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ストロングベリー
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Nobela ni ストロングベリー

おいしいじかん

おいしいじかん

転職を機に新しい街へ越してきた透は偶然見つけたカフェバーに足を踏み入れる。 「いらっしゃいませ」――低く囁く声に、胸の奥が微かに疼いた。 カウンターに立つのは、青い瞳を持つ美しい男・ヒューゴ。 初対面のはずなのに、どこか懐かしいその眼差しに透の心は静かに熱を帯びていく。 なぜ、こんなにも惹かれてしまうのか。 そして彼はなぜ、透のすべてを見透かすように微笑むのか。 気づけば、またその店の扉を開けている。 ただ、彼の姿を、声を、そこに流れる空気を求めて。
Basahin
Chapter: よい夢を
秋も深まった11月。その夜は、ヒューゴの誕生日を2人きりで祝い、シャンパンが無くなるのを待ちかねたように、ベッドになだれ込んだ。いつもにも増して、長くとろけるような愛撫を与えられ、この後に起こることを期待しておれの身体はじくじくと熱くなる。毎週末の逢瀬のごとに乳首を蹂躙され、その射精を伴わない長い絶頂の最中にヒューゴは1本2本と指を増やしておれの内側に強烈な快楽を教えていった。覚悟していたよりも早くに慣れていく自分の身体が怖かったが、それにも増して喜びが大きかった。乳首から脳がどろどろに溶けるほどの快感を与えながら、ヒューゴはおれのものをぬるりと咥え、後ろにも指をそっと挿入する。2本目の指が入ってきた瞬間、少しだけ射精してしまう。「なんて身体してんの」「おまえの、せい、だろッ」もっと、とねだったのはおれだが。「才能だと思うけどね」ぜえぜえと全身で呼吸を整えるおれを尻目に、ヒューゴはからかうような笑顔で横臥し、余裕綽々だ。「苦しい?少し休憩する?」口ではそう言いながら、覆いかぶさってくる。「続けて……」「うん。透の身体も、僕を待ってるみたいだ」再びつるりと指が入れられ、またぞくぞくと電流が腰に走る。気持ちいい場所すべてを同時に責め立てられ、何がなんだか分からない状態に、目を閉じてただ身を任せる。「透。こっちを見て」目を開けると、荒い呼吸で上体を微かに上下させながら見下ろしている鋭い瞳とぶつかった。おれの足は大きく広げられ、尻にはヒューゴの脛が差し込まれている。絶対に足を閉じることも伸ばすこともできないようにしておいて、ヒューゴはぐいと自分のそそり立ったものを掴み、先端をおれの方へ向ける。雄々しく輝く瞳に見据えられ、ぞくりとする。「おれの中、ヒューで満たして」そう言った瞬間に内部を広げていたヒューゴの指がずるりと引き抜かれ、衝撃に悲鳴を上げてしまう。「うあ、あ、」間髪入れ
Huling Na-update: 2025-09-13
Chapter: いっしょにいこうよ
