急に俺の目の前から姿を消した伊月。ずっと一緒だと約束したのに、離れ離れになってしまった。それから10年が経ち、ゆるくてきゃんきゃん吠えるワンコのような奴と出会い─ ハラハラドキドキ、ゆるきゃん男子に振り回されながら近づく薫とゆるきゃん男子
더 보기第1話 問題児
「おい狭間、ちょい顔貸せ」 「何か用か? 要件があるなら教室で言えよ」 何もしていないのに目をつけられる男、それが狭間薫。笑顔を見せれば元々はっきりした顔立ちでイケメンだ。入学当初は女子のハートをかっさらった彼だが、無愛想な態度と高圧的な口調でヤバい奴認定されている。当の本人はお構い無しだが、2年の姉美乃里からしたら、頭を抱える大問題だった。 殴りはしない、ただよけるだけ。それなのにラッキー体質の薫は彼を追い詰めようとしてくる人物全員に不幸が起こる。それを知っている美乃里からしたら、後で巻き込まれる可能性が高く、薫には平和な学園生活を送ってほしいと願うしかなかった。 「……こんな時に伊月くんがいてくれたらよかったのになぁ」 ガクガク震えながら屋上で現実逃避をする美乃里は薫の幼なじみ柿崎伊月の事を思い出して、不安をかき消そうとする。美乃里の目の前にはガタイのいい柔道部主将の石垣をはじめ薫に恥をかかされた連中でごった返していた。 「お前の弟まだ来ないのか。俺の弟達に喧嘩売った癖に逃げるなんてひ弱だな」 鼻で笑いながら美乃里を見下す石垣に対して一発お見舞いしてやりたい気持ちはあるが、そんな勇気はなかった。足がすぐんで動けない。そんな強いメンタルなど持ち合わせていない。 その時だった。ガチャとドアノブが回るとゆるふわなパーマで可愛らしいくりくりな瞳で無邪気に微笑んでくる男の子がいた。見た感じ高校生に見えないけど、この学園の生徒であるのは一目瞭然。 「失礼しまぁす。神楽先生に言われて問題児を探しにきましたぁ」 今この状況がどんなふうに見えているのか彼には分からない様子。むさ苦しい中で一輪の笑顔がパッと咲き、周りを虜にしようとする。 「なんだ1年。邪魔だ」 「邪魔なのは君でしょ?女の子囲いこんで何してんの?」 美乃里は思った。ある意味勇者が来てくれたと助かる可能性は低いけど、願わずにはいられなかった。 「僕は問題児を探してるだけで、君に興味ないんだよねぇ。そっちが邪魔だよ石頭」 可愛い顔をしているのに、ゆるふわな雰囲気を漂わせているのに口調が悪い。どことなく薫の事が脳裏に過ぎった美乃里は勇気を振り絞り、声をあげた。 「薫に用があるなら、私じゃなくてその子に頼んで。薫の親友なのよ、この子」 わるじえが働いてしまった美乃里は引き返す事が出来ない。卑怯な姉だと思われてもいい、どんな理由をつけてでも、ここから去りたい一心で自分を守り続けた。 「ふぅん、いいよ」 何かに納得したように頷いたワンコくんは美乃里を自由へと羽ばたかせるきっかけになった。 「石頭、薫くんに会いたいんでしょお?なら来れば?」 石頭と呼ばれている石垣はムッとした表情で彼の後を着いていく。取り巻きも石垣の命令に従うと美乃里を残し、ドアを閉めた。 「……あ」 薫にこの事がバレても知らないフリをしようと心に決めた美乃里は力が抜け、その場に座り込んだ。なんとなくワンコくんの笑顔に恐怖を感じながら── 第2話 ストレス解消 「も……もうやめ」 石垣の叫びは虚しくグゥィングゥィンとバイブの音が部屋中に響く。手足は椅子に固定され好き放題にされっぱなしだ。眉を顰め、耐える事しか出来ない石垣を見て、にこにこと観察している。 「ガタイいいのに、弱いんだね、ココ」 スーツ姿の男が石垣の乳首を刺激すると、小さく「あっ」と漏らした。素質があると感じているワンコくんは男に命令すると、その通りに男は弄び続ける。 「後は好きにしていいよ。他の連中の後片付けもよろしくねっ」 彼の足元には戦意喪失した取り巻き達が倒れている。グッチュグッチュと肉と愛液が擦れる音を聞きながらその場を後にした。 「薫、もう少しで会えるよ」 照れながら微笑む姿はあの時の名残を残している。 ■□■□■□■□■□ 「ただいま」 誰もいないだろうと思った薫はボタンを外すと気分転換する為にシャワー室へと向かった。本当は屋上に呼び出されていたのだが、相手にする必要はないと放置し、帰ってきていたのだった。 ガタンと2階から物音が聞こえると不思議に思った薫は階段をゆっくりと登り、音に耳を澄ます。 