人生は駆け足で別れて5年。俺――松本直哉(まつもと なおや)は、整備工場で石田奈緒(いしだ なお)と顔を合わせた。
奈緒は「うちの旦那、本当に情けないわ。運転ひとつ満足にできないんだから」と愚痴をこぼしながら、車のドアにもたれ、不機嫌そうな声で保険会社に電話をかけていた。
車体の下からすっと滑り出ると、作業着も顔も油まみれで、頬まで黒く汚れていた。
奈緒はそれに気づいて、しばらく固まった。
それから、ぎこちなく言葉を絞り出した。
「直哉……ちゃんと見て。工賃は上乗せするから」
「いらない。相場どおりでいい。うちは評判で食ってる、ぼったくりはしない」
断ったあと、レンチを取り、下回りのボルトに手を伸ばした。
ところが奈緒が呼び止めてくる。視線はやけに複雑だった。
「昔さ……高いところ苦手だったよね。電球替えるのも怖がってた」
頬の油を拭い、営業用の笑顔だけ作って、奈緒を少し下がらせた。
「仕方ないよ。仕事だから。
食っていくには、な」