顔立ちだけを連ねるだけの描写は読者を遠ざける。僕が小説を書くときは、まずその“顔”が何を語るのかを考えるようにしている。目の光の具合、笑いじわ、口元の癖──こうした小さな運動は単なる美しさを超えて、その人物の歴史や性格、日常の態度を示してくれる。たとえば眉と口元の微妙なずれが、礼儀正しさの裏に隠れた疲労や不安を匂わせる。そういう細部があると、読者は「ただ美しい」以上のものを感じ取るんだ。
身振りや声、行動によって外見を活かすのも大事だ。揺れる髪や完璧に手入れされた指先だけで終わらせず、その人物がどう動くか、どう人と向き合うかを見せる。食べ方、服の扱い、鍵のかけ方といった日常の所作に魅力を宿らせると、読者は自然に親しみを覚える。さらに他者の反応を書き込むと効果的だ。周囲の人物が見せる視線やため息、嫉妬や尊敬の混ざった声は、外見の説明を補強してくれる。たとえば『
高慢と偏見』におけるミスター・ダーシーの寡黙さや、『黒執事』のセバスチャン的な所作は、単なる顔面の良さ以上に魅力を増幅させる。
欠点や脆さを与えるのを恐れないでほしい。完璧無欠な美形は遠く冷たい存在になりがちだが、ちょっとした不器用さや恥ずかしさ、過去の傷が見えると一気に人間味が増す。矛盾する欲望や罪悪感、失敗からの立ち直りといった内面の動きを外的描写と絡めれば、読者はその人物に共感しやすくなる。最後に、比喩は控えめに、具体と動作で語ることを勧める。顔のパーツの羅列ではなく、それらがどう世界と関わるかを描く。そうすれば、読者は見た目の美しさだけでなく、その人物の“存在”そのものに引き込まれていくはずだ。