ガチャと音が聞こえてきた美乃里の部屋へ入るとそこにはガンガンと床に頭を打ち付ける美乃里の姿があった。 「何してんの?」 状況が分からない薫は美乃里に声をかけると、急に土下座をしてきた。 「ああああ。薫」 「何コレ」 理由を話そうともしない姉の行動にただただ圧倒されるがままの薫。状況が理解出来ない彼は何も見なかった事にしようとゆっくりと部屋を出ていった。 「なんだアレ……ホラーかよ」 ぶつぶつと言いながら制服を脱ぎ捨てるとため息を吐く。シャワーに濡れながら頭を抱える姿は妙に色気を誘う。髪をかきあげると雫がポタリと落ちた。 「なんだか悪寒が」 誰かに見られているような錯覚を感じながらも、気のせいだろうと自分に言い聞かせながら体を丹念に洗っていく。 「可愛いね、薫。ずっと一緒だからね」 1人になるとどうしてだか幼なじみで親友だった伊月の事を思い出す。まだ5歳の頃の話。あれから10年の月日が経つと思い出が妙に美化されている。 変なものを見たせいもあるだろう。むしゃくしゃしていた薫は自分の敏感な部分に泡をゆっくりとつけるとローション代わりにシゴいていく。 「……っ、何処にいんだよ伊月」 寂しさと悲しみが湧き上がってくるとオーガイズムに達した。はあはあと肩で呼吸を整えながら、何も無かったように全てを洗い流していく。自分の気持ちさえも──38話 後悔と涙 全ての話が終わった伊月は、心の整理をする為に自由な時間を与えられた。その中には薫との関係性の区切りをつける事の意味も、含まれている。気が進まない彼の気持ちとは裏腹に、車は思った以上に早く目的地へと辿り着こうとしている。黒のセダンで送られた伊月は、薫に気づかれないようにする為に、少し離れたドラックストアへ誘導していた。キキッと勢いよく止まると、全てを記憶をかき消したい衝動を行動へと当てはめていった。「連絡する」 彼の言葉を聞きたくない伊月は、声をかけられる前に走り出し、今では車との間には距離が出来ている。そんな伊月の背中に向かって大声を出しながら、次へと繋げようと企む彼がいた。 早く薫に会いたい、今はそれ以上、何も望まない。その気持ちだけで無心で走り続ける。二人が時間を共にしていた居場所へ戻る為に—— その姿を見ている彼は、自分の正体を見せつけるように、マスクを剥がしていく。彼を知っているのは近くで眠っているカラスだけだった。伊月の知っている彼とは程遠い、大人の顔をしている事を誰も知らない。 必死で走っていた伊月の目の前に、薫の部屋が見えてくる。息を切らしながら、自分の限界を越えようとする彼の姿には、強引さが隠れている。離れていた時から、ずっと薫の寝顔を見ていた、あの時の自分を懐かしく思う。時間が巻き戻るのなら、何度でもやり直したい気持ちが彼を喰らっていく。 薫の部屋の前に着くと、ドアに手を当て、息を整えた。こんな顔を見られてしまうと、勘づかれてしまうと思った伊月は、精一杯、薫の望む自分を演じ始めようとした。「……出来るかな、僕に」 好きなのに、大好きなのに、誰よりも大切なのに、自分の気持ちを否定しながら、別れを伝えるなんて、今の伊月には到底出来ないだろう。それでもやらなきゃ、その矛先が薫に降りかかるのは見えている。遠回しでも、卑怯でもいい、学生時代のような自分の姿を思い出しながら、あの時の自分と重ねていく。「よし」 合鍵を取り出すと、ガチャリと鍵を回していく。あんなに身近に感じていた居場所が、今では
37話 新しい関係性 目の前に迫る選択の時は、近い。五分間しか与えられなかった伊月は、短い時間でも、自分にとっての最善を尽くそうとする。周囲の事を考えるのなら、ここは何事もなかったように受け入れた方がいいのかもしれない。それでも、どうしても諦める事が出来ない彼は、自分の素直な気持ちを言葉にしようと覚悟を決めた。「貴方とは婚約出来ません。僕には大切な人がいるから」 長い説明は必要ない。自分の為に時間を割いてくれている人達がいるのだから、簡潔に表現していく。ポツリポツリと言葉にすればする程、鼓動が早くなっていく。「もう決められた事だ。お前の気持ちは大切にしたいが、仕方ないんだよ」 二人の間に、親父が介入すると、全ての言葉を否定していく。自分の気持ちを大切に、と言っていた過去の親父はもういない。