舞台に立つ瞬間、最初に考えるのは観客の視線の流れだ。悪魔的な魅力を放ちながらも、誇張に流れすぎず、生身の人間らしさを残すという
二律背反をどう扱うかが一番の難所だと感じる。'ファウスト'の
メフィストは誘惑者であり観察者でもあるため、台詞の一つ一つに意図を持たせつつ、相手役に呼吸を与えるバランスを取らなければならない。言葉の速度や間の取り方、目線の送り方で善悪の曖昧さを表現する必要があるが、やりすぎれば軽薄に、控えすぎれば無表情になる危険がある。
衣装や小道具が演技を制約することも多い。重いマントや細かい装飾は身体の動きを限定する一方で、存在感を高める武器にもなる。舞台の奥行きや照明との相互作用を考えながら、表現の強弱を身体全体で調整する訓練が欠かせない。また、古典作品における言語表現や韻律を現代の観客に伝えるには発声法と語感の微調整が重要で、声量と語尾の変化でキャラクターの計算高さを示す場面が多い。
精神的な持久力も無視できない。狡猾さと余裕を常時保ちながら、内側では感情の細い糸を張り詰めている状態を維持するのは消耗する。共演者と築く化学反応やその日の観客の反応によって微妙に演技の温度を上げ下げする柔軟さも求められる。結局のところ、メフィストは単なる悪役以上に“魅力的な倫理の揺らぎ”を体現する役だから、その微妙な均衡感覚を毎回更新し続けるのが腕の見せどころだ。