目覚めて最初に視界に入ったのはヒューゴの首元だ。エアコンが効きすぎた部屋で温かいものに包まれての目覚め、やっぱり最高。身じろぎすると、「起きた……?」とヒューゴの声がじんわり染み、その甘さに思わず目をギュッと閉じてしまった。金色の獣はふっと笑っておれの耳を唇でくすぐる。ああ、もうそれだけで……「まだ残ってる……?」「ちょっと怖い、自分が」「でも、すごく気持ちよさそうだったよ」「うん」おれが即答すると、「good boy」とヒューゴはおれのこめかみに軽く口付ける。「じゃあ……まだ夕方までたっぷり時間はあるし」ヒューゴはおれの胸に顔を埋め、初めて、手を下半身へ伸ばした。乳首をゆっくり舌で弾かれながら、掴んだ手で上下に扱かれると、すぐにおれはよく知る感覚に襲われる。ヒューゴは動きを止めて、ジッとおれを見ると、「どうする?」と低く囁く。その声があまりに色っぽくて、おれは我慢できずに、はやく、とねだるしかなかった。ヒューゴはおれの瞼にキスをして「きれいだよ、透」と言ってくれる。身体がまた仰け反って、ビクビク跳ねる。あ、出る……その瞬間、ヒューゴはおれのをギュッと掴んで射精を止めてしまう。でも、絶頂間はそのままで……さらに乳首に歯を立てられ、また強烈な快感がやってくる。それでも手を離してくれず。何度も追い詰めれて、その度にいかせてくれと懇願した。なのに、このもどかしくて気が狂いそうな感じもすごく良くて。終わりたくない。もっとおれを壊して欲しい。ヒューゴはそんな状態をまるで百も承知かのように、懇願を聞き入れてくれず、吸って、擦って、止めて、口付けて……おれのアタマとカラダを強引にコントロールする。おれは絶頂手前の永遠に続く快楽の中でヒューゴのそれに手を伸ばした。「透、僕はいいから&h
Huling Na-update: 2025-09-13
Chapter: I’m Yours
ヒューゴは後ろ手に部屋のドアを閉めると、おれを玄関の壁に押さえつけて、貪るようなキスをしてきた。「ようやく2人きりになれた」耳元で熱く囁かれたせいでその場で座り込んでしまいそうなり、「嬉しい反応してくれるね」と笑われた。「昨日……おれになんかしただろ」ただでさえ8月半ばの熱帯夜なのに、キスで余計に体温が上がり額に汗が流れる。それさえもヒューゴは舐め取ってしまったが。「とにかくシャワー浴びよう。暑い」腕を掴んでおれを引き起こすと、すぐにヒューゴはおれのシャツを脱がせ始めた。全く同意だ。湿度が高いせいで、バーで付いたタバコの煙や酒の甘ったるい匂いが汗と共に纏わりついたまま取れていない。このまま寝るのなんて論外で、部屋に入るのも気が引ける。温度の低いシャワーで落ち着き、寝支度を済ませたおれたちは、並んでベッドヘッドに背をもたせかける。ヒューゴはタブレットを持ち、なにか検索している。まだ寝るつもりはないようだ。おれの方も、昼間に精力を使い果たした上に、いつもより強いアルコールが入っているにも関わらず、気が高ぶっているのかまだ眠気は遠くに居る。生来の夜型らしく、油断するとすぐに昼夜逆転してしまう。今回然り、いつも長期休暇の最初には、早寝早起きを誓うんだけど、守れた試しがない。一人でリビングに移動し映画を観るなり飲みなおす手もあったが、せっかくだからこのままヒューゴの傍に居ることにした。夏季休暇が終われば、一緒に眠れる夜は週末だけになってしまうから。「なに?」ヒューゴが含み笑いをしながら、こっちを向いた。「ん?」「ずっとこっち見てるから」あ、そうだったか。「見ておかないと、あと5日で夏季休暇が終わるから」「かわいいこと言うよね、たまに」ヒューゴはこめかみに軽くキスをして、またタブレットに向き直った。おれは、ナイトテーブルの上に置いてあった携帯に充電ケーブルを挿しながら、「そう言えば」と切り出す。
Huling Na-update: 2025-09-13
Chapter: Honey, Did You Go?