やっと言葉に出来たのに、こうも簡単に、拒否されるなんて思わなかった伊月は、唇を噛み締め、言葉を消化しようとしていく。助け舟を出してくれたのに、それを自分のものに出来ない彼は、自分自身を呪う事しか出来ない。「……なんで」「何か言ったか?」「いいえ」 顔を俯きながら、黙ると、その姿を見て、楽しそうに微笑んでいる。そんな親父の態度に気づく事なく、自分の世界に逃げ込もうとしている伊月は、彼の一言で一気に現実に引き戻されていく。「嫌いなら嫌いで構わない。最後にその大切な人、との別れの時間を作ろう。それが君にとって前に進む事になるのなら」 言葉の節々から、彼とは別人のような物言いに戸惑いながら、彼に視線を向ける。どうしてだか分からない、その言い方をしている人間を知っているような気がした。伊月の目の前にいるのは薫ではない。その現実を見ていると、ぐらりと宙が揺れ始めた。「それはいい。伊月、お前もそろそろ彼から卒業しないとな」「……」 親父の言葉に返事が出来ない。その一言で、自分の人生を変えてしまうから余計に。言いたくないし、言えない。無言で突っ立っている伊月を複数の視線が貫いていく。空間は彼にとって地獄のように砕け散った。
36話 親父が伊月を試す理由 全ての話を確認すると、胸を撫で下ろした。親父は内心ヒヤヒヤしていたが、彼は事をうまく運ばせていく。絶対的な存在の風貌を見せるようになったのは、伊月が姿を消してからだ。 自分の配下の人間を間に入れ、ずっと彼がここまで育つのを待っていた。最初会った時は、純粋すぎて、この世界では生きていけないように感じたからだ。自分が動く事で、彼にとっても、伊月にとっても冷却期間が必要と感じ、伊月を自由に出来ないように裏で手をまわしていたのだ。 「彼は思ったよりも、成長した」 「そうですね。七年も期間を設ければ人は変わるものですから」 直接会う事はしなかった。自分の影に気づかれては困るからだ。伊月に任せるのは危ういと感じていた親父は、全くタイプの違う存在を求めていた。 「今はいい。しかしいつか伊月はミスを犯す」 「試練を与えてどう対処するか次第ですよね」 「そうだが、無理だろうな」 罠を張った網に簡単に引っかかる自分の息子を見つめながら、ため息を吐いた。大胆な行動力も、自信家な所も危うさを感じていた親父は、自分が思っていた通りの結果になった時に、方向を修正していく。伊月の持っている力を全て彼に与える為だった。正体を明かさないように、忠告を送ると、二つの顔を完璧に使い分けながら、全てを進めていく彼が昔の自分と重なって見えていたのかもしれない。 「正体を隠す為に、このマスクを渡せ」 一つのマスクを渡すと、彼の元へと届けるように指示する。右側にキズが入った、本来の彼とは違うタイプの人間に化けてもらわないといけないと感じていたようだ。 「このマスクは……」 それはかつて子供だった伊月を可愛がっていたNo.2の顔に似せて作ったものだった。過去のケジメとして、違う課題を伊月は乗り越えなくてはいけない。その為に、必要なものだったんだ。
35話 決められた選択 諦めたくない気持ちが膨れ上がっていく。親父の言う事を聞いた方が、二人の為なのかもしれない。それでも諦めきれない伊月がいた。この願いが届くようにと祈りながら、待ち続ける事しか出来ない。自分の生きてきた証を全て取られてしまった今の彼には、薫を守る力は持ち合わせていなかった。奪われ、搾取されていく現実から逃げる事は出来ない。悔しさを抱えながら、顔を見られないように俯くと、低い足音が聞こえてきた。 「やっと来たようだな。お前も覚悟をするんだ伊月」 今までのツケが押し寄せてくる。選択肢を選ぶ事も、見つける事も出来ない自分を無力だと思うしかなかった。親父の元で足音は止まると、視線を感じる。自分のこれからを考えると、どうしても直視出来なかった。 「現実を見なくてはいけない。君は俺に負けたんだ」 影は人間の声を捨て、機械音声で語り出した。耳障りな音を拒絶するように顔を顰めると、止まっていたはずの足音がこちらへと向けられた。 コツコツと音が大きくなっていく度に、伊月の心臓も加速していく。黒い影の住人は彼が落胆しているのをじっと見つめている。 何も見たくないと隠している顔を、影はゆっくりと自分の顔を見せつけるように、あげていく。そこには見覚えのある表情が広がっていく。驚きに声を出せない伊月は、呼吸が止まりそうだった。 「君は俺の気持ちを理解出来ていない。だからこそ自由でいて輝いている。それでも俺はもう一度、本当の意味で君を手に入れたいんだ」 瞳の奥川に伊月の茫然とした顔が映り込んでいく。ポツリポツリと自分の気持ちを正直に述べていく彼の姿を、初めて見たのだろう。 「傍にいたのに、君はとても遠い」 憂を帯びた瞳からは、悲しみが隠れている。感情が瞳から放たれると、伊月の心を抉っていく。自分の思う通りに生きてきた事が、自由になりたい欲望が、こんなにも人を傷つけ、人生を変えてしまった現実を直視してしまう。
