場面ごとにへりくつが投げられる理由は、多層的な人間関係の配慮から来ていることが多い。若い頃から物語を追いかけてきた身として、僕はへりくつを単なる嘘や逃げの技術と見なさない。まず、当人の目的が重要だ。自己保身であれば説明責任から逃れるための方便になるし、誰かを守るためなら真実を曲げてでも危機を回避しようとする倫理的ジレンマが顔を出す。
また、社会的地位や期待に縛られたキャラクターは、外面を整えるために巧妙な理屈を用いる。これは説得術というよりもサバイバル術だ。さらに、心理的に言えば、へりくつは自分の決断に対する後付けの正当化でもある。行動のブレを自分で
埋め合わせるために、物語の中で言葉を積み重ねていく過程を見ると、人間の弱さと逞しさが同居しているのが伝わってくる。
ゲーム的な駆け引きを描く作品では、へりくつが戦術として使われることもある。『ペルソナ5』のような舞台では、偽りの言葉が他者の反応を引き出し、状況を有利に動かす一手になりうる。僕はそうした言葉の応酬を、キャラクターの成長や関係性の変化を映す重要な要素として捉えているし、単なる悪意だけでは説明できない複雑さがそこにあると感じる。