音が場面の空気を支配するさまを見ると、作曲チームの綿密さがよくわかる。まず、監督との最初のスポッティングで曲の役割が決まる場面を想像する。ここでどの瞬間に何を伝えたいか、どのキャラクターにテーマを割り当てるかが
白紙から形作られていく。'
とどこおる'の場合、テーマは「停滞」と「内的変化」の二軸で設計され、それぞれにモチーフが与えられた。短いモチーフを場面ごとに展開していくことで、音楽が感情の微妙なズレを拾い上げる役割を果たしている。
制作は大きく分けてプリプロダクション、モックアップ制作、本録音、ミックスの流れに沿って進む。プリ段階でチームはテンポ感と音色の方向性を試すために既存の楽曲(いわゆるテンプレート音源)を参照しながらテンポやキーを決定する。モックアップではピアノや弦、電子パッドなどのサンプル音源でスコアを組み、映像に合わせて細かく変更。ここで監督が「もう少し息を潜める感じ」「背景のざわめきを残したい」といった指示を出し、それに合わせてアレンジが詰められていく。
本録音では、室内楽編成の少数精鋭を使って人肌のある音を目指したり、伝統楽器を一部分に差し込んで異質感を与えたりする選択が行われる。録音後はサウンドデザインと密に連携して、効果音とスコアがぶつからないように帯域やダイナミクスを調整する。最終的にミックスで余韻や間を強調することで、曲は画面の沈黙や間合いと一体化していくのだ。個人的には、この手順が一番面白くて、音がどうやって意味を帯びるのかを見るのがたまらない。'風立ちぬ'の静謐さや、ある種の映画音楽が場面を支える様子と通じるところがあって、そこに心を奪われたことを覚えている。