34話 黒猫が呼び込んだもの 誰が自分の尻拭いをしたのかを知る由もない伊月は、どう反応すればいいのか分からなくなっていた。そんな姿を見ていると、笑い転げている親父がいる。 「お前はもう仕事をしなくていい。組織もそいつに任せる。お前が作ったもの全て、もうそいつの所有物になってるしな」 事後報告をすると、わなわな震え出した。急に車に乗せられて連れてこられた。そして親父との再会を果たした所に、爆弾発言が用意されていたのだから。 「ちょっと待てよ。それはやりすぎだろ」 「もう遅い、お前はただピエロにされてただけだ。全ての情報は筒抜けだったよ。面白い寸劇を見させてもらった」 全てが残酷に思えた伊月からは罵詈雑言が出てくる。何を叫んでも戻る事のない現実を受け止める事が出来なかったのだろう。 「そいつは誰なんだよ」 「まぁまぁ話を急ぐな。お前と彼との婚約が決まったんだ。お前では冷静さに欠けるからな。彼ならお前を守ってくれるだろう」 婚約と言われ、むせてしまう伊月がいる。自分はずっと薫の側でいられたら幸せだと感じていたのに、その全てを裂こうとする存在が現れたのだから、気が気じゃない。 「婚約なんて勝手に決めるなよ。僕には薫がいるんだ」 「ほう。その薫を七年放置していた奴に言える事なのか?」 図星を突かれると、何も言えなくなってしまう。自分にも自由はあるはずなのに、最初から最後まで親父の思い通りに進んでいく。それが気に入らなくて仕方なかった。 「ノビラの事はこちらで対応するから、お前は何も心配せず日常を満喫すればいい。やっとお前は自由になるんだよ」 今までしてきた事さえも否定された気がした。親父は自分の息子よりポッと出てきた他人に伊月の役割を全て渡してしまう。そう考えると、今までの我慢も、苦労も何の為にしてきたのか分からなくなってくる。
33話 再会 車の中でレイと遊んでいると気が紛れて、落ち着いていく。この男と二人きりの状況だったら発狂しそうになっただろう。知らない男の車に乗った事が薫にバレたら、きっと怒られるに違いない。 「みゃぉー」 目の前にレイがいるのに、遠くを見ていた伊月を心配するように膝の上に乗ってくると、大きなあくびをした。その姿が状況とアンマッチしていてくすりと笑ってしまう自分がいる。 「レイに気に入られたようだね。仲良くしてあげてくれると嬉しい」 機嫌がいいのだろうか、テンションが上がっている気がする。最初は新手のナンパかと思ったけど、どうも話を聞いていると違うようだった。 猫で釣り上げられてしまった自分がどれだけ世間知らずで、動かしやすいかを理解してしまう。こんなんだから、いざと言う時に失敗するのかもしれない。余計な事を考えていると、どうしてもミスを犯してしまう。完璧じゃないからこそ面白く、美しいのが人の形なのかもしれないが、もっと冷酷さを持たないといけないと感じている。 「もう少しで着くから、君に会わせたい人がいるんだ。あの方もきっと喜ぶ」 「あの方?」 伊月が聞き返すとそれ以上の説明はない。どうして自分の名前を知っているのか、和田の姿でいるのに、どうして気づかれたかは謎のままだ。 右に曲がると、見覚えのある建物が目に入る。あそこは昔、薫を巻き込んでしまった事件が起きた場所だった。まさか、あそこに行くのかとかた唾を飲むと、予想は的中してしまう。 あの時の関係者の可能性が高いと感じ、とりあえず様子を見る事に専念する。ここで叫んでも、暴れても、どうにもならないと思ったからだった。 キィと車が停車すると、運転席から降りた男は、後部座席のドアを開け、レイを抱きしめた。試すような視線が上から降り注いでくる。その視線をどこかで見た事がある。記憶のどこかで眠っているピースの一つが、そこに隠れていた。
댓글