夢のような3連休だった。透は明日から出社で、しかも長引いた出張のせいで業務が溜まっているらしい。食事を用意しておくからと、どんなに遅くなっても店に寄るよう約束させ、僕はしぶしぶ透を家に送り届けた。マンション前に車を停めて、少しだけキスを交わす。今までで、一番帰したくない夜だった。エントランスに消える透を見届け、その足でクリスの店へ向かった。透と連絡がとれなくなってからの僕を親身になって心配してくれていたから、突然平日に店を訪れた僕を見るなり、クリスは不安気な顔を作った。「ダイジョウブ?」「ああ。心配かけた。透が、戻ってきたよ」音信不通事件の理由を説明し終わると、クリスの顔に安堵が広がる。「怪我がなくて本当によかった」僕も深く頷いた。「それとは別に……とりあえず一番良いシャンパンを」注文と僕の顔を見て、この古い友人はすぐに思い当たったようだ。今夜ばかりはポーカーフェイスではいられない。「まさか!全部話せよ!」と僕につられたのか満面の笑みだ。クリスは上機嫌になり、踊るような滑らかさでシャンパンをグラスに注ぎカウンターから出てくると隣に腰掛けた。今夜は友人として共に飲んでくれるのだろう。僕はスツールの上で軽く居住まいを正した。クリスはだれよりも早く、僕と透のことを知る権利がある。「合鍵を交換して……キスをした。信じられないだろ?透から告白してくれたんだ」「おめでとう。心から」クリスの祝辞に合わせて僕らはそれぞれのシャンパングラスを掲げた。一口飲んで、それがありえないほど良いものだとわかった。尋ねても頑なにボトルを見せてくれないが。「まさかヴィンテージか?」「できたての恋人のために半分残しておきなよ」「あまり驚かないんだな」「トールがあんたに好意を寄せているのなんて、一目瞭然だったでしょ」「そこまで自惚れちゃいねえよ」「おでこにキスされただけで耳ま
Huling Na-update: 2025-09-12
Chapter: 嵐に溶け合う
遠くで雷鳴が聞こえる。小雨になったものの、不安定な大気は続いているようだ。台風でも来ているのかもしれない。ベッドでごろごろと寛いでいたが一度起き上がり、寝室の窓のブラインドを全開にした。山の斜面に建っているマンションは周辺では一番高さがあり、窓からは、空も市街地も見渡すことができる。それに気付いたヒューゴが、リビングで灯していた小さなキャンドルだけを残して照明を落とし、「雷鑑賞か」と言いながら寝室にやってくると、おれの隣で肘を立てて頭を支えながら横臥する。「あ、光った」細い閃光が空から地上に突き刺さる。ヒューゴは、仰向けのまま窓の外を見ているおれの頭を撫でてくれる。髪をすくうように往復する指先が心地良い。しばらく無言のまま、雷光でフラッシュのように白む空を眺める。頭からじんわりと伝わる温もりに癒されながら。「疲れてる?」「いや、とてつもなくリラックスしてるよ。まだ休みはあるし、おまえが傍にいるし」髪をすくうヒューゴの手に自分の手を重ね、長く筋張った指を撫でた。「透」とヒューゴは小さくおれの名前を呼んだ。「少しだけ、触れてもいい……?」そう耳元で囁かれ、一瞬でカッと身体が熱くなってしまい思わず目を瞑ると、ヒューゴはゆっくりおれに覆いかぶさってきた。腰が触れ、背中に戦慄が走る。「言っただろ、なにをしてもいいって」「少しずつ、ね」ヒューゴは腕をついておれを見下ろしたままで微動だにしない。窓から雷光が差し込み、青い瞳の奥がシルバーに輝く。吸い込まれそう。「透はとてもきれいだ」「全部おまえのだよ」おれがそうささやくと、ヒューゴは照れたように優しく微笑みキスをしてくれる。でもすぐに離れてしまい、おれは広い背中に腕を回して引き寄せた。遠慮と情熱のそれぞれを持て余して悩むヒューゴは魅力的だ。どうにでも好きなようにできると知っているのに。軽く口を開くと熱い舌がおれの舌を絡め取る。今夜のキスは、いつもより柔らかく、
