この二つを比べる時、『能動性』が鍵になる気がします。隠遁生活を送る僧侶や
隠者は、あえて不便を選ぶことで精神を研ぎ澄ませようとします。比叡山の修行僧のように、厳しい戒律の中であえて世俗の快楽を捨てる選択です。対して退蔵はどちらかと言えば受動的で、『隠さざるを得ない』事情が背景にあります。
具体例を挙げると、『竹取物語』のかぐや姫は月の世界へ退蔵したと言えますが、これは彼女の意志ではなく運命でした。一方、『徒然草』の兼好法師は自ら進んで隠遁者の道を歩み、その観察眼から随筆を残しています。現代のオフグリッド生活者と、租税回避のために資産を海外に移す富豪の違いを想像すると、さらに理解が深まるでしょう。