさい 高城直臣という名前が出てから、玲司はしばらく一言も話さなかった。 九条グローバルホールディングス常務執行役員。 現在の担当は、リスク管理とコンプライアンス統括。 つまり、社内で何か問題が起きたとき、最も早く情報を集められる立場にいる人間だ。 そして七年前。 兄夫婦が亡くなった航空事故当時、高城は九条航空の安全管理部長だった。「玲司さん」 結衣が声をかけると、玲司はようやく顔を上げた。「高城さんって、どんな人なんですか」「有能だ」「それは分かります。今の役職を見る限り」「感情を表に出さない。判断が速い。事故後の九条航空再建にも関わった」「玲司さんとは?」「仕事上では信頼していた」 過去形だった。 結衣はそこに触れず、少し考えてから尋ねる。「七年前の事故のあと、高城さんを今の立場まで上げたのは?」「俺だ」 その答えは重かった。「俺が本社へ引き上げた」 結衣は何も言えなかった。 玲司が続ける。「航空部門の混乱を収めた。事故対応も早かった。当時の俺は、それを評価した」「じゃあ、もし高城さんが事故に何か関わってたら」「俺は七年間、あいつに権限を与え続けたことになる」「まだ決まってません」 結衣はすぐに言った。「名前が出ただけです」「ああ」「証拠もない」「ああ」「だから、今ここで自分を責めるの禁止です」 玲司が少しだけ眉を上げた。
last update最終更新日 : 2026-09-28
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第28話 「整備記録を消したのは、私です」

第28話 「整備記録を消したのは、私です」『あなたが安西智之と連絡を取ったことも、私は知っています』 電話の向こうから聞こえた高城直臣の言葉に、結衣は何も返せなかった。 目の前には玲司がいる。 その隣には美佐子。 少し離れた場所では篠崎が、すでに別の端末を手に取っていた。 誰も声を出さない。 高城は、玲司には内密に話したいと言った。 だが結衣には、最初からそれを守るつもりはなかった。「高城さん」『はい』「先に一つ言います」『何でしょう』「今、玲司さんもここにいます」 玲司が結衣を見る。 高城は黙った。「スピーカーです。美佐子さんと篠崎さんもいます」『……そうですか』「黙って話を聞いて、それをあとで玲司さんに隠すことはできません」 数秒の沈黙。『私が、社長には内密にと申し上げても?』「はい」『なぜです』「これ以上、誰かを信用するために誰かへ嘘をつくのは嫌だからです」 電話の向こうで、小さく息を吐く音がした。『やはり、あなたへ電話して正解だったようですね』「どういう意味ですか」『その答えを聞きたかった』 玲司の眉が寄る。「高城」 初めて玲司が口を開いた。『玲司社長』「何が目的だ」『相変わらず結論を急がれますね』「七年前の事故に関する情報を隠していた人間に、世間話をするつもりはない」『…&h
last update最終更新日 : 2026-09-29
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第29話 初めて離れて眠る夜

第29話 初めて離れて眠る夜 出発は、まだ空が白み始める前だった。 湖畔の別荘の前に黒い車が二台停まり、警備担当者たちが声を潜めて荷物を積み込んでいる。 表向き、九条玲司と婚約者の相沢結衣がカナダへ向かうのは三日後。 今日二人が日本を離れることを知っているのは、ごく限られた人間だけだった。 結衣は玄関で靴を履きながら、二階を何度も見上げた。「やっぱり、起こしてきます」 隣にいた玲司が時計を見る。「まだ四時半だぞ」「だからって黙って行けません」「昨夜説明しただろう」「説明したのと、朝ちゃんと顔を見て出るのは別です」 玲司は少しだけ考えたあと、頷いた。「分かった。俺も行く」 二人で二階へ上がった。 エマの部屋をそっと開ける。 眠っていると思っていた少女は、ベッドの中で目を開けていた。「起きてたの?」 結衣が驚いて近づく。 エマは毛布を胸元まで抱えたまま、手を動かした。『寝たら、いなくなる気がした』 結衣の胸が痛んだ。 昨夜、何度も説明した。 朝に出る。 必ず起こす。 帰る日も連絡する。 それでも、エマの中に残っている恐怖は、言葉だけでは簡単に消えない。『ごめんね。起きるまで待たせちゃったね』 エマは首を横に振った。 玲司もベッドの近くへ腰を落とす。「黙って行かないと約束しただろう」 結衣が手話へ変える。 エマは頷く。『覚えてる』「だから来た」
last update最終更新日 : 2026-09-30
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第30話 七年前の真実を、あなたへ持ち帰る

第30話 七年前の真実を、あなたへ持ち帰る 翌朝、結衣がホテルの部屋を出る準備をしている間、玲司はほとんど喋らなかった。 昨日までは「あれを持て」「これは必要か」「位置情報は切るな」と何度も確認していたのに、いざ出発の時間になると、窓際に立ったまま黙っている。 結衣はコートを羽織り、バッグの中身をもう一度確認した。 財布。 旅券。 現地用端末。 エマから預かった白いウサギ。 そして、安西から資料を受け取った場合に使う耐水性の書類ケース。「準備できました」「ああ」「玲司さん」「何だ」「顔が怖いです」「普通だ」「この数日で、普通の顔と怖い顔くらい見分けられるようになりました」 玲司が結衣を見る。「やはり俺も行く」「昨日約束しました」「駅までなら」「駄目です」「では駅の近くまで」「距離を少しずつ縮める交渉やめてください」「君一人を行かせるほうがどうかしている」 結衣は小さく息を吐いた。 やっぱり黙っていたのは、諦めたからではない。 ずっと我慢していたらしい。「私だって一人で行きたいわけじゃないですよ」「なら」「でも、安西さんは七年間誰も信じられなかったんです。今ここで私たちまで約束を破ったら、もう話してくれないかもしれない」「資料より君のほうが重要だ」「知ってます」 あまりに当然のように言われたので、結衣も自然に返してしまった。 数秒後。 二人とも少し黙る
last update最終更新日 : 2026-10-01
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