第31話 七年分の「ごめん」を、今さら兄に返せない 玲司は、すぐには何も言わなかった。 ホテルの廊下で結衣の手を握ったまま、ただ立ち尽くしている。 表情がない。 怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えない。 けれど結衣には分かった。 今、この人の中では七年間積み上げてきたものが、一度に崩れている。「……部屋、入りましょうか」 結衣が静かに言った。 玲司は返事をしなかったが、拒みもしなかった。 二人で部屋へ入る。 結衣がドアを閉める間も、玲司は窓の近くに立ったまま動かなかった。 手だけは離れている。 それなのに結衣は、さっきまで握られていた指先が妙に冷たく感じた。「玲司さん」「兄は」 ようやく声が出た。「俺が自分を責めると思っていたんだな」「たぶん」「事故の前から」「はい」「俺が代わってくれと頼んだことを、気にすると分かっていた」 結衣は何も言わず頷いた。 玲司は窓の外を見る。 バンクーバーの街。 遠い外国。 七年前の日本とは何もかも違う場所なのに、今の玲司にはあの日しか見えていないようだった。「……馬鹿だな」 小さな声だった。「誰がですか」「俺だ」「それは禁止したはずです」「今だけは聞け」 結衣は黙った。「兄が俺に頼まれたから飛んだ。それだけを七年も握っていた」 玲
最終更新日 : 2026-10-02 続きを読む