浩輔は、魂が抜けたように重い足取りで、仮住まいの賃貸マンションに戻った。かつての家に比べれば、ここはぬくもりのかけらもない、がらんどうの冷たい箱だった。引っ越すときは、これは一時的なものだと思っていた。いずれあの家へ戻るのだと。けれど、家が売られたという決定的な事実が、彼に思い知らせた。自分と千夜子は、本当に離婚したのだ。かつての家には戻れない。そこにいた人の姿も、もうどこにも見当たらない。浩輔には、大学で千夜子を待ち伏せするしか手がなかった。翌日、仕事のあとに彼女の研究室を訪ねると、意外にも紗和の姿もあった。千夜子は冷ややかに彼を一瞥しただけで、黙々と帰り支度を始めた。ペンを置くなり、前日のいざこざなど悪い夢だったかのように、紗和は浩輔のそばへ愛想よく寄ってきた。「ねえ、行こー?ご飯は激辛ラーメンにしましょうよ」浩輔は表情を変えずに、紗和から半歩ほど離れた。言葉は紗和に向けながら、目はずっと千夜子を捉えている。「先に行っていてくれ。千夜子に話がある」紗和の笑顔が不自然に固まった。唇を噛み、しばらくしてやっと絞り出す。「……学食で待ってる」気にしていないふうを装って出ていったが、扉の外の壁の陰に身を潜め、ふたりの会話に聞き耳を立てた。部屋が、しんと静まる。浩輔は軽く咳払いをして千夜子へ歩み寄ったが、彼女は嫌悪もあらわに1歩退いた。口まで出かかっていた気遣いの言葉は、その拒絶の1歩に遮られ、彼の喉の奥へ呑み込まれた。ようやく開いた口からは、責めるような言葉がこぼれた。「……どうして、あの家を売った?」扉の外で聞いていた紗和は、その責めるような口調に口元をゆるめ、ようやく安心して立ち去った。千夜子はひどく冷ややかに彼を見た。「あの家には、あなたが暮らした痕跡があったから。1秒だっていたくなかったのよ」その表情はどこまでも真剣で、かつて怒った浩輔がぶつけてきた売り言葉とは、まるで違っていた。あのころは、腹立ちまぎれの言葉だった。今のは、紛れもない本心だ。言い終えると、千夜子はもう話す気もなく、彼の脇をすり抜けて出ていこうとする。すると浩輔が、ふいに言った。「……まだ紗和を指導してくれて、ありがとう」千夜子は淡々と答えた。「どれだけ大変でも、約束したことは
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