モラトリアム期間という言葉は、心理学で使われる概念で、主に青年期に社会的な責任や決定を先延ばしにしている期間を指します。例えば、大学院に進んで就職を先送りにしたり、就職活動を控えめに行うような状態です。この期間は社会的に許容される『猶予期間』というニュアンスが強いですね。
一方ニートは『Not in Education, Employment or Training』の略で、教育も受けておらず、働きもせず、職業訓練もしていない状態を指す厳密な統計用語です。モラトリアムが一時的な猶予だとすれば、ニートはより長期化・固定化した状態と言えるでしょう。両者の決定的な違いは、社会との関わり方にある気がします。モラトリアム期間の人々は将来への模索を続けていますが、ニート状態の人々はその模索さえ停止している場合が多いのです。
すねかじりという言葉には、経済的に誰かに依存しているというニュアンスが強く含まれている。親や配偶者など特定の人物から生活費を出してもらいながら、自立する努力をしない状態を指すことが多い。
一方ニートは『Not in Education, Employment or Training』の略で、教育や仕事、職業訓練のいずれにも参加していない若者を指す。経済的な依存関係よりも、社会参加の有無に焦点が当てられている。
この二つは重なる部分もあるが、すねかじりが人間関係に根ざした概念なのに対し、ニートは社会統計的な分類と言える。どちらも現代社会が生み出した現象で、背景には複雑な要因が絡んでいる。
世間ではよく混同されがちなニートとフリーターの違いについて、特に就職意欲に焦点を当てて考えてみたい。
ニートとは『Not in Education, Employment or Training』の略で、文字通り学業・仕事・職業訓練のいずれにも従事していない状態を指す。彼らは就職活動そのものに消極的で、社会参加への意欲が薄い傾向がある。例えば『NHKにようこそ!』の佐藤達広のようなキャラクターが典型的で、自宅に引きこもりがちな生活スタイルが特徴だ。
一方フリーターはアルバイトやパートで生計を立てている。『働く意志』はあるが、正規雇用を目指さない点が異なる。『フリーター、家を買う。』の主人公のように、将来設計が曖昧なまま現状維持を選ぶケースも少なくない。就職意欲そのものはある程度保たれているが、安定より自由を優先する価値観が背景にある。
この違いを理解する鍵は、『社会との接点をどう捉えているか』にある。ニートが外界との関わりを最小限にしようとするのに対し、フリーターは一定の労働を通じて社会と繋がりを保とうとする。就職意欲の有無というより、社会参加のスタイルの違いと言えるだろう。
モラトリアム人間とニートの違いを考える時に、まず注目したいのはその心理状態の違いだ。前者は進路や将来について迷いながらも、何らかの形で社会との接点を保っていることが多い。大学院に通ったり、アルバイトをしながら自分探しをしているようなイメージ。
一方、ニートは文字通り『Not in Education, Employment or Training』で、社会参加から完全に距離を置いている状態。友達と会うのも億劫で、昼夜逆転の生活を送っているケースも少なくない。モラトリアムが通過儀礼的な要素を含むのに対し、ニートはより深刻な社会問題として捉えられることが多いんだ。