みんな、さようなら
その日は私――高瀬晴香(たかせ はるか)の誕生日だった。
恋人の田川雅人(たがわ まさと)と、海辺で一緒に花火を見に行けると思っていた――
けれど彼は、朝倉奈美(あさくら なみ)とその子どもを連れてきた。
「奈美は子ども連れで大変なんだ。少し気をつかってあげて。
道にも不慣れだし、荷物も多いから、俺が先にホテルまで送ってくる」
雅人はまるで取るに足らないことでも説明するように、あっさりと言った。
こんな優しさの前では、怒る私のほうが理不尽に見えてしまう。
彼は二人を車に乗せ、子どもには自らシートベルトを締めてやった。
そして私に向かって、穏やかに笑いながら言った。
「すぐ戻るから。余計なこと考えるなよ」
三人は、まるで家族のように去っていった。私は道端に立ち尽くし、ただ見送った。
夜の気配が降りて、海風が肌を刺すほど冷たい。
私はまだ待っていた――スマホ画面に奈美の動画投稿が流れてくる、その瞬間まで。
雅人は奈美の娘を腕に抱き、海辺で花火を見上げている。
それは本来、私が自分の誕生日のために用意していたものだった。
コメント欄はこうだ。
【ほんとお似合い。幸せそうな三人家族】
誰かがどうして私を迎えに行かないと雅人に尋ねた。
彼は笑って答える。
「晴香は気が長いし、怒らないから」
その瞬間、ケーキは溶けて、とろりと崩れていった。
彼は冷たい人ではない。ただ、あまりにも確信していた――
私はいつまでも待っている、と。
けれど、優しさの中で放っておかれる時間が長くなれば、心だって冷えていく。
波が岸を打つたびに、私の最後の幻想も砕けていく。
今度こそ、私はもう、彼の帰りを待たない。