舞台で
燕返しの「痛み」や「高さ感」を観客に納得させるとき、いつも心の中で二つの原則がぶつかり合う。ひとつは絶対的な安全、もうひとつは視覚的なリアリティ。どちらかを取ればもう片方が薄れることが多いから、バランスを取る工夫に時間をかけることが多い。まず稽古段階での細かい分解が必須になる。動きをテンポごとに分解してスローで確認し、加速していく中でどの瞬間に補助具が作動し、どの瞬間に観客の視線を誘導するかを決めていく。
具体的には、小型のワイヤーとハーネスを極力目立たなく仕込むこと、そして着地が必要な場合はマットやクッションを工夫してセットの中に溶け込ませることが多い。ワイヤーの角度を少し変えるだけで回転の見え方が劇的に変わるし、着地位置に曲線をつけると人が弾かれたように見える。それから、衣装や小道具の「壊れ方」を設計する。例えば刀が折れる瞬間や袖が引っ張られるタイミングに連動して小さな音響を入れると、実際の衝撃がなくても観客には強いインパクトが残る。ここで大切なのは、物理的に危険な動きをする直前に必ず複数の安全確認を行うこと。動きを担当する役者と見守るスタッフの間で合図を決め、もしも合図が聞こえなければ中止するルールを徹底する。
演出面の工夫も忘れない。照明で視線を限定して、燕返しの瞬間だけ周辺の情報を落とす。音響で瞬間の“重量”を出す。カメラがない舞台だからこそ、観客一人ひとりの視線操作が効く。舞台装置の隙間や影を利用して足場や補助具を隠すと、動きが浮遊して見える効果が出る。稽古は段階を踏んで、まず低速での運動学的確認、次にフルスピードの通し、最後に通しでの安全確認と救護プランの最終チェックという流れが確実だ。どんなに映える一瞬でも、最優先は人の安全である。そこを守ることで、初めて観客に胸を打つ燕返しを届けられると信じている。