Huling Na-update: 2025-09-04
Chapter: 純粋な欲望
ヒューゴは夜明け頃に焚き火を起こしたようで、おれは半覚醒の中まどろみながら、時折目覚めては、チェアで寛いでいるその姿を見ていた。渓谷に細く降り注ぐ朝日の中にいるヒューゴは、怖いくらいに美しかった。朝日に光る川の小波と、光の届かない暗い岩間の両方をそのまま身に纏うように鋭く暗く輝いている。水の精霊の化身だと言われても納得しそうなほど、人知を超えた魅力がある。まったく、どこにいても絵になる男だな。いつまでも鑑賞していたいが、今は教会で宗教画を眺めているのではなく、河原でキャンプ中だ。日差しが強くなる前に起床せねば。朝食は、昨夜のBBQで残しておいたステーキ肉を使ったホットサンドウィッチだった。コーヒーはヒューゴがアルミのボトルに入れて、川の水で冷やしてくれていた。天然のアイスコーヒーだ。「今日は何する?」サンドウィッチを頬張るおれにヒューゴが尋ねてくる。肉とチーズの他に缶詰のベイクドビーンズが入っていて、それがなんとも言えないアウトドア風味を出している。最高に美味い。「ゴーグル買ってきたから、水の中で魚を見たい。予定はそれだけ」「魚を獲ってみるのは?」「釣具買ってきたの?」「いや、手掴み。僕のやり方が日本の魚に通用するか試したい」「面白そうだな」「捕れたらお昼は魚を食べよう」朝食を食べ終えたおれたちは河に入り、膝より低い水位でゴツゴツと岩が突き出た浅瀬へ、そーっと移動する。料理のできないおれにとっては、生の魚を触ることからもう初めてだ。「あっ」少し大きな声を出してしまい、ヒューゴにシーっと注意される。ビャッと足元で素早く動くものが岩の下へ潜り込んだんだ。「岩の下に手を入れて、魚に触れたら、腹側をそっと何度か撫でる。魚が動かなくなるから、そこを両手で掴む。やってみて」魚の影が入り込んだ岩の下にゆっくり両手を入れて探る。手に、ぬるりとして張りがあるものが触る。ヒューゴに教わった通りに腹をくすぐるように撫でると、たしかに魚の動きが止まった。いまだ!と両手で
Huling Na-update: 2025-09-03
世界で最も難解なアルゴリズム

世界で最も難解なアルゴリズム

部下に恋をするなんて、あるはずがなかった。 それなのに、彼のまっすぐな眼差しに、無防備な笑顔に、心が、身体が、抗えず揺れていく。 IT企業の技術責任者・音川は、冷静沈着にして論理的思考の持ち主。 ヨーロッパの血を引く美貌と、仕事に対する誠実さで周囲を魅了するが、社内恋愛などもってのほかの堅物。孤高の男だった。 そんな彼の理性の均衡が、一人の部下——泉によって静かに崩れていく。 屈託のない素直さと、理屈では測れない鬼才を併せ持つ稀有な存在で—— 彼の笑顔に、沈黙に、音川は揺らぐ心を止められない。
Basahin
Chapter: #34 それぞれの夜
「ふーん。悶々としてるのは、格好つけて帰ってきたからか」ヒューゴは目を細め、カウンター越しにからかうような声を投げかけた。「うるさい」音川はラムのボトルをおろして、カウンターの端でヒューゴ相手に飲んでいた。 高屋から誘われてヒューゴの店に夕飯がてら飲みに来てみたら、根堀葉掘りとあれこれ聞かれ、週末に東京へ足を運んだことや、泉との心の交流について洗いざらい吐かされてしまった。 ヒューゴが寡黙なバーテンダーでいられるのは、どうやら一般客に対してだけらしい。元々はかなりの話好きで、水商売の聞き上手も兼ね備えている。 音川はポーランドの大学に居た頃に知り合ったスウェーデン人たちを思い出していた。周辺国と比べると北欧人らしさは薄いが、物事の捉え方や価値観の傾向については、ドイツやフランスといった中央の人々よりヨーロッパ的思考の持ち主が多い印象だ。論理や理屈を重視し、平等と透明性を尊重する音川にとって、彼らとの付き合いは心地の良いものだった。 