翻訳を比べると、新しい版は語り口の“現代化”にかなり慎重でありつつも、読者に近づける工夫を随所に施していると感じます。原文の簡潔で無装飾な一人称が持つ乾いた感覚、つまり感情の起伏を控えた平坦な語りは物語の核心なので、多くの翻訳者がそこを壊さないように苦心しています。ただし、言葉遣いの選択や文のつなぎ方、助詞や句読点の扱いといった細部で現代日本語のリズムに合わせる調整が入るため、読み手に与える印象は確実に変わります。たとえば語尾を固くしすぎず、会話のような
素っ気ない口調を保つことで、昔の訳よりも“いまの読者”の耳に自然に響くようにしています。
文体的な現代化は主に語彙と文の長さ、そしてリズム感の調整に表れます。古い訳はしばしば文語的な表現や硬い言い回しを選びがちで、結果として主人公の無関心さや冷淡さが遠回しに伝わってしまうことがありました。新訳では無駄な形容を削ぎ落とし、短いセンテンスを活かした直截的な日本語を用いる傾向があります。これにより、原文が持つ“事実を淡々と並べる”感じが保たれる一方で、読みやすさが向上し、若い世代にも受け入れられやすくなります。また、会話体の扱いも柔軟になり、人物間のやりとりがより現代的なニュアンスで伝わることが多いです。
一方で難しいのは、原作にある微妙な無関心や倫理的な曖昧さ、そして植民地アルジェリアという背景に起因する空気感をどこまで“現代語”に落としてしまうかという点です。言い換えや補足説明を入れて読みやすくする手法は親切ですが、同時に語り手の不在や疎外感という重要なテーマを薄めるリスクがあります。だから多くの新訳は脚注や解説を別に設け、本文自体は可能な限り直截的に保とうとしています。これにより現代語での読みやすさと原作の持つ距離感の両立を図っているのです。
総じて言えば、新訳は語り口を完全に「現代口語」に書き換えるわけではなく、必要な範囲で調律を行うことで現代読者の感性に合わせている印象です。言葉の選び方や構文のリズムを現代に寄せることで読みやすさを高めつつ、語り手の冷たさや曖昧な倫理観という核は尊重する——そんなバランス感覚が新訳の特徴だと思います。