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EP.春の庭で

last update Last Updated: 2025-11-13 08:00:00

数か月後。

空はやわらかな陽光に包まれ、街には新しい芽吹きの香りが満ちていた。

ビルの一角、小さなガラス張りのオフィス。

その扉には、新しい社名が掲げられている。

株式会社 四季コンサルティング

― 代表取締役 西條 春《さいじょう はる》 ―

机の上には、白いカーネーションの花が一輪、

陽を受けて小さく揺れていた。

「社長、そろそろクライアントとの打ち合わせの時間です。」

落ち着いた声が背後から届く。

冬だった。

黒のスーツを少し緩め、いつものように穏やかに微笑んでいる。

春は手帳を閉じ、顔を上げた。

「ありがとう。準備はできてる?」

「もちろん。あなたの完璧さに合わせようと努力してますから。」

冗談めかした口調に、春は小さく笑った。

「昔は“誰かの影”として完璧でいようとしてた。

 でも今は――“自分のために完璧”でありたいの。」

冬《ふゆ》は頷きながら、その瞳で春を見つめる。

「あなたの“春”は、やっと咲いたんですね。」

春は少し頬を染めて微笑んだ。

「ええ。でも、これからが本番よ。」

二人は並んで窓の外を見た。

通りの桜並木が満開を迎え、風に舞う花びらが陽の光の中を踊る。

「四季って、不思議ね。」

春がぽつりと言った。

「移ろうたびに寂しさを残していくのに、

 それでも、次を信じさせてくれる。」

冬はその言葉に微笑を深めた。

「季節がめぐるように、人も変わっていく。

 でも、君の春は――もう、奪われない。」

春は静かに息を吸い、心の中でそっと呟いた。

――ありがとう。

 あの嵐を越えて、ここにいる自分へ。

 そして、あの日、手を伸ばしてくれた人たちへ。

外の風が、オフィスのカーテンを揺らす。

花びらが一枚、窓の隙間から入り込み、

彼女のデスクの上に、ふわりと落ちた。

春はそれを指先でそっと摘み上げる。
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  • 四季は巡る   EP.春の庭で

    数か月後。空はやわらかな陽光に包まれ、街には新しい芽吹きの香りが満ちていた。ビルの一角、小さなガラス張りのオフィス。その扉には、新しい社名が掲げられている。株式会社 四季コンサルティング― 代表取締役 西條 春《さいじょう はる》 ―机の上には、白いカーネーションの花が一輪、陽を受けて小さく揺れていた。「社長、そろそろクライアントとの打ち合わせの時間です。」落ち着いた声が背後から届く。冬だった。黒のスーツを少し緩め、いつものように穏やかに微笑んでいる。春は手帳を閉じ、顔を上げた。「ありがとう。準備はできてる?」「もちろん。あなたの完璧さに合わせようと努力してますから。」冗談めかした口調に、春は小さく笑った。「昔は“誰かの影”として完璧でいようとしてた。 でも今は――“自分のために完璧”でありたいの。」冬《ふゆ》は頷きながら、その瞳で春を見つめる。「あなたの“春”は、やっと咲いたんですね。」春は少し頬を染めて微笑んだ。「ええ。でも、これからが本番よ。」二人は並んで窓の外を見た。通りの桜並木が満開を迎え、風に舞う花びらが陽の光の中を踊る。「四季って、不思議ね。」春がぽつりと言った。「移ろうたびに寂しさを残していくのに、 それでも、次を信じさせてくれる。」冬はその言葉に微笑を深めた。「季節がめぐるように、人も変わっていく。 でも、君の春は――もう、奪われない。」春は静かに息を吸い、心の中でそっと呟いた。――ありがとう。 あの嵐を越えて、ここにいる自分へ。 そして、あの日、手を伸ばしてくれた人たちへ。外の風が、オフィスのカーテンを揺らす。花びらが一枚、窓の隙間から入り込み、彼女のデスクの上に、ふわりと落ちた。春はそれを指先でそっと摘み上げる。

  • 四季は巡る   静寂の果て

    夜明け前、まだ街が眠っている時間。東雲《しののめ》グループの本社ビルの屋上に、一人の女性が立っていた。白いワンピースが風に揺れ、髪が月光に透けて見える。南 夏花《みなみ なつか》。かつて社交界で“氷の華”と呼ばれた女。その姿は、いまや儚い影のようだった。手に持つスマートフォンの画面には、ひとつの送信ボタン。そこには、東雲家の不正会計を示す証拠と共に、彼女自身の告白文が添えられている。「これで、終わりね……」夏花は微笑んだ。「私が壊したものは、もう戻らない。 でも、せめて――愛した人の未来だけは残していきたい。」彼女はそっと風に顔を向けた。夜が明ける。その瞬間、彼女の頬を伝う涙が、光に照らされて消えた。⸻翌朝。ニュースは、南夏花の失踪と同時に、東雲グループの会計不正を告発する匿名情報を報じた。社内は混乱。だが、その中心で、東雲 秋《しののめ しゅう》は静かに立っていた。顔には疲労の影。だが、以前のような虚飾の笑顔はもうなかった。「……これが、俺の罪の形か。」秋はすべてを記者会見で語った。自分が経営の多くを秘書に頼りきり、能力を偽り、妻の孤独を見過ごしていたこと。会場に沈黙が落ちる。だが、誰かが拍手した。それは、一番後ろにいた一人の女性――西條 春《さいじょう はる》だった。⸻数日後。春は北宮グループのオフィスの窓辺に立っていた。季節は冬の始まり。吐く息が白く、街の灯りがやわらかく滲む。そこへ、冬が入ってくる。彼は無言でコーヒーを差し出した。「冷える夜ですね。」「……ええ。でも、嫌いじゃないです。」二人の間に、少しの沈黙。そして春が静かに言う。「私、あの会社を出てから、やっと気づいたんです。 “

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