しかし、個人よりも周囲との調和を保とうとする日本人としては、時に行き過ぎた個人主義に出会うと疑問を抱くこともあった。それでも、同調圧力に屈するより遥かにマシだが。 その点、ヒューゴは日本育ちのためか協調性と個人主義のちょうどよいバランスを保っており、同じくどちらも理解できる音川は、彼との会話に並々ならぬ気安さを感じていた。「あのね、クバ。君みたいな顔なら、これまでは誰かを口説く必要なんてなかったんだろうけど……今の状況を考えるとね」「分かってるよ。泉が部下じゃなければ……あの場で抱いてる」「いいねぇ。そうやって苦悩しながら独りで飲んでくれていると、クバ目当ての客が増える一方だ。最高のロックフォーゲルとしてチップを渡さなければいけないな」「『サクラ』っつーんだよ日本語では。君ら狩猟民族と違ってこっちは情緒があるだろ」「50%だけのくせに、言うね」音川は向かいでグラスを拭いている北欧貴族のようなバーテンダーに目をやり、薄く笑った。礼儀正しい日本人相手では出てこないジョークだ。「俺もお前も、心は100%日本人だよ」
Huling Na-update: 2025-10-18
Chapter: #33 警戒と信頼の間で
互いを特別な存在だと認め合った夜——泉の希望により、2台のベッドが触れ合う中心で寄り添うようにして横になった。もちろん揃ってきっちりとナイトウェアを着て、だ。 大都会の中心にあるホテルだが——いや、だからこそ、夜は驚くほどに静寂で、夜風に揺らされる木々のざわめきが微かに聞こえる。 先に眠りについたのは泉で、音川はマットレスに肘をついてそちらに身体を向けた。 うっすらと微笑んでいるような寝顔を見つめていると、感情の海に沈んで行くような感覚に陥る。 長い睫毛の微かな震え、少しだけ眉間に寄せられた皺、目の下の薄い皮膚に毛細血管が微かに見え、音川はそれを親指でそっと撫で、髪に顔を寄せる。音川にとっては、泉の前で自分の全てをさらけ出した夜だった。 抱えていた苦悩を共有することで、泉への愛着が一層強まり——それは所有欲にも似た感情で、音川を戸惑わせる。 保木の問題では、自分に守らせて欲しい、と願っていた。 今では、どの状況下においても——どこにいても、他の誰でもなく自分だけが泉の守護者でありたい——と思う。 その許可を、音川は切実に望んでいた。それでも、感情や欲望だけで進められない大人の事情がある。 今、突っ走ればいずれ——罪悪感や背徳感で押しつぶされてしまうだろう。 現在の上司と部下という関係は、どう転んでも変えられない—— お互いの精神衛生上いかなるネガティブな要素も抱えたくなく、また、相手に抱えさせるべきではないと考えていた。早朝、軽く目を覚ました音川は、自分の右腕が微動だにしないことに気がついた。首を捻ると、そこは泉によってがっちりと抱きかかえられており——しかもよりによって——手の甲が泉の中心に当たっている。 それは柔らかく主張する彼の突起を想像させるのには十分すぎた。 音川は低く唸り声をあげると、右腕は切り捨ててしまったものとして考え、無理矢理に思考の窓を閉じて二度寝についたのだった。 そして、チェックアウト後すぐに泉をマンションまで送り届けた音川は、部屋への誘いを断り、その代わりに、泉に負担のない程度で週末は地元へ
Huling Na-update: 2025-10-17
Chapter: #32 あなたを独り占めしたい
