寝室に鍵をかけた日から子どもにちゃんとした家庭を残したくて、私・一ノ瀬紗弥(いちのせ さや)は殺気を畳み、三年間、みじめな専業主婦を演じてきた。
夫・一ノ瀬誠司(いちのせ せいじ)が家に帰らない夜が続き、不穏な噂がいくつ耳に入ってきても、私は耐え、信じることを選んだ。
――あの日までは。
病気の娘・一ノ瀬美桜(いちのせ みお)を、誠司が白川瑠華(しらかわ るか)を庇うために突き飛ばした。その光景を、この目で見た瞬間。
恋に溺れていた私は死んだ。
目を覚ましたのは、名を聞くだけで裏の世界が震える――人間兵器と呼ばれていた存在だった。
離婚?
……冗談は、寝てから言え。
私は薄く笑い、後ろ手で寝室の鍵をかける。
「あなた、ちゃんと『話し合い』をしましょう」
その日から、誠司の悪夢が始まった。
顎を外され、脇腹の急所を叩かれ、関節技で完全に押さえ込まれても――
病院では「異常なし」。通報すれば「夫婦喧嘩」「被害妄想」で片づけられる。
青あざだらけで膝をついた誠司は、泣き叫んだ。
「頼む……離婚してくれ……財産は、全部放棄する……!」
私は手の甲についたハンドクリームを塗りながら、淡々と言った。「……気分次第ね。今日のレッスンは、まだ終わってないわ」