翻訳の現場でよく悩むのは、『
木で鼻を括る』という日本語の微妙なニュアンスをどう英語の字幕に落とすか、ということだ。元の成句は冷たく突き放す・そっけなくあしらうという意味合いで使われるけれど、それが場面によって皮肉っぽかったり、怒り混じりだったり、単に事務的だったりする。私の経験上、直訳的に説明調の文にすると字幕として軽やかさを失うので、まずは話者の感情と字幕スペースを優先して訳語を選ぶべきだと思う。
英語での自然な候補を列挙すると、トーンによって使い分けが有効だ。軽く突き放すニュアンスなら“brush someone off”が便利で会話にもよく合う。無視や冷たい態度を表すなら“give someone the cold shoulder”がよく知られているが、やや長めなので字幕の文字数制限に注意したい。露骨に怒って突き放す場面なら“snap at someone”や“shut someone down”が鋭さを出す。“snub”は簡潔でフォーマル寄り、ナレーションや文章的な字幕に向く。もっと短く、即時性を重視するなら“whatever”や“get lost”のようなフレーズで感情を凝縮する手もある。ただし“get lost”は強い侮蔑を含むので、人物像や視聴対象の寛容度を考慮して使うべきだ。
具体的な字幕例をいくつか挙げるとイメージしやすい。元の文が「彼女は彼の頼みを木で鼻を括った。」なら、カジュアルで軽い拒絶なら“She brushed him off.”、冷たい無視を強調したければ“She gave him the cold shoulder.”、言葉で突き放す場面なら“She snapped, ‘No’.”や“She shut him down.”が効果的だ。短いやり取りでテンポを崩したくない場面では“She just said, ‘No’.”で十分伝わることも多い。別の例で、誰かが質問に対してそっけなく対応した場合は“He was curt with her.”や“He dismissed her.”がナレーション向けの落としどころになる。
最終的に私が字幕翻訳で重視するのは、登場人物のキャラ性とその瞬間の空気感を英語で同じ速度感と温度で再現することだ。スペースに余裕がなく短く済ませたいときは“brush off”“snub”“shut down”のような動詞を使い、情緒を丁寧に見せる場面では“give the cold shoulder”や“dismiss”で微妙な距離感を表現する。翻訳は単なる語彙の置き換えではなく、視聴者の感受性に合わせたリズム作りだと私は考えている。