首筋をきつく吸う唇の熱さ、抱きしめられた胸の鼓動、低く囁かれた言葉。全てが竜巻のように泉を取り囲み、音川にとって自分は『特別』であると叫んでいる。泉はしばらく、その歓喜の嵐のなすがままになっていた。しかし、そこにははっきりと音川の葛藤も存在していた。泉は目を伏せ、絡められた指から伝わる熱を感じることに集中する。言葉にできないのか、したくないのか、すべきでないと思っているのか——それは唇へのキスも同じで——泉には分からなかった。自分が引いた境界線に阻まれて、音川は留まっている。それを強引に崩すのは——きっと間違っている。音川の中に、こんなにも熱い葛藤を起こさせるほど、自分という存在が大きいのだ。それだけで、もう何も要らないと思わせる。しばらく無言で、お互いの絡まる指を見つめていた。微かに音川が息を吐き、少し身じろいでまた静かに泉の額に唇を落とす。そうして二人の手がほどけ、泉は顔を上げるとはにかむように微笑む音川と目が合う。優しく濡れたグリーンの瞳。再びこめかみに唇が触れたかと思うと、音川はスッと立ちあがった。「俺はジムでも行くかな。今朝行けてないし」などと言いつつドアへ向かう。「ウェアあるんですか?」そんなことを聞きたいわけではないのに、口をついて出た。「館内で売ってるだろ」「そんな、買ってまで……?」心底不思議そうな問いかけに音川が見せた表情は、泉が釘付けになるほどに妖艶な自嘲を浮かべていた。「……体力を使い果たすまで戻ってこないから、安心してゆっくりしてて」「あ……まっ、」引き止める間もなく音川がドアの向こうへ消えた後、泉は顔のほてりを抑えるために両手を頬に当てたが、余計に熱くなるだけだった。音川の大人の男の色気は凄まじく、傍にいれば自分がどうにかなってしまっただろう。場を離れてくれたのは正解なのかもしれな
Huling Na-update: 2025-10-04
Chapter: #31 きみに満たされて
美術館前を出発してまもなく、泉が「着替えを取りに帰りたい」と言い出したことで、音川も自分のクルマにPCを置いたままなのを思い出した。特に仕事があるわけではないが、遠出する場合の習慣で持ってきている。職業病というよりマシン依存に近い。タクシーの行き先を泉のマンションに変更し、そこから音川の無骨な愛車に乗り換えてホテルに向かうことになった。長距離運転の後で車体に多少の汚れはあるが、高級車の部類に入るので、行き先が五ツ星ホテルであっても見劣りすることはないはずだ。見栄とは正反対にいるような音川だが、泉を——大切な人を連れて行くのだから、多少は気になる。ああいう場所には、行動や持ち物で人の扱い方を区別する人間が必ずいるからだ。——要するに音川は、自分を『泉の所有物である』と対外的に見せたかった。事実、深層心理では、いつか上司と部下の枠を外した時——そう、なっていたいと願っている。所有欲のない人間だが、所有されたい願望はあったようで——泉との時間がそれを気付かせた。助手席をちらりと横目で見て、音川は「出向に送り出した日……」と語りかける。「駅からの帰り道に、その背もたれにマックスの毛が数本着いているのに気がついたんだ」泉は申し訳無さげに「すみません、僕の服からですよね。あの日はうっかりして」と無意識に自分の服を見下ろす。もうそこにマックスの名残は無いと分かっていても。「いいんだ。……それから家に着いて、コーヒーを入れにキッチンに行ったらきみと選んだ家電と食器たちがあって。ソファではマックスがずっと玄関の方を向いたまま箱座りだ。……今日、東京に来る道中ね、もしきみが少しでも困難な状況にあるのだとしたら、問答無用で連れ戻そうと考えていた」「音川さん……」「会いたかったよ」「僕も、です」泉はうつむきそうになる顔を懸命に運転席へ向けた。音川からこぼれた言葉が、どれほど泉に喜びをもたらすのか知って貰いたかった。「うん。ありがとう。激務の中でも、そう思ってくれて」「激務……確かに周りを見ているとそうですね。要求レベルがかなり高いと感じています。全員が多言語を話す中、僕だけが英語すら話せないのも辛い。でも、音川さんに少しでも追いつく手段だと思えば、とても楽しいんですよ。仕事を頑張れば頑張るほど評価されますが、僕にとってはまるで、音川さんとの距離が縮まる毎に評
Huling Na-update: 2025-10-03
Chapter: #30 応えのない夜に、ただきみを探して
チリチリとしたイラつきのような不快感を感じて薄目を開けると、ダイレクトに日差しがその隙間から入り込んで来た。カーテンも閉めずにいつの間にか眠ってしまった瞼が光に晒されていたようだ。寝起きの習慣で、横になったままベッドボードをまさぐるが、求めているものは手に触れなかった。仕方なく、声にならない唸を上げて身体を起こした。頭の中では分かっていた。携帯電話はリビングのテーブルにある。昨夜帰宅し、音川に連絡することができずに放置したまま。重いまぶたを無理矢理にこじ開けてようよう立ち上がり、床においたままのバックパックにつま先をぶつけて小さく舌打ちをする。土日の午前中は英会話の集中レッスンがあるため、いずれにせよ起きなくてはいけない。「めんどくさ……」思わず本音がこぼれる。泉は一旦顔を洗ってくると、覚悟を決めてスマホを手に取った。——不在着信が1件——音川からだった。『連絡します』と送ったきりだったのだから、当然だろう。きっちりした性分のため、連絡無視するようなことは、上司相手はもちろん友達にもしたことがない。それが、昨夜は違った。イーサンから知らされた音川の暗い部分——混乱し、それでも心の底から否定した。なのに——まるで自分が自分でなくなっていくような気がして、どうにかなりそうだった。コールは2回で繋がった。「ああ、泉。よかった」音川の一声は、安堵に彩られていた。「っ……すみません、昨夜は……」声に詰まり、一拍の沈黙の後、ようやく絞り出す。「いいんだ」音川は穏やかに、泉の詫びの言葉を遮った。その声にはいつもないノイズが乗り、背後でカチカチと規則的なリズムで機械音が鳴っている。この音に、泉は聞き覚えがった。「もしかして、運転中ですか?」「うん」泉が知る限り、
Huling Na-update: 2025-09-28
Chapter: #29 疑念の種が芽吹く時
彼の心は、すでに「誰かの手の中」にある。そしてその相手が誰かなど、考えるまでもない。「……上司で、抑制の効いた男」床から天井まではめ込まれた重厚なガラス窓に身体をもたせかけ、東京の街を見下ろしながらイーサンは無言で鼻を鳴らした。泉に惹かれている……自分と同じ人種。――だが、まるで違う人間。音川と自分を比べるつもりはなかった。だが泉の目に映る彼の姿が、どれほど理想化されているかは容易にわかる。『正しくある』ことに命をかけるような男。しかし――『正しさ』だけで人を幸せにできると考えているとすれば、大間違いだ。イーサンはゆっくりと笑った。それなら、私は『間違う』方を選ぶ。キミを惑わせ、揺らし、思考の隙間に入り込んで――最後には、私無しではいられないように。泉の、音川への信頼の強さは、オファーに際して行われた身辺調査の中でも特筆すべき項目として報告されていた。ルームシェアは一般的な生活スタイルであるが、それが上司の家でとなると、少々引っかかるためだ。だが、若い感情は脆い。強さの裏に、必ず揺らぎがある。そして何より――泉の心の向かい先が「今ここにはいない誰か」であり、それは明らかに寂しさの形をしていた。その寂しさを、満たしてやる。まずはそれだけでいい。イーサンは自分のオフィスから半身を乗り出し、近くにいた日本人アシスタントに軽く声をかけた。「あとで、イズミに金曜の夜に時間を割けるか聞いてくれ。理由は……そうだな、“中間報告と今後のキャリアについての面談”。彼のスケジュールがブロックされているのは承知だが、夜まで私の身が空かないんだ。なんとかならないかな」――仕事の顔をした、私的な誘い。キミの敬愛する音川と違って、私は仕事に私情を持ち込む男だ。(イズミ、情熱は相手に伝わってこそ力を発揮する。そんな計算すらできない男に、キ
Huling Na-update: 2